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第一皇子は、側近たちと語り合う

「何でそんなに上機嫌なんですか?」

 まるで鼻歌でも歌い出しそうな皇子殿下の様子に、薄気味悪そうにルイタスが尋ねた。


 山のような書類を前に、ルイタスとグルークが下調べをして注釈や情報を加えたものを、最終的にアレクが目を通して署名する。公務が一通り片付いた後の、夕刻の見慣れた光景だ。


「そう言えば、今日久しぶりに側妃殿下を訪問なさったらしいですね。

 お元気でいらっしゃったのですか?」

 妃殿下の顔を見ただけでそこまで舞い上がるとはグルークも思わないが、他に原因も思い当たらず、一応、あるじに聞いてみる。


「外で風に当たっていたら気分が悪くなったので、寝所に運んだ」

 アレクが答えると、ですよね、とルイタスが呟く。そこまでの報告は受けている。


「それはそうと、いよいよリゾック殿が婚約されることになりそうですよ」

 昼間に馴染みの騎士から聞いた情報を思い出し、ルイタスはそう付け加えた。


 因みにリゾックとは、皇后の実家ディレンメル家の当主だ。

 爵位を継いだばかりで政治経験も浅く、どうも頼りないのだが、腐っても皇后の甥だ。政治的利用価値は十分にある。


「相手はどこの姫君だ?」

 寝耳に水であったアレクは、書類から顔を上げて問い掛けた。


 こういう縁組は、皇后がおそらく取り仕切っている筈だ。

 内務を取り仕切る重臣の中から選ぶか、アンシェーゼを取り巻く列国の王族を選ぶか、あるいは……。


「ロフマン卿のご息女です」

 アレクは一瞬、息を止めた。

「軍部に手をつけられたか…」

 苦笑したアレクは、それにしても、と軽く首を振った。

「よりによってロフマンが、ディレンメル家と縁を繋ごうとするとはな」

 にわかには信じがたい情報だが、ルイタスが断定するのだから、間違いはないのだろう。


 私設騎士団の一つであるロフマンと、皇后の生家ディレンメル家は、いわゆる因縁の仲だ。

 端的に言えば、二十二年前の皇位簒奪事件の被害者と加害者である。


 そもそも、アンシェーゼで皇位を巡って国が割れる時、アンシェーゼの三つの私設騎士団は、必ずと言っていいほど歴史に名を刻んでいた。


 アントーレとロフマン、レイアトー。


 建国当初からあるこの三つの騎士団は、アンシェーゼの始祖アリンゲル皇帝によって作られたものだ。


 始祖帝は、皇位継承権を持つ皇子たちが武力を持つ事を禁じ、その代案として、建国に大いに尽力した三人の家臣に騎士団という形で武力を与え、皇家の警護に当たらせたのである。

 

 この三つの騎士団は世襲で、存続が法令にも明記され、唯一の禁忌は皇族との婚姻だった。

 これは、騎士団と皇族との癒着を防ぐために始祖帝が定めたもので、始祖帝が没するまでは、この機能は確かにきちんと働いていた。


 だが、個々の軍隊を持つ事を許されない皇子たちは、武力を持つ騎士団の庇護をどうしても必要とし、十二でいずれかの騎士団に属すると、当然のごとく、その騎士団との繋がりを密にした。


 三家にしても、手元で育てた皇子に情が移るのは必然で、特に長子相続が明記されていないアンシェーゼでは、それぞれの騎士団を後ろ盾とした皇子らによる争いが絶えなかった。


 もし後継争いに敗れたとしても、この三つの騎士団がアンシェーゼから消滅する事は決してない。

 陰謀に加担した当主が廃された後、一族筋から新たな当主が選ばれて、騎士団の名を綿々と引き継いでいくだけだ。


 そうした皇家と騎士団による血塗られた歴史を疎んだのが、前皇帝であるタルカスだった。


 自身も激しい後継者争いを経て帝位に着いたタルカス帝は、第一皇子ヨルムを、生後三か月で皇太子に指名すると、盤石の治世を敷いて、政争に騎士団の付け入る隙を与えまいとした。


 その目論見は一見、成功したように見えたが、タルカス帝の死と同時に、その不満が一気に芽吹いた。

 不遇を囲っていたパレシス皇子が宰相ディレンメルと結託し、アントーレ騎士団の力を借りて、即位を目前にしたヨルム皇太子を殺害したのだ。

 

 即位前というのが、この事件の鍵だった。


 アンシェーゼには、近衛と呼ばれる皇帝直属の暗部集団がおり、近衛に守られた皇帝の暗殺は事実上不可能だ。

 だからこそパレシスは、ヨルムが近衛を手にする前に兄を葬った。


 そうしてヨルムは僅か二十五歳で無念の死を遂げ、ヨルム皇太子を擁立していたロフマン騎士団だけが無傷で残された。


 敬愛する皇太子を守り切れなかった当時のロフマン卿は、パレシス帝と宰相ディレンメルを深く恨み、憤怒と絶望のうちに騎士団から身を引いた。


「今のロフマンの当主は、父親の無念を間近で見ていますからね。

 代が変わったとはいえ、あの家はディレンメル家に対し、かなり思うところがあったと思うのですが」

 

 ロフマンがセゾン卿に近付くことはあっても、ディレンメル家と婚姻を結ぼうとするなど、さすがのグルークにも読めなかった。

 セゾン卿がまずレイアトーと手を組んだのも、ロフマンは何もせずとも自分達の敵にはなり得ないと、半ば確信していたからではないだろうか。


「もう二十年以上も前の話だし、当代のロフマン卿は、過去の怨みを温めるより、未来を見据えることにしたんだろう。

 とは言っても、これはロフマン卿側からあえて持ち掛ける話でもない。

 トーラ皇后が強い熱意で動かれたのは事実だと思う」


 ルイタスの言葉に、

「相変わらず胆力があるというか、流れを読むのに長けたお方だな」

 手放しで褒める気にはなれないのか、グルークはやや苦い笑みを浮かべた。

 

 元々、帝位を簒奪したばかりのパレシスの治世を盤石にするために、ディレンメルの娘、トーラは皇后に押し上げられた。

 アンシェーゼでは皇后の権限が特に強いためだ。


 ただしさすがのディレンメルも、生まれたばかりのアレク皇子を皇太子に据える事まではできなかった。

 帝位の簒奪者に対する周囲の反発が根強かったからだ。

 結局、時期を見計らううちにディレンメルは病で急折し、アレク殿下を皇太子にという話は白紙になった。


 その頃にはパレシスの治世も安定してきており、何かと恩をかざしてくる義父ディレンメルの死は、パレシスにとって渡りに船だったようだ。

 自由と権力を完全に手中にした皇帝は、その後、皇后の再三の申し立てにも拘らず、皇位継承者を選ぼうとせず、のらりくらりと時を稼いで現在に至っている。


 

 皇帝である父と母方の祖父ディレンメルが、正当な皇帝を殺して帝位を奪い、更に兄の子供や、弟全てを殺したと知った時の衝撃と絶望を、アレクは今も覚えている。


 自分の体に流れる、父と母の血が疎ましかった。

 自分の存在自体にも嫌悪を覚え、自暴自棄になりかけたアレクを支えたのは、アントーレで出会った三人の友だった。


 感情の機微を知ることに長けたルイタスは、アレクを支えようと必死に言葉を尽くしたし、アモンは互いが倒れるまで剣の稽古に付き合ってくれた。

 アモンにしてみても、実の祖父があの簒奪劇に加担していたというのは、深い傷となっており、それだけにアレクの絶望と嫌悪が手に取るように分かったのだろう。

 騎士団を誇りに思う気持ちと血塗られた歴史との間で悩みながら、アントーレの継嗣としてどう生きるべきか、アレクと共に模索する道を選んだ。


 そして、もう一人の友グルークは、アレクが最も必要としていた為政者としての在り方を、アレクの前に指し示しそうとした。


 アンシェーゼを統べる事は、皇后の長子として生まれたアレクの権利ではなく義務なのだと、グルークは辛抱強くアレクに説き続けた。

 皇位を巡って内乱が起これば、国は疲弊し、民は苦しむことになる。

 アンシェーゼの第一皇子として、また、皇后が生んだ唯一の皇子として、アレクは必ずや帝位を掴まなければならない。 


 アレクが自身の葛藤を乗り越えて、帝位を見据えて歩み始めるまで、この三人は常にアレクのかたわらにいて、今なお修羅の道を進むアレクを支え続けてくれている。


「皇后陛下はどんな手を使ったんだ?

 何かロフマンの弱みでも握ったとか」

 首を捻って問い掛けるグルークに、ルイタスは違う、と苦笑した。

「ロフマンは皇后についた訳じゃない」

 そう答えた後、ルイタスはちらりとアレクに目をやった。

「ディレンメル家との縁組を承諾した理由は殿下だ」


「私は何もしていないぞ」

 思いがけないところで名前を出されたアレクは当惑する。

「つまりですね」

 ルイタスは、ちょっと誇らしげに唇の端を上げた。

「セゾンがレイアトーと手を組めば、アントーレに後見される殿下は、武力面では五分五分。

 その均衡を壊し、殿下優位とするために、ロフマンは忌み嫌っていたディレンメルに、娘を嫁がせることにしたんですよ」


「つまり、次代の皇帝はアレク殿下がふさわしいと?」

 そう断じたグルークの言葉に、ルイタスは頷く。


「内政をあまり顧みない皇帝陛下と違って、アレク殿下は持てる権限を可能な限り使って、様々な改革を行ってきたでしょう?」

「ああ」

 それは掛け値なしの事実だった。

 グルークの進言により、アレクが決断し、実施に向けて尽力した。


「地方まではまだなかなか手が回りませんが、首都ミダスに関しては、細かい法令を改定し、貧民や流れ者を保護し、河川や下水などの整備も着実に行いました。

 そうした実績に目を向ける貴族は多くありませんが、きちんと見ている者はいるわけです。

 だからロフマン卿は、今回動いた。

 つまり、今回の事は殿下の功績という訳です」


 人当たりが良く、いかにも誠実で温厚な雰囲気を漂わせているせいで、ルイタスは警戒されずに人の噂話をいろいろ拾ってくる。

 多少の誇張はあるのかもしれないが、ロフマンがこちら側についたという事は信じていいのだろうとアレクは安堵した。


「これで騎士団の二つは手に入ったか」

「とはいえ、結局は皇帝陛下の意志一つですからね。陛下自身のお心をこちらに向けないと、何とも…」


「そう言えば皇帝陛下は、今度は、十五の侍女だか、女官だかに夢中だと聞いたぞ」

 話しながら、アレクはいい加減、父親の節操のなさに嫌気がさしてくる。

「十四です、殿下」

 ルイタスが短く訂正した。

「身分が低いので、男児を生まない限り、この侍女が側妃に上がる事はないですね」


 皇帝の妃となるには、ある程度の家柄か皇位継承者を生んだという実績が必要となる。

 因みに、パレシスの第五皇女を生んだ女性は、アンシェーゼの貴族の流れをくむ女官だったので、懐妊した時点で側妃に召し上げられた。


 第一、第二、第三皇女は、母親がそれぞれ身分の低い侍女であったため、側妃の身分は与えられていない。

 一方、同じく身分は低くても、ツィティー妃はセルティスという皇位継承者を生んだため、セルティスが生まれた時点で側妃の称号を与えられた。

 マイアール妃が、皇帝の手がついてすぐ側妃の称号を賜ったのも、養父セゾン卿の名が大きかったからだ。


 アンシェーゼでは特に身分が重要視される。

 そういった意味で、ヴィアが皇帝の養女となっていた事は、アレクにとって幸運だった。

 ツィティー妃の連れ子という立ち位置だけでは、妃として庇護してやることも難しかっただろう。


「側妃と言えば、ヴィア妃殿下と皇后陛下の不仲もちらほら噂されていますね。

 皇后陛下主催の宴を欠席されたことが原因なのですけれど」


「体調が落ち着かれたら、ご一緒に皇后の元へ出向かれたらよろしいでしょう。 

 お一人で行かせるのは危険ですので、その辺りは徹底された方がよろしいかと思います」


 多少の嫌がらせの類なら、あのヴィア側妃であれば、難なく乗り切ってくれるだろう。

 だが、あの皇后は何を仕掛けてくるかわからない。

「わかった」


 父親があれで、母親がこれかと思うと、アレクはため息をつきたくなった。


 つくづく肉親には恵まれないと心の中で呟いたが、ふと、異母弟のセルティスを思い出し、弟を作ってくれたことだけは感謝してもいいかなと思い直した。

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