87話〜おばちゃん、もう一回弾をくれ!〜
「うんまぁ!この焼きそばうんまぁい!」
「お好み焼き食うんや無かったんかい。まぁ、ええわ。うちもなんか買うて来るわ」
「かき氷も美味しいよ!あ、ちょっとキーンってなって…いた、痛たた!」
「桃花ちゃん、ゆっくり食べないと。そういう時はおでこを冷やすといいわよ。このラムネの瓶使ってみて」
「うぅ…あ、ホントだ。凄い!痛くなくなったよ!」
「それは、よかったわ」
5人の少女達が、屋台を巡り歩きながら楽し気に会話している。
蔵人達は、無事に祭月さんを捕まえ、出店が連なる大通りを歩いていた。
広い道の両端に、幾つものお店が出店しており、そこら中から美味しそうな匂いや、楽しそうな笑い声が溢れている。
蔵人達も、とりあえず目に付いた出店で、各々が好きな物を買い食いしていた。
祭月さんは先ほどからソース系をよく食べているのだが、大丈夫だろうか。我々が今着ている桜城のジャージは真っ白生地なので、ソースを落としたら結構な大惨事となってしまいそうなのだが…。
蔵人が心配そうに祭月さんを見ていると、前を歩いていた鈴華が首を捻った。
「んー…あんま美味くねぇな、このチョコバナナ。見た目美味そうに見えたのに、そんなに甘くないぞ」
「若いバナナだったのよ。チョコでコーティングされてて見えないから、縁日ではよくある事よ」
鶴海さんは本当に物知りだ。
お祭りとかも、結構参加するのだろうか?
「え〜…じゃあ、もう要らんわ。はいよ、ボス」
鈴華が、グイッと片手をこちらに押し付ける。
カラフルなカラースプレーチョコがふんだんにかかったチョコバナナが、殆ど原型を留めて渡って来た。
「殆ど食ってないな。300円もしたのにいいのか?」
そう言いながら、蔵人はバナナを受け取ると、一口。
うん…確かに熟してはいないが、チョコの甘さを考えると、このくらいの方が甘ったるくなくて食べやすい。
蔵人がそれなりの評価をチョコバナナに与えていると、それをみた鈴華がニヤニヤと口元に笑みを浮かべる。
何かな?
「ボス、それ、間接キスだぜ」
うん?ああ、そういう事か。
「気にするタイプだったのか?すまんな」
鈴華はそういう事に疎いと思っていたが、結構繊細なのかもしれない。
でも、捨てる訳にもいかないし、結局食べる事になるよな?
蔵人は不思議に思いながらも、とりあえず謝っておく。
すると、今度は鈴華が困った様な顔になる。
「い、いや。別に、ボスが嫌じゃないんだったら、あたしは、その、別に…」
しどろもどろになる鈴華。
彼女が顔を伏せていると、それを下から覗き見た伏見さんと祭月さんが声を上げる。
「なに、しおらしくなってんねん」
「あー!顔が真っ赤だ!鈴華が夕日みたいになってる!」
「う、うるせぇぞ!バカ2人!」
「自分もアホやろが!」
「そうそう。赤点組だな!」
鈴華と伏見さん、祭月さんの3人が仲良く罵り合っている。
青春だな。
目の前の5人は普段以上にはしゃいでいる様に見える。
お祭りという特殊な環境が、彼女達の心を開放的にしているのかも知れない。
もしくは、気心知れた仲間と一緒にいる事で、気が大きくなっているのかも。
たった数ヶ月とはいえ、一緒に辛い練習に耐え、間接的ではあるが、都大会を勝ち抜いた仲間だ。
少しは深い仲になっているのかも。
こういうオフの交流は珍しいから、更に親睦を深めていって欲しいものだと、蔵人は暖かい目で5人を見る。
そうすると、祭月さんが何かに気付いたのか、少し大きな出店に駆け寄る。
出店の看板には、〈射的〉の文字。
「おぉい!みんな見てみろ!あそこあそこ!」
祭月さんが興奮して突き出す指の先には、棚に乗った景品が鎮座している。
その足元には、順位と点数が書かれている。
どうも、射的と言っても、景品を直接撃って落とす方式ではなく、輪投げの様に点数を稼いで、その稼いだ点数によって景品が変わるらしい。
で、その景品の中に、祭月さんの興味を引いた物があるらしい。
どれだろうか。
「なんや騒々しいやっちゃな…ほぉ、なかなかええ景品もあるやないか。1等は…熱海温泉旅行か。ん〜…ペアチケットやと、お母ちゃんとウチしか行けんからなぁ」
「違う違う!そっちじゃない!」
熱海旅行は祭月さんのお眼鏡に適う景品じゃないらしい。
では、これかな?
蔵人がその商品の名前を読み上げる。
「3等、肩こり解消!楽々片手でマッサージ器。なるほどな、こいつは良い物だ」
「そんなジジくさいのじゃない!」
じ、ジジくさい…!
蔵人は祭月さんの言葉に撃たれ、地面に膝を着く。
いや、違うんだ。これを柳さんにって思っただけだ。
柳さん、最近疲れたと言って、首を鳴らしていたから、これは良いと思っただけ。
魔力循環を教えてあげたら、多少は良くなったと言っていたが、これがあれば更に良くなると思ってだな。
断じて、自分が使いたいと思ったりは…したかも知れない。
「蔵人ちゃん、大丈夫?」
鶴海さんが、蔵人を心配してしゃがみ込む。
その隣で、西風さんも座り込み、蔵人の背中を摩る。
「蔵人君、肩凝ってるの?僕がマッサージしようか?」
2人の優しさが、心に染み入る。
「ありがとう、大丈夫。まだ凝る歳じゃないから」
2人のお陰で、蔵人は何とか立ち上がる。
景品棚の前では、鈴華が魔法少女のお人形を指で突いている。
「じゃあ、お前が欲しいのは何なんだよ?まさかこの、5等の人形か?何キュアとか言う奴だろ、これ。小学生用のアニメじゃなかったか?」
「ちっがーう!これだよ!2等の、プレイメーカー2!しかもモンスターバスターGのソフト付きだよ!?絶対欲しい奴じゃん!」
鈴華の問いに、祭月さんは堪らないと言った様子で力説する。
どうも、この最新ゲーム機が欲しかったらしい。
異能力が溢れる世界でも、ゲームや漫画、エンタメは異能力が無い世界と同じように発達しているらしい。
女性が中心の世界なのに、こういう所が史実と似ているのは、どうしてなのだろうか?
蔵人の思考がまたズレている間に、鈴華と祭月さんの会話が進む。
「なんだよ。お前まだプレメ2持って無かったのかよ。あたしなんてとうの昔に、モンバスのハンターランク100超えしてるぜ」
鈴華が得意げに話しているけど、ここにいる大半の娘は何を言っているのか分かっていない様だった。
ただ、鈴華はゲームも好きなんだなと、蔵人は思った。
「くっそー!絶対取って、やりこんで、鈴華のハンターランク超えてやる!」
そう意気込んで、祭月は射的屋に突撃する。
だが、良いのかね?タダでさえ遠い赤点回避の道が、更に遠のいた気がするのだが。
しかし、蔵人の心配を他所に、祭月さんは玩具の銃を片手に、凄い集中力で射的を楽しんでいる。
腕をめいいっぱい伸ばして、遥か先の的に向かって軽快にパンパン撃っている。
…撃っているが、あまり芳しくは無さそうだ。
弾は殆ど的の端に当たり、点数は伸び悩んでいた。
そして、すぐに弾切れとなった。
屋台主のお姉さんが、100円位のプラスチック製玩具がいっぱい詰まった箱を指さす。
「はい。残念賞。あそこから好きなの1個持ってきな」
「くっそぉお!もう一回だ!おばちゃん、もう一回弾をくれ!」
おばちゃんって。どう見てもまだ20代だろ?
蔵人が疑問に思っていると、それはお姉さんも大いに気にしていたご様子で、彼女の顔がみるみる険しくなっていった。
これは不味い。
蔵人は500円玉を財布から取り出すと、射的の台に小気味いい音と共に置く。
「僕もやって良いですか?"お姉さん"」
しっかりと、お姉さんを強調して問いかける。
蔵人が微笑んでお金を差し出すと、お姉さんは目尻を下げてウンウンと頷いた。
「勿論良いよ。隣の的を使ってね。この丸い所と、銃の先の突起が重なった所で狙うと当て安いからね。頑張ってね」
お姉さんはそう言うと、皿に入ったコルクの弾を渡してくれる。
ちなみに、丸い所は照門、突起は照星と言う。
ひい、ふう、みい…なんか、祭月さんが受け取った皿よりも、かなり弾数が多いのだが?
蔵人が自分の皿の弾を目で数えると、3発ほど、祭月さんの時より多い事に気付いた。
お姉さん発言の賜物か、はたまた笑顔での対応が良かったのか。
それには祭月さんも気付いたみたいで、蔵人の皿を覗き込んで、目を皿のように丸くした。
「ちょ、これ私の時より多くない!?ちょっと!おばちゃ…」
蔵人の右手が、素早く祭月さんの口を塞いだ。
折角リカバリーしたのに、この娘はすぐ混ぜ返そうとするんだから。堪らんぞ。
「ほらよ、追加の弾」
お姉さんがぶっきらぼうに、祭月さん用の弾を机の上に置いていった。
が、やはり蔵人の対応が遅かったみたいで、祭月さんの弾は最初よりも2発ほど減らされていた。
「な、なんで、こんな差が…!?」
祭月さんは、まるで訳が分からないよと言う顔で、蔵人の皿と自分の皿を交互に見続けている。
「祭月ちゃん、口は災いの元よ」
鶴海さんが祭月さんの後ろで、やれやれと首を振っている。
その横で、西風さんも「おばちゃんは不味いよ。おばちゃんは」と小声で漏らしていた。
結局、祭月さんは4回の銃弾充填を行い、4つの残念賞玩具と、6等のキーホルダーを獲得した。
キーホルダーはそこそこの獲物じゃないだろうか。西風さんが可愛いと呟いていたし。
でも、祭月さんは不満そうなご様子。未練タラタラの顔で、蔵人をジッと見ている。
何故って?
それは、蔵人が当初の目的通り、3等のマッサージ器を手に入れたからだ。
弾数も多いし、銃なら腐るほど撃ってきた黒戸だったから、今回も楽勝で1等だって取れるだろうと思って始めた射的ゲーム。
だが、かなり苦労した。
寧ろ、前世の銃の経験が邪魔をした部分もあった。
なんせ、黒戸が撃ってきた銃は、大半がライフリングのある近代以降の銃ばかりだったから、回転がかからない弾の、なんて狙いの付けにくいことか。
お陰で、最初の2発は完全に試し打ちとして使ってしまった。
その後は軌道修正して、何とか3等に到達する点数までは稼ぐことが出来たのだが。
「なぁなぁ、蔵人君や」
祭月さんが、猫なで声で話しかけてきた。
なんだろうか?あからさまにへりくだって来たぞ。
まさか…。
「もしかして、このマッサージ器、欲しいのかい?」
「要らんわ!」
思いっきり吐き捨てられた。
ショックだ。
蔵人はジェネレーションギャップに落ち込む。
落ち込む蔵人に、再びすり寄る祭月さん。
「そうじゃなくてさぁ。なぁ、もう一回、やってみたりはしないのかい?後半、かなり調子良いみたいだったし、最後なんてど真ん中だったじゃん?次やってみたら、2等くらい、取れるんじゃないかな?」
ああ、そういう事。
蔵人は合点がいった。
つまり、俺に取れと言いたいのだ。彼女は。
蔵人は彼女の意図を理解し、笑顔を向ける。
「お断りだ」
そして、キッパリと断った。
「なんで?」
でも、そんなことで引き下がる祭月さんじゃない。
蔵人も短い時間だが、彼女の性格が分かってきた。
蔵人は片手を上げて、指を3本立てる。
「理由は3つ」
「何?」
間髪入れずに聞いてくる祭月さん。
若干、目が怖い。
「1つは、俺にメリットが無い。俺は、プレメ2要らないからね」
「私が欲しい」
…ホント、欲望に忠実な娘やなぁ。
「それでは、自分で取ってくれ」
「それが出来ないから君に頼んでいるのだ。頼んだぞ、蔵人」
蔵人の肩を掴み、重々しく頷く祭月さん。
勝手に頼まれてもなぁ。
「2つ目は、君の為にもならない」
「なる。めっちゃなる!」
荒い鼻息が、蔵人に当たるほど顔を近づける祭月さん。
近いよ。近すぎる。キスでもする気かお嬢さん。
蔵人はため息を一つ。
「さてどうだろうね。君がこれ手に入れたら、相当にやり込むんだろ?そうなったら、勉強する時間はどうなる?次のテストは手伝わないよ?」
「やる!ゲームも勉強もちゃんとやる!テストも手伝って!」
本当かね?彼女の性格からして、ゲーム一辺倒になりそうな気がする。
それに、最後にちゃっかりテスト勉強の予約までしてきたよ。
蔵人はこめかみを抑えながら続ける。
「…3つ目だけど、俺は既に高得点をマークした。この店で遊ぶことはもう出来ない。荒らしになるからね」
上位景品を根こそぎ取り尽くし、他の人が遊べなくしてしまったら、商売上がったりだ。
別に規則がある訳じゃないけれど、豪華賞品を得たプレイヤーは身を引くのが最低限のマナーだろう。
お店の店主に目線をやると、お姉さんは笑って頷いている。やはり、正解の様だ。
ということで、この場はお開きである。
蔵人は強制的に、グズる祭月さんを引きずりながらお店を離れる。
「嫌だ!プレメ2取ってくれるまで、ここを動かないぞ!」
「なんだよ面倒くせえな。親に買ってもらえば良いだけだろ?」
「桜ねぇが絶対に許さないもん!勉強しなくなるって言って!」
「なんや、やっぱりカシラが言うとった通りやないか。せやったら勉強するしかないやろ」
「そうね。勉強して、良い点取れば、きっとお姉さんも分かってくれると思うわ」
「嫌だァ!勉強したくないぃ!」
「うわぁ…本音ダダ漏れだよ。ゲーム機取れなくて良かったんじゃないかな?」
………。
とにかく、こんな目の毒な所から、とっとと撤退するに限る。
気を取り直して、蔵人達は屋台巡りを再開する。
暫くは、プレメ2の事を恨めしく言っていた祭月さんだったが、次の屋台でお好み焼き(大阪風)を食べ、くじ引き屋で光るブレスレットを当てたら、すっかり気分を良くしていた。
「見てくれ!こうして腕を傾けると、ほら!紫に光るんだ!」
光るブレスレットを誇らしげに鶴海さんに見せる祭月さん。
「ほんとね。とっても綺麗」
「ふふんっ。帰ったら雪花にも見せてやろう」
鶴海さんの褒め言葉に、ご満悦な祭月さん。
これでもう、プレメ2の事は頭に無いだろう。
あっても、勉強させる出汁に使ってやる。
そんな風にはしゃいでいたからだろう。
彼女の様子ををしっかりと見ていなかったが為に、飛び跳ねて喜んでいた祭月さんが、後ろを歩いていた人にぶつかってしまい、弾き飛ばされてしまった。
「ぎゃぁっ!」
衝撃でよろける祭月さん。
彼女の事も心配だが、ぶつけられた人物の方がもっと気にかかった。
"彼"は、真っ白な髭を蓄えたご老人だった。
物凄く高級そうな着物を着こなす小柄なご老人。
だが、その小さな体からは、身の毛がよだつ程の怒りに似た威圧のオーラが滲み出ていた。
…これは、一波乱あるぞ。
蔵人は内心、身構えるのであった。
主人公たちはお祭りを楽しんでいますね。
特に祭月さんは、これでもかという程欲望を発散させていますね。
「勉強漬けの夏休みだろうからな。鬱憤が溜まっているのだろう」
ですが、何やら大変な人とぶつかってしまったご様子。
果たして、彼女達の運命は…?
イノセスメモ:
・あべこべ世界でも、サブカルチャーはあまり変わらない?←女性中心の文化にならないのは何故?




