447話〜俺は俺が理想とする世界を創る〜
「「「【【ニッポン!ニッポン!ニッポン!】】」」」
VIP席に座る私のグラスを揺らす程、観客席の歓声は大きく熱い物となっている。
その称賛を受け取るべき人達は、既にフィールドを去っているというのに。
私は小さくため息を吐き出し、グラスに残った物を一気に飲み干す。早く、このお通夜の様な雰囲気の部屋を出ようと、身支度をする。
その最中、放送席の声が聞こえた。
『日本選手団が退場した後も、会場は冷めやらぬ雰囲気ですね。解説の高橋さん』
『劇的な勝利を飾った日本チームを前にして、興奮が抑えきれないのは私も同じです。相手のロシアは例年以上に強力な選手を揃えており、日本の勝利はかなり難しいとされていました』
『確か、Sランクが2人も参戦するのは珍しいという事でしたよね?』
『それに加え、グレーソル選手の力はU18選手のレベルを遥かに凌ぐものでした。黒騎士のクイン・ランパートを易々と粉砕するパワーに加え、桃花選手や剣帝選手をも上回る素早さも持ち合わせていた。それを、どうやってクリオキネシスで可能にしていたのか、私には見当もつきません』
『それだけ、グレーソル選手が素晴らしい技能を持ち合わせていたのでしょうか?』
『技能…本当に、技能で片付けられるものなのでしょうか。グレーソル選手が今まで無名だった事も含め、ロシアコーチ陣には色々と聞きたい所ですね』
気付く人は気付くわよね。
私も、最初聞かされた時は驚いたわ。特殊な薬で、2つの異能力を有する人が居るなんて。
まるでアグレスみたいだって、聞かされた時は思っただけだったけど、試合の様子を見ていて確信出来た。グレーソル選手は、アグレスに類する者だ。氷像になった時に放った彼女の言動は、アグレスそのものだった。ロシア政府の高官が語っていた薬って、アグレスに成る薬だったんだ。
恐ろしい。
私は、手提げカバンを肩に掛けて、足早に部屋を後にする。
恐ろしい。こんな薬を平然と使うこの国も、それを受け入れるこの国の国民達もみんな、恐ろしい。
そして、こんな国と手を結んでしまった自分が、愚かしくて泣きたくなる。選手をゴミみたいに使い潰す監督は、まさに両親のそれじゃない。私は、そんな人達に手を貸してしまった。
後悔が胸いっぱいに広がり、私の足はいつの間にか止まっていた。
目を瞑ると、前半戦の最後、ロシア選手達の疲れきった顔が浮かんでくる。彼女達の顔が、いつの間にかイーグルスの面々に切り替わっていく。
ああ、私も結局、両親と同じことをしていたんだ。あの人達に気に入られようとして、あの人達と同じ人間に成り下がっていた。
今更それを理解し、私の胸がキツく締め付けられて、堪らず背中を丸めた。
その背中を、背後から誰かに強く押さた。
私はバランスを崩し、前のめりに倒れてしまった。
次いで、
【邪魔だよ!小娘!】
倒れた私の背中に、罵声が浴びせられた。
痛みで鼻にシワを寄せながら顔を上げると、ドシドシとトドのような体を揺らしながら走る女性の背中が見えた。
あの脂肪の塊は…ハッセル会長?
何をそんなに、慌てているの?
〈◆〉
【バカ者共が。あんな危険な生物を投入して、しかも負けよってからに…】
私は愚痴を零しながら、先を急ぐ。
あれだけアグレスの力を使ってしまって、一般人からも変に見られてしまった。詳しい奴らが見たら、すぐにバレてしまうだろう。
【やり過ぎだ、ヌーベル。もう私では、擁護出来んぞ?】
気絶までして医務室に運ばれたあの生物は、今頃軍に拘束されている事だろう。ただ素早いクリオキネシスとして演出させればいい物を、アグレスの本能剥き出しで戦わせよって。
私は知らん。私の知らないルートから、ロシアが勝手に入れ込んだ事にしよう。
そうだ。ヒューゲルの奴に、ロシアチームが裏工作した跡を作らせよう。あいつらが事前検査で誤魔化した事にしたら、私の責任も薄れる。ちょっと謝って、対策を急がせると宣言するだけで丸く収まるぞ。
私は急いで携帯をかける。でも、何度ヒューゲルの奴を呼び出しても、あいつは電話に出なかった。
バカ者め。何故、雇い主の電話に出んのだ。
くそっ。役立ず。
みんなみんな、役立ずの無能共だ。アグレスまで使おうとするロシアの高官も、使い過ぎた監督も、黄色人種に負けるロシアの選手も、みんなバカばかり。
私の周りは、無能ばかりだ。
【はぁ、はぁ、はぁ】
息を切らし、私は地下の駐車場まで来た。
地上では来場者やスタッフの車でごった返しているが、ここは一部のVIPしか入れない。スカスカの駐車場を通り抜けて、私は黄色い愛車に乗り込んだ。
でも、
【はぁ?えぇえ?電源が入らないぞ?】
何度電源ボタンを押しても、起動しない。
ここ最近乗っていなかったから、バッテリーが上がってしまったのか?
くそっ。
どうする?迎えが来るのを待つか?だが、ヒューゲルの奴が電話に出んことを考えると、時間通りに来るか怪しいものだ。
私は、早くこの場から逃げ出したいのに。
幾ら日本の軍が手薄とはいえ、アグレスが感知されたら話は別だ。モタモタしていると、奴らの目がこちらに向いてしまう。早く逃げ出さなければならないのに…。
【ええい。動け!このポンコツ!】
こいつまで無能になったかと、私はハンドルを思い切り叩く。すると、電源が入り、ウゥウンッ!と愛車が息を吹き返した。
【よーし、よしよし。良い子だ、良い、うわっ!】
ハンドルを撫でていると突然、運転席が跳ね上がり、私は外に投げ出されてしまった。
【な、なんだ?何が起きて…?】
リクライニング?いや、あれは背もたれだけだよな。椅子が壊れた?やっぱり、もうこいつは破棄するべきポンコツなのか?
私は床に這いつくばり、怒りで震える体を起こし、無能な車を睨みつける。
すると、何処かから足音が聞こえた。
コツッ、コツッ、コツッ。
【お前の愛車まで、お前に愛想が尽きたみたいだな?くはっは!】
【だっ、誰だ!】
大きなシルエットに、私は目を細める。
聞こえてきた声は男性の声。世間知らずの男が相手であれば、いくらでも騙す事が出来る。
逃亡するのには色々と人手が居る。何かに使えるかもと、私が舌なめずりしていると、そいつの顔が蛍光灯の元に照らされた。
そいつは…。
【ぎ、ギデオン、議員?】
間違いない。イギリス平等党の元党首であり、イギリス最強のSランク異能力者、ギデオン・コッククロフトその人だ。
【あ、貴方が何故ここに?ご招待した覚えは、あ、ありませんが?】
【それは俺のセリフだ、ドーリス・ハッセル。会長であるお前が表彰式にも出ねぇで、一体何処に行こうとしている?あぁ?】
ギデオン議員の問に、私はどう返すべきか迷う。
ただの男なら言い包められるけど、彼はダメだ。女を仇のように思っていて、弁論も立つ政治のプロ。
そして、あらゆるモノを造り出す万能のSランク。
勝てない。口でも、力でも。この人が相手では、誰も、どうやっても勝てる筈がない。
私が黙っていると、議員はニヤリと笑った。
【大方、あのアグレスを試合に招き入れた罪から逃れようと足掻いているんだろう。自分は関係ないと、裏工作でもするつもりだったか?あぁ?】
【なっ、何故…】
何故それを!?と言いそうになって、私は慌てて口を噤む。
でも、議員にはそれで十分だったみたいで、私を見下ろしながら恐ろしい笑みを浮かべた。
そして、1枚の仮面を取り出した。
何も書かれていない仮面を彼が被ると、その表面が変形していく。
やがて、私好みのイケメンになった。
あの日、ホテルの前で会ったボーイだ。
ボーイが微笑む。
【お客様。この世界は異能力世界です。異能力に限界はありません。使い方次第で、どんな悪も暴かれるのです】
【ばっ、あっ、あっ…】
私は声を忘れて、暫く何も言えなかった。
その間にも、イケメンの顔が溶けて、議員の顔が元に戻る。
【お前のしでかした事は、先に逮捕されたオルロフから聞いている。逃げてるヌーベルも、直に捕まるだろう。お前が何を言わなくとも、お前の未来は変わらねぇ】
【なっ!】
私は肝が冷えた。
同時に、声が戻ってきた。
【違うのです!ギデオン議員!私は嵌められたのでございます!全ての首謀者は、ヌーベル副会長とその一味が!】
私は必死に訴えかけながら、議員の外套を掴んでいた。
そんな私を、議員は払う様に蹴り飛ばした。凄く嫌そうな顔で、転がった私を蔑んだ。
【汚ねぇ心だ。反吐が出る】
彼が指を鳴らすと、私の横で何かが擦れる音がした。
見てみると、私のポンコツ車がバキバキと破壊され始めた。
いや、違った。変形しているんだ。まるでアニメやSF映画みたいに、車が見上げる程大きな人型ロボットに変形した。
ロボットの隣に立つ議員が、ニヤリと笑う。
【消えろ。その醜い心ごと、全部】
『システム起動。目標捕捉。排除モードに移行します』
ロボットの右腕がこちらに向き、その砲台が眩い光に満ちていく。
不味い。
Sランクの魔力!?
殺される!
【やめろぉおお!!】
私の目の前が、光に満ちた。
〈◆〉
俺の目の前に、黒く焦げたアスファルトだけが残された。
汚い豚の姿は、何処にもない。
「ちっ」
俺は1つ、ため息を吐く。
すると、後ろに気配が生まれた。
背中から、声を掛けられる。
「殺すまでは頼んでいませんよ、議員」
「あぁ?」
振り返ると、案の定いけ好かない笑みを浮かべた金髪が立っていた。
俺はそいつを睨む。
「何を勘違いしている。俺はただ、腕の1本でも消し飛ばしてやろうとしただけだ」
「それが問題なのですよ、議員。特にこの日本ではね」
「はっ!だったら最初から、てめぇがやれば良かっただろうがよ。てめぇらが間に合わねぇって言うから、俺はここにいるんだぞ?」
「今帰ってきたばかりですよ。それに、ハワイ諸島で魔力を使い過ぎてしまった。だから、大変助かりましたよ、議員」
そう言う奴の顔色は、確かに悪い。真っ青までいかないまでも、大半の魔力を失っているのが分かる。
俺達Sランクがそれとは、相当なものだ。ハワイ諸島の決戦が、それだけの激戦であった証拠だろう。
「そうかよ。てめぇがそんな状態で帰ってきたってことは、向こうでの作戦は失敗したのか?」
「大成功ですよ、議員。現地で死者は出ていません。私がこうしているのは、もう1体のカイザー級に対処する為です」
もう1体のカイザークラス。それは、黒騎士が倒したあの少女を指している。
俺は歯噛みしそうになった口元を押さえて、笑みを貼り付けた。
「はっ!そいつはまた、仕事熱心な事だな。気絶したガキ1匹殺すのに、態々Sランクを当てるのか?この国は」
「……うむ」
俺の煽りに、大佐は苦い顔をした。
なんだよ?
「彼女達については、軍の中でも意見が割れています。敵と見なすべきなのか、大戦の被害者と見るべきなのかと」
「はっ!そう言って、本当は真実がバレそうだから焦ってんだろ?あのガキが使った力は、一般人でも複合異能力だってバレる代物だったからな」
だから、今更少女達を殺してしまうと、後々面倒になる恐れがあった。
悪いのはFを作り、使用した当時の政府であるのに、被害者である彼女達に罪を擦り付けて殺害したと言われる恐れがあった。
俺が指摘すると、大佐は肩を竦めた。
「貴方の言う通りです、議員。我々は罪を認めねばならない。近い内に、彼女達の存在を公にする準備があります」
「ほぉ。それで?そのガキ共はどうするんだ?黒騎士みたいに担ぎ上げるのか?あぁ?」
「彼女達は、権力の外側で保護する方針が考えられています」
「権力の外だと?」
「ええ。雷門様が保護者として、名乗りを上げて下さっています」
ほぉ、ミスター雷門か。
確かに、彼なら保護者に適任だろう。強さは俺以上だし、Fの服用でアグレス化をしなかった実績もある。
何より、彼以上にFの存在を悔いている人は居ない。
「良いだろう。その話、俺も乗ってやる」
「…どういう意味ですかな?ギデオン議員」
俺の提案に、大佐は表情を固くする。
俺はそれに、軽く片手を振って答える
「勘違いすんじゃねぇ。俺が言っているのは、ただの出資だ。ミスター雷門の行う活動を、俺達が全面的にバックアップしてやろうって言ってんだ」
俺が声を荒らげると、大佐は更に表情を固くし、眉を寄せた。
「どういう風の吹き回しです?議員。貴方が助けようとしているのは、他国の、それも少女ですよ?君達は男性優生思想家ではなかったですか?」
「はんっ。それこそてめぇの勘違いだ。俺が憎んでいるのは、過去の過ちと面と向かわず、コソコソと逃げ惑う卑怯者共だ。そいつらが作り出したのがFだって言うんなら、その被害者も俺達の保護対象だ」
「…感謝します。ギデオン議員」
大佐の野郎。今度は頭を下げてきやがった。
だから俺は、奴の胸ぐらを掴んで顔を上げさせる。
「誰に頭下げてんだ。あぁ?それをやる相手は、俺じゃねぇだろうがよ。俺がこうする事は、当たり前の事なんだよ。俺の祖母が、先祖がやらかした事は、今の大人が尻拭いしなけりゃならねぇんだ。そんなのは当たり前の事だ。だからてめぇも、てめぇら軍人も、ちったぁ当たり前の事をしやがれ」
「議員…ええ、そうですね」
胡散臭いサングラスを取って、大佐は俺を見据えて来た。
気色悪い。男同士で。
俺は大佐を跳ね飛ばし、後ろを向く。作り上げた車ロボを消して、立ち去ろうとした。
でもその背中に、大佐の声がかかる。
「ギデオンさん。私は貴方を誤解していた。それだけは、私個人として謝罪させて欲しい」
「…はっ。そいつは誤解じゃねだろうよ、勘違い野郎」
俺は顔だけ振り返り、大佐を見る。
皮肉たっぷりの笑顔を貼り付けて、捨て台詞を吐き捨てる。
「俺は天下のオールクリエイトだ。俺が作れない物なんて、この世界に何一つない。俺は俺が理想とする世界を創る。だから、これもその為の出資だ。慈善事業なんかじゃねぇ。感謝される事でもねぇ。俺のやってる事は全て、俺の理想郷の為だ。そいつだけは、今も昔も変わらねぇんだよ」
あばよ、テレポート野郎。
俺は今度こそ、その場を去る。
もう2度と、このいけ好かなねぇ野郎と出くわさないことを願って。
随分と変わりましたね、ギデオンさん。
「本人は変わっていないと言うが、ゲームとは手段を大きく変えたな。それこそ、ヒールがヒーローになる程に」
これも、蔵人さんの影響なのでしょうか?
「そうであれば良いな」




