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女尊男卑 ~女性ばかりが強いこの世界で、持たざる男が天を穿つ~  作者: イノセス
16章~天上篇~

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443話~許さない~

『ベイルアウト!ロシア40番、29番、36番!次々とロシア選手を制圧していく黒騎士騎兵団!なんて殲滅力だ!』


目の前に立ちはだかるロシア選手達を跳ね飛ばしながら、蔵人達はロシア前線を縦断する。

完全に日本の左翼に気を取られていたからか、まともな反撃もされずにここまで来ることが出来た。

その快進撃を見て、観客席は大いに盛り上がる。


『まさに、ヘタイロイ騎兵の如き活躍ですね。さながら、ヘタイロイ騎兵を率いる黒騎士選手は、アレクサンドロス大王と言えるでしょう』


ぐっ。そうか。この戦いを再現すると、騎兵隊の先頭はそう見えてしまう人もいるのか。

蔵人は走りながら、苦い顔をする。


だが、速度は緩めない。

目の前では今、フルフェイスの子が吹き飛んでいって、地面を何度も転がった末に力尽きた。

その途端に、右翼に集まっていたロシア選手達の動きが鈍った。ついさっきまで、集まった日本の左翼部隊に激しい攻撃を撃ち付けていたのに、急にその弾幕が止んだのだった。

見ると、数人が地面に座り込んでいた。

これは…湊音君のハーモニクスの後遺症か?Cランクとは思えないバフだったけれども、その分何かしらの反動があるのか?


蔵人は色々と考察を進めながらも、逃げ惑うロシア右翼に突撃した。


『集まったロシア右翼を日本の左翼が押し上げる中、ヘタイロイ騎兵もその中央に突っ込んだ!ロシア選手が宙を舞う!』

『これはロシアにとって厳しい一撃です。既にロシア前線が崩壊し掛かっていますよ』

『生き残ったロシア選手達が、円柱へと後退していきます!それを、黒騎士選手達が追う!一人も逃さんとばかりに、ヘタイロイ騎兵が敗走者達を狩り取って行く!ベイルアウト!ロシア8番!まさに、まさに征服王、イスカンダルの如き活躍だ!』

「「「【【【わぁああああああ!!!】】】」」」

「黒騎士さまぁ!」

【陛下!】

【大王様!】


多くの歓声が波のように押し寄せてきて、彼女達の熱がフィールドに渦巻く。

アレクサンドロス大王ねぇ。諸君らがそのように望むのならば、その熱量に乗るも一興というものよ。

蔵人は口の周りに盾を設置し、大きく息を吸い込む。そして、目の前で逃げ惑うロシア選手達を指さして、声を放つ。

ヘタイロイ騎兵にただ一言、檄を飛ばす。


『蹂躙せよ!!!』

「「おおー!」」


1人、また1人とロシア選手達を弾き飛ばしながら、我々は敵陣の円柱へと向かう。

どんなに相手を倒したとしても、得点は1点も入らない。日本の得点は今、300点負けている状態だから、勝つためには1度のタッチが必要である。

試合終了まで、あと5分…。


「黒騎士君!」


ロシア領域の半分ほどを走破した所で、後ろから叫び声が聞こえた。

海麗先輩の声だ。

振り向くと同時、頭上を何かが飛んでいくのが見えた。

なんだ?飛行機?いや、ボロボロのパワードスーツだ。


「ごめん!取り逃した!」


その一言で、漸くそれがロシアのパワードスーツであると分かる。

そいつの背番号は…1番。

ゼレノイ選手だ。


【戻れ!ゼレノイ!】

【りょ、りょう、かいっ!】


ロシア監督の鋭い指示に、ゼレノイ選手はふらふらになりながら空を飛ぶ。

フラフラながらも、彼女の両手背中から噴出されるアクアキネシスは物凄い量だ。追撃しようとしていた海麗先輩達を押し流し、円柱へと駆け寄っていた我々にもそのハイドロキノンを向けてきた。

蔵人は急停止し、推進力にしていた盾を前に回して、簡易ランパートでその攻撃を受け止める。

ぐっ!重い。


「黒騎士君!」

「危ない!」


咄嗟に後ろの2人が支えてくれて、転倒せずに済んだ。でも、その攻撃に耐えている間に、ゼレノイ選手の姿は彼方へと消えていた。

何処に?

蔵人が周囲を見回していると、放送の声が聞こえた。


『ここでロシアチーム、選手交代です!1番、ゼレノイ選手に代わり、2番…ええっと、これは…グレー、ソルさんですか?グレーソル選手です!』

『聞いたことない選手ですね』


見ると、ロシアベンチに突っ込んだゼレノイ選手の姿があった。既に装備の殆どは剥がれ落ちて、辛うじて残った片腕と胴体のパーツからは白い煙が立ち上っていた。

海麗先輩と鈴華のコンビに、随分とやられたみたいだ。Sランクを相手に良くやったぞ、2人とも。


そんなゼレノイ選手が倒れ込むと同時に、もう一人のSランクがロシアベンチから現れた。

フルフェイスのパワードスーツ。背丈はゼレノイ選手よりもかなり小さく、きっと湊音君よりも小さい。そんな子が、ゆっくりと、ゆっくりとフィールドに入ってきた。


嫌な雰囲気。

確かに、進藤監督が言われていた通りだ。

心がざわついて、苛立ちすら覚えるこの感覚。

…いや、まさか。でも…。


「気を付けろ、2人とも。あの選手は只者じゃない」


蔵人は後ろの2人に向かって、注意喚起を促す。

すると、

殺気。

それと同時、


「黒騎士さん!前!」


理緒さんが目を見開き、悲鳴のような声で叫んだ。

慌てて前に視線を戻すと、そこには巨大なアイスピラーを生成し終えたグレーソル選手の姿があった。


「ばっ!」


馬鹿な。目を離したほんの一瞬で、Aランクの氷像を作り上げただと!?

驚く蔵人。驚きながらも、体は動いていた。

勢いよく放たれたアイスピラーを前にして、蔵人は後ろの2人を抱き寄せながら地面へとダイブした。


ズガァアアン!


間一髪。アイスピラーは蔵人達のすぐ横を通り過ぎ、芝生を深くえぐり取りながら日本前線の手前まで侵攻した。

なんて威力。そして、なんて速度の弾丸だ。これが、Sランク?

蔵人が目を見開く下で、理緒さんも表情を強張らせる。

蔵人の後ろを見て、悲鳴を上げる。


「黒騎士さん!」


理緒さんの声で振り返ると、既にグレーソル選手の頭上には幾つものアイスピラーが浮かび上がっていた。そのどれもが、洗練された鋭いフォルムと、固く丁寧に作られた透明の純度を携えている。

有り得ない程強力に作られたアイスピラー。それを、有り得ない速度で生成している。

彼女がSランクだから、Aランクの魔力弾であれば幾らでも作り出せるのだろう。だとしても、これほどの生成スピードは有り得ない。一瞬で作り出されるアイスピラーはまるで、一瞬で作り出したランパートのようであった。

まるで、覚醒者と同等の練度。


「Sランクの…覚醒者だとでも言うのか…?」


蔵人の問に、グレーソル選手は答えない。ただ静かな動作で、我々の方に手を振り下ろす。

同時に、待機していたアイスピラーの軍勢が迫ってきた。

速い!

避け…。

無理!

死…。


「クイン•ランパート!」


あらゆる可能性の中から、3人が唯一生き残れる選択肢を瞬時に叩き出す。

蔵人の目の前に生成された五重奏のランパートが、高速で投げ出されたアイスピラーを受け止めた。

のだが、


グッ、グギッ、ギギギッ!


連続でアイスピラーを受け止めたクインランパートが、大きな軋み音を叫ぶ。

アイスピラーに押し潰される様にして、こちらへと大きく歪んでしまう。

不味い!

蔵人は無理やりランパートを斜めにして、アイスピラー軍を受け流す。氷柱は、蔵人達のギリギリを通り過ぎて行き、観客席前に張り巡らされたバリアに突き刺さった。

それらを受け流したランパートは、既に使い物にならない程ボロボロになっていた。


まさか、このAランクのアイスピラー全てに、Sランクの魔力を込めていたのか?あの一瞬の間に?

余りにも常識外れの力に、蔵人は思考が停止しそうになる。

だが、動かねばならない。相手の力量が推し量れなくても、行動しなければやられるだけだ。


蔵人は立ち上がる。

だが、それよりも先に、両脇の2人が動き出していた。


「私は右。桃ちゃんは左から」

「おっけー!」


グレーソル選手に向かって、高速で駆け寄る2人。ただでさえ素早くて捉えきれない彼女達だが、2人が別々の方向から迫る現状は、目で捉える事も難しい。

そう、思ったのだが…。


「ええいっ!」

「はぁああっ!」


左右同時に切り込んだ2人に、グレーソル選手はタイミングを合わせて後退して、その攻撃を軽々と避けてしまった。


「わっ!」

「きゃっ!」


まさか避けられるとは思っていなかった2人は、勢い余ってぶつかり合って倒れてしまった。

そこに、


「許さない」


グレーソル選手のアイスニードルが向かう。

させるか。


『グレーソル選手の攻撃が、倒れた桃花選手と剣帝選手を襲う!だが、ここで黒騎士選手が間に合った!クリスタルシールドでBランクのアイスニードルを受け止めました!』

『あの厚さ、あれはランパートですね。流石は黒騎士選手。瞬時にランパートを作り出す技能はグレーソル選手に負けていません』


褒めてくれているのは嬉しいのだがね、今のところ我々はグレーソル選手に負けっぱなしだ。

蔵人は、ランパートに深々と突き刺さった氷の針を見て、顔を強ばらせる。Bランクの攻撃ですら、規格外の攻撃力を秘めたものであった。

この子の特性は、氷の攻撃力を上げる事なのだろうか?てっきり、相手の行動を見極める方かと思ったのだが。


ピッ


蔵人がランパートとグレーソル選手を睨みつけていると、短い笛の音が聞こえた。

次いで、


【侵入ペナルティ!イエロー1枚!日本11、20、96番!】


審判の声が聞こえた。

ロシア領域に入って、60秒経ってしまったのだ。


「戻ろう、2人とも」

「うん」「はい」


蔵人は2人に声を掛けると同時に、グレーソル選手に向けて小さな鉄盾を幾つも飛ばす。

目潰し。囮用の欺瞞盾(チャフ)だ。

相手の姿が見えなくなったのを確認してから、蔵人達は自軍領へと全速力で走り出した。


しかし、厄介なことになった。

自軍領へと戻りながら、蔵人は眉を寄せる。

まさか、ロシアがSランクの覚醒者を所持しているとは思わなかった。しかも、相手は日本語をしゃべっていた。大国ロシアのSランクが、態々日本語を学ぶとは考え辛い。それよりも、湊音君と同じように勧誘された可能性の方が高い。

日本にはSランクが9人しかいないと言われていたのに、その1人をこの大会の、それもロシアに譲り渡したのか?

あり得ない。だが、もしも日本の高官が絡んでいて、日本を勝たせたくないからと、ロシアに加担していたとしたらどうか。技巧主要論の考え方が邪魔で、それを排除しようとする魔力絶対主義者達が邪魔をしてくる可能性は十分に考えられる。

そんな奴らが、ロシアと手を組んだのだろうか?


「ボス!」


鈴華の鋭い声で、蔵人は咄嗟に背後を振り向く。

今この状況で鈴華が驚くとしたら、後ろに置いて来たグレーソル選手が何かしているからだ。

そう察して振り返ると、そこには、我々を追いかける彼女の姿が。

10m以上離していた距離が、5m、3mと、瞬く間に縮められてしまった。

ばっ!?はやっ!?


「逃がさない」


全速力で逃げていた我々を、1秒も経たない内に追い詰めたグレーソル選手。彼女の手には、氷の刀が握られていた。それを、乱暴に振り上げる。

盾で防御?いや、間に合わない。

回避を!

蔵人が体を捩らせたと同時に、氷の刃が振り下ろされる。

だが、その刃は途中で止まった。

止められた。


「はぁああっ!」


理緒さんだ。彼女が刀を刀で受け止めてくれた。

だが、彼女の刀はただの刀。Sランクの刀の前では勝てる筈もない。

それが分かっているからか、理緒さんは振り返らずに叫んだ。


「行って!」

「くっ」


蔵人は感情を押し殺し、桃花さんの手を取って逃走を再開する。

それと同時に、背後から冷気が襲ってくる。

その直後、


『ベイルアウト!日本20番!』


理緒さんがやられた。

残ったのは、氷の刀を地面に突き刺したグレーソル選手と、2つに叩き居られた理緒さんの愛刀だけだった。


くそっ。

蔵人は罵声を呑み込み、日本前線に戻る。


「許さない」


その背中を、グレーソル選手のフルフェイスがジッと見つめていた。

イスカンダル戦法による蹂躙から一転、グレーソル選手の異様な強さに翻弄される蔵人さん達。


「異様か。まさに、異様な強さ」


領域差も46%対54%と負けてますし…ちょっと不味い状況?

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― 新着の感想 ―
氷の魔力に、女性、ねぇ…白百合でも関わっているのでしょうかねぇ?
日本チームの余力を削るための交換型魔力放射器?としての運用のAランク、勝利への決定力を発揮しないと 見切られた時点で、ベンチへ逃げ帰るためにSランクの力を消尽するゼレノイ。露国の高ランクも辛いね。 …
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