442話~戻ってきて!~
ハーフタイムが終了し、我々はロシアチームと対面する。
前半戦でかなりの差を付けられたロシアチームだが、彼女達の様子に悲壮感はなく、装備もメンバーも一新されている。前半戦でボロボロになった彼女達は全員、交代させられたみたいだ。
13人を纏めて交代させるなんて、随分と大胆な人事である。選手登録の上限は決まっている筈だから、もう控えの選手はほとんどいない筈だけど、大丈夫だろうか?
心配する蔵人とは反対に、観客席は盛り上がっている。
『さぁ、両チームが出揃いました。日本は円柱役を1人として、殆どの戦力を前線に費やしています。一方のロシアチームは、円柱に5人も配置していますね。これはどういった意図なのでしょうか?解説の大橋さん』
『既に70%の領域を取られていますので、コールドを回避する目的なのだと思います。また、ロシアの前線にはSランクのゼレノイ選手が出てきていますので、人員を後ろに回す余裕が出来たとも言えるでしょう』
『なるほど。逆に日本が前線に人数を割いたのも、ゼレノイ選手を警戒しているからとも取れそうですね』
『ええ。日本はSランクが居ませんからね。前線を厚くして防ぐつもりなのでしょう』
『なるほど。ですが日本には、黒騎士選手が居ます』
『はい。それに加え、策士の鶴海選手、そして黒拳の海麗選手も出て来ています。決して人員で劣っている訳ではないと思います』
『ロシアが誇るSランクのゼレノイ選手と、日本の精鋭達との激闘がどのようなドラマを生むのか。大注目の後半戦が、今…』
ファァアアアン!
『始まりました!』
「「【【わぁあああああ!!】】」」
ドンッドンッドンッドンッ!!
大歓声が起こるスタジアム。
蔵人は素早く魔力を回し、日本前線にすぐさま水晶盾を並べた。
だが、攻撃が来ない。
前半戦ではスタートと同時に砲撃を開始していたロシアチームの遠距離攻撃部隊は、後半戦では鳴りを潜めた。
代わりに、歌声が聞こえてきた。
「~♪~♪~♪」
心が揺らされる歌声。それが、ロシアの前線中央から聞こえる。
それを歌っているのが、フルフェイスの選手。顔は見えないが、この声は湊音君の声とそっくりだった。
「湊音!」
鹿島部長の悲痛な声が、観客席から聞こえた気がした。
やはり、目の前のフルフェイスは彼で間違いない。だが、何故ロシアなんかに加担するのだ?
そう思う間もなく、水晶盾に激しい攻撃が撃ち付けられた。
ロシア前線からの遠距離攻撃だ。
『強力な砲撃が、黒騎士選手のシールドラインに突き刺さる!前半と同様に激しい攻撃が開始され、黒騎士選手の盾が破壊されています!』
『ですが、直ぐに立て直しましたね。壊された盾を瞬時に入れ替えて、後ろに付いたクマ選手とハマー選手が補強しています。流石は日本の男子選手達。見事な物です』
過分なご評価、大変ありがたいんですけどね…見事じゃないんですよ。かなり、不味い状況なんです。
蔵人は、盾の裏で一生懸命に魔力を放出している仲間に視線を向ける。
左翼では、慶太とアニキが盾を補強して踏ん張っている。理緒さんも、迫り来る砲弾を切り裂いて応戦していた。
右翼でも、米田さんがソイルキネシスで土壁を作り、水晶盾で防ぎきれない部分の穴埋めをしてくれている。鈴華と円さんも、鉄粉をばら撒いて、その上を通った攻撃を操ることで攻撃を弾いてくれている。
中央では、鶴海さんが盾の補強をしてくれている。桃花さん達も、相手前線へと反撃をしてくれている。
みんなのお陰で、シールドファランクスは保たれていた。
だが…。
蔵人は、視線を相手前線へと向けた。
そこでは、無数の弾丸を撃つCランクとBランクの姿しかなく、Sランクのゼレノイ選手は構えたままだ。前半と同等の激しい攻撃は、未だ主砲が放たれない状況で作り上げられていた。
相手の攻撃力が底上げされている。これは、湊音君の影響だ。
その影響で、相手の副砲程度で手いっぱいとなってしまった。
そして、とうとう主砲が動き出す。
『ゼレノイ選手の一発が放たれる!圧縮された極大の砲弾が、強化されたクリスタルシールドに直撃!右翼を守っていた米田選手と難波選手が吹き飛ばされた!一瞬でベイルアウトだぁ!』
くそっ!盾が持たなかった。盾の後ろで頑張ってくれていた人達まで巻き込んで、相手の主砲が日本領域へと到達してしまった。
苦虫を潰す蔵人。それに、追い打ちをかけるようにゼレノイ選手が手を動かす。
魔力が、動く。
『ゼレノイ選手。再び構える。強力な弾丸が再び中空で形作られていく!そして、放たれた!今度は中央だ!』
不味い!
「デュオ・ランパート!」
蔵人はすぐに、中央に2重のランパートを生成する。
だが、こんなので止められないのは分かっている。幾ら鶴海さんが補強してくれていても、Sランクの攻撃は五重奏でなければ止められない。だが、魔力が足りない。副砲と主砲を同時になんて、相手できない。
「退避だ!退避し…」
中央のみんなに退避勧告を叫ぼうとした。その時、
「チェストォオオ!」
水晶盾の前に2人の人物が飛び出して、空気を切り裂く気合と共に、真っ黒な拳が水の大砲を殴りつけた。
拳を真正面で受けた砲弾は、中心部分から粉々に砕け散って消えた。
それをやってのけたのは、我らが海麗先輩だ。彼女は黒い拳を突き上げて、ニカッと笑う。
「Sランクは私達が対応するから、黒騎士君達は心配しないで!」
「そうだぜ、ボス。あたしらに任せとけ!うわっ、とと」
海麗先輩にくっ付いていて前に出た鈴華も、勇ましくそう言ってくれる。でも直ぐに、向こうチームの副砲が鈴華達を狙い撃ちにする。
鈴華は海麗先輩を抱えて磁力で飛び退き、ロシアの砲撃を全て避けて見せた。
なるほど。海麗先輩の攻撃力と、鈴華の機動力でSランクを抑えるつもりか。
【雑魚に構うな!ゼレノイ!撃ち続けろ!】
【了解!】
監督らしき人の指示で、ゼレノイ選手はSランクの砲撃を幾つも撃ち込んでくる。
だが、その度に海麗先輩を乗せた鈴華が飛び込んで、海麗先輩は拳一つでそれを砕け散らせた。
それを見て、会場が湧く。
『流石は美原選手!その拳はまさにSランク!日本のAランクがロシアのSランクを圧倒するぅ!』
「「【【う・ら・ら!う・ら・ら!】】」」
Sランクの攻撃を止めたことで、流れは日本に傾いたかのように見える。
だが、ロシアの猛攻は止まらない。後半で選手の総入れ替えを行ったロシアは、活力が漲っていた。
加えて、
「~♪~♪~♪」
湊音君のバフで、更に破壊力を増していた。
我々はこれを、受け止めるしか出来ない。円柱役に多くを割いている筈のロシアだが、それを感じさせない猛攻を仕掛けて来る。
これは、前に出るしかない。相手の前線と接してしまえば、前半戦と同じように乱戦へと突入できる。そうなれば、近距離役が多いこちらが有利。
「鶴海さん!前に…」
そう提案しようとしたのだが、その途端にロシア側の弾幕が薄くなった。
次いで、
「~~♪~~♪」
心を躍らせるような、激しい歌が始まった。
これは…。
【【ウラーーーー!!!】】
『でたぁ!ロシアの得意戦術、砲兵優勢方式だ!ゼレノイ選手を中心に、高ランク選手が濃い弾幕をばら撒きつづける中、勇敢なCランクの選手達が突撃しています!円柱役からも4人が突撃に加わり、日本前線へと走り込みます!』
『かなりの練度が無ければ出来ない戦法です。いつ自分達がフレンドリーファイアされるか分からない状況だというのに、駆け寄る彼女達に躊躇する様子はありません。余程、砲撃部隊の腕を信頼しているのかが分かりますね』
それもあるのかもしれない。だが実際は、彼女達の恐怖心が薄れていることが大きいだろう。
蔵人はロシア前線に視線を向ける。そこで、デスマーチを高々と歌うフルフェイスを睨みつける。
湊音君の歌で、彼女達は死兵となっている。祭月さんの地雷原に突っ込ませた時と同じように、ロシア選手達の心を操っているのだ。そうなれば、仲間の弾幕に撃ち抜かれることよりも、戦果を挙げることを優先する恐ろしい兵士が出来上がってしまう。
その死兵が、水晶盾へと向かってくる。同時に、ロシアの後方から無数の弾丸が飛んできた。
ゼレノイ選手だ。
Sランクの攻撃では海麗先輩に撃ち落とされると分かったからか、多方面にAランクの攻撃をばら撒き始めた。
「くっ!」
「迎撃よ!」
「数がおおいよぉ~!」
前線一杯に広げられた高ランクの弾幕は、幾つかが海麗先輩達によって叩き落され、幾つかは狙いを違えて死兵達の頭上へと降り注いだ。
【ぎゃぁ!】
『ベイルアウト!ロシア35番のズラータ選手が、ゼレノイ選手の砲撃に巻き添えを食った形でベイルアウトです!』
仲間がやられた場面を見ても、ロシア選手達の突撃は止まらない。撃ち落とされなかった砲撃が、水晶盾を破壊しているのを見たからだ。盾が無くなったその隙間から、死兵達が飛び込んでくる。
「うちが取ったるわ!」
早速、日本の迎撃部隊が出迎える。
だが、まともに動けるのは伏見さんくらいであった。他のみんなは、未だに続く強力な砲撃に対応するので手いっぱい。
蔵人も、前線から離れることが出来なかった。
『次々と日本領域へと侵入するロシア選手達。対する日本は、空の王者、伏見選手が迎え撃ちます』
『これは厳しいでしょう。伏見選手は、日本選手の中でもダントツのキル数を誇っています。ですが、これだけ広範囲で侵入されては、迎撃のしようがありません』
『伏見選手の一撃!早速、キルを1つ取りました!残り5人のロシア選手がフィールドを駆ける!』
『速いですね、ロシアの選手達。各々が異能力を推進力にしているみたいです』
ああ、そうだった。ロシアが来ているのはイーグルスと同系統の装備。だから、攻防だけでなく移動能力も高いのか。
『再び伏見選手の襲撃!2つ目のキルを取りました!ですが、ここでロシア29番!フォースタッチ成功!40番もタッチ!36番もタッチ成功だ!』
『27番もタッチ成功しましたね。これで、ロシアに1900点(タッチ得点300点+Cランク4人ボーナス1600点)が加算され、ロシア領域は53%(34%+19%)と、逆転しました』
逆転を許してしまったか。
「鶴海さん」
蔵人は後ろを振り向き、我らが軍師に打診する。
「前に出ましょう」
前に出れば、晒される脅威は倍増する。盾が壊れて全滅するリスクもある。
だが、前に出なければチャンスはない。Sランクとバッファー。この2人を打破せねば、我々に勝ち筋はないのだから。
蔵人の一か八かの進言に、鶴海さんは頷く。
「そうね。でも、ただ前に出るだけでは勝てないわ」
「…と、言うと?」
蔵人の問いに、鶴海さんは小さく微笑む。
「斜め前に進みましょう」
〈◆〉
僕の歌は最高だった。
僕の歌声を聴いた途端に、ロシアのみんなは凄く元気になり、黒騎士が作る日本前線に飛び込んでいった。
そして、見事に勝利して帰って来た。
【任務…完了…です】
【ご苦労。そのまま戦隊に加われ。お前達は…あ~…】
指揮官役だったゼレノイ選手は砲撃をしながら、タッチから帰って来たCランクのみんなに指示を出そうと口を開ける。
でも、ずっと【あ~】だの【えっと~】だのを繰り返すばかりだ。
なんだよ。Sランクの癖に。指示もまともに飛ばせないのかよ。
魔力ばっかりで頼りない奴だなぁと僕が呆れていると、ベンチから指示が飛んだ。
【Cランクは左翼と右翼に展開!日本前線に圧を掛けろ!円柱役も日本に合わせて1人で良い!絶対にこの点数差を死守するのだ!】
【了解】【りょうかい】【了かい】
バラバラに返事をするみんな。
何だかみんな、気持ちが入っていない。逆転できて気持ちが緩んでしまったのだろうか?
そんなんじゃ困るよ。絶対に勝たないと、僕の正しさが証明できないじゃないか。
僕の歌は凄いんだ。絶対に、僕の力をみんなに…黒騎士に認めさせないといけないんだ。
僕はみんなに活を入れたい気持ちになる。でも、歌を途切れさせるわけにはいかない。
僕の歌が、みんなの支えなんだから。僕のお陰で、みんなは勝てているんだから。
だから僕は、ロシアが勝つまで、歌うのをやめない。
僕が更に声を大きくして歌を口ずさみ、みんなが力いっぱいの砲撃を始めると、日本の前線が動き出したように見えた。
黒騎士の水晶盾が少しだけ浮き上がり、それが少しずつ僕達の方へと近づいて来た。
日本チームが攻めてきたんだ。
【動いたぞ!総員!迎撃!】
監督の鋭い号令。
それに、選手達は気のない声で答える。
【えっ?あ、はい。了解でーす】
【迎撃…あっ、撃つんだ。撃たないと】
【目の前のシールドを撃つ…んで良いんだよね?】
えっ?本当にどうしたの?みんな。なんでそんなに気が抜けているの?
【ラズダ!お前の歌で気合を入れさせるのだ!】
「分かってるよ!」
うるさいな。今、やろうとしてたところだよ。
僕はみんなを突き動かすように、激しい歌を歌い始める。すると、みんなの目は再び血走り始めて、強力な遠距離攻撃を始めた。
【行くぞ!日本人を根絶やしにしてやる!】
【金メダルも男も、全部私達が頂く!】
【力ある者が全てを頂く!お前ら弱小国家の物は全部、列強国の物だ!】
激しい砲撃が雨のように降り注ぎ、少しずつ前進していた日本チームが止まった。
と、思ったけれど…違った。盾の後ろで何かしている。慌ただしく、隊列を組みなおしているみたいだった。
浮いた盾の隙間から見える足が、右へ右へと移動し始めている。
日本の左翼に、戦力が集中し始めた。
これって…。
『斜線陣だ!前半戦で活路を見出した斜線陣を、日本が再び取り出した!』
『ロシアのファランクスを崩せるのか、日本。それとも、ロシアが斜線陣を打ち破れるのか』
【右翼だ!中央部隊!右翼へ移動し、日本の左翼を迎撃しろ!】
【よし、右翼だ!お前ら!右翼へ行くぞ!】
【根絶やしだ!日本人みんな、殲滅してやる!】
【祖国に栄冠を!】
監督の声に、中央にいたみんなが一斉に右翼へ流れ出した。
流石はロシアの精鋭。日本よりも後に動き出したのに、日本が左翼の編成を完成させるよりも早く、ロシアの右翼の方が出来上がりつつあった。
ただ、僕は不安だった。
だって、みんなが一斉に動いちゃったから、中央に取り残された僕の前がスカスカになっちゃったんだ。
さっきまで選手達の隙間から窺っていた日本の前線が、良く見えるようになった。
こうしてみると、あと少しでロシアの前線に接触するところまで迫っていたのが分かった。
重厚な盾。黒騎士のランパート。
中央だけ、特に強固に作っていたらしい。
そのランパートが、
消えた。
「えっ?」
見間違いかと思った。防御の要である、ランパートを消すなんて。
そう思って驚いた僕は、次の瞬間、更に驚いた。
盾が消えた隙間から、誰かが駆け出してきたから。
それは、
『黒騎士だぁ!黒騎士が、手薄になったロシア中央へ爆走する!彼の後ろには、桃花選手と剣帝選手も一緒だぁ!』
『奇襲…いや違う!左翼の斜線陣を囮にしたのか!』
歴戦騎士に率いられた騎馬隊が、僕達の方へと真っすぐ駆け寄って来る。
そのあまりの恐怖に、僕は歌う事をやめてしまった。
そして、
「助けて!みんな助けて!戻ってきて!」
僕は泣き叫んだ。守ってくれていたロシア選手達に向って、あらん限りに助けを求めた。
でも、彼女達は動けなかった。右翼で身構えていた彼女達は、あまりの急展開について来られなかった。
そして、
「進め!我らが忠実なる重奏騎兵達よ!」
「「おおっ!!」」
僕達が作ってしまった中央と右翼との切れ目を、黒騎士達が切り裂いた。
【迎げっぶはぁ!】
【にげ…ぎゃっ!】
先頭を走る黒騎士に轢き飛ばされ、後ろに連なる騎兵に吹き飛ばされ、斬り飛ばされるロシア選手達。
そして、僕の元にも、騎兵達の足音が近づいて来た。
目の前に迫るのは、歴戦の騎兵。
黒騎士。
「た、たすがぁっ!」
腹部に衝撃。同時に、青い空が目の前一杯に広がって、直ぐに芝生が顔を覆った。
殴り飛ばされた。
そう理解できたのは、僕が意識を手放す直前だった。
またもや斜線陣を囮に!?
「囮と言うよりも、流れに相手を乗せたのだろう。急に相手が陣形を変えたのなら、それに合わせる他ない。その心理状態を突いた」
な、なるほど。これも先人の知恵…でしょうか?
「まさしく、ガウガメラで見せたヘタイロイ戦法であるな」




