439話〜栄光の道とならんことを〜
「皆、準備は万全だな」
「「「はいっ」」」
8月29日、ファランクスU18本戦決勝戦、朝。
ホテルのロビーに集まった蔵人達は、進藤監督の問にハキハキと答える。それに、監督も重々しく頷いた。
何時も以上に厳しい顔なのは、彼女も緊張しているからだろう。昨晩のミーティングでも、世界の頂点に足を踏み入れるなんて初めての事だと零していたから。
監督でそれだから、選手達は余計にプレッシャーを感じていた。肩に力が入りっぱなしの人。何かを呟き続ける人。顔を青くする人。スナック菓子を食べる慶太。
…おい、慶太。お前さん、朝食は山盛り食べていたろ。
「ダイジョーブ!試合は11時からだからね。お腹減らない様にしてるんだ!」
「うん。まぁ確かに、腹を満たすなら今しかないのだが…よく食えるな?みんながこんなに緊張している中で」
「緊張しててもお腹は減るよ。だって人間なんだもん!」
なんか、有名な詩人みたいなこと言ってるよ、この子。
「いい事言うぜ、お前はよ」
「せやな。硬くなってもしゃーなしや」
蔵人が肩を落としていると、鈴華と伏見さんががその横に並ぶ。
「予選も決勝戦も変わんねぇよ。あたしらがやることは、ただ相手をぶっ飛ばすだけだ。あ~ん」
「ああっ!オイラのとんがってるコーン!」
鈴華が慶太のスナックを摘まみ上げると、慶太の絶望的な悲鳴が上がる。
それに、伏見さんも便乗する。
「うちも貰うで、クマ吉」
「僕も!」
「懐かしいなぁ、この味」
伏見さんに続いて、桃花さんや若葉さんまでそれに続く。
大量にお菓子を取られた慶太は、金魚みたいに口をパクパクしている。
それを見て、みんなが笑い声を上げる。慶太に気を使っているのか、必死になって笑い声をこらえている人もいるが、プルプル震えているのは緊張からではないだろう。
いつも涼し気な円さんまで、口元をヒク付かせていた。
「全く…こんな時でもマイペースなのですね、桜城の皆さんは」
「慶太のお陰ですよ。彼にはいつも助けられています」
「クマちゃんは、桜城のマスコットキャラですものね」
うむ。鶴海さんの言う通りだ。慶太の人気は、今や世界中にファンクラブが出来てしまう程なのだから。
慶太グッズを売り出せば儲かるのでは?と蔵人が勘定をしていると、円さんが不満そうに鶴海さんを見た。
「桜城のマスコットキャラは、黒騎士様なのでは?」
「蔵人ちゃんはマスコットというより、象徴とか目標みたいなものかしら?」
う~ん。そんな風に言われると、ちょっと気恥ずかしいな。
「よしっ。バスも到着したぞ。皆、忘れ物が無いように乗り込め」
「「「はいっ!」」」
監督に返答する選手達の声も、何処か明るい。随分と緊張もほぐれたみたいだ。
蔵人達はホテルを出て、前に止まっていたバスに乗り込もうとする。
だが、そのバスの周りには、沢山の人が集まっていた。試合のユニフォームを着る人、ジャージ姿の人、煌びやかな衣装を着る人。色々だ。
その光景に、選手達は一時足を止めてしまい、流石の進藤監督も口を半開きにしていた。
「こ、これは、何事だ?」
【お見送りですわ】
進藤監督の疑問に答えたのは、先頭に立っていた褐色美人。
インドチームのエース、ラニ様だ。
【皆さんが決勝戦に出立されるのを見送る為、私達は集まったのですわ】
【師匠!お見送りに来ましたよ!】
よく見ると、ラニさんの後ろにはこれまで戦った人達や、縁日で来店してくれた人達が並んでいた。
並んで手を振るアメリカチームから、小さな影が一つ前に出る。
【良い事?原始人。ロシアに負けたりしたら、許さないんだからね!】
「んだと?お前らがロシアなんかに負けたから、あたしらが戦うことになってんだろうがよ」
ああ、鈴華。こんなところで喧嘩を買わないでくれ。アイリーンさんも、鈴華にツンデレはやめてくれ。作者の心の内を読み取るのが苦手なんだよ、その娘。
【おやめなさい、アイリーンさん】
蔵人が止めるより早く、ローズマリーさんが仲裁してくれた。
そのまま、深刻な顔つきで蔵人を見上げた。
【気を付けて下さい、ブラックナイトさん。ロシアは狡猾です。他の列強とは違い、最初から日本を警戒していました。きっと、黒騎士対策もしてきていると思います】
「ありがとうございます、ローズマリーさん。我々も、色々と作戦を練ってきましたので」
蔵人はそう言って、背後を振り返る。
鶴海さんが手を振っていた。
蔵人は向き直って、人差し指でこめかみを指す。
「後は力と、頭脳の勝負です」
【頼もしいですわ、ブラックナイトさん。皆さんの歩む道が、栄光の道とならんことを】
そう言って、ローズマリーさんは横に避けながらバスの方へと手を伸ばす。すると、バスまでの道に蔓が伸びていき、そこに鮮やかな薔薇の花が咲き乱れた。
薔薇のゲートだ。
「わぁあ!凄い!」
「うぉ!めっちゃテンション上がるな!おい!」
「粋な計らいやで。ほんま、おおきに」
みんなは諸手と黄色い声を上げて、薔薇の道を進む。
その薔薇の園の右横で、インドチームがインドダンスを踊り出した。軽快なステップと鮮やかなドレスがまるで、薔薇の花びらを連想させる。
【アタイらも負けちゃいられないぞ。おい!】
【やるよ、みんな!】
【【カ・マーテ!カ・マーテ!】】
左横では、ニュージーランド代表達がハカを叫び出した。
なんと豪勢な花道なのだろうか。
【うひゃー!めっちゃ楽しそうじゃん!私達アメリカも、黙っていられないよ!そうでしょ?】
見事なダンスをする2チームを見て、アメリカチームのエメリーさんが飛び跳ねる。そのまま、その近くで腕組みをしていたオリビアさんの肩を叩く。
【えっ?なに?私に言ってたの?】
【そうだよ!ほら、貴女の背中に背負われているガトリング砲を早く出して、一緒にやろうよ!】
【やるって、何をよ?】
【決まってるじゃん!祝砲だよ!いっくよ~、ブルズアイ!】
【ええ…もうっ】
バスのすぐ前で、エメリーさんとオリビアさんの祝砲が上がりまくる。炎の弾丸と水の弾丸のコラボだ。
とてもきれいだけれど…バスに被弾させないでね?
大盛り上がりの中、蔵人達は次々とバスに乗り込む。その背中を、見送りに来た大勢の選手達が声援で押す。
【頑張れ日本!】
【優勝を、願う】
【ロシアに負けないでね!】
【皆さんなら出来ると、確信していますわ!】
【お前らには、アタイらが付いてるぜ!】
【怪我しないでね~】
彼女達に見送られて、バスは発進する。それでも、暫くの間、彼女達の声が蔵人達を追ってきた。
彼女達の声に、答えたい。
そう思ったのは、蔵人だけではなかったはずだ。
それから何事もなく、バスは会場入りした。
普段ならWTC前のゲートで止められる車両も、選手専用バスは大会会場前まで乗り付けの許可を貰っている。
それでも、バスから降りたら多くの観客が詰めかけていて、通るのに苦労しそうだった。
ただ、そこには警備員がしっかりと配置されていて、選手の通り道を確保してくれていた。
「そんなとこで突っ立っていないで、とっとと行くぞ!お前ら」
ただ、その警備員の中には何故か、大野さん達の姿もあった。
えっ?転職したんです?
「馬鹿言ってんじゃねえ。てめぇらを護衛するようにって、上から指示が出てるんだよ」
大野さんの背中に付いていきながら聞いてみると、そんな答えが返ってきた。
うむ。そうか。つまりは潜入任務。警備員になりすまして日本チームを警備するように言われているらしい。
軍の大半が太平洋か茨城沿岸に行ってしまったから、特区の警備はかなり手薄になっている。だから、せめて我々の周囲だけでも護衛を張り付かせようという事だろう。何故、警備員の恰好をしているのかは分からないけれど…。
我々の護衛だけが任務じゃない?
蔵人は大野さんの背中を見ながら、そんな風に思った。
と、その時、
「「黒騎士先輩!」」
何処からか、聞き覚えのある声が聞こえた。
周囲を見渡すと、黒服に囲まれた白ブレザーの集団が目に入った。
その白は、桜城の制服。
桜城ファランクス部の面々だ。
「よぉ!お前らも来たのか!」
「あったり前だろ!お前たちが逃して、そして私が掴んだこの栄光を見せびらかしに来たんだ!」
鈴華が手を振って彼女達に近付くと、先頭に躍り出た祭月さんが「ふんすっ」と鼻息を荒くして、両手で優勝カップを見せびらかした。
それに、鈴華は「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「あたしらが貰うのは、そいつに地球儀が付いてるデカい奴だかんな。悔しくも何ともないですぅー」
「なんだと!?じゃあ、私も出場するぞ!ビッグゲームとオリンピック、前代未聞の二冠王だ!」
まぁ確かに、中国戦で選手枠は空いてしまったけれども…。
そもそも君、選考会にも選ばれていなかったじゃないか。流石に無理だぞ?
1人テンションを上げている祭月さんを、蔵人はどう宥めようかと考える。
そこに、進藤監督が近づいて来た。
「悪いが、既に枠は埋まっている。君達は観客席で、14人目の選手として我々を支えてくれ」
ほぉ。もう追加の選手を手配しているのか。
流石は進藤監督。手際が良い。
「黒騎士」
「いち…ロキ様」
今度は一条様が近づいて来た。
彼の周りには、黒服の護衛がびっしりだ。
どうやら、彼女達は一条家の護衛らしい。よく見たら、側近の2人の姿も黒服に混じっている。
「黒騎士先輩。俺達は特等席で応援している」
「特別席?もしかして、ロキ様が手配してくださったのですか?」
桜城ファランクス部全員を連れてきているから、相当な金額になるだろう。そもそも、この一番盛り上がる決勝戦の席を、良くとれたものだ。
流石は一条家と感心していると、一条様は首を振った。
「用意してくれたのは川村理事長達だ。良く分からんが、迷惑をかけたと言っていた」
もしかして、全日本のことかな?
あれは白百合の圧力が強かったからであって、会長ばかりが謝ることじゃないのだがな。
でも、こうしてみんなに応援してもらえるのは嬉しい。ご厚意は有難く受け取っておくか。
「副部長」
蔵人が川村夫妻に感謝していると、今度は鹿島部長が来た。彼女の隣には櫻井元部長も居て、彼女は海麗先輩と手を繋いで喜び合っている。
百合百合しい。
…じゃなかった。
「鹿島部長…実は…」
「分かってるわ。湊音のことでしょ?」
流石に、そこは把握されていたか。
鹿島部長が頭を下げる。
「ごめんなさい、副部長。あんな子じゃなかったんだけど、私がしっかり見ていなかったから…」
「貴女のせいじゃありませんよ、部長。彼は俺が連れて帰ります。まぁ、ちょっと手荒になるかもしれませんけど」
「殴っても貫いても構わないわ。ガツンと一発、私の代わりにやってちょうだい」
顔を上げた鹿島部長は、薄っすらと涙を浮かべながらそう言った。
済みません、部長。本当にそうしそうです。だって、相手は強豪ロシア。きっと、手を抜く余裕はないと思うから。
「兄さん」
桜城ファランクス部の中から、頼人が現れた。
蔵人は軽く手を上げて迎える。
「よぉ。ら…お前も応援しに来てくれたのか。ありがとうな」
「僕だけじゃないよ」
そう言って振り向く頼人。
確かに、彼のすぐ後ろには九条様がいらっしゃって、彼女の周りには二条様や近衛様までいらっしゃる。
あら?そこにいらっしゃるのは広幡様じゃないか。白いワンピースをお召になっていたので気が付かなかった。
「みんな、兄さん達を応援しに来たんだ。本当はもっと、学校の人達みんなが来たがっていたんだけど、僕たちが代表で応援に来たんだ」
「そうだったのか。そいつは余計に、頑張らないとな」
チケットを配ることが出来たら良かったけど、我々にそんな権限はない。せめて応援してくれる人達の為にも、情けない試合をしないように心掛けないと。
「それでね、僕が色々伝言を頼まれたんだ。黒騎士頑張れって、兄さんのクラスメイトとか、シングル部の人達とか、高等部の生徒会のみんなからとか」
「おお、そんな人達まで…」
なんだか、心がジンッと暖かくなるな。
「あっ、あと、本家のみんなも応援していたよ。氷雨様や瑞葉様も、体に気を付けてって。火蘭さんも応援しているって、瑞葉様が言ってたよ。それで、あと…」
「うん?どうした?」
急に口篭る頼人。
何か、嫌な予感がするぞ?
「えっとね。流子さんからは、帰ってきたらじっくりお話しましょうって伝言で、なんかちょっと怖い雰囲気でさ…」
「……」
やべぇよ、それ。帰りたくねぇよ。
絶対にそれ、スクールの事だろ?また入校希望者が殺到しているんだろか…。一般人は規制しているって言っていたのに、次は何処からアプローチをされているんだか。
「黒騎士選手。そろそろ行くぞ」
しまった。つい、話し込んでしまった。
蔵人は、集まってくれた人達に再度感謝を伝え、手招きする進藤監督と共に会場へと足を向ける。
「頑張れ!兄さん!」
「「頑張って!」」
みんなの応援に、蔵人達は手を振り返しながら入口をくぐり抜けた。
「凄いよねぇ。みんな、僕達を応援してくれているんだってさ」
選手専用の通路を歩いていると、桃花さんがスキップしながら満面の笑みを浮かべる。
それに、鈴華も白い歯を見せて笑う。
「その期待に答えねぇとな。ロシアをぶっ飛ばしてよ」
「高ランクがぎょうさん居るらしいけどな。そんなん、みんな蹴散らしたるで」
伏見さんも腕をブンブン振り回して、肩をあっためている。
これは、今日も豪快なスイングが見れそうだ。
そうして控室まで来た日本チームだったが、控室の戸を開けた途端に立ち止まった。
なんだ?先客でも居たか?
立ち止まる少女達を隙間から、部屋の中を覗き込む。
すると、そこには、
「遅れて済んません、先輩方」
そう言って片手を上げる難波さんと、
「……」
無言で頭を下げる、フルフェイスの選手が居た。
フルフェイスの方は完全装備で、素肌が全く見えない。まるでロボットみたいだ。
「紹介しよう」
進藤監督が選手達を掻き分けて、難波さんの横に立つ。そして、彼女の肩をガシッと掴んだ。
「補充要因として呼んだ難波選手と、田中選手だ」
「難波です。フィジカルブーストの走り屋です…って、みんな選考会で会うとるから、今更やけどな」
「難波!」
「来とったんかい、ワレ!」
獅子王メンバーの選手が飛び出して、難波選手と肩を抱き合う。
青春だな。
そう思いながら、蔵人は彼女達を通り抜けて、フルフェイスの前に立つ。
このフルフェイスは恐らく、男子選手特有の物。そして、田中という苗字の選手は今まで聞いたことがない。
ただ一度、偽名として名乗られたのを除いて。
選考会の医務室。あそこで会った彼だ。
そう思った蔵人は、田中選手の間でこっそりと親指を立てて見せた。
すると、彼も同じ様に立て返した。
やっぱりか。
「クマ。ちょっとこっちに来てくれ」
「うん?いーよー。くーちゃん」
蔵人は慶太を呼び寄せて、田中選手の前に立たせる。
気のせいか、田中選手が少し震えているような気がする。こうして3人で集まるのも、実に10年ぶりだからな。
蔵人は慶太にこっそりと「こいつは里見亮介だ」と教えると同時に、口を塞いだ。
案の定、慶太は「亮介!?」と大声を上げた。
ちょっとは考えてくれ、慶太。紫電並みの武装を施しているのだから、素性を隠しているのは明らかだろう?
「名前は呼ぶな」と注意する蔵人だが、慶太は全く意に返さずに突撃していく。
「ホントに!?うぉお!久しぶりじゃん!」
亮介の両手を持って、ブンブンと上下に振り回す慶太。
そんな風にするから、みんなもこちらに寄ってきてしまった。
「なんだなんだ?クマの知り合いか?」
「オイラとくーちゃんの幼馴染だぞ!」
「んだと!てめぇ!ボスを狙ってんのかぁ?!あぁん?」
幼馴染というワードを聞いて、鈴華が亮介にメンチを切る。するとすぐに、彼女の頭にツッコミが入った。
「やめんか、自分。フルフェイスっちゅうことは、男子の選手やろ」
「黒騎士君は元々、特区外の出身だし」
「ほーん。男ならいいわ」
鈴華は興味を無くし、フラフラと何処かに行った。
興味ない事には、とことん無関心だな。
冷めた様子の鈴華だったが、他の人達は興味津々だ。
「カシラやクマ吉の幼馴染っちゅうことは、相当強いんやろ?なんの異能力なんや?」
「選手ってことだよね?僕達と一緒に戦うってことなのかな?」
ふむ。確かに、桃花さんの言う通り。
亮介はヒーラーだけど、フィールドに立つことはできるのか?
蔵人も気になり、進藤監督を振り返る。すると、彼女は渋々頷いた。
「田中選手はサポーターとして入ってもらう。だが、フィールドに出てもらうかは…状況次第だ」
監督の言い方は、何処か亮介を出したくない風にも聞こえる。でも、選手達の前でそうは言えないから、濁しているといった感じ。
軍のお偉いさんから、無理やりねじ込まれたのかな?監督は、軍に対して遠慮気味だから。
しかしそうすると、何故、軍は亮介をねじ込んで来たのだろう?偽名を使わせるくらい彼を秘匿しておきたかった筈なのに、こんなスポットライトが煌々と照らされる表舞台に送り出すなんて、普通はしない。
前線に送り出さない為の策?それとも、警備がしっかりしているここの方が安全だとか?
まさか、我々に合わせるだけの配慮…なんて事は無いよな?
「皆、準備が出来たら、試合前のミーティングをするぞ」
蔵人が悩んでいると、監督が手を叩きながら号令を掛ける。
うん。今は試合に集中だ。
蔵人は荷物を整理して、ホワイトボードの前に並んだ。
いよいよ決勝戦。
世界の王者を決める1戦が始まろうとしていますね。
「皆の想いが、一筋の道になろうとしている」
果たして、ロシアという強大で不穏な壁を突き破ることが出来るのか。
ロシア戦、間もなく始まります。




