407話(1/2)〜何まで待ってれば良いの?〜
鈴華ちゃんの家に、ロシアから来たSランクが向かっている。
それを聞いて、僕たちは急いで鈴華ちゃんの家に向かった。僕と若ちゃんとミドリン。それに早紀ちゃんも一緒だ。
蔵人君にも電話したんだけど、繋がらなかった。忙しいのかもしれないけど、今回だけは出て欲しかったな。
仕方がないから、留守番電話で先に行く事を伝えて、僕たちは出発した。
蔵人君を待ちたい気持ちもあるけど、それよりも、今すぐ動かなきゃって気持ちが強かった。
もしも、そのSランクの男性が鈴華ちゃんの家に着いちゃったら、そのまま鈴華ちゃんが居なくなっちゃう気がしてならなかったんだ。
でも、
『ご当主様はお忙しいのです。本日はお引き取り下さい』
大きな門扉のインターホンからは、そんな冷たい声しか帰ってこなかった。
この声はきっと、あの時の執事さんだ。
「お母さんに会いに来たんじゃないよ!僕たちは鈴華ちゃんに会いに来たんだ!」
『どちらにしても、アポイントメントのないお客様をお迎えすることは承諾致しかねます』
「なんでや!友達に会いに来とるだけなんに、なんでそないな事せんとイカンのや?おかしいやろが!」
『それが規則ですので』
早紀ちゃんがもっともな事を言っても、執事さんは全く取り合おうとしてくれない。
アポイントメントって言っても、鈴華ちゃんと連絡の取りようもないのに、どうしろって言うの?結局、あの母親に話を通さないといけないんじゃないの?忙しいって言って、全く相手にしてくれないその人に。
「どうしよう。このままじゃ、ロシアの人達がここに来ちゃうよ」
「せやったら、そっちを妨害しよか?ここに来させんかったらええんやろ?」
「ダメよ、早紀ちゃん。相手はSランクの男性なのよ?絶対に強力な護衛を連れているだろうし、大国の要人に手を出そうとしただけでも、国際的にも問題になるかもしれないわ」
うっ…そんな事になっちゃうんだ。
僕も、いざと言う時はそっちをどうにか出来ないかって考えていたから、ミドリンの忠告に言葉が詰まる。
でも、若ちゃんは違った。
僕の横をスイスイって進み出て、インターホンを再び鳴らした。
そして、
「貴女達のしている事は、不当な取り引きですよ?鈴華選手の意思を踏みにじって、彼女をロシアに売り飛ばそうとしているって事が世間に知られたら、貴女達が大事にしているその家の名前に大きな傷が付く事は間違いありません」
『……』
インターホンからの返答が無くなった。
そこに、若ちゃんが更に前へ出る。
「私達が学生だから、そんな事出来ないと思いますか?出来ますよ。私は、テレビ局にも雑誌編集社にも太いパイプを持っているんです。この情報を流せば、明日の今頃には誰もが知るニュースになっているでしょう。アメリカで大活躍して、次はオリンピックだってみんなに期待されている鈴華選手の話題だから、きっとみんなからの反響は大きなものにな…」
若ちゃんが話している最中に、インターホンから『ビーッ!』って大きな音が響いた。
その直後、固く閉ざされた門扉がゆっくりと開かれていく。
『どうぞ、中でお待ちください』
「やったね!若ちゃん!」
若ちゃんは凄いや。言葉だけで、あの堅物な執事さんをノックアウトしちゃった。
僕が飛び跳ねて喜ぶと、若ちゃんは「いいや」と首を振った。
「まだ喜ぶには早いよ。ただ家の中に入れてもらっただけだからね。実際にあってくれるかどうかは、まだまだ分からないよ」
若ちゃんの言う通りだった。
僕たちの目の前に立つ使用人の皆さんは、明らかに迷惑そうな顔をしていたし、その中央で立つ執事さんは威圧感を増していた。なんか、この前会った時よりも更に大きくなっているように見えてしまった。
そんな執事さんに連れられてやってきたのは、この前とは全然違う建物で、中央にドドンって構えている母屋の端っこにある小さな離れだった。
小さいって言っても、普通の家からしたら豪邸レベルなんだけどね。
「こちらでお待ちください」
無表情の執事さんが、感情の乗らない声で僕たちをその家の中へと誘う。
「いつまで待っていれば良いの?」
「…」
僕の質問にも答えてくれない。
これは、ここに閉じ込めようとしているんだ。
僕はそう思ったんだけど、若ちゃんがズンズン入っていくから、僕もその背中に着いていく。
何か考えがあるんだよね?若ちゃん。
「いい気味ですね」
僕たちが部屋に入った途端、執事さんは恐ろしい笑みを浮かべて、扉をバタンッ!って締めちゃった。僕が慌てて扉の前に来ると、鍵が外から掛かって開かなくなっちゃった。
扉に耳を当てて聞き耳を立てると、向こう側で「さぁ、皆さん。ここは放っておいて、お客様を迎える準備を進めてください」っていう執事さんの声が聞こえた。
うん。やっぱり。最初から僕達を閉じ込めるつもりだったみたいだ。
どうしよう?
僕はどうしたらいいか分からなくて、後ろを振り向く。すると、ニヤニヤ顔の若ちゃんがそこに居た。
「さて、ミドリン。この家の周辺に敵はいるかな?」
なんだろう?若ちゃんは全然慌てていなくて、寧ろ閉じ込められたことを喜んでいる雰囲気まである。
彼女の質問を聞いて、ミドリンが口をへの字にする。
「敵って…さっきの執事さんの事を言っているの?」
「彼女だけじゃないよ。彼女以外の使用人とか、飼っている犬や猫…とにかく、私達以外の生き物全般を調べて欲しいんだ」
「生き物って…随分とザックリとした命令なのね」
ミドリンは呆れたようにため息を吐くけど、窓辺に移動して目を閉じた。
「…そうね。周辺に生き物は居ないわ。でも、この家の周囲に赤外線カメラが設置されているみたい。加えて、正面玄関には監視カメラみたいな物が設置されているかも」
「すっご!ミドリンすっご!どうして分かるの?」
僕が驚いて聞くと、ミドリンは恥ずかしそうに指で波を作る。
「そういう機器は微弱な電波を発しているから、その強さと大きさを拾って予測しているのよ」
はぇえ〜…。やっぱり、ミドリンの異能力は凄いなぁ。
僕なんて、風で相手を吹っ飛ばすくらいしか出来ないよ…。
「よし。じゃあ屋根に登って、そこから脱出しよう」
若ちゃんは僕達を先導して、階段を上っていく。その途中、家の中の物をひっくり返して、色々と両手に抱えて運び始めた。
ベッドのシーツとカーテン?それに物干し竿にハンガー?
僕たちも彼女に指示された物を持って、屋根裏部屋へと上がる。
1,2階は窓が開けられない様になっていたけど、この部屋の窓は全開で開く事が出来た。
かなりの高さだから、開いても意味が無いと思ったのかな?
「うっしゃ。みんな、うちの手に掴まってな」
でも、こちらには早紀ちゃんがいる。彼女のサイコキネシスで、僕たちの体と持ってきた材料を全部屋根上へと移動してもらう。
そして、そこからは若ちゃんの出番だ。
「さぁて。それじゃあ行くよ。理解、分解、再構築!」
若ちゃんは両手で輪っかを作ってから、足元に並べた材料にその両手を着いた。
そのポーズ、漫画で読んだことある。お母さんを作ろうとしたら、腕と足が無くなっちゃったんだよね…。
若ちゃんは大丈夫かな?って見ていたら、材料がが見る見る内にバラバラになっていって、でも直ぐにまたくっ付きだした。
そうして出来上がったのは、大きなハンググライダーだった。
「これ、イギリスで使ってた奴だよね?忍者若葉の復活だ!」
「ちょっと、桃ちゃん。それを言わないでよ。気にしているんだから…」
若ちゃんが珍しく、ダメージを負っている。
なんでだろう?忍者若葉、カッコイイのに。
「そのハンググライダーで、向こうの母屋まで飛ぼうってことなのね?」
「その通りだよ、ミドリン。桃ちゃんのエアロも使えば、あそこまではひとっ飛びさ。その後、適当な所から侵入すれば良いだけ」
「その適当な場所を見つけるのが、一番難しい部分だと思うのだけれども?」
ミドリンは難しい顔をして未来をしんぱいしていたけれど、僕も母屋に行く方が先だと思うんだ。今は少しでも、鈴華ちゃんに近付くことが大事な気がする。
僕たちは早速、みんなでグライダーに飛び乗った。
早紀ちゃんがサイコキネシスの腕で抱えてくれるので、4人でも余裕で乗れている。あとは、僕が全力で風を放つだけ。
「行っくよ!それぇ!」
風を足元に吹き出すと、グライダーが浮かび上がる。そのまま後方に風を持って行くと、それだけでグライダーが飛び立った。
結構面白い。左に風を出すと、グライダーは右に。逆ならグライダーも左に動いてくれた。
凄く面白い。これなら、何処までも飛べそう。
「桃ちゃん。母屋を飛び越えてはダメよ?」
おっと、そうだった。危ない、危ない。
ミドリンに言われて、僕は慌てて上へと風を放つ。すると、グライダーは徐々に下降していく。
そして、後ちょっとのところで若ちゃんが声を上げる。
「さぁ、ミドリン。鈴華ちゃんが何処にいるか、君の異能力で調べて欲しい」
「ええっ!?この状況で探るの?この大きな屋敷の中を?」
「無理かな?じゃあ、一旦中に入ろうか。そこの窓、壊してくれないかな?早紀ちゃん」
「任しとき」
早紀ちゃんがサイコキネシスの腕をブンブン回すと、ミドリンが慌てた声を出す。
「待って、待って!そんなことをしたら、音でバレちゃうわ。少しだけ、私に時間をちょうだい」
何をする気なんだろう?
僕たちはグライダーごと壁に引っ付いて、ミドリンの準備が整うまで待つことにした。早紀ちゃんがサイコキネシスの腕で引っ付いてくれるから、こんな芸当も簡単に出来ちゃう。
まさにスパイダーウーマン。これを言ったら、早紀ちゃんも嫌がるのかな?
「さっ、これで良いわよ。早紀ちゃん」
僕たちがスパイダーウーマンごっこをしている間に、ミドリンが近くの窓を水の玉で包んでいた。
そっか。こうしたら、窓を割っても音がしないんだね!やっぱりミドリンは頭が良いなぁ。
早紀ちゃんに窓を割って貰って、僕たちは母屋へと侵入する。僅かに音はしたけれど、これなら誰にも気付かれない。
壊した窓は、若ちゃんが修復してくれた。透明な窓だったと思うけど、修復後はステンドグラスみたいになっちゃった。
これで良いのかな?
「居たわ。鈴華ちゃんの波動よ」
到着してすぐに、ミドリンが探知を行った。彼女の指示す方向に向けて移動する。
途中で使用人の人達と出くわしたけど、若ちゃんが再合成した布や棒きれなんかを壁や調度品に作り替えて、その後ろに隠れてやり過ごした。
もっとしっかり目を付けられていたら、簡単にバレそうな偽装だったんだけど、みんな忙しそうでそれどころじゃないみたい。
きっと、これからSランクが来るからって、その準備に大慌なんだろうな。
そう思うと、より急がなきゃって思いが強くなっていく。
「ここよ。このドアから感じるわ」
ミドリンが示したのは、この廊下で1番奥の部屋。
前に通された部屋からは随分と離れているけれど、ここが鈴華ちゃんの部屋なのかな?
部屋には鈴華ちゃんの反応しかないらしいので、僕は静かにドアをノックする。
コンコン。
…反応がない。
魔力の波動も、全く動いてないらしい。
寝ているのかな?
コン、コココン♪
コン、コン、コン、コンココン♪
リズム良くノックすると、僕でも中の人が動いたのが分かった。
そして、カチャって小さな音がして、ドアが勢いよく開いた。
「おっ、お前ら、どうして…どうやって…なんで…」
そこには、驚いた顔の鈴華ちゃんが立っていた。
長くなりましたので、明日へ分割致します。
「なかなかに気骨のある娘達だな」
読んでるこっちはヒヤヒヤですよ。




