404話〜何が狙いだ?〜
「故に、アグレスは殲滅する。二度とあの悲劇を繰り返さない為にも、必ず全てをこの世界から抹消する。それに、例外を作る訳にはいかんのだ」
一方的に、そして頑として言い放ったディさんが立ち上がり、机を回ってこちらへと近づいて来た。
今にも、あの小屋の中へと突入しそうな勢いだ。
それに、蔵人も立ち上がる。彼の前へと移動する。
「お待ちください、ディ様」
軽く手を広げ、彼を見上げる。
「確かに、死体を火葬すのであれば脅威が拡散するのでしょう。ですが、共に生活するだけで汚染されるリスクがあるかは分かっておりません。雲厳さんは半世紀もの長い間、文子ちゃんと共に生活をしても、何ら汚染された形跡はないのです。対処の方法さえ間違えなければ、彼女が脅威になる存在とはならない…」
「それも、確かな事ではない。雲厳殿が抗体を持っている可能性もあれば、彼が今まさに能力熱に侵される可能性も捨てきれん。良いか?蔵人君。何かあってからでは遅いのだ」
見下ろしてくるディさんに、蔵人は更に一歩前に出る。
「本当にそれだけの理由ですか?ディ様」
「なに?」
「貴方が文子ちゃんを処分したい理由は、本当に汚染のリスクだけなのですか?私には貴方が…貴方達が他の事を懸念しているように見えます。例えばそう、アグレスの情報が外部に漏洩することとか」
そう問うと、ディさんの口元が一瞬動いた。歯を食いしばりたいのを、無理やり抑えたように見える。
蔵人は更に、彼へと近づく。暗いサングラスの向こうに、彼の青い瞳が薄っすらと見えた。
「彼女は喋りませんよ。私が過去を覗き見ることが出来たのも、ジャバウォックの力を使ったからです。そりゃ、野放しには出来ないでしょう。私の様に、監視を付ける必要がある。ですが、処分するまでの事ではありません。違いますか?」
「それを決めるのは…私ではないのだよ」
ディさんは顔をそらし、一歩退いた。
彼のその態度が、こちらの指摘を肯定しているように見えた。ディさんよりも上の人達が、文子ちゃんからの情報漏洩を恐れているとを。それだけの秘密を、未だ軍の上層部は隠していることを示していた。
まだ隠し事があるのかと蔵人が呆れていると、ディさんが耳に着けている無線から声が聞こえる。
『こちら遠藤中尉。一条大佐、応答願います。送れ』
「なんだ」
『大佐。作戦開始のお時間となりました。こちらの準備は完了しています。送れ』
「…ああ、分かった。そのまま、しばし待機していろ」
ディさんは右耳から手を離すと、こちらへと向き直る。その手は、テレポートの構えを取っていた。
「時間だ、蔵人君。我々はこれから、任務に当たる。その前に、君を好きな所に送り届けてあげよう。彼女達と同じ麓の駐車場か?それとも、学園か音切荘か?」
「私は結構です。ディ大佐」
蔵人が手を突き出してディさんからの好意を断ると、ディさんの雰囲気が鋭くなる。
「何をするつもりだ?」
こちらに手を突き出したまま、ディさんが低い声で問う。
それに、蔵人は肩を竦める。
「ただの悪あがきですよ。少しでも可能性があるなら、私は最後まで諦めたくない」
「…そうか」
何処か悔しそうにそう呟くと、ディさんは指を鳴らした。
途端に、彼の後ろに女性軍人達が並び立つ。完全武装で身を固めた彼女達が何をしに来たのか、先ほどの会話と合わせれば一目瞭然である。
「行くぞ」
「「はっ」」
蔵人が彼女達の様子に注意を払っていると、ディさん達がこちらへと歩き出した。
それに、蔵人は構える。両手を大きく広げ、彼らから小屋を守ろうとする。
「お待ちください!ディ様。そのような強硬手段に出られると、何処かに必ず軋轢を生みます。彼女を慕う者…雷門様が悲しみますよ!?」
「ああ、そうだな。君の言う通りだよ、黒騎士君」
そう言いながら、ディさんは再び指を鳴らす。
途端に、視界が切り替わる。気が付くと、蔵人は彼らの背中に回されていた。
「彼には私から、事が終わった後で話をするつもりだ。なに、それなりのお怒りは受けるだろうが、それも贖罪というもの…うん?なんだこの戸は?引き戸だよな?鍵がかかっているのか?ぐっ!ふんっ!」
ディさんが片手で引き戸を開けようとしたが、少し振動しただけだった。両手で力を籠めるも、拳一つ分しか開けることが出来ていない。
そうそう。それ、かなりのコツが要るんだよ。俺でも半分が限界だったし。
思わぬところで時間稼ぎが出来たとほくそ笑んでいると、ディさんが汗をぬぐって後ろを振り向く。
「はぁ…はぁ…。恐ろしく固い戸だ。誰か、潤滑剤か何か持っていないか?」
「お任せください、大佐」
1人の女性隊員が前に出て来て、ディさんの代わりに引き戸の前に立つ。そして、両手で戸をバキッと外してしまった。
蔵人は目を鋭くする。
「なっ!なんてことを…」
蔵人が放った非難の声は、倒れた戸の音で掻き消える。
それを見下ろして、ディさんも首を振る。
「馬鹿者。壊しては元も子もなくなるだろうが、遠藤中尉」
「申し訳ありません、大佐。戸が腐っていたのか、脆くなってい、ぐっ!」
頭を下げる隊員が、急に顔を上げて苦しみだした。
彼女の首には、細い糸が絡まっていた。
黒く長い髪の毛。
これは、
「文子ちゃん!」
破壊された戸の向こう側。古ぼけた玄関先に、文子ちゃんの小さな姿があった。彼女の長く美しい黒髪が、今は生き物のようにうねりとぐろを巻き、その内の一房が隊員の首へと巻き付いていた。
「こいつ!」
「遠藤中尉を離せ!」
仲間を攻撃され、軍人達が一気に殺気立つ。文子ちゃんに向けて、両手を突き出して構え、今にも攻撃しようとしていた。
文子ちゃんも髪の毛で地面を歩き、ふわりふわりと玄関から出てきて、軍人達と対峙する。彼女のサイコキネシスの腕が、その長い髪の毛と共に揺らめき、宿を隠すように広がった。
ここから先は行かせないと言っている様子だ。
一触即発の状況。そんな彼女達の間に、
「その手を下ろしてください」
蔵人が静かに割って入る。
両手を大きく開いて、周囲に水晶盾を並べた。
「これ以上の狼藉は、私も見過ごせませんよ」
「ぐっ、黒騎士選手…」
軍人達は鋭い目で見返して来るが、前に出ようとする者はいない。
蔵人はそれを確認した後で、後ろに意識を向ける。シールドカッターを生成し、背後で首吊り状態だった遠藤隊員の首から、文子ちゃんの髪の毛を刈り取った。
途端、遠藤隊員は地面に落ち、激しくせき込んだ。
かなり苦しそうだが、首が折れていないだけ儲けものだろう。引き戸は完全に破壊されてしまったのだから、同じ末路を歩んでもおかしくなかったんだぞ?
「全員、攻撃態勢を解け」
蔵人が遠藤隊員を助けると、ディさんが隊員達の前に出て来て、短く号令を出す。
次いで、鋭い視線をこちらに投げかける。
「黒騎士君、そこを退いてくれ。それは我々を攻撃してきたのだ。敵対する者に対して、我々も甘くは出られんぞ?」
「貴方達が宿を壊すからでしょう。どんな人間だって、自分の大切にしているものを脅威に晒されれば、無抵抗では居られません。今の貴方達の様にね」
「あくまでそれが、我々と同じ存在であると、君はそう言いたいのだな?」
ディさんがもう一歩こちらに近付いてくる。退かぬなら、こちらから行くぞとでも言うように。
それに、蔵人は盾を構える。更に盾を重ねて生成し、ランパートを作り上げる。
ここから退かぬぞと、強い意思表示をする。
すると、背後に視線を感じ、同時に強烈な圧を感じた。
こいつは、敵意。
蔵人は振り向きながら、盾を構える。すると、そこに衝撃が加わった。
倒れていた遠藤隊員だ。彼女が後ろから静かに忍び寄り、飛び上がりながら蹴りを放っていた。
奇襲攻撃を軽々と受け止められた遠藤隊員は、悔しそうに顔を歪ませる。
「くっ!ならこれで!」
そのまま、体を捻って追加の回し蹴りを繰り出そうとする彼女。
それに対し、蔵人は構えていた盾に角度を付ける。同時に、盾の表面の凹凸を消して滑らかにする。
すると、盾を蹴ろうとした彼女の足はツルリと滑って、体が流れてこちらに背中を見せる形になった。
「うっ、そっ!」
無防備な背中を晒す遠藤隊員。その大チャンスに、蔵人は嬉々としてシールドバッシュを叩き込んだ。
「ぐぁっ!」
「中尉!」
「遠藤2尉!」
吹っ飛ばされた遠藤隊員は地面をゴロゴロと転がって、ディさんの足元で止まる。ディさんは座り込み、彼女の状況を確認しようとする。
その彼の背後で、待機していた隊員達が動く。蔵人達を中心するように扇状に広がって、真っすぐに腕を突き出した。
「よくも中尉を」
「手を出した以上、男子中学生だからと手加減は出来ないからね」
「総員、撃て!」
一斉に魔弾を放つ隊員達。
だが、その攻撃が放たれる前にはもう、蔵人の新たなランパートが彼女達に向けて構えられており、彼女達の攻撃を難なく受け止めていた。
確かにCBランクとしては威力も高く、一点を集中して攻撃する精密性は見上げたものだ。だが、なんの工夫もないオーソドックスな砲撃は、今更なんの脅威にも感じなかった。
軍の中では、まだ技術に重きを置いた訓練がなされていないみたいだった。
「ダメだ。全く歯が立たない」
「Bランクのファイアランスでも、表面を削るしか出来ないなんて」
実力差を感じたのか、隊員達は攻撃を止めて顔を顰める。
「これが中学生だと?士官学校の教官よりも手厳しいぞ」
「これが、黒騎士…」
「噂以上の化け物だ」
蔵人達に狙いを定めたまま、青い顔で歯噛みする隊員達。
そこに、ディさんが立ち上がる。
負傷した中尉をテレポートした彼は、右手を軽く上げて隊員達に後ろへ下がれと合図する。
「私の命令も無しに、勝手に動くな。諸君らの技能力では、彼に傷一つ付けられない事など分かり切っていた。君達はただ、あれが逃亡しないように見張るだけで良い」
「「「はっ!」」」
「申し訳ありません!」
女性隊員達を下げさせ、ディさんが出てくる。
彼がパチンッと指を鳴らすだけで、強固なランパートの一部が消え去る。
テレポート。異能力の盾に対しても使えるのか。
ならば、
「クリアバレット!」
アクリル板を加工した弾丸。威力は殆どないが、スピードだけはぴか一を誇る最速の盾。これであれば、その指パッチンも間に合わない。
そう思ったのだが、アクリル板の弾丸は、ディさんのすぐ近くで消えてしまった。
テレポート?だが、ディさんは一切動いていない。何をしたんだ?
蔵人が目を細めていると、ディさんが更に一歩前に出る。
「解せないという顔だな?黒騎士君。テレポートを発動するのに、何も特別な動作は必要ないのだよ」
ああ、そういう事か。
蔵人は歯を食いしばりながら笑う。
今までの指パッチンはブラフ。それが弱点であるかのように、こっちが勝手に思い込むように仕向けられてしまったみたいだ。
「では、これはどうですか?」
蔵人は周囲にクリアバレットをばら撒き、バラバラのタイミングでディさんに向けて放つ。
四方八方から迫る半透明の弾丸。ただでさえ見えにくいうえに高速で動くそれを、避けるのは難しい。
そう思ったのだが、ディさんは短距離テレポートで瞬時に移動し、全てのクリアバレットを避けてしまった。それに加え、蔵人がこっそりと仕込んでいたクアンタムシールドまでテレポートで消し飛ばしてしまった。
完全に意識の外にあった筈なのに、何故分かったのだ?
「姿を消せたとしても、そこに盾は存在している」
ディさんが含みを持たせてそう言う。
どういう意味か一瞬分からなかったが…もしかして、風切り音を聞き分けて場所を特定したのか?ディさんは目だけでなく耳まで良いみたいだ。流石は、軍の中でもエリート部隊が揃う特殊部隊の指揮官だ。
「こんな事をしても無駄だ、黒騎士君。君が如何に優れた盾を出そうとも、私であれば全てを転移させることが出来る。本気となれば、即座に一個大隊を呼び寄せる事も可能だ。君がどれだけ体を張ろうとも、我々の行動は変わらない。上層部が下した命令は、彼女達でなければ覆らんのだよ」
ディさんは更に一歩前に出る。
それに、蔵人は新たな盾を出現させ、彼との空間を埋める。
それに、ディさんは再び指を鳴らし、その盾を全て消し飛ばして見せた。
「黒騎士君。君のそれは、悪あがきでしかない。ただ無意味に時間と君の価値を浪費するだけの行為だ」
「ええ。ですから最初に、悪あがきをすると申した筈ですよ」
蔵人はそう言いながら、再び盾を作り出す。
それに、ディさんは動きを止める。眉を寄せて、怪訝な表情で睨みを効かせる。
「何が狙いだ?」
テレポートの構えを見せながら、不安そうに聞いてくるディさん。
「聡明な君が、なんの考えも無しにこのような愚行に出るとは思えん。一体、何を企んでいるというのだ?黒騎士君」
訝しむディさん。
そんな彼に、蔵人は笑みを見せる。頬だけを吊り上げた、不敵な笑みを。
「流石はディ様。隠し事が通じませんね。ですが…」
蔵人は言葉を切り、空を見上げる。
「お気付きになるのが、少々遅かった様です」
「なに?」
ディさんはこちらに警戒しながら、空を見上げようとした。
でも、その前に、
バァンッ!
蔵人達の近くで、小さな爆発が起きた。同時に、目が眩む程の閃光が走る。
その爆心地で、揺らりと影が生まれる。黒く焼き焦がされた野原が黒煙を上げる中を、その影が割って進みでる。
「その手を降ろして貰おうか。一条大佐」
「っ!雷門、閣下…」
その影は、雷門様だった。
雷撃で飛来した彼の体は、未だに短い電気を無数に放電している。その姿はまるで、怒れる神のようにも見えた。
その様子を見たディさん達は慌てて、こちらへと向いていた手を引っ込めて、額に当てて敬礼をする。
「雷門元大将閣下。閣下が何故、ここの事を…いえ、そうか、黒騎士君が呼んだのですね?だから彼は、悪あがきという名の時間稼ぎを…」
「そんな事はどうでも良い。君達が今、しようとしている事に比べたらな」
雷門様はディさん達に手を翳し、雷鳴の様な低い声を轟かせる。
「軍を引くのだ、一条大佐。ここからは、この儂が対処する」
「閣下自らが、手をお下しになる…という意味ではございませんね」
ディさんの硬い声に、雷門様はただ一つ頷く。
「下す必要はない。儂が責任をもって、彼女を監督するのでな」
「それは…幾ら閣下からの申し出でも、上層部が納得するとは思えません。民間人となった貴方様に、あのような危険なものを任せるなど、彼女達が許可する筈がない」
「危険なもの?」
雷門様の体が膨らんだように見えた。小柄だった老人が、ワイルドオークよりも大きな巨人になった様な錯覚に陥る。
それはディさんも感じた様子で、一歩大きく後退した。
それを見て、雷門様はふっと口元を緩めた。
「危険か。その言葉は、儂にこそ向けられるべき言葉じゃ。儂と文子は何ら変わらん。儂の中にも、忌むべき因子が燻っておる。彼女と同じ存在である儂こそが、彼女を監督するのに最も相応しいとは思わんか?」
「閣下。それを決めるのは、我々ではありません」
「ふっ。相変わらず、硬い奴らじゃ」
雷門様はそう言って、こちらを向く。歩いてくる彼の視線は、一直線に文子ちゃんへと注がれていた。
その前を、ディさんが短距離テレポートで移動してくる。
「お待ちください、雷門閣下。これ以上進まれるのであれば、それ相応の覚悟をお持ち頂く必要があります。過去に大きな功績を積まれた貴方様でも、なんの代償もなしに済む案件ではございません」
「ああ、勿論じゃ。一条大佐」
雷門様は静かに答え、ディさんの横をすり抜ける。その際に、軽く彼の肩を叩いた。
「覚悟など、とうの昔から出来ておる。仲間に刃を向けた、あの時からのぉ」
「また貴方は、貧乏くじを引くおつもりですか…」
ディさんの問いに、雷門様は答えない。彼に背を向け、文子ちゃんへと歩み寄る。
「済まんかった、文よ。長い間、1人にさせてしもうた。迎えに来るのが遅れて、本当に済まんかった」
『うふふ。友達、いっぱい』
「そうか、そうか。新たな友が出来たのだな。それは良かった。良かった…」
どうやら、雷門様にも文子ちゃんの声が聞こえているらしい。嬉し涙を浮かべる雷門様は、そっと手を彼女の方へと伸ばす。
「文子。儂と共に行こう。遅くなってしまったが、沖縄でお鶴さんの墓参りをしよう」
『お鶴さん…』
文子ちゃんは雷門様の腕の中に収まり、雷門様がこちらを向く。
蔵人は、頭を深く下げた。
「雷門様。アグレスとなった鶴さんを屠ったのは私です。どうか恨むなら」
「ありがとう、黒騎士君」
蔵人の言葉を押し留める様に、雷門様が感謝の言葉を送ってくる。
「君が文子を守り、儂と引き合わせてくれた。お鶴さんの事も、苦しみから救ってくれて感謝している。優しいあの人が誰1人傷付けずに逝けたのは、間違いなく君達のお陰だ。だから、君には感謝しかない。ありがとう、黒騎士選手」
「雷門様…」
蔵人が顔を上げると、雷門様はしわくちゃの笑顔を向けて来る。彼の腕に収まる文子ちゃんも、髪の毛を揺らして手を振っている様に見えた。
2人はそのまま、光の速さで飛んで行ってしまった。
残された蔵人は、彼らが飛んで行った方向を目で追う。
「行ってしまったな」
ディさんが蔵人の横に立ち、同じように空を見上げる。いつの間にか、周囲の軍人達の姿も消えていた。作戦が失敗したので、撤収した様だった。
「君は初めからこれを狙って、我々の前に立ちはだかったのか?」
「偶然ですよ。あの方が来てくれるかどうかなんて、私では計り知れない事でしたので」
「ふふっ。そうか」
ディさんが楽しそうに笑う。
それに、蔵人は少し驚いて、つい彼の顔を見上げてしまった。作戦を失敗に追い込まれたのに、随分と余裕そうだ。
それを察したのか、ディさんがチラリとこちらを見る。
「そんな顔をしないでくれ、蔵人君。私とて、血の通った1人の父親だ。大切な者を守れなかった時の痛みは、人並みに想像出来る」
つまり、内心ではこうなる事を望んでいたと。
きっと、ディさんも色々と考えていたのだろう。雷門様と文子ちゃんを引き合わせたい反面、文子ちゃんを引き取る事で、軍の上層部と雷門様の間で軋轢が生じる事を懸念しいると。
去り際に掛けた言葉は、きっとそれを警告した言葉。
「軍隊というのは、大変ですね」
言わば、中間管理職の辛さだろう。現場の指揮を執るディさんには、上からの圧と下からの突き上げが生じている。今回は正に、両方の圧が酷かったに違いない。
蔵人が労いの言葉をかけると、ディさんは少しムッとした表情を見せた。
「他人事では無いぞ?蔵人君。アメリカで有名になり過ぎた君も、十分に魔境へと踏み入れようとしている」
「…それは、私を軍へと入れようとしている人がいる…という事でしょうか?」
蔵人の問いに、ディさんは力無く首を振り、こっそりと耳打ちしてきた。
「大国が動いている。君の実力を知ったアメリカやロシアが、君との血縁を結びたがっているのだ」
血縁って…結婚を狙っているって事ですよね?
蔵人の非難の視線に、ディさんは肩を竦める。
確かにこいつは、他人事じゃ無いぞ。
何とか無事に、収まりましたね。
「無事かどうかは、雷門殿の手腕にかかっているだろうが…まぁ、大丈夫であろう」
アグレスから日本を守った立役者ですものね。Sランクの男性を逃したくないという意図も絡んで来るでしょうし。
「そこは、魔力ランクに救われるか」




