399話(2/2)~返事をして下さい!~
※臨時投稿です。昨日も投稿していますので、読み飛ばしにご注意ください。
「貴方達!止まりなさい!」
次に現れた場面は、赤レンガ倉庫の一角の様だった。
時刻は朝方か、それとも夕暮れか。とにかく薄暗い通路の途中で、数人の男性達が軍服を着た女性達に囲まれていた。
男性達はオロオロしており、手に持ったアタッシュケースを大事そうに抱えていた。
対する女性軍人達は全員が厳しい目をしており、その目が男性達の先頭に立つ大柄な男を睨みつけていた。
その女性軍人達の中から、一人の男性軍人が進み出てきた。
「てめぇら、反社会組織の人間だな?白状しやがれ」
男性軍人はそう言って、長い金髪の合間から見える口を大きくひん曲げて、ふてぶてしい笑みを浮かべた。
その男性軍人に、男性達が食ってかかる。
「なっ、何を急に!」
「我々は非営利組織、地域男性の会の者だぞ?」
「そうだ!恵まれない人達の為に働く我々に対して、そのような言いがかり…ただでは済みませんぞ!」
「代表!代表からも何か、こいつに言ってやって下さい!」
代表と呼ばれた大柄な男が、後ろの男達に押される形で前に出る。
男性軍人よりも、頭1つも2つも背が高い代表は、ただ黙って男性軍人の金髪を見下ろす。
それに、男性軍人は挑発的な笑みを浮かべて対峙する。
そして、突き出していた手を代表へと向ける。
クイクイと、掛かって来いと言わんばかりに手で招く。
代表がそれに乗る。のっしのっしと男性軍人に近付き、手が届く所で止まった。
男性軍人と同じように、代表も手を差し向ける。
すると、男性軍人はその手をバシッと取った。
ニヤリと笑う、男性軍人。
「任務、ご苦労さん。もう戻っていいぞ」
「はい」
一触即発の状況から一転、代表は素直に頷くと、男性軍人の隣に立った。自分を押し出した男達と対峙して、軍人達と同じような厳しい目を彼らに向けた。
それを見て、男性達は目を丸くする。
「代表!?ど、どういう…ことですか?」
「何故、貴方がそちらに立つのです?」
「まさか…我々を売ったのですか!?」
口々に非難の声を上げる男達。
それに、男性軍人が面倒くさそうに手を振った。
「てめぇらが国会議事堂を襲おうとしてんのは割れてるんだよ。そのケースの中身も全部、銃と爆弾でひしめいてんだろ?お前らの会話は全部、うちの隊員が聞いていたからな」
男性軍人がそう言うと、代表の体が徐々に解けていき、見る見る小さくなっていった。そして、小柄な少女が現れた。
少し大人びた文子ちゃんだ。
「へ、変身異能力者…っ!」
「くそっ!嵌められた!」
文子ちゃんの姿を見た男達は、青い顔となって逃げ出そうとする。
だが、周囲に展開していた女性隊員達が即座に異能力を使い、男性達をヒュプノスやドミネーションで無力化し、ソイルキネシスでアタッシュケースも覆ってしまった。
あっけない幕引きに、金髪の男性軍人が倒れ伏す男性達を冷たい目で見降ろす。
「ったく。面倒ごとを起こしやがって。こっちは外の事で忙しいってのに、てめぇらみたいのが平等だなんだってうるせぇから、要らねえ仕事が増えんだよ」
「隊長。一般人に対して、言葉が過ぎますよ」
男性軍人が嘆くと、大柄な女性が2人の男を担ぎ上げながら、それを諌める様に口を尖らせた。
それに、隊長さんは更に口を尖らせて見せる。
「うるせぇぞ、お鶴。てめぇは俺の母ちゃんかよ」
「あら。私まだ、大尉みたいに大きな子を持つ歳じゃありませんよ?」
「上官に向かって偉そうだって言ってんだよ」
「あらあら。そういう所は、まだまだ子供っぽいですね」
ツルさんがクスクスと笑う。
そんな彼女を、不貞腐れた顔で睨む隊長さん。
こうして見ると、確かに隊長さんは若い。金髪で強面だから分かり辛いが、20歳を超えたばかりの様にも見える。
面白くないと、表情にありありと浮かばせる隊長さんに、文子ちゃんが怖々と近付く。
「あ、あの、隊長。今回の私は、上手く出来ましたでしょうか?」
「うん?ああ、まぁまぁだったんじゃねえか?」
適当な返しをする隊長さん。
恐らく潜入調査だと思うが、まだ成人もしていない子に危険な任務を任せたと言うのに、随分な態度である。
蔵人が眉を潜めていると、隊長さんの輝く金髪にチョップが入った。
ツルさんだ。
「それではダメですよ?隊長さん」
「いっ…てぇぞ、お鶴!上官に向かって、何しやがる!」
「確かに貴方は上官ですけど、私は貴方の教育係も受け持っているんですよ?ですからこれは、私から貴方への指導です。今のは、隊を預かる者の言動じゃありませんでしたから」
「この野郎…」
「野郎じゃありませんよ?」
「このぉお…」
頭を押さえて睨み上げる隊長さん。
そんなヤンチャ坊主に、ツルさんは「やれやれ」と首を振る。
「男性で、異能力階級4段だからって甘やかされて来たみたいですけれど、ここでは通用しませんよ?軍の中は一枚岩じゃありませんから、仲間を増やさないとすぐに立ち行かなくなってしまいますよ?」
「うるせぇ!俺はな、男だからって舐められねぇ様に、異能力を鍛えたんだ。大日本帝国軍人たる者、米国も中国も殴ってひれ伏させてやるんだ!爺さん達がやったみたいに、この国をもう一度覇権国家にしてみせる!
その為には、仲間なんざ要らねぇよ!俺に必要なのは強い力だけだ。威力は4段でも、いつか女の5段にも勝って、日本に8人しか居ねぇ6段にだってこの手を届かせてみせらぁ!」
ふむふむ。
どうやら、この時代の異能力ランクは、ABCじゃなくて段で数えられているみたいだ。
6段が8人って事は、それがSランク。さしずめ4段はBランクという事か。
だが、Bランクの男性としては、随分と威勢が良い。まるで大野さんを見ている様である。
これは、彼が戦える異能力種だからなのか、それとも彼の性格故か。
はたまた、この時代特有の物かもしれない。まだ、日本男児とはという幻想が残っていそうな時代だから。
蔵人が周囲を見回していると、再び風景が変わっていく。
今度は、古びた漁村だ。
先程までのゴミゴミした街並みと違い、長閑な田舎町の風景が背後に広がる。
その反対では大海原が広がり、沖合では多くのいかだ船が浮かんでいた。
だが、その船の大半は破壊されており、帆がボウボウと燃えていた。
そして、浜辺では、
【【ああぁあぁ…】】
【うぅううぅ…】
白いモヤを全身に纏った人型が、海の中から這いずり現れていた。
アグレスだ。
迫り来る奴らの数は、計り知れない。
浜辺を埋め尽くす程の大軍が、漁村を目指して侵攻していた。
「第3防衛隊!一斉射撃!」
「第7隊は後方へ回って援護!第9部隊は左翼に回り込んで側面から殲滅しろ!」
そのアグレスに対して、軍服を着た女性達が魔力弾を撃ち込んでいた。
手前から側面から、迫り来るアグレスを容赦なく撃ち抜き、奴らから放たれる魔力弾は分厚い防御陣で受け止められていた。
浜辺に展開した軍人達は、慣れた手つきでアグレスを次々と迎撃していく。
だが、
「くそっ!七瀬が倒れた!第3部隊は殆どが異能力切れだ!」
「こっちは騎士級が出てきたわ!早く、早く5段の隊員を連れて来て!」
「移動兵!移動兵!こっちだ!小堀がやられた!後方へ移動させてくれ!」
形勢は大きく、アグレス側に傾いていた。
どれだけ屈強な兵士が集まっていても、アグレスの数は膨大で、今も海の中からわらわらと後続が現れていた。
終わりない地獄の行進に、沿岸沿いに展開する部隊員は泣きそうな顔で声を張り上げ、魔力を絞り出していた。
徐々に、徐々に部隊は後退し、アグレスはどんどん日本の地へと踏み込んでいく。
「第3部隊壊滅!部隊員が全員、アグレスに飲み込まれました!」
「右翼崩壊!至急応援を送られたし!」
「中央もダメだ!魔力壁がもうもたない!撤退させてくれ!」
「撤退を!」
「ダメだ!司令部から許可が出ていない!敵前逃亡で極刑になるわよ!?」
数で劣っていた部隊は、端からじわじわと削られていき、とうとう中央から崩壊してしまった。
必死に抗っていた彼女達だが、白い津波となったアグレス共に押し流され、半数近くが波に吞み込まれていった。
「隊長!」
悲鳴と怒号が入り乱れる戦場で、鋭い声が響いた。
文子ちゃんだ。
また少しだけ大人びた雰囲気を纏った彼女は、飲み込まれてしまった前線に向けて声を張り上げた。
その声に、アグレス共が反応する。文子ちゃんまでもを呑み込もうと押し迫ってきた。
だが、それは叶わない。
彼女へと近づいたアグレスが、はじけ飛んだ。
四肢がちぎれ飛び、錆びた武具が宙を舞う。
そこには、仲間の血を浴びながら、獅子奮迅するツルさんの姿があった。
「文ちゃん!もっと下がって!貴女まで巻き込まれるわ!」
「ご、ごめんなさい!」
文子ちゃんは小さな鳥になって、前線から離れる。
小さくなっていくツルさんを見ていると、彼女は少しだけ安心したような顔をして、直ぐに前線へと顔を向けた。
「隊長!大門隊長!返事をして下さい!」
ツルさんも声を張り上げて、アグレスが埋め尽くそうとする前線を睨みつけた。
ブーストしているからか、彼女の声はここでもはっきりと聞こえる。
それに、生き残った部隊員の多くが振り返った。
と、そこで、目もくらむ程の眩い光が、アグレスが今雪崩れ込んだ付近で生まれた。
次いで、鼓膜をつんざく轟音がここまで届く。
ッズドンッ!!
その閃光の後に、金色の揺らめきが見えた。
「あっ!隊長!」
文子ちゃんの視線の先には、ボロボロの隊長さんがいた。
自慢の金髪は乱れ絡まり、服は何かに切り裂かれて原型を留めていない。
そして、左腕は肘から先が無くなっていた。
それでも、
「おらぁああ!!」
バリッ!
バリバリッ!
ッズドン!!
隊長さんは戦っていた。
右手に持った白亜の日本刀を振りかざし、迫り来るアグレスを撫で切りにしていく。その一刀は、周囲の空間ごと切り裂いて、それに当たったアグレスは全身に紫の雷撃を走らせてビクンッと体を跳ね上がる。そして、霧となって消えていった。
隊長さんの異能力は、やはりエレキネシスの様だった。
アグレスの大波を相手に、雷鳴を轟かせながら1人で刀を振るう隊長。
孤軍奮闘。
そんな彼の様子に、ツルさんが悲鳴のような声を上げる。
「隊長!早く逃げて下さい!」
「うるせぇ!俺が引いたら、誰が、村を、守んだよ!」
隊長さんは声を枯らしながら、アグレスを斬る手を止めようとはしない。息も絶え絶えで、顔色は青白さを通り越して土気色になっていた。
今にも倒れそう。
でも、手を止めようとはしない。バチバチッと、凶悪な音を響かせる雷神刀を振り回し、全身から紫色のスパークを走らせる。
必死で戦う彼に、しかし、ツルさんが現実を突き付けた。
「隊長!もう村はありません!アグレスの群れがつい先ほど、第1部隊もろともに押し潰してしまいました!我々の防衛作戦は、すでに崩壊しているのです!」
「なん…だと…!?」
それを聞いた途端、隊長さんの体から力が抜け、握っていた雷神刀も一筋の雷となって飛び去ってしまった。
倒れそうになる彼を、寸前でツルさんの腕が支える。そのまま彼を引っ張り上げ、アグレスの波から脱出した。
「総員退避!退避!」
ツルさんが叫びながら、アグレスの大津波を背にして走り出す。
右肩には項垂れたままの隊長さんを抱え、左手を大きく振って逃げるように促す。そして、逃げる途中で倒れた一人の男性隊員を引っ張り上げ、男性2人を担いで走り逃げる。
そんな彼女達の頭上で、一筋の光が輝く。
眩い光の帯に、文子ちゃんも一瞬、目を奪われていた。
「なんだ…あれは…?」
項垂れていた頭を持ち上げ、隊長さんも空を見上げる。
それに、ツルさんが答える。
「きっと、秋山陸軍大将ですよ。6段の彼女が来てくれたのなら、この地獄もすぐに終わるでしょう」
「そうか。6段、か…」
「あら?隊長は嬉しくないんですか?」
言い含んだ隊長さんに、ツルさんは茶化す様な声をかける。
すると、隊長さんは「そうじゃねぇ」と口を尖らせる。
「アグレス共が、ここで消え去ることには大賛成だ。だが、またSランクに頼っちまった。今回は、大将階級のアグレスが居ねぇってのに、俺達だけじゃ雑魚も抑えられなかった。その事が、情けなくてたまらねぇんだよ…」
「…っ」
隊長さんの苦言に、誰も返答する事が出来なかった。
彼女達はただ、背後で行われる火葬の熱を、その背で受け取るしか出来なかった。
※イノセスメモ…
過去の日本(異能力出現当初)
・魔力ランク→魔力階級
・ABCDE→5段、4段、3段…
・テレポート→移動兵、ヒーラー→衛生兵
追記:すみません。私のメモが分かり辛かったですね。
どうも、異能力発現初期の頃(1920年~)は上記の呼び方が一般的だったみたいです。
ただ、アグレスという言葉が入って来たことから、1930年~1940年は西洋化が進み、今の様な魔力ランクやABC等で言われることもあるみたいです。
「西洋化か。イギリスと発電事業を共にしている影響もありそうだな」
そうですね。




