399話(1/2)〜大丈夫だよ、おっとう〜
尚様のお祖母様であるツルさんの名前を出した途端、今までよりも大きくはっきりとリアクションを取ってくれた文子ちゃん。
そんな彼女に、蔵人は更に踏み込む。
「やはり貴女は、ツルさんが書かれた手紙の中で出てきた文ちゃん…なのですね?」
『ふふふっ。おツルさん…おツルさん…』
「そうです。そのツルお姉さんについて、貴女の知っていることを私に教えては頂けないでしょうか?」
『うふふっ。おツルさん…おツルさん…』
大きなリアクションを返してくれて、しかも、ツルさんの事を親し気に呼ぶ文子ちゃん。
だが、そこから先には進展がない。彼女は同じ言葉を繰り返してばかりだ。
そんな彼女を見て、若葉さんがカメラを構えながら、文子ちゃんの前に座り込む。
「う~ん…蔵人君。何かまだ、情報が足りないんじゃないかな?もっと尚様に鶴さんの事を聞くとか、いっそのこと、この子を沖縄に連れて行ったらどうだろう?」
「ああ、そうだな。まだ足りないから、彼女は同じ言葉ばかりを繰り返す。だが、足りないのは情報じゃないんだ、若葉さん」
「えっ?う〜ん…そう断言出来るって事は、蔵人君は何が必要なのか知っているってことだよね?」
「ああ、そうだ。俺に足りない物は、足りなかったものは、親しき者の助力だ」
蔵人はそういうと、後ろを振り向く。
青い顔でこちらを見ていた柳さんに向けて、手を差し伸べた。
「柳さん。もう一度、貴女の力をお貸しください」
「えっ、わっ、私の力、ですか?」
「ええ、そうです。貴方の力、夢幻の力が必要なのです」
蔵人はそう、自信を持って断言する。
それは、大天使様から頂いていた助言があったからだ。
年始の初詣。そこで、蔵人は大天使様からお言葉を貰った。
〈親しき者と、小さき友と夢を見よ〉と。
小さき友が誰なのかは理解出来ないでいたが、夢と親しき者は柳さんだと確証している。
LAでの暴動では散々、ジャバウォックに助けて貰ったからね。夢を支配する彼を差し置いて、他に夢と関われる者が居るとはとても思えない。
そして、尚様のお話を聞いて、小さき友とは文子ちゃんの事ではないかと推測した。
迫り来る白百合会の暗部を倒してくれたのは、他ならぬこの子だ。言わば、蔵人にとっては戦友と言っても過言ではない。
…柳さん以外に、同衾したことがあるのも彼女だけだし…。
親しき者の柳さん、夢幻龍の力。そして、小さい戦友の文子ちゃんが揃えば、閉ざされていた道が切り開かれる。
そう考えた蔵人は、期待を込めて彼女を見る。
「文子さん。貴女の夢を、我々にも見せてくれないだろうか?貴女とツルさんの思い出を」
『ふふふっ。おツルさん…おツルさん…』
文子ちゃんは再び、同じ言葉を繰り返す。
でも急に、コクッと首を伏せて、そのまま動かなくなってしまった。
彼女は、糸が切れた操り人形の様に、棺桶の中でコロリと転がった。
…寝た…んだよな?思った通り、彼女は普通の人形ではない模様。
「柳さん。それでは」
「えっ、ええっと、あの時の様に、蔵人様に合わせたら…よろしいのでしたよね?」
柳さんが難しい顔をしながら手を出してくる。
「ええ。LAの時の様に、またよろしくお願いします」
蔵人は彼女のを取り、魔力を回す。
彼女の魔力と自身の魔力が混ざり合い、夢幻の力が湧いて来る。
その魔力の一部を使い、蔵人は喉と口の周りに小さな盾を作り出す。
そこから、不思議の国の詩を奏でる。
『(低音)かくて、郷遠し日の詩よ…』
魔力が波紋を広げ、文子ちゃんの中へと入っていく。
彼女の体を浸透し、次第に周囲の風景が歪み始める。
常世の世界へと、誘われる。
〜〜
気が付くとそこは、真っ暗な世界だった。
見回しても何もなく、ただひたすらに暗い空間が広がり続ける。
まるで、機械神のごみ箱を思い出す。
「蔵人様、あそこに誰かがいらっしゃいます」
隣の柳さんがそう言って、蔵人と手を繋いでいる方とは反対の手で上を指さす。
その指を追って上を見上げると、確かに浮かんでいる。
蔵人は柳さんに引っ張ってもらい、その人の元まで泳ぎ近付く。
近付いてみると、その人が女性であることに気が付く。
童顔で、かなり痩せこけているので幼く見えるが、正式な軍服を着ているので18歳以上だろう。
『うふふっ』
そして、この声は文子ちゃんのもの。
彼女の夢に、無事に入れたようだ。
蔵人が安心していると、文子ちゃんはクルリと背中を向けて、更に上へと昇って行く。
それを、柳さんが目で追う。
「ええっと、彼女についていけばよろしいのでしょうか?」
「いえ。柳さんはここに居てください」
きっと、彼女の夢は機密事項がいっぱいだからね。柳さんが見てしまっては、きっと大事になる。
…まぁ、俺が見ても大事だろうけど。
「蔵人様…ですが、それでは…」
「安心してください。危険なことはありません。それに、ほら、すぐそこですよ」
蔵人が指さす先では、少し離れた所で文子ちゃんが浮かんでいた。その彼女の隣に、光を放つ黄金色の窓があった。
「分かりました。ですが、くれぐれもお気を付けて…」
柳さんはそう言って、見送ってくれる。
辛うじて目の届く範囲だからかね?
蔵人は必死に泳いで、文子ちゃんの元へと急ぐ。
彼女に近づいていくと、徐々に声が聞こえてきた。
子供の声だ。
近付くにつれてその声は大きくなり、文子ちゃんの隣に並んで初めて、その声が窓の中から聞こえることが分かった。
文子ちゃんが、その窓の中を懐かしそうに眺める。
蔵人の意識も、窓の中へと吸い込まれていく。
懐かしい、田舎の風景だった。
〈◇〉
「きゃははは!」
女の子の笑い声が、黄金色に輝く畑の上を飛んで行く。
その畑の真ん中には、お爺さんの宿に負けないくらいのオンボロ小屋が見えた。
笑い声は、そこから聞こえてきていた。
「よ~し、文子や。しっかり父ちゃんの頭さ掴まってろ?それぇ!」
「あきゃっ!あきゃっ!父ちゃん!父ちゃん!」
「おお、おお。楽しいけぇ?文子」
そのオンボロ小屋の前で、仲睦まじい親子の姿があった。
父親らしき人と、その人に肩車される幼児の文子ちゃんだ。2人とも痩せこけていて、服はつぎはぎだらけの穴だらけであった。
とても裕福には見えない2人。それでも、親子の笑顔は輝いており、幸せな感情がこちらまで伝わっている様だった。
そこに、1人の女性が近づいて来る。
「文子、お父ちゃん、ただいま」
「お母ちゃん!」
「おおっ!おミツ!よう帰って来たな。疲れたじゃろ?ほれ、そこ座っとれ。今、水を汲んできちゃるで」
「大丈夫よ、お父ちゃん。それより、これを…」
女性は少し顔を強張らせて、男性に数枚の紙束を渡した。
お札だ。
背中を見せていたお父さんは、振り返ってそれを見ると目を大きく開いた。
「こりゃたまげた。お前、これは…工場の給金だべか?こないに貰えるんけ?」
「そうなんだよ、お父ちゃん。異能の力とかっていうのを使って、工場を動かすんやて。なんでも、あたいの力は強いらしくて、多めにお給金をもらっちまったんだよ」
そう言う女性の服装は、確かに父娘に比べると上等な物であった。
油汚れだらけのモンペ服だが、何処にも破れた跡はないし、穴も開いていない。痩せこけた2人と比べて、彼女の顔色は随分マシのようにも見える。
「ごめんな、お父ちゃん。毎日畑仕事さ頑張ってくれるお父ちゃんがこんなボロボロになってるときに、あたいは工場でけったいな力を使って、汗一つかかんでお給金さもらっちまッとる。なんかなぁ、悪い事しとるみたいで、気味が悪いんだわ」
「何を言っとるんだ、おミツ。お前が稼いでくれたこれで、おいしいおマンマを文子に食わせられる。新しい苗も、種も、クワも買える。お前のお陰や、おミツ」
「お父ちゃん…」
泥だらけの男と、すす汚れた女性が抱き合う。互いにうれし涙を流し、きつく抱擁する。
それを見て、文子ちゃんも泣き出す。お母ちゃん、お母ちゃんと、女性のズボンを引っ張る。
そこで、3人の姿は白い霧となって消える。
彼女らを縁取っていた窓も、同じように消えて行く。
だが、再び霧が集まって、少しくすんだ黄金色の窓を形成した。
『うふふっ』
その窓を、再び文子ちゃんが覗き込む。
蔵人も、楽し気な文子ちゃんと同じように、窓の中へと意識を投げた。
立派な一軒家の玄関口で、複数の女性達が整列していた。
古い型の軍服を着た、軍人達だ。
その彼女達に対峙するのは、随分と老け込んだ文子ちゃんの父親と、随分と大きくなった文子ちゃん。見た目で言うと、15歳くらいだろうか?
大きくなった文子ちゃんは、しかし、幼子の様に縮こまり、父親の背中にしがみついていた。
そんな彼女達に、少し上等の軍服を着た女性が一歩前に出る。
「文子さんは、類稀なる素質をお持ちです。是非ともその力を、お国のために使って頂きたい」
「今は有事なのです。国の為にと、多くの若者が力を振り絞って奮闘しています。それなのに、あなたのところだけ特別扱いする訳にはいきません」
「分かっとるんだ!そんなことは」
父親は大きく吠えるも、次第に声が小さくなっていく。
「分かっとってもよぉ…けどよぉ、この子まで失っちまったら、俺はどうしていいか分かんねぇんだ。光子と同じ所に、今度は娘を送り出さなぁいかんなんて…俺には…」
父親が大きな背中を丸め、一回りも二回りも体の小さな女性達に頭を垂れる。大の大人が、声を震わせて悲壮に暮れる。
その背中を、文子ちゃんが撫でる。
「大丈夫だよ、お父ちゃん。うちの変身は色んな人に化けられるから、簡単にやられたりしないよ」
「文子…」
「うん。それに、お母ちゃんが働いてた所を見てみたいんだ」
娘の強がりに、父親は彼女を抱き寄せて、強く抱擁した。
そして、文子ちゃんは女性達の元へとへと向かう。
「お願いします!」
お辞儀する文子ちゃんと、それを満足そうに見る女性達。
彼女達の姿が、徐々に消えていった。
長くなりましたので、明日へ分割致します。




