394話(1/2)~少々、考えるお時間を頂きたく~
昨日は、投稿を延期してすみません。
代わりと言っては何ですが、本日は2話投稿致します。
「分割1話と言った方が良いだろう」
そうとも言います。
「そんな、蔵人さ…あっ、失礼しました、黒騎士様」
選考会を辞退したい。その言葉を聞いた橙子さんは、明らかに動揺していた。表情は変わらずの鉄仮面だが、視線だけは僅かに揺れ動いている。
少なくとも、きっちりしている橙子さんが本名を口にしてしまう程には、彼女の内心は揺れていた。
そんな彼女に、蔵人はジョギングをしながら軽く頭を下げる。
「突然、このような事を言い出してしまい、申し訳ありません」
「いえ、とんでもない。ですが、理由をお聞かせ願えませんか?」
それは、そうだな。
蔵人は、何故こう思ったのかを端的に説明した。
発端は、今回参加している選手達の有能さと向上心を目の当たりにした事だ。
彼女達は既に、異能力の技術向上に向けて努力しており、その片鱗が見え始める段階に居た。
こちらが何も言う前から、彼女達は魔力絶対主義から脱却していた。
そこは、鈴華や伏見さんの時とは大きく違う。1年前では考えられないくらいに、若者達の意識が変わっていた。
「彼女達が、運営に選ばれた選手だからと言うのもあるかも知れません。それでも、これだけ多くの選手やコーチ陣が技術を大切にしているのを見て、僕がやってきた事が間違いではなかったと思いました」
あれだけメディアの前で技術が大事だと豪語して、あれだけ目立っていたのだから、その効果が出たのだと思いたい。安くない有名税も払っている訳だし。
蔵人がそう願っていると、橙子さんは走りながらビシッと敬礼する。
「はっ!それは間違いございません!」
ええ。そう言って頂けると、安心します。
「ありがとうございます、橙子さん。こと日本においては、ディ様の提唱する技巧主要論が随分と浸透しているように見えます。
それは、今はスポーツを観る人達限定かも知れませんが、彼ら彼女らが活躍していくにつれて、今まで異能力に興味を持たなかった人にも広まっていってくれでしょう。
やがては日本だけでなく世界の人が、魔力ばかりに重きを置くこの歪な世界を見直してくれると、僕はそう思います」
「自分もそう思います。黒騎士様が皆を導いて下さったから、今があるのだと。これからも黒騎士様が先を指して頂ければ、更に多くの者がその道へと足を踏み入れる事でしょう」
力強く肯定してくれる橙子さんに、蔵人は肩を竦める。
「果たして、そうなのでしょうか?」
昨日の進藤監督は、蔵人が選手として選ばれるのは必然だと言った。並外れた技術力は、他の選手ではとても太刀打ち出来ないと。
彼女はそれを、褒め言葉として掛けてくれたのだとは思う。だが外から見れば、他の選手達を下に見ている様にも思える。
黒騎士は規格外だと言われながらも、そちらに基準を置いてしまっているのではないだろうか?
そんな目立つ人間が選考会に参加してしまっては、他の選手からしたら邪魔でしかないだろう。折角、技術重視へと人々の考えが変わりつつあるところに、黒騎士というイレギュラーのせいで特色が薄まり、彼女達のやる気を削いでしまいかねない。
選手達が独自に技術を伸ばそうとしているのなら、もう黒騎士が異能力スポーツの先頭を走り続ける必要は無いのではないだろうか。
元々、日本一を目指したのだって、魔力ばかりを追い求める人々の目を覚まさせ、アグレスの侵攻を阻害する為だった。人々が目覚め始めているのなら、後は目覚めた人達に任せてた方が良いのではないか。
そう、蔵人は思ったのだ。
少なくとも、若者達を押しのけて、オリンピック選手になろうとするのはどうなのだ?と、この強化合宿を通じて疑問を持つようになっていた。
「どうでしょうか?橙子さん。僕の考えは、間違っていますでしょうか?」
「自分は、その、あまり頭が良くありませんので、黒騎士様の考えが間違いかと言われると…その…」
問われた橙子さんは、明らかに狼狽していた。本当にキャパシティオーバーみたいで、目玉がクルクル回っていた。
それでも、彼女は考えてくれていた。必死に考えて、何とか言葉を捻り出す。
「ですが、黒騎士様が居なくなってしまっては、皆が迷うと思います。黒騎士様がいらっしゃるから、皆は貴方様を真似て、各々の技術を磨いているのだと自分は考えます」
「ありがとうございます、橙子さん。そう言って頂けて嬉しいです」
「ですが」と、蔵人は首を振る。
「何も、消えようとしている訳ではありません。僕は、違う道の第一線で戦いたいと思っています」
「違う第一線…とは、シングル戦?…いえ、世界でしょうか?」
「対アグレス戦線ですよ」
蔵人の答えに、橙子さんは目を大きく見開く。
彼女にしては、オーバー過ぎるリアクション。沖縄の記憶が消えていない事を、明確に察した様子だ。
それでも、蔵人は構わなかった。もう、軍の上層部は気付いているだろうから。だから、カイザー級と接触した我々に対して、未だにノーリアクションなのだろう。
「僕は貴女達と共に、アグレスの殲滅作戦に加わりたいと願っています。今までは間接的であった僕の力を、貴女達をサポートすることに直接使用したいと考えています」
今回のアメリカ遠征で、アグレスの脅威が十分に分かった。カイザー級が1体居るだけで、それまでのアグレスとは桁違いの被害が出ることを痛感した。
アメリカでは未だに魔力絶対主義が蔓延っており、また怪しい薬が出回っていた。それらがより被害を拡大させたことは明らかだが、日本で起きていても大きな被害を出していたことは変わらない。
そもそも、機械神は日本に来るシナリオになっていたのだ。まだこの先、カイザー級が襲ってくるイベントが待ち構えている。次は、身近な人間に被害が及ぶ可能性があるのだ。
「正直に言うと、僕は少しホッとしているんです。あの暴動が、日本ではなくアメリカで起きてくれて。僕の知っている人達が巻き込まれていると思ったら、あんな風に詩を歌っていられなかったと思います」
アニキや竹内君、大寺君が、あのウォーキングデッド達の中にいたかも知れないと思うと、今でも背筋が凍る思いがする。それが、このGWで起きていたと思うと、尚更に。
「橙子さん。僕は、皆さんが思っている様な聖人ではありません。こんな風に、自分主体で物事を考えてしまいますし、私が手を出せる範囲には限度があります。だから、余計に願うのです。せめて、この手が届く範囲の人達は守りたいと。貴女達と共に、アグレスの侵攻を止めたいと願うのです」
原作では、これから更にアグレスの侵攻が激しくなるとされている。トーキョー特区が壊滅し、東西で日本が分かたれてしまった事も大きな要因だろうけど、侵攻の頻度が上がる事は間違いない。
だからこそ、蔵人は思った。軍属となり、直接アグレスと戦いたいと。異能力スポーツを通じて、みんなに技術力を推進する役割は、純粋に強くなりたいと願う若者に任せ、自分は本来の役割に戻る。そうする事こそが、バグを殲滅する近道だと思った。
そう思ったから、橙子さんに相談した。
彼女は、蘇芳橙子さんは、元全日本Bランクのチャンピオンだ。中学生時代に優勝した彼女を、ディさんが士官学校へと招き入れたことで、今の彼女がある。蔵人は、その道を自分も歩みたいと思ったから、彼女に相談していた。
「黒騎士様。自分は…ううむ…」
それを聞いた橙子さんは、とても難しい顔をした。答えを探す様に深く考え込み、途中で何度か転びそうになっていた。
そうして、ホテルの入口まで来た時に、漸く顔を上げてくれた。
「黒騎士様。少々、考えるお時間を頂きたく」
どうやら、直ぐには判断がつかなかったらしい。
急な話だったし、仕方がない。
蔵人は「勿論です」と快諾し、その日は彼女と別れた。
そして、翌日。
練習場に現れた彼女は、まだ難しい顔をしていた。
うむ。一晩では答えが出なかったかな?
「今日は、より実践的な訓練を行う」
基礎練が終わった後、進藤監督は選手達の前でそう宣言して、役割事に集める。昨日までよりも更に細分化し、遠距離は攻撃とサポートに。近距離役も攻撃と防御役を分けて、その細分化した集団からそれぞれ1名ずつを呼び出した。
「この4名で1チームとし、チーム同士での局所戦を行ってもらう」
つまり、前線の一部分を再現するみたいだ。
チームは固定ではなく、同じ役割の中でローテーションしていくらしい。各役割は均等ではないから、チームによっては遠距離攻撃役が2名になったり、防御役が居ないパターンも出てくる。
自軍チームと相手チームの人員に合わせて、チーム内で動きを変える必要が出てくるのだ。
「わぁあ…黒騎士選手と一緒だぁ…」
蔵人とチームとなる人達も完全ランダム。今まで言葉を交わした事の無い近距離役1名と、遠距離攻撃役2名のチームだ。
「よろしくお願いします、先輩方」
「よ、よろしくね!」
「ヤッバ…本当にフレンドリーなんだね、黒騎士様って」
遠距離役の娘達は、満面の笑みで喜びあっている。
ああ、懐かしいな。この感じ。
蔵人が彼女達を遠目で見ていると、近距離役の娘がズンズンと2人の前に立ちはだかった。
うん?何をする気だ?
「勘違いせぇへんがええで、自分ら。これは遊びやのうて訓練やし、オリンピック選手の選考会や。今回はたまたま組んどるだけで、うちらはみんな、競い合う敵同士や。仲良しごっこ気分でおると、簡単に落とされてまうで」
キツい一言を放つ大阪弁の彼女は、そのままこちらを振り返る。
そして、
「黒騎士選手も、あんま余裕こいて構えん方がええで。同じチーム同士でも、あんたが隙を見せた瞬間に奪わせてもらうで。あんたの地位と栄光をな」
挑発的な笑みを浮かべる彼女。よく見ると、彼女の装備には〈獅子王 №11 難波〉とペイントが入っていた。
なるほど、彼女は獅子王の選手だったのか。流石は、中高でファランクス日本一を走り続ける学校の選手だ。
「ご忠告感謝します、先輩。是非とも前線の隙をついて、タッチを決めて頂きたいです」
「ふんっ。自分に言われんでも、そうしたるわ」
難波先輩はぷいっと顔を背けて、向こうの方で準備を進めた。
なかなかにプライドが高い人みたいだ。扱い方に注意しないと。
蔵人は頭を搔く。
そうして始まったチーム戦だが、我々の前に勢揃いした相手チームの中に、仁王立ちする海麗先輩の姿があった。
うわっ。
「黒騎士君。その顔はなぁに?」
しまった。表情に出していたか。
「楽しくなりそうだと思いまして」
「うん。君の期待に応えられるよう、精いっぱい頑張るからね♪」
意味深な笑顔を返してくる海麗先輩。
その笑顔の意味は、察した通りだった。
極限まで魔力を圧縮した彼女の一撃は強力で、掠るだけでもランパートが半壊してしまった。5重奏ランパートであれば受け止めることも可能だが、敵は海麗先輩だけではない。彼女のチームは盾役が2人のサポートが1名。海麗先輩にばかりかまけていると、攻め込むことが出来なくなる。
どうしたものか。
「うちが行ったるわ!」
その声と同時に、蔵人の横から誰かが飛び出した。
難波選手だ。
彼女は、こちらが制止する暇も与えずに、敵陣へと駆け出していた。
黒拳をしかと構える、海麗先輩の元へと。
アグレスとの戦いに注力したい…という事でしたか。
「本来のスタイルとも言えるか」




