183話~それでは遅いですよ、お兄さん~
日曜日の陽気な空を、蔵人は悠々と飛んでいた。
今日は、MINATOシティー大会が開かれる日である。
東京タワー近くの港区WTCで行われるこの大会は、朝も早くから大勢の人が詰めかけていた。
「「うわぁああ!」
「よしっ!いけぇ!そこだ!」
WTC入場ゲートの向こう側から、幾つもの声援が聞こえる。
既に、小学生の低学年部門が始まっているみたいだ。
広いWTCとは言え、全ての部門を一斉に開始するほどの余力はない。
よって、時間ごとに開催部門を分けているのだ。
蔵人達、中学生Cランク部門は、ダンジョンダイバーズ付近に設置された特別会場で朝9時から開催される。
この部門での参加人数は、300人程。
全部門の参加者を合わせると3千人近いというから、応援者も含めると軽く万は超えるだろう。
スケボースタイルで入場ゲートを通過すると、各所で小学生らしき子供達が戦っている映像が目に入った。
普段は成績表を映し出すモニターが、今日は試合の様子を中継してくれているみたいだ。
蔵人はその様子に心躍らせながら、スケボーで地面を滑り、試合会場へと急ぐ。
その途中、道行く女性達が必ずと言っていい程こちらを振り向く。
それもその筈。今の蔵人は、黒騎士スタイルなのだ。
傷だらけの歴戦騎士がスケボーで滑る姿を、通り過ぎる人はジッと凝視してくる。
こんな目立つ格好をして大丈夫なのか?と思われるかもしれない。
けれど、大丈夫なのだ。
何せ…。
「ちょっと!そこの人!」
蔵人は、道行く人に呼び止められた。
茶髪の、大学生っぽい娘達だ。
蔵人はスケボーから降りて、彼女達に振り向く。
「(高音)何かしら?」
そうすると、彼女達は飛び上がってこちらに駆け寄ってくる。
そして、
「すっごーい!本物の黒騎士様”みたい”」
「良く出来てるね!この傷とかチョーリアルじゃん!」
「ちょっと損傷個所が多すぎるけどね。本物はもっとキレイに手入れしてるよ。まぁ、リアルさで言えば”他の黒騎士よりも本物っぽい”ね」
3人は、蔵人の鎧姿を見て辛口の評価を下す。
だが、蔵人を本物の黒騎士とは思っていないみたいだ。
それもその筈、蔵人と同じような傷だらけの甲冑姿の人が、チラホラいらっしゃるのだ。
彼女達は、恐らく黒騎士のにわかファンなのだろう。本物の鎧を見ても、それが偽物かどうかも分からないのだから。
加えて声を変えてしまえば、完璧だ。中身がバレることは先ずない。
蔵人は、異能力大会で黒騎士のコスプレイヤーが大量発生しているという情報を若葉さんから聞いていたので、こうして堂々と入場していたのだ。
女子大生3人組は、蔵人と記念写真を撮ると、「ありがと~!」と言って行ってしまった。
よしよし。本物とバレなかったぞ。
蔵人は自信を得て、会場の中を突き進んでいく。
ダンジョンダイバーズ付近の広場には、既に簡易闘技場が出来上がっていた。
ソイルキネシスで作ったであろうフィールドに、数千人は座れるだろう観客席まで出来上がっている。
本当に、異能力があると建造物もあっという間に出来てしまう。
その会場の周辺には、参加者であろう女子生徒達が集まっていた。
準備運動をしている娘達や、1人隅っこで瞑想している娘も居る。
小学1年生の頃に参加した、Dランク戦を思い起こさせる。
懐かしいな。
蔵人が感慨にふけっていると、
「えっ、黒騎士」
「巻島、蔵人」
そんな声が聞こえてきた。
見ると、白銀の鎧を着た集団が居た。
ファランクス…ではないな。兜のデザインが若干違う。
シングル部の部員達だ。
この嫌な雰囲気は、少なくとも実力派の人達ではないだろう。とは言え、無視も不味い。
蔵人は、取り敢えず挨拶をと思い、その集団へと歩みを進める。
「おはようございます、先輩方。本日は宜しくお願い致します」
「別に、君の先輩になったつもりは無いよ」
兜に赤いラインが入った鎧が、ツンとそんなことを言う。
声からして、木村先輩だろう。横を向いていると、誰だか分かり辛いな。
つれない態度だが、仕方あるまい。プライドの高い彼女達からしたら、蔵人はファランクス部からコネを使って入って来たよそ者。こうして自分達と肩を並べる事すら嫌なのだろう。
蔵人は木村先輩に向けて、軽く頭を下げる。
「そうでしたか。では、私はこれで」
そう言って、蔵人はその場を離れようとしたが、それよりも先に「ほら、もう行くよ」と言って、木村先輩がみんなを引き連れて何処かに行ってしまった。
さり際に、何名かの先輩はこちらを心配そうに見ていたが、木村先輩が怖いのか、渋々付き従って行ってしまった。
何かひと悶着あるかもと思っていた蔵人は、少し拍子抜けしてしまった。
突拍子もない事でイチャモンを付けてきたり、罵ってくるかと思っていたから。
表立っては対立してこないのか。男社会とは違うな。
そう思いながら、去って行くシングル部の先輩方を見送る。
今回、桜城から参加しているのは、蔵人だけではない。
シングル部からも、選手に選ばれなかった人たちが参加している。
その大半は2年生で、来年に向けた実践訓練として参加している。
中には、あの木村先輩の様に、付き添いで来ている3年生もいる。
一応、彼女達3年生も参加しているが、蔵人の様に本気で参加枠を狙っている訳ではないようだ。
半分、諦めているのかな?勿体ない。
蔵人が、彼女達の背中を見て嘆いていると、
「失礼」という声が後ろから掛かった。
見ると、そこには真っ白なミディアムヘアの少女が立っていた。
彼女の両脇には、取り巻きっぽい娘が2人程。
「貴方、巻島蔵人さんですよね?頼人様のお兄さんの」
「ええ、そうです。貴女様は?」
「片倉晶奈と申します」
少し冷たい印象を受ける彼女の様子に、蔵人は見覚えがあった。
初めて頼人のクラスに立ち寄って、九条様と一戦を交えた時。あの時に、教室に居た白髪の娘だ。
その彼女、片倉さんは、白銀に赤いラインを入れた兜を小脇に抱えていた。
彼女もレッドナイトか。
「宜しくお願い致します、片倉様。ここにいらっしゃるという事は、大会に参加されるのですか?」
蔵人の問いに、しかし、彼女は静かに首を振って否定する。
会話自体を。
「お兄さん。私が今、貴方にお話したいのはこの大会の事ではありません。頼人様の事について、ご忠告したい事があるのです」
「忠告ですか?どのような?」
随分と余裕のない娘だなと、蔵人が片眉を上げていると、彼女は冷たい目を伏せ気味に言葉を発した。
「最近、頼人様の周りに良からぬ者達が集まってきています」
「良からぬ?それは、学校の外の事でしょうか?」
アグリアの様な集団が、頼人を狙っているのだろうか?
もしくは、ストーカーの様な個人的な犯罪者か?
頼人は類稀なる奇跡の子だ。狙われる理由は幾らでもあるだろう。
そう危惧して聞いた質問だったが、片倉さんの冷たい視線がそうではないと語っていた。
「校内です。校内で、頼人様に無暗に近づいてくる者達が居るのです。ファンクラブ会員でもないのに、馴れ馴れしく頼人様に話しかけたりしているのですっ」
一瞬、片倉さんの瞳に炎が宿る。
相当、頼人に熱を上げているご様子。
そして、ファンクラブと言うのは、ある程度の権限と言うか、優遇措置みたいのを持っているみたいだ。
思えば、先日自分を助けてくれた人たちは、まるで警備員の様な振る舞いをしていた。
早めに広幡様と話を付けないと、ファンクラブ会員が暴走しそうだ。
この、目の前の片倉さんの様に。
蔵人は腰を折り、片倉さんに小さく頭を下げる。
「片倉様。貴重なお話をありがとうございます。頼人に気を付けるよう、言い含めたいと思います」
まぁ、本当に危険な人間と言うのは、貴女の様な人種なのですがね。
蔵人は内心でため息を着きながら、顔を上げる。
だが、目の前の少女は不満そうに腕を組んでいた。
「事の重大性がご理解いただけてないです、お兄さん。頼人様はとてもお優しく、とてもデリケートな御方なのです。Cランクの貴方では分からないかもしれませんが、Aランクとは、常に好奇の目に晒されて、とても怖い思いをしているのです」
それは良く分かるよ。俺も、最近好奇の目という物に串刺しにされているからね。
だが、本当に男性達を怖がらせているのは、貴女の様な人の目なのだがね。
そう思いながらも、蔵人は笑顔で片倉さんに問いかける。
「片倉様には何か考えが御有りの様ですね。良ければ、ご教授願えませんでしょうか?」
「私達ファンクラブ会員が、頼人様をサポートいたします。会員の中から、私の様な高ランク者や、この子達の様な武芸に秀でている者を選りすぐり、頼人様に相応しくない者達からお守りします」
ああ。なるほど。
今の護衛に取って代わりたいという訳だ。
あわよくば、頼人と深い中になりたいと言う雑念も透けて見える。
水無瀬さん達の苦労も知らないで、ただ近くに居られるというメリットにのみ目が眩んでいるのだろう。
蔵人は内心で毒づき、笑顔で頷く。
「片倉様のお考えは分かりました。護衛の件については、担当の者に話をさせて頂きます」
「それでは遅いですよ、お兄さん。事は一刻を争うのです。私から直接、その担当者に言いましょう。お兄さんは今から、私と共に巻島家に来てください」
おいおい、今からか?
蔵人は片倉さんに、呆れ顔を向ける。
君は大会に出ないのかもしれないが、こちらは推薦枠を貰うために来ているんだぞ?
一刻を争うって、君たちファンクラブ会員が、目障りな女子を遠ざけたいだけだろう。
自分の都合ばかりを優先する、面倒な子だな。
そう思う蔵人だったが、相手は片倉の名前を持つAランク。無下にすれば、後で頼人達に迷惑が掛かる恐れがある。
こいつは、どうやって跳ね返したものか。
そう考えていると、
「どうかされましたか?黒騎士様」
背後から、声を掛けられた。
その声に振り返ると、片倉さんよりも更に冷ややかな目をした女性が、蔵人を、蔵人を通り越して片倉さん達を見ていた。
「随分とお困りのご様子で。そこの痴れ者が、身の程を弁えていないのですね?」
そう言いながら、彼女は刃が鋭く輝く名刀を拵え、朝倉さん達に向けて浅く構える。
その黒すぎる長髪が、怪しく揺れる。
蔵人は急いで、彼女の前に立ちはだかる。
「お久しぶりです、円さん。お気持ちは有難いのですが、先ずは刀をお納めください」
そこに居たのは、彩雲中学2年生の島津円さんであった。
こんな地方大会に何故?
そう思いながらも、ここで乱闘は不味いと思い、蔵人は冷や汗を流しながら止めに入る。
すると、彼女は直ぐに刀を消してくれた。
…その冷ややかな瞳は、変わらず片倉さん達を射抜き続けているが。
お陰で、3人は蛇に睨まれたカエルだ。
Aランクでも、Bランクの全国選手は怖いご様子。
片倉さんの取り巻き達が、慌てたように片倉さんの腕を取る。
「不味いですわ片倉さん。この人、多分Bランクの鮮血選手ですわ。逆らったら、私達みんな袈裟斬りにされてしまいます…」
「か、片倉さん。もう行きましょう」
「…分かりました。お兄さん。この話はまた今度」
そう言って、3人はそそくさと会場の方へと逃げていってしまった。
助かった。
あのままだったら、彼女達に手を出していたかも知れない。
蔵人は、去り行く3人の背にガンを飛ばした後、円さんに向けて頭を下げた。
「助かりました、円さん。話が通じないので、どうしようかと困っていました」
「とんでもございません、黒騎士様。貴方様のお力に成れたことは、この上ない喜びです」
そう言って、こちらを見つめてくる円さんは、本当に幸せそうに微笑んでいる。
先ほどまでの、凍てつくような視線は溶け去り、熱い眼差しだけがそこにはあった。
蔵人は軽く頭を振り、思考を切り替える。
「しかし、まさかこんな所で円さんにお会い出来るとは思いませんでした。今日は態々この大会の為に?」
「はい。全日本に向けた武者修行の一環として、取り組んでいます」
そう、凛々しく言い放って直ぐに、表情を崩して笑みを広げる円さん。
「と言うのは建前でして、大会が終わった後に、黒騎士様に会いに行くつもりだったのです」
「そ、それは光栄です」
その美しくも何処かあどけない笑顔に、蔵人は言葉を詰まらせる。
態々九州から東京までいらっしゃるとは、凄い行動力だ。
見たところ、彼女一人でここまで来ているみたい。
大会出場者の名簿にも、彼女以外に九州からの来訪者はいない。西で一番遠い人は、名古屋から来ている娘だけ。東であれば、青森や秋田などから来ている娘も居るけど。
「黒騎士様も、腕試しでこの大会へ?」
「いえ。僕の場合は推薦枠を狙っていまして」
蔵人は円さんに、現状を掻い摘んで説明した。
すると、彼女は不満げな顔でこちらを見る。
「やはり黒騎士様はお優し過ぎます。あのような者達が所属する部活などに気を遣わず、思う存分にお力を振るわれればよろしいのです。それで潰れるような者達であれば、潰してしまってよろしいかと」
「ははっ。まぁ、いよいよ推薦枠が貰えない場合は、学校の枠を使わせてもらう事になっていますから。それに、推薦枠の方が全国まで直で行けて楽ですし」
そう。推薦枠を貰えたら、いきなり全国大会1回戦からエントリー出来るのだ。
地区大会、都大会と勝ち進まなくていいので、ショートカット出来る。
因みに、ファランクスではあった関東大会は、シングル戦には無い。
「流石は黒騎士様ですわ。私も、少しでもお力になれるよう、今日はとことんお供させていただきます」
おお。円さんが同行してくれるのか。
「有難い申し出ですけれど、円さんも参加されるのですよね?休憩するお時間が無いのでは?」
時間の都合上、Cランク戦とBランク戦は交互に行われる。Cランク予選、Bランク予選、Cランク本戦、Bランク本戦と言った感じに。
これは、BCランク帯は参加人数が多い事と、魔力の回復時間を少しでも長く取りたい故のプログラムである。
なので、蔵人の試合を見ていると、彼女の休憩時間は全く無くなってしまう。
それは、彼女にとって…。
「全く問題ございません。寧ろ、ひと時でも貴方様の御傍に居られるのでしたら、どのような苦行の最中でも至福の時となりましょう」
本当にそう思っていそうな顔で言われるので、蔵人は何と返していいか迷ってしまった。
何故ここまで好かれてしまったのだろうか?
やはり島津の秘儀を破ったのが不味かったのか?
「さぁ、黒騎士様。参りましょう!」
そう言う円さんに手を掴まれて、蔵人は競技会場へと連れていかれる。
歩く彼女の背中は、心なしか小さく揺れており、長くしっとりと伸ばした黒髪が、踊るように左右へ揺れる。
凛とした佇まいであった彼女も、今は年相応の女の子に見える。
蔵人は、円さんとの歩幅を合わせて、彼女の隣に並んで歩く。
そうして、2人仲良く手を繋いでCランク戦の会場まで来ると、会場周辺には出場者らしき女の子達が集まっていた。
彼女達は、フィールドの端に置かれたモニターを見上げて、モニターに映されている対戦表と睨めっこをしているみたいだった。
蔵人も彼女達の後ろの方に並び、モニターを見上げる。
対戦表には、286人の選手の名前が書かれており、それぞれがAブロックからGブロックに分かれてトーナメント戦を行っていくみたいだ。
選手の名前の下には、所属の学校名や団体名が書かれている。
桜城、天隆、冨道。この3校の名前が付いた選手が多い。3割ぐらいの選手が、この三大学園所属みたいだ。
「おおっ!黒騎士殿だ!」
蔵人が自分の名前を探していると、そんな声が聞こえた。
振り返ると、黒くて大きい選手達が、こちらに向けてズンズン歩いて来るのが見えた。
それを見て、すかさず円さんが蔵人の目の前に滑り込む。
「止まりなさい。ここより踏み込めば斬ります」
頼りになるのは有難いのですがね、円さん。いきなり刀を構えるのはやめて貰えます?
だが、刀を向けられた黒い選手達は、それに怒る様子もなく立ち止まった。
「これは失礼した。私は、冨道中シングル部3年の中川と申します」
「同じく、3年の池田です。あの不動陣を破った黒騎士殿とお見受けして、つい勇んでしまいました」
「武田殿から聞いておりましたが、正に歴戦の騎士といった風貌ですな」
2人の冨道選手は、蔵人の姿を羨望の眼差しで見回してくる。
嫌な感じはしない。純粋に、選手と見てくれているのが伝わる。
流石は冨道の選手達だ。
そう思ったのは、蔵人だけではないようで、円さんも刀を納めてくれた。
「冨道の御仁達でしたか。私は彩雲中シングル部が一人、島津円と申します」
「おおっ!彩雲の鮮血殿ですな!」
「まさか、こんなところでお会いできるとは。是非とも手合わせ願いたいものです」
そう言いながら、3人は握手を交わす。
それを羨ましく思った蔵人も、円さんの隣に歩み出て、2人と握手する。
「桜城学園1年の96番です。本日はよろしくお願いします」
「おおっ…、黒騎士殿まで…」
「黒騎士殿。宜しくお願い申す。私はCランク故、何処かで相まみえるやもしれませんな。その時は、どうぞお手柔らかに」
「おいおい。何を言っておる。折角の機会であろう?胸を借りんでどうする!」
「確かにそうでしたな。あっはっはっは!」
楽しそうに笑う2人。
冨道は冨道で楽しそうな学校だな。シングル部でも、ファランクス部を馬鹿にしない所とかとてもいい。
ちょっと古臭い喋り方だけど。
蔵人がそんな風に2人を見ていたからだろうか、円さんが心配そうに蔵人を見上げてきた。
「黒騎士様?彩雲でも、黒騎士様を歓迎する準備が出来ておりますよ?」
何故、そんな準備をしているの?
蔵人は苦笑いを返す。
MINATOシティー大会が始まります。
でも、試合前から波風が立ちますね…。
「身内がうるさいな。いっそ、冨道や彩雲に転校したらどうだ?」
それはそれで面白そうですけどね。桜城にも大切な仲間がいますから。




