158話~兄さん!もう行こう!~
※鍵括弧のおさらいをさせて頂きます。
「」…通常の会話。
『』…マイクやドラゴニックロアなど、拡張された声。
【】…日本語以外の言葉。
サマーパーティーに、頼人の護衛として参加していた蔵人は、3人のご令嬢に厳しめの視線を送られていた。
頼人を隠すような形となってしまい、邪魔する人間と思われているのだろう。
そもそも、護衛禁止となっているので、蔵人が何者か怪しんでもいるのだろう。
蔵人は、3人に軽く頭を下げてから、彼女の疑問に答える。
「大変失礼を致しました。私は巻島蔵人と申しまして、巻島頼人の双子の弟にございます」
「えっ?弟さん?」
「頼人様と同い年?」
「私達よりも年下ですの!?」
おい、そこの娘、聴こえてるぞ。
蔵人は内心、自身が老けて見える可能性に落胆しながらも、負の感情を飲み込む。
蔵人がセルフケアをしている間に、意見が纏まったらしい令嬢達は、蔵人に厳しい目線を投げかける。
「弟さん、蔵人さんでしたね?私達は貴方のお兄様とお話させて頂きたいのです。折角の席ですもの。お許し頂けますよね?」
言葉は柔らかいが、要は「邪魔すんなコラ!」である。なんなら「私達が誰か分かってんだろ?」とでも言う様に、その豪華なドレスをこれ見よがしにフリフリする娘もいる。
彼女達は歴とした令嬢。庶民を傅かせ、欲しいものは献上されるのが当たり前な立場の人間。
財力と権力だけじゃなく、異能力も強力だろうから、余計に鼻高々になっているのかも知れない。
それでも、蔵人はその場を退かず、頭を軽く下げる。
「申し訳ございません、お嬢様方。頼人は今、皆様との親睦を深めることの出来る状態ではございません」
蔵人の言葉に、令嬢達は目をつり上げる。
「な、何故です!?」
「私達が、頼人様を怖がらせているとでもおっしゃるのですか!?」
「私達は、ただ頼人様にご挨拶させて頂きたいだけですわ!」
それは嘘だ。
ただ挨拶したいだけの突進力じゃなかった。
滅多に会えない極上料理に飛び込んで、あわよくばお持ち帰りしたいという危ない考えも見え隠れする彼女達に、ではどうぞと頼人を差し出す訳にはいかない。
しかし、そんなストレートに否定も出来ない。
繰り返すが、この娘達はいい所のお嬢様。一人一人が氷雨様以上の権力を持つ。
そんな娘達に喧嘩を売れば、後々巻島家にも厄災が降り注ぐだろう。
それは、頼人の立場も危うくし、弱みを捕まれて、頼人本人を差し出すことになるかも知れない。
ここは穏便に、オブラートに包む必要がある。
蔵人は、サングラスを胸ポケットに入れて、微笑みながら顔を上げる。
「とんでもございません、お嬢様方。頼人はこの様な素晴らしい席に参加するのが初めてでして、緊張しております。ましてや、貴女様方の様な可憐でお美しいレディにお会い出来たのですから、尚更でございます」
「えっ…」
令嬢達の顔が固まり、1歩引いた。
ちょっとキザ過ぎてドン引きだったかな?まぁでも、怒っていた肩がフラットになったので、気は逸れたと思う。もう一歩だ。
「頼人の気持ちが落ち着きましたら、もう一度、お嬢様方の貴重なお時間を頂けませんでしょうか?」
これでも強引に頼人を引っ張り出そうとしたら、ちょっと強硬策を取らせてもらうぞ?と、蔵人が内心覚悟を決める。
だが、お嬢様達の表情は先ほどよりも温和になり、お互いに見つめ合って頷き合っていた。
出直してくれるか?
「え、ええ。そうですわね。パーティーはまだ始まってもおりませんし、急ぐ必要はございませんわね」
「頼人様。また後程、お声がけさせて頂きますわ」
おっ、取り敢えず上手くいった様だ。
蔵人は内心で、安心の吐息を吐く。
普段使わない気苦労に、若干の疲れを感じていた。
蔵人の口車に送迎され、令嬢達は去っていく。
かと思ったのだが、
「ところで」
ずいっと、またもや蔵人の目の前に進み出る1人の令嬢。
「蔵人様は、充分にご準備が整われているご様子ですわね?」
「頼人様がご準備出来るまで、私達とお話致しませんこと?」
「蔵人様も、桜城中等部に通われていらっしゃるのですよね?中等部と高等部のことを、私達が色々とお教えいたしますわ!」
おおっと!ターゲットが頼人から俺に切り替わってしまった!さっきドン引きしていた筈なのに、何故!?
蔵人は表情を引き締める。
さてどうするかと、蔵人は考える。
この場合、彼女達は頼人の代わりに自分を手篭めにしようとしているのかもしれない。それは、頼人の血縁者だからなのかもしれないが、もう1つの可能性として、頼人と同じAランクと勘違いされている可能性も考えられる。
これは不味いと、蔵人は直ぐに頭を浅く下げる。
「お嬢様方。とても光栄なお話、大変嬉しく思います。ですが、申し訳ございません。私はCランクにございます」
誤解させたのなら不味いと、蔵人は頭を下げながら、正直に話す。
すると、彼女達の表情は若干引き攣る。
「えっ、Cランク?」
「頼人様はAランクですのに?」
「ご兄弟で2ランクも差が出るものですの?」
コソコソと内輪で相談する令嬢達。
やはり、勘違いして俺を誘おうとしたのか。
ネクタイの色を見ていなかったのか?タキシードの色よりも目立たないから、見落としていたのか。
だがな、2ランク差所じゃないぞ。頂点と最底辺だぞ。
蔵人は内心で訂正しながら、彼女達に効果的な回答が出来たと、伏せた顔に笑みを浮かべる。
浮かべたのだが、
「ですが、Cランクでしても全く気にしませんわ。ですよね?皆さん」
「勿論ですわ!Cランクで、これ程にも情熱的に私達を見て頂けるなら、寧ろ歓迎致します!」
「是非、私の専属従者になって頂きたいですわ!」
うん?情熱的?従者?
蔵人が再度顔を上げると、そこには先程まで頼人に注がれていた6つの太陽が再び熱を帯び、その全てがこちらに降り注いでいた。
何故だ?何故こうなる?俺は一体、何を言ったんだ?
蔵人は、自分の言葉をもう一度振り返るが、そこには社交辞令に塗り固められた言い訳しか並んでいなかった。
少なくとも、うら若き少女達が喜ぶ様な気の利いたセリフなど含まれていないと、蔵人は確信する。
そう、蔵人が確信しても、彼女達から受ける熱量は変わらない。それは事実。
さて、どうするか。
蔵人は冷や汗をかく。
すると、
「兄さん!もう行こう!」
頼人が、蔵人の袖を引っ張って、ズンズンと歩き出した。
ああ、待ってくれ頼人。令嬢達の対応を、そんな雑に振ってしまったら後が怖い。
そう思ったのだが、
「ああ、頼人様が拗ねていらっしゃいますわ!」
「私達に、蔵人様を取られたとお思いになられたのでしょうか?」
「まぁ!なんて可愛らしい!」
どうも、彼女達は喜んでいる様子。
何が何だか分からんが、頼人よ、グッジョブ!
蔵人は、頼人に引っ張られながら、その場を去った。
令嬢達から少し離れると、頼人はくるりっとこちらを振り返って、ふくれっ面をする。
「兄さん!なんであんな人達を口説こうとしたのさ!」
あんな人…。
蔵人は、頼人の横暴なセリフに眉を顰めたが、今は論点が違うと思い、呑み込んだ。
「別に、口説く様な事は言っていなかっただろ?」
あの場は、相手を少し褒めて、いい気にさせないと角が立つ場面であった。
であるから、社交辞令とは感づかれてしまうだろう言葉を並べ、煙に巻こうとした次第である。
だが、頼人はそれが不味いと言う。
令嬢達にとっては、その言葉がとても魅力的な言葉だと。
その説明に、しかし蔵人は納得出来ず、首を傾げる。
「流石に、それは無いだろ?」
小さな子供なら、あるいは喜ぶ事もあるだろう。だが、相手は高校生、それも良家のお嬢様だ。彼女達なら家でも学校でも言われ慣れているだろう。
ああ、君はなんて美しいのだろう。君の前では月さえも色褪せる…とか。
蔵人がそう言うと、頼人はキョロキョロと周りを見て、ある一角を指さす。
蔵人がそちらへと視線を向けると、そこには1人の男子と対面する女性達がいた。
「颯太様!先日は我が社のホテルをご利用頂き、誠にありがとうございました!今宵も是非、私共にエスコートさせて下さいませ!」
「颯太様!是非ご一考を!」
颯太と呼ばれる高校生位の男子に、同い年位の令嬢2人が熱心に言い寄り、口説こうとしている場面であった。
本来なら、この様に女性から誘ってくれる状況に、年頃の男子としては舞い上がってしまうだろう。
だが、ここは特区だ。きっと舞い上がりはせずに、丁寧に受けるか断るかするだろう。
特区は女性が余っていて、恋愛事は男子に有利となっている。そんな状況でも、社交界に出てくる男子ならば、高飛車な態度は取らない筈。
そう思っていた蔵人の目の前で、男子は、
「ぼ、僕は、僕は、ひ、ひぃい〜!」
情けない声を出して、逃亡した。
ケツをまくって逃げ出すとは、まさにこの事。
なんと情けない。これでは令嬢達も怒髪天だろう。
蔵人は眉を上げて男性を非難し、女性を哀れむ。
だが、当の女性達は「だめでしたわね」「今度はもっと遠くからお声がけ致しましょう?」などと反省会を開かれており、それほど傷付いている様子は無かった。
もっと遠くからって…野良猫への餌やり相談ですか?
蔵人の目の前に、銀髪のイケメンがずいっと現れる。
「どう?兄さん。あれが普通の対応」
あれが普通…。
蔵人は首を振って、信じられないとジェスチャーする。
「特区とは、なんと不思議な場所なんだろうな」
蔵人の感想に、頼人は「違う違う」と首を振る。
「不思議なのは兄さんの方だよ!普通、男子が1人で女性に声を掛けられたら、逃げるか失神するかのどちらかだよ。だって物凄く怖いものね、女子って。それなのに兄さんは、そんな人達と面と向かって会話したでしょ?それも、綺麗とか、そんな事まで言っちゃって。あれじゃのぼせ上るなって言う方が難しいよ!」
頼人はそう言うが、蔵人は、先ほどの男子高校生が取った対応を、普通にしたいとは思わなかった。
郷に入っては郷に従えと言うが、あれは郷ではなく、ただ単にレベルが低すぎるだけだ。あれでは女性に対して失礼過ぎるだろう。
たとえそれが普通の対応でも、相手の感情を蔑ろにするような対応は、その普通とやらが間違っている。
だが、そんな普通から逸脱し過ぎれば、頼人が言う口説き文句と取られかねないのも事実ではある。
「分かったよ、頼人。今度から気を付けよう」
令嬢達に、過度な社交辞令を言うのを控えようと、蔵人は自分に言い聞かせる。
「分かってくれて良かったよ」
このかけがえのない、頼人の笑顔の為にも。
その後も、令嬢達から頼人へのアタックは各所から多面的に展開され、蔵人は正しく防弾板の如く、それらから身を呈して頼人を庇った。
「頼人様!どうか今宵は私と一緒に踊って下さいませ!」
「申し訳ございません。頼人は先日体調を崩したばかりでして、まだ体力が戻っておりません。ですが、壁の端で、貴女様の華麗なドレスとその踊りを見せて頂きたいと申しております」
「頼人様。是非我が家のパーティにもご出席頂きたく存じます!」
「お誘い誠にありがとうございます。弊家の現当主に、この私が責任もって伝えさせて頂きます」
この様に、四方八方から様々なお誘いや質問が飛んできて、頼人はその度に固まり、蔵人に引っ付く。
そして、蔵人がそれらを適当に、適度に受けて返す。
当然、中には不満そうな顔を隠さない娘もいるにはいるが、蔵人が頼人の兄弟だと分かると、案外あっさり引いてくれた。
ここでイチャモンを付けると、今後の付き合いで不利になると思ったのか、はたまた蔵人がしっかりと対応したからなのかは分からない。
頼人が、蔵人の袖を引っ張って離さないのも効いているのやもしれない。それだけ仲のいい関係と勘ぐって。
そうしている内に、パーティの主賓らしき一団も会場入りし、各テーブルに軽食が並び出す。
色とりどりのお菓子やサラダ、肉料理や魚料理と、徐々に軽食から凝った料理に変わりつつある。
蔵人が料理に目線を奪われていると、会場の何処からかため息が漏れ聞こえた。
どうも、主賓らしき一団が近くまで来て、その中心人物を見た令嬢達が感嘆の吐息を漏らした様だった。
その主賓とは、金髪碧眼の超美男子だ。周囲の囁きを集約すると、彼の周囲にいる外人部隊がイギリスの使節団であり、中心人物の超美男子が王子なのだとか。
その外人部隊の人達も、顔面偏差値はお高めで、髪色は金か、金に赤や青が混ざっている。パイロ系かアクア系の異能力者なのだろう。
そんな使節団の周りには、高校生から大学生位の日本の女性が、周囲に鋭い目を走らせながら、イギリス使節団を令嬢達から遠ざけていた。
着ている服こそパーティ用の簡略されたドレスだが、動きや目線は、どう見ても護衛のそれだった。
「なんですの、アレは」
「折角、アイザック殿下にご挨拶出来ると思っていましたのに」
令嬢達は、その護衛達に道を譲りながらも、不満の声を忍ばせる。
「日本の学生?何処の子達でしょう」
「あっ、あの先頭で警護されている方、元Bランク高校生チャンプの蘇芳選手よ!確か一昨年、海軍兵学校に編入されたって聞きましてよ」
「その隣にいらっしゃるのも、昨年に陸軍士官学校へ入学された鍋島選手よ。去年の中学全日本でBランクチャンピオンになった」
「まぁ!ではこの方々、軍人ですの!?」
「蘇芳選手も鍋島選手も高校生ですから、予備隊と言った方が正しいですわ」
なるほど、彼女らは予備自衛官…自衛隊はこの日本に存在しないから、予備兵隊か。
使節団も国のお客さんとして招かれている以上、日本政府が責任もって護衛する必要があるのだろう。だから、態々学生の護衛を派遣している。
しかし、高校生でも軍人に成れるとは、この世界の軍隊もかなり恐ろしいな。
蔵人は、護衛の中でもかなり強そうな黒髪女性の背中を見送りながな、顎を摩った。
使節団は会場の上座にある舞台の中頃所まで来て、アイザック殿下が登台してマイクを手に取る。
【日本の皆さん。本日はお招き頂き、ありがとうございます】
英語で話されているのに、頭に入るのは日本語で翻訳された言葉。
後で聞いた話、使節団の中にテレパシストが居て、殿下の言葉の意味をそのまま蔵人達に伝えているのだとか。
因みに、これだけの広さにテレパスを飛ばせるとなると、Bランク以上の異能力者らしい。
流石は使節団に選ばれるエリート集団。ランクも相当高い人達なのだろう。
殿下の挨拶の最中に、シャンパングラスに入った飲み物が配られる。
うん?まさか本当に酒類じゃないだろうな?
蔵人が心配して匂いを嗅ぐと、頼人が慌てて蔵人を止めようとする。
「兄さんダメだよ、まだ飲んじゃダメ!乾杯してからだよ!」
大丈夫だ、頼人よ。そんな粗相はしないから。
嗅いでみた所、飲み物はただのジュースみたいだ。
蔵人は安心して、グラスを持ち直して乾杯を待つ。
【では、我が国と友である日本の皆さんとの友好に、乾杯】
「「「乾杯!」」」
軽くグラスを上げて、一斉に乾杯の声が上がる。
これからが、パーティの本番だ。
何とか、ご令嬢達の猛攻を防いでいますね。
「防ぐというか、のぼせ上げて轟沈させているだけに見えるがな」
ええっ…。
そして、主賓は聞いていた通り、イギリスの王子様でしたね。
「金髪碧眼のな」
えっ?ええ。そりゃ、イギリスですからね?




