155話~貴女には感謝でいっぱいです~
ビッグゲームの表彰式が終わり、各校の選手達が帰宅の途に就く時、蔵人達桜城生徒は、大阪の街を楽しんでいた。
何せ、桜城はずっと戦い続きであったから、今まで殆ど遊べなかった。
その労いも兼ねて、部長が帰宅を1日延ばしてくれたのだ。
ホテル側が、無料で良いのでもう1泊どうぞ、と申し出てくれたのも大きい。
余程、全国3位の学校に好印象を持ってもらいたいみたいだ。
そう言う事で、蔵人達は早速、夕日が傾いて少し過ごしやすくなった大阪道頓堀近くまで繰り出していた。
メンバーは、ファランクス部の1年生達。
先輩方は各々で、大阪の街に繰り出している。
サーミン先輩に至っては、サーミンハーレムの面々と、魔王様一行が合流して、凄い人数で街へと出ていった。
今頃、彼らは店を貸し切って、朝までドンチャン騒ぐのだろう。
連れていかれないで良かった。
「凄い!大阪ってこんなにキラキラしていたんだね!僕初めて来たよ!」
西風さんが飛び跳ねながら、道頓堀エリア周辺の繁華街を見回す。
黒戸の記憶では、この辺はもっときらびやかで、龍やカニ、食い倒れ人形などの一目で観光客の注目を集めそうなモニュメントが乱立していた覚えがあった。
だが、今蔵人の目の前には、おしゃれなカフェや洋服店、レストランやアーケード街が整然と並んでいた。
確かに、色合いなどは多種多彩で、少し上を見上げれば、アーケードの天井にはカラフルな看板がいくつも幅を利かせており、東京特区よりも前面に出た活気があることが推し量れる。
それでも、やはり史実の大阪と比べたら、随分と大人しめだなというのが蔵人の感想だった。
それでも、史実の大阪を知らないファランクス部1年ズは大はしゃぎである。
「おい、桃!こっちでマグロの解体ショーやるんだってよ!ボスも来いよ!大トロ貰おうぜ!」
「もろてどうすんねん!今日は外で飯食うって話やったろが!」
「あら、ここのカフェは最近オープンしたそうよ。ビッグゲームフェアをやっているみたいね」
「鶴海さん、そこは止めましょう。3位決定戦の録画が流れています…」
新幹線では燥がなかった鈴華や、いつも冷静な鶴海さんまでもが宙の看板を指さして浮かれていた。
後で聞いた話、西風さんや鶴海さんは大阪に来るのが初で、鈴華は大阪に来るのは初めてではなかったが、こうして繁華街に出たことはなかったらしい。
だから、いつも以上にテンションが高いのだ。
逆に、大阪出身の伏見さんは何処か冷めていた。
「あー、あんまり上ばっか見とると、通行人とぶつかるで。おっと、ほら桃花、そのままやったら道頓堀川にダイブするところやったで」
「あっ、ごめん、早紀ちゃん。この川、どうとんぼり?って言うんだね」
「せや。昔はゴミとかが浮いとった汚い川やで。まぁ、今は東京の川と変わらず、キレイになっとるんやけどな」
う~ん。この年代で既に、道頓堀川が澄んでいるのか。流石パラレルワールド。
蔵人は橋の上から川を見下ろして、川底まで見える道頓堀川の様相に首を振る。
それもこれも、エネルギーや運輸といった分野で異能力が活用されていることで、公害などの環境汚染が殆どなかったからだろう。
それでも、周囲が繁華街で固められているので、多少の汚染があったみたいだが、特区が出来てからはそれも改善されているとの事。
「蔵人様。あまり乗り出すと危険ですよ?」
蔵人が橋桁に手を添えていると、後ろから声がかかる。
心配したのか、今まで控えていた柳さんが蔵人の袖を掴んでいた。
そう、ここには桜城1年ズ以外に、柳さんも同行している。
この前まで小学生だった面々だけでの行動は心配だったので、蔵人からお願いした。
本当は南先生を頼るべきだったのだが、あちらは先輩グループの面倒を見てくれている。
1年ズと先輩は観光ルートが違ったので、こうなった。
「ありがとうございます、柳さん」
蔵人がお礼を言いながら身を引くと、彼女は安心したように顔を崩し、一礼した。
そこに、鈴華がすっと入ってくる。
「ご安心下さい、お母様。蔵人様は空も飛べますので、川に落ちることはございませんわ」
うぉっ、そんな喋り方が出来るのか。
蔵人は、余りに丁寧な鈴華の口調に、口が出そうになった。
「誰や、お前」
伏見さんは口に出していた。
そんな伏見さんに、鈴華は「うっせ」と鬱陶しそうな視線を寄越すだけで、特に突っかかろうとはしない。
柳さんが目の前にいるから、猫を被っているのか。はたまた、これが鈴華の表の、久我家の令嬢としての姿なのか。
どちらにしても、貴重な姿が見られた。
1年ズが目を張って鈴華を見る中、柳さんだけはそれに微笑みながら、頭を下げた。
「ありがとうございます、久我様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は柳と申します。蔵人様の執事をさせて頂いており、母親ではございません」
頭を下げた柳さんを見て、一瞬眉を寄せる鈴華。
しかし、彼女は何も言わず、代わりに伏見さんが首を傾げる。
「せやったら、カシラの両親はどないしとるんです?仕事か何かですか?」
伏見さんが疑問を持つのは最もだ。ビッグゲームの応援席には、部員全員の親御さんが駆けつけていたのだから。
両親のどちらかは必ずいたし、西風さんなんか隣のお姉さんまで見に来ていた。
蔵人だって、わざわざ頼人が来てくれていたし、母親か父親が来ていると思われるのは当然であった。
普通の家庭なら、ね。
伏見さんの疑問に、柳さんが固まったので、蔵人が口を開く。
「柳さんは俺の育ての親だよ、伏見さん」
「えっ、育て?」
伏見さんの後ろで、驚く声が1つ。
西風さんだ。
彼女の顔が曇り、何か言いたそうな顔をしながら口を開く。
命さんに、水占いをして貰った際の事を思い出しているのだろう。
でも、隣の鈴華に肘で小突かれて、鈴華が首を小さく横に振ったのを見て、最終的に口を噤んだ西風さん。
助かったと、蔵人は安堵する。
もう少し詳しく話してもいいんだけれど、あまり楽しい話じゃないから、この目出度い場では話題を広げたくなかった。
なので、鈴華には感謝だ。
こちらの事情を察してくれて、早めに手を打ってくれた。
きっと彼女も、色々と家の事情を抱えていて、分かってくれたのだろうな。
「坊っちゃま。そんな、私が育ての…なんて、烏滸がましいですよ」
しかし、言われた当の本人は慌てたような、どこか嬉しそうな顔で否定する。
柳さんはそういう人だ。実に謙虚で奥ゆかしい。
まぁ、今までそう言う感謝の言葉を言っていなかった、俺の責任でもあると、蔵人は反省する。
「お、あったぞ。みんな、夕食はあそこでどうだい?」
蔵人が指さしたのは揚げ物屋だ。
本当は串カツ屋を探していたのだが、如何せん居酒屋のようなお店が少ない。
高級料理店や女性向けのオシャレなカフェなら乱立しているのに、まるで銀座だ。
やっと見つけた揚げ物屋も、老舗旅館の様な出で立ちである。
大丈夫かな?と思う反面、店先にビリケ○さんも設置されているので、多分串カツも行けるだろうと、蔵人は提案してみた。
柳さんと一緒に行こうって約束したからね。串カツ。
うん?候補に挙げただけで、ちゃんと約束してなかったっけ?
「ここの系列美味いんやで!さすがカシラ、よう知っとりましたね」
伏見さんに続いて、みんなが入っていく。
蔵人も、伏見さんの太鼓判が押されたのなら大丈夫だろうと、足取り軽く入店する。そして、店の内装を見て安堵する。
良かった、超が付くほどの高級料理店ではなかった。確かに広くて豪華だけど。
蔵人達は10人近く座れそうなお座敷に通され、料理を頼む。串カツセットがあったので、各々好きな具材を選んでいく。
おいおい、なんで松茸やカニなんかもあるんだ。値段が一桁違うぞ。
流石は特区だなと、蔵人はメニューを閉じ、隣に座る人に視線を向けた。
「柳さん」
料理を待つ間、みんなが試合の話で盛り上がっている中、蔵人は隣に"座って貰った"柳さんに話しかける。
「はい。どうかされました?」
「先程の話の続きなのですが、名実共に、柳さんは俺の育ての親ですよ」
「そんな!坊っちゃま、私は…」
柳さんが否定しそうな雰囲気なので、蔵人は手を上げて、それを制す。
「感謝しているんです。小さな頃からずっと面倒を見てくれて。親友であったはずの母が居なくなってからも、ずっと俺を支えてくれている。貴女でなかったら、俺はこうして幸せな生活を送れなかった」
実際、蔵人が幼少期から努力を重ねられたのは、蔵人自身の意思もさることながら、環境が整っていた事が大きく関わっている。
仮に、頼人の様に過剰に介入され、自由が全くない生活であったなら、これ程に効率よく鍛錬する事なんて出来なかっただろう。
逆に、母親に捨てられて施設育ちとなっていたら、生きるのに精一杯で、鍛錬など出来なかった。
支援も受けられなかったので、特区に入る事も難しかっただろう。
母親、と言うより、巻島家の財力の一端と、柳さんの献身的な保育によって、蔵人は不自由なく努力する事が出来た。
他世界で苦労して修行を行っていたからこそ、分かる有難みだ。
だから、蔵人は改めて柳さんに感謝を伝えた。
そうすると、柳さんは少し目線を下げて笑った。
苦笑いとも言う。
「私なんて、大した事は出来ていませんよ。坊っちゃまが凄いんです。あんなに小さかったあの頃から、今ではこんなに立派に御成になられて。今回の試合でも、大活躍だったではございませんか」
試合か。
蔵人はあの時を思い出す。
「そう、試合です、柳さん。あの試合でも、俺は貴女に助けて貰いましたよ」
「えっ?」
「岩戸戦で、俺が片腕を飛ばされた時、貴女の声が聞こえたんです。あの時、もし柳さんの声がなかったら、俺はそのままフィールドに沈んでいたでしょう」
「えっ!?私の声が?だって、あんなに大勢が声を張り上げて…」
驚く柳さんに、蔵人はしっかりと頷く。
「それでも、俺には聞こえたんです。そりゃ聞こえますよ。赤ん坊の頃から聞いている貴女の声だ。貴女の声だから、俺を引き戻してくれたんですよ」
死の淵に立たされた時、親しい人間の声を聞いて、三途の川辺から戻れる人間もいる。それと同じだろう。
大事なのは、声の大きさでは無い。誰が声を掛けてくれたかなのだ。
「この大会だけ見ても、貴女には感謝でいっぱいです。だから、少しは自分を評価して下さい。俺が信じる貴女は、貴女が思う貴女自身よりもずっと、大きな存在なんです」
「坊っちゃま…」
柳さんが感動して、その目に涙を浮かべると。
「うわぁあああん!」
蔵人の背中で、大量の涙が流れ出した。
振り返ると、顔面大洪水の西風さんが居た。
「ええ話やったな」
「まぁあたしも、家帰ったら少しくらい、父様に礼を言うかなぁ〜」
いつの間にか、みんなに聞かれていたみたいだ。
声のトーンを落としていたのだが、熱くなって上がってしまっていたらしい。
「ごめんなさい。聞き耳を立てようとした訳じゃなかったのよ」
そう言う鶴海さんまで、大きなお目目がウルウルだ。
しまったな。折角の場だから、こっそり柳さんに伝えたかったが、家に帰ってからが良かったか?
でも、その頃に言っても冷めちゃっているだろうし。
蔵人が困っていると料理が来たので、これ幸いと蔵人は手を叩いて、場の雰囲気を一転させる。
「さぁ!みんな食おうぜ!祝いの席だから、カニも頼もう!今日は俺の奢りだァ!」
「蔵人くん、お金そんなに持ってるの?」
西風さんの疑問に、さてどうだったかなと財布をこっそり覗き込む蔵人。
するとその横で、柳さんが手を上げる。
「ご安心を!ここは私が!」
その声に柳さんを仰ぎ見ると、上げた手には白く輝く1枚のカードが。
「そ、それは!?」
「私のクレジットカードが火を吹きますっ!!」
「かっこええわ!さすがカシラのオカンや!」
「ま、眩しいよぉ〜」
「大人の財力ってやつね。羨ましいわ」
「なんだよ、この店カード使えるなら、あたしが払っても良かったんだけどな」
約1名を除き、柳さんを尊敬の眼差しで仰ぎ見る1年ズ。
祝勝会は、みんなのお腹がいっぱいになるまで続いた。
これにて、ビッグゲーム、激闘篇は終了です。
始動篇、逡巡篇、激闘篇と、とても長いお話になってしまいました。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
「最終回っぽく言っているが、次章もあるぞ?」




