151話〜従いなさい!〜
8月24日、日曜日。
午前10時50分。
真夏の太陽が、まるで空の雲を全部蒸発させてしまったかのように、青空一色であった。
そんな快晴の元で今、ファランクス全国大会、通称ビッグゲームの3位決定戦が開幕する。
毎年ビッグゲームの最終日は超満員であり、8万人が収容出来るスタジアムは全て埋まる。
決勝戦に至っては、立ち見すら出来ない観客で溢れかえるのが恒例であった。
だが、今年はこの3位決定戦の開始前からその様子を見せていた。
いや、例年以上だ。
チケットを買えなかったファンたちは、少しでもその雰囲気を味わいたいと、スタジアム前にまるでお祭りのようにひしめき合い、スタジアムの中で商売をしていた屋台が臨時でスタジアム外にも出店を開くと、あれよあれよと飛ぶように飲食物が売れまくる。
それ程の熱気が生まれる熱源達が、今、フィールドに入場した。
『さぁさぁ!とうとう始まりますビッグゲーム3位決定戦!先ず姿を現したのは、九州大会1位!久留米彩雲中等部だ!試合では必ず激闘を繰り広げる彩雲のその様子は、まさに戦場を跋扈する血塗られた鬼武者集団。そんな彼女らを体現するかの如く、深紅の鎧が不気味に進む!準決勝では王者獅子王の前に惜しくも敗れはしたものの、進む姿に迷いは無い!攻防一体、歩く要塞の異名を持つ島津巴が率いる武者達が、今出陣します!!』
「「「うぉおおお!!!」」」
「「さいうーん!!!」」
「「「ともえ様ぁああ!!!」」」
「九州人の底意地見せちゃれ!」
「「気張れや!九州女児たちぃ!!」」
フィールドの両方に設置された選手用のゲートの片方から、13人の赤い鎧が列を成して入場する。
その戦団の中央最前列にいる、兜飾が少し豪華な鎧武者が手を上げると、一斉に列を編成して1列に並ぶ彩雲選手達。
その様子を見た観客達から、彩雲コールとトモエ様コールが鳴り響く。
そんな赤一色の熱気の中、実況の声が雰囲気を切り裂く様に声を上げる。
『続いて現れたのは、関東大会1位!桜坂聖城学園中等部!ここまで西日本の強豪を蹴散らし、あの晴明相手にパーフェクトゲーム寸前まで追い詰めた強豪だ!西日本が強いファランクスで、ここまで上り詰める姿は、まさにダークホース!そのダークホースを率いるのは、桜坂1番美原海麗選手!そして、その横を歩く甲冑は、今大会の台風の目!幾多の常識をぶち抜いてきた傷だらけの騎士!桜坂の96番!黒騎士様だァあ!!』
「「「くっろきし!くっろきし!くっろきし!」」」
「「黒騎士様ぁああ!!」」
「「「おうじょうファイトォぉお!!」」」
「美原せんぱぁあい!勝って!」
「櫻井ぃ!来てあげたわよォ!」
「坊っちゃまぁあ!」
「兄さぁんっ!」
「くーちゃん頑張れぇえ!」
「くー太郎!負けんじゃねぇぞ!!」
白銀の騎士団が、緑の芝生を踏み締め、赤い侍達が待つフィールド中央へと歩みを進める。
率いるは桜城のエース、美原海麗。
真っ白なヘルメットに一本の赤い線。その真ん中を貫く白い線が入ったそれは、桜城で上位5人にしか入れられないホワイトナイトの証。
そんな彼女の横を歩くのは、紫電との戦闘で無数の傷をその身に刻んだ甲冑姿の少年。その甲冑の裏には、嘗て黒騎士自身が貫いた巨人、グレイト10の外殻が覆っていた。
もはや白と黒が入り交じった別物であるその姿は、黒騎士と呼ぶことに違和感を覚えない。
「…はぁ…」
本人だけは、そう呼ばれる事に、まだ慣れていない様子だが。
桜城の白銀騎士団と、彩雲の赤鎧武士団がフィールド中央で相対する。
海麗先輩と相手の主将が握手をすると、他の選手も一斉に目の前の相手と握手する。
蔵人の目の前の人も、蔵人と握手をしに前へ出て、
そのまま90°腰を折って、お辞儀をした。
はい?
いや、何故に最敬礼されにゃならんのだ?
蔵人は訳が分からず、目を白黒させていると、相手はゆっくりと顔を上げて、言った。
「胸をお借り致します!」
甲冑から覗くその瞳は、とてもキラキラしているが、見覚えのない娘だ。
背番号11番と言うことは、恐らくCランクだと思うのだが、この世界の九州に知り合いは居ない。
では何故、この娘は敵である自分に対して、これ程までも恭しい態度を取るのだろうか?
…分からん。
そうこうしている内に、相手は自軍ベンチに戻っていって、試合前最後のミーティングを始める。
何だろうな。何か良くないことが進行中だなと蔵人は暗い気持ちのまま、桜城ベンチで指示を受ける。
「いい?みんな。勝っても負けても、これがビッグゲーム最後の試合よ。どうせ最後なら、勝って終わりたいじゃない?」
部長の声に、選手達は良い笑顔で頷く。
先輩達の闘志はバッチリだ。
部長も、昨夜の事は嘘だったかのように、強い光を目の中に宿している。
「蔵人?調子はどう?」
部長が、こちらに問うて来た。
その顔は、しっかりと指揮官の顔をしている。
うん。大丈夫そうだ。流石はこの部をここまで率いたリーダーだ。
「絶好調です。我々の力を、全国に示しましょう」
「「「おうっ!」」」
蔵人の勇ましい言葉に、溜まらず、先輩達が気合を漏らす。
十分な気合いだ。これなら、”あの対策”は要らないのかも。
蔵人達はフィールドに取って返す。
今、最終試合が始まる。
午前10時59分。
試合開始1分前。
桜城の選手達は全員配置に着く。
蔵人も、今回はスタメンだ。左翼の盾役として立っている。
他の選手も、殆どが3年生。海麗先輩を始めとした精鋭達。
出し惜しみ無く、始めから全力でぶち当たる。
何せ、相手は彩雲である。
かの学校は、余りに攻撃的な事で有名で、前半戦で勝負が決まると言われている。
実際、彩雲と戦った学校は、殆どが前半戦で棄権している。
前半戦終了まで戦えたのは、獅子王だけだ。
故に、桜城も前半戦で決着を着けるつもりで、最初から全力であった。
そんな中、ベンチでは銀と金の選手が既に鎧を装着し、こちらを向いて仁王立ちとなっている。
鈴華と伏見さんだ。
彼女達は、今回はスタメンではない。
それでも、試合開始直ぐに交代することになっているので、こうしていつでも出られる格好になっているのだ。
2人だけではない。
桜城のベンチには、数人の先輩達が、いつでもフィールドに出られる準備をしていた。
これも、対彩雲戦の布陣。
赤い武者達の初動に、桜城が耐えられた後の布石である。
フィールドに立つ選手、13人。ベンチの最前列で待機する選手、6人。
彼女達の表情に、立ち姿に、極度の緊張は見られない。
あるのはただ、この試合に望む闘志。
桜城前線の最前列には、盾役の先輩達がズラリと立ち並ぶ。
彼女達の顔色は、鈴華達ほど高揚はしていない。
寧ろ、ちょっと悪いくらいだ。
緊張している模様。
仕方がない。ここは全国3位を決める大舞台。
鈴華達が落ち着き過ぎているのだ。
恐らく、極限状態であった晴明戦を戦った事で、自信が着いたのだろう。いい事だ。
対する相手は、まだ配置に着いていない。相手円柱より10mくらい先の方で、陣を組んだ時のままに、一列に立ち並んでいる。
その武者達の前に立つのは、この彩雲の主将とエース。
出陣前の総大将と言った面持ちで、こちらをスッと睨んでいる。赤褐色の長い髪が風に揺られ、まるで旗の様に靡いている。
他の彩雲選手達も、鋭い視線でこちらを射殺さんとしている。
準備が出来ていない、という事は先ずない。
全ての武者から、殺気にも似た感情が漏れ出ている。
戦闘を求める、狂者の意思である。
始まるのか、試合が。
いや、合戦が。
蔵人は、昨日のミーティングで言われた事を思い出す。
映像で観た、彩雲の紅い大波を。
如月を、獅子王を飲み込んだ、恐怖の波動を。
それを思い出すと、蔵人は盾を出したい気持ちでいっぱいとなり、手がワキワキしだした。
でも、出さないよ。試合前に異能力の発動は厳禁。一発退場だ。
蔵人は観客席を見渡す。
桜城の応援団は、変わらず吹奏楽部が元気で、男の子達が一生懸命に演奏をしてくれている。
蔵人が視線を寄越すと、その方面の子達は楽器を振り回してしまうので、余り見ないようにしよう。
相手校の応援団を見る。
うん。事前情報はあったが、凄まじい。
ここから見ると、彩雲校の観客席は赤一色で、まるで広島カ〇プの応援団かと思ってしまう程、赤色に統一されている。
楽器を持っていない人も赤い服を着ているから、ファランクス部の応援団だけじゃなくて、他部活や親兄弟も赤い服で統一されているみたいだ。
それに、彼女達が持っている物も、楽器にしては変なものを持っている…って、なにぃ!?
蔵人がその楽器の正体に気付き、目を見張ったその時、
『ファァアアアアン!!!』
試合開始の合図が、フィールドを駆け抜ける。
それと、同時。
「「おぉおお!!!」」
彩雲の武者達が、一斉に吠えた。
一列に並んだ状態で、拳を振り上げていた。
赤褐色の髪を振り上げた相手主将が、声を張り上げる。
「敵は関東の猛者!相手にとって不足なし!今こそ、我ら彩雲の誇りを示すとき!!」
「「「おおぉおおお!!」」」
「抜刀ぉ!!」
「「「おおぉおおお!!」」」
シャキシャキシャキンッ!!
太陽光を反射する色とりどりの刀達が、青空を目指すが如く宙を割く。
一斉の抜刀。
その内の一本、主将の一振が、蔵人達を断ち斬らんと桜城側に向いた。
次いで、
「時を打て!!」
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
大太鼓の振動が、彩雲応援団側から一斉に鳴り響き、
「鬨を上げよ!!」
ブォォオウォオオウ!!!
応援団前列で一斉に法螺貝の音が轟く。
やはり法螺貝だったかと、蔵人は舌を巻く。
と、その赤一色であった彩雲観客席に、幾つも、幾つも白い旗が聳え立つ。
その旗は人の丈程ある長方形で、スーパー等で見かけるのぼり旗だ。
先端には、大きく黒字で1つの印がはためく。
全ての戦国旗には同じ模様、いや、家紋が印されている。
丸に十字のシンプルな家紋。
それは、その㊉は、
九州の戦闘狂集団、島津家の家紋だった。
「鋭っ!鋭っ!応ぉお!!」
「「「えいっ!えいっ!おぉうっ!!」」」
相手の主将、島津家次期当主、島津巴が声を張り上げる。
すると、直ぐにその従者達が、声と刀を振り上げる。
巴選手が、赤褐色の長髪を振り乱し、刀の切っ先を真っ直ぐに桜城騎士へと伸ばし、
叫ぶ。
「しゅつじぃいいんっ!!」
「「「おおおぉぉぉぉおおおお!!!!」」」
「「「「「「おおおおぉおおおおおぉおおおぉおおおお!!!!!!!!!!!」」」」」」
一気に走り出す13人の鎧武者。
雄叫びを上げるその戦団を後押しするように、応援団も同じように雄叫びを上げ、戦国旗を掲げる。
それは、正面から見たら、まるで幾万の敵が雪崩込んで来るような錯覚を覚える。
殺略の波動が、押し寄せる。
紅い大波。
雷鳴の如く、雄たけびを響かせる。
彼女達の熱まで、こちらに押し寄せてくる様だ。
正に、狂気。
「盾!構えて!構えなさい!!」
部長の声に、しかし、蔵人以外の盾役が反応しない。
横目で見ると、先輩方の顔が青ざめている。
無理も無い。映像で見るのと、実際に直面するのでは全く違う。
本当の戦争に近い状況に、新兵達は全身を小刻みに震えさせ、半歩足を引いた。
だが、桜城も只々座して待っていた訳では無い。
しっかりと、この対策を置いていた。
後方に。
蔵人が後ろを振り返ると、円柱から駆け寄ってくる2人の姿があった。
その内の1人は、蔵人達の方へ走り寄ると、いつも綺麗に解かされる黒髪を乱しながら、声を上げた。
「従いなさい!」
命令。
その一言と共に、蔵人の感情が高揚する。
幸せな気持ちで満たされ、彼女の為ならば、言う事を聞いても良いと思ってしまう。
これが、ドミネーションか。
「従え!戦え!心を乱すな!」
彼女は、西園寺先輩は桜城前線をなぞる様に横断しながら、異能力を発動し続ける。
右翼の方では、鹿島先輩が歌を歌っている。
これが、対彩雲戦の作戦だ。
相手の勢いに呑まれない様に、彼女達に心を整えてもらった。
お陰で、青かった先輩達の顔が、幾分か落ち着いた様に思う。
次は、戦う意思を与える。
その役目は、
蔵人である。
蔵人は、盾を顔に集め、息を思いっきり吸う。
そして、
『狼狽えるなっ!!』
吠える。
拡声された声が、新兵達の耳へと届く。
皆の意識が、自分に集中するのが分かる。
『寧ろ教えてやれ!ここに、俺達が居る事をっ!!』
蔵人の声に、先輩達の顔が輝きだす。
やってやる。
試合前の選手達の顔に、戻っていた。
部長の指示が、飛んだ。
「盾、構え!」
『構えろ!盾役、完全防御陣形!』
蔵人のドラゴニック・ロアに、先輩達が動く。
各々盾を作り出し、盾の先端を、深々と地面に突き刺す。
ここは絶対に通さない。そんな意志を示す防御。
蔵人も、水晶盾を15枚出現させ、先輩達の隙間を埋める。
これで、猫の子一匹通れない完全防御陣の完成だ。
実況が唸る。
『桜坂がガードを固めた!凄い!なんて盾の数だ!人っ子一人通さない意思が伝わる!しかし、止まらない!彩雲の鬼面武者達は、一心不乱に駆け寄る!速い!速い!勢いの着いた戦闘集団に、果たしてこの盾は、効果があるのか!?』
無理だろうな。
蔵人は身動ぎもせずに構える。
赤い鬼面武者達は、ドンドン大きく見えてきた。
その兜の隙間から見える顔は、どれも狂喜に満たされていた。
戦士の顔。
武士の魂。
正に強者。
武者達との接触まで、あと十数m。
と、その時、
「遠距離役!構えっ!」
部長の厳しい声が飛び、そして、
「総員、撃て!」
短い号令に、蔵人の頭の上を、無数の礫が通り過ぎる。
それらは、真っ直ぐに、深紅の武者達を襲う。
桜城の遠距離攻撃が、一気に彩雲選手に襲いかかる。
まだ距離があるため、直撃するものは意外に少ない。だが、まるで弾幕の様なその弾数は、当たらずとも脅威となる。
筈だった。
『おおっと!桜坂の一斉攻撃!しかし、彩雲は読んでいた!島津巴選手のソイルガードが全ての攻撃を弾き返す!たった1人の防御が、選手全体をカバーしている!なんと言う魔力!流石Aランクだ!』
幾つもの土壁がせり上がり、桜城の弾幕を防いでしまう。
これが、巴選手の異能力。
圧倒的な防御力。
超攻撃的な彩雲の中で、その力は極限まで生かされていた。
突撃に対して、遠距離攻撃での対応は、彩雲でも想定内だった。
寧ろ、今まで戦った殆どの敵チームは、防御を固めるか遠距離で力を削ぐかの動きを見せていた。
だから、直ぐに対応されてしまった。
そして、弾幕が薄い所から、彩雲の選手が進行を試みる。
自分に襲いかかる弾丸も、数が少ないと異能力で出来た刀で切り飛ばしてしまう。
なんと言う剣術。彩雲選手は一人一人が豪傑と言っていい程の武術と、精神を持っていた。
やがて、桜城の前線まであと数mまで迫る、彩雲の侍達。
『彩雲の流れになってきた!このまま盾を食い破り、一気に桜坂の本丸に攻め込めるか!』
「「「行ったれや彩雲!」」」
「「彩雲!彩雲!」」
「桜城頑張って!」
「左翼弾幕薄いよ!何やっているの!」
観客席から、彩雲への喝采と、桜城への悲鳴が降りしきる。
その中で、櫻井部長は、
「盾、上げ!」
次の号令を飛ばす。
その号令を、蔵人が復唱する。
『盾上げぇ!あげぇ!』
蔵人の声と共に、地面から抜かれる、盾の先端。
先輩達はその盾をぎゅっと体に密着させ、構えて、
「出撃!」
『突撃!とつげきぃいいいい!!』
蔵人の声に、
「「「「おぉおおおおおおお!!!」」」」
今度は、桜城の騎士団が雄叫びを上げて、盾が一斉に走り出した。
迫り来る、紅い彩雲の鬼面武者達。
対する桜城の白銀騎士達は、白い雪崩となって迎え撃つ。
赤い波動と白い雪崩、勝つのは一体…。




