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女尊男卑 ~女性ばかりが強いこの世界で、持たざる男が天を穿つ~  作者: イノセス
第6章〜激闘篇〜

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133話~ふぁい、そうれす~

魔王は余程サーミン先輩に対して怒り心頭だったのだろう。

会話に集中する余り、魔王領域に侵入した蔵人達に全く気付いていなかった。

側近の娘達で周囲を囲んでいたので、見えなかったというのも考えられる。


蔵人達は、サーミン先輩がファーストタッチを決めた時から動き出していた。

突入したのは、蔵人と海麗先輩の2人だけ。

残りの先輩達は、遠距離攻撃での魔王領域攻撃と、後ろの相手遠距離役の牽制をしてくれている。


「やれ!たった2人じゃ!」


魔王が慌てたように指示すると、側近の内3人が走り出し、蔵人達に向かってきた。

その内の2人は、海麗先輩の方へと襲い掛かる。

だが、流石海麗先輩だ。

体格的には負けていても、繰り出される技のキレは海麗先輩の圧勝だ。

余りに素早いその突きと蹴りに、近づいて来た呉の2人は尻込みをしている。


反面、蔵人は苦戦していた。

相手は1人。体格も、蔵人より頭一つ分小さな娘だ。

彼女から繰り出される攻撃も、蔵人の2重装甲の前では威力が半減以下となる。


だが、その鎧が重すぎるのだ。

反撃の為に振るう腕と足は、思ったように相手を捉えない。

重すぎて、動き出しと軌道に難があるのだ。

加えて、相手は小柄なのを利用して、素早く動いて蔵人を翻弄する。

彼女の動きは、何処かボクシング選手を思わせる。


「ワン・ツー!」


彼女の拳が、蔵人の胸を叩く。

素早く的確な攻撃に、蔵人はよろめきながら1歩後退する。

急いでカウンターを合わせようとするも、その時には既に、彼女は蔵人の攻撃範囲から出てしまっていた。

ボクサーの中でも、アウトボクサーなのだろう。


とても、スピードでは勝てない。

では、どうする?鎧を脱ぐか?

いや、急いで脱いだとしても、その間に攻撃される。

鎧があるから、未だベイルアウトせずに済んでいるのだ。


蔵人は、千鳥足になりながら思考を巡らせる。

そして、気付く。

そうか、千鳥足か、と。

途端、蔵人の足は、より不確かなステップを踏む。

前に半歩踏み出したと思ったら、横に1歩、そして1歩後退した。


「なんだ?ふざけてるのか?」


まるで酔っぱらいのオッサンだ。

相手は気味悪がり、一瞬躊躇したように体を引く。

だが、直ぐに獰猛な笑みを浮かべて、蔵人に迫る。


「魔王様に褒めてもらう為だ。男だって容赦しないよ!」


真っ直ぐに伸びてくるパンチ。蔵人の顔面を殴りつけ、そのまま地面に叩きつける。

そう思って繰り出された攻撃は、突如、蔵人の腕に弾かれた。

パシンッと、小気味いい音と共に。


「なっ!?」


彼女は驚く。

だが、そんな彼女の表情を、蔵人は見ていない。

どこか上の空で、相変わらずにあっちにフラフラ、こっちにフラフラしている。

その様子を見て、少女は笑みを戻す。


「はっ!たまたま当たっただけか」


ふざけて踊っている蔵人の腕が、偶然、彼女の拳を防いだと思った様だ。

再び、彼女の拳が蔵人を襲う。

だが、

蔵人はそれを避ける。

ひょいッと体を斜めにして、皮一枚の距離で避けた。


「くそっ!ふざけやがって!」


少女は怒り、何度も拳を叩きつけてくる。

だが、蔵人にそれらは当たらない。

横にスイッと移動して避けたり、上半身だけを思いっきり後ろに倒して避けたり。

と、思ったら、体を後ろに傾けすぎて、そのまま地面に倒れてしまう蔵人。


「な、なんだお前?気持ち悪…」


あまりに異常な蔵人の様子。

少女の顔が引き()る。

だが、直ぐに表情を引き締め、蔵人に向けて拳を振り下ろしてきた。

逃げ場無し。確実に当たる。

そう思われた拳だが、

弾かれた。

今度は、蔵人の足だ。

足が真っ直ぐに伸びてきて、少女の腕を蹴り上げた。


「ぐっ!」


少女は痛そうに顔を歪めて、後退する。

その間に、蔵人はユラリと立ち上がる。

相変わらず、鎧の重さでフラフラになりながら、奇妙な構えをした。

まるで、木に抱きつく様な、腕を前に突き出し、相手を胡乱げに見る。


「いっ、いい加減にしろ!」


顔を赤くした少女が、蔵人に拳を突き出す。

だが、蔵人はその拳をいとも簡単に捉え、その腕を引いて少女を引き寄せる。そして、少女のオデコに思いっきり頭突きをかました。


「はぃやっ!」

「いでっ!」


強烈な蔵人の攻撃に、少女は痛がりながらたたらを踏む。。

そして、その無防備な体に向けて、蔵人の攻撃が襲い掛かる。


「はいっ、はいっ、はいぃいいい!」

「ぐっ、かぁっ!ぐぁ!」


少女の鳩尾、両肩、顎を強打する。

溜まらず、彼女が顔を抑えて悶絶していると、


「ふぉあちゃぁああ!!」

「ぐぁあっ!」


突き出された両手の掌打(手を開いた状態での打撃)でお腹を強打され、少女は吹っ飛ばされた。

もんどり返って地面を転がり終えた少女は、白目を剥いて気絶していた。


『べ、ベイルアウト!呉中9番を倒したのは、やはりこの人!96番黒騎士様!』

「「「うぉおお…?」」」

「黒騎士様、大丈夫なの?」

「なんや、フラフラしとらんか?」

「何言うとんねん。これはあれや、ジャッキーチ○ンの映画であったあれや」

「そんな事も出来るんか、ワレ。ポテンシャル鬼やな!」


歓喜に沸く実況と、戸惑う観客達。

蔵人の奇行を見て、果たしてこれが格闘技かと疑問に思っているのだろう。

一部のカンフーマニアには、刺さっているみたいだけれど。


「て、てめぇ…男の癖にやりやがったなっ!」


海麗先輩を相手にしていた1人が、慌ててこちらに駆け寄ってきた。

走るままに、ラリアットを繰り出してくるも、蔵人はそれをひょいッと避ける。

避けながら、相手の足に自分の足を駆けて、転ばせる。


「くっ、そっ!もう怒っ」


そういきり立つ少女。

だが、彼女はその先を言えなかった。

彼女の頭に、蔵人のお尻が落ちてきたからだ。

ヒップドロップ。

いや、違う。


「あ~っ…地球はぁ~ま~わ~る~」


それは、意図した攻撃ではなかった。

相手の足を引っかけた時に、堪え切れなくて蔵人も転んだだけであった。

偶々、相手の頭の上に倒れてしまっただけ。

それでも、全重量90㎏近い蔵人を受け止めた少女の頭は、地面に浅く埋没し、気を失ってしまった。


悲惨なベイルアウト。それに、蔵人は気付かない。

お尻の下に少女の頭を敷いているというのに、なんか、お尻がムズムズするなぁ~、程度にしか思っていなかった。

そんな蔵人に、声が降りかかってきた。


「く、蔵人、大丈夫?」


海麗先輩の心配そうな顔が、蔵人を覗き込んでいる。

彼女が手を伸ばしてくれたので、その手を何とか掴む蔵人。

いつの間にか、海麗先輩が対峙していた相手も、地面に沈んでいた。

流石だなぁ~。

蔵人は感心しながら、海麗先輩に返答する。


「ふぁい。大丈夫れす」

「えっ、酔ってるの?もしかして…酔拳?」

「ふぁい、そうれす」


蔵人が何とか返答すると、海麗先輩は「やだ、めっちゃ可愛いぃ~」と小声で歓喜していた。

彼女の言う通り、蔵人は嘗て習った事のある酔拳を思い出して、実行していた。

お酒を飲んだ時と、鎧の自重に弄ばれている今が似ていると思ってやってみたが、結構イケる。

でも、ただの酔っぱらいですよ?何処が可愛いのですかね?


蔵人が疑問に思ていると、足音が聞こえた。

見ると、魔王御一行がサーミン先輩と共に、こちらに来ていた。


「おいおいおい!何なんだよてめぇは!」


魔王は蔵人達から数歩手前で止まり、蔵人達を睨みつけた。

魔王の声には、焦りと怒りに似た感情が入り混じっていた。

だが、その瞳には、何処か喜びに似た色も見え隠れしている。

魔王の長くしなやかな指が、蔵人を指し示す。


「おい、お前。96番。てめぇは何もんや?美原の他に、これ程のアマが居るなんて聞いとらんかったで。何の選手じゃ?今のはなんの格闘技なんじゃ。お前の名前を言え!」


どうやら、彼は蔵人の事を覚えていないらしい。

弱い男と思っていて、昨日の邂逅を消去してしまったらしい。

蔵人は、そんな魔王に正対して、軽く頭を下げる。


「選手という程ではありません。齧った程度の物です。名前は、昨日申し上げた通りでございます」


酔拳状態を解除して、真摯に答える蔵人。

すると、魔王は目を大きく開いて、首を振った。


「嘘じゃろ…あん時の小僧か。男で、こんな、こんな強い奴が居るんか…」


そう言って、彼の視線が蔵人達を、蔵人達が倒した少女2人を捉える。

そして、再び首を振った彼の顔には、満面の笑みが広がっていた。


「ええのぉ、ええのぉ!こいつは嬉しい誤算じゃけぇ!」


魔王はギラギラした目を蔵人に浴びせて、無邪気に声を上げた。

彼の後ろで、忘れ去られたサーミン先輩までもが、困惑の表情で魔王を見る。

それでも、魔王は気にした素振りも見せずに、両手を広げて喜びを露わにする。


「今回のビッグゲーム。桜城の美原と、如月の米田をゲットして終わるつもりじゃったが、そこにお前も追加じゃ。96番。お前は良い。男でシールドで、格闘技も強い。使いどころ満載じゃ!攻防一体の最強魔王軍が完成する!そうしたら、そうしたら奴らにも勝てる。今度こそ、あの彩雲のイカレ猿共をぶっ倒しちゃるけんのぉ!」


喜び顔から一転、苦々し気に言葉を吐き、己の震える拳を見つめる魔王。

その周囲、側近たちは何かを思い出したかのように震えだしてしまった。

どうも、彼らの宿敵は彩雲らしい。

ビッグゲームの1位2位を相手にしても勝てる。そう言っていた彼だったが、3位には勝てなかったのだろうか?


蔵人は疑問に思いながらも、静かに行動していた。

魔王軍が激情に流され、視線も意識も何処かに彷徨わせているその隙に、静かに忍び寄る。

魔王の側近たちの間から、サーミン先輩の手を取り、こちらに引っ張った。

よろめきながらも、サーミン先輩を胸に抱く蔵人。


「海麗先輩!」


蔵人はそのまま、サーミン先輩を海麗先輩に向かって投げ飛ばす。

途中、気付いた側近がサーミン先輩を取り戻そうと手を伸ばすが、その手は空を切る。

運がいい娘だ。掴んでいたら、反則ベイルアウトだったろうに。


「蔵人!逃げるよ!」


サーミン先輩を受け止めた海麗先輩が、走り出しながらこちらに声を掛ける。

蔵人もそれに頷いて、急いでその場を離れようとする。

だが、


「おい!96番!」


魔王の声。

蔵人が顔だけ振り返ると、魔王がこちらを見ながら、その手を上げて、側近達を止めていた。


「お前だけでもこっちに来い。俺様の領域なら、男のお前でも安心した生活が出来るで?女が好きなら、ええ女を紹介しちゃる。男がええならそれも用意する。男のお前が活躍したいなら、呉に来い、96番」


蔵人はその誘いに、静かに首を振る。


「俺は俺の道を行きます。誰かが作った道じゃない。俺が貫いた道を。それが、俺のドリルです」

「勝てると思うとるんか?」


喜びから一転、怒りが混じりだした魔王の瞳が、蔵人を射貫く。


「お前らがこの領域出られた所で、この試合にゃ勝てん。てめぇも美原も、全部俺様の物じゃけ。今までもずっと、俺様が欲しい思うんは全部、この手の中に入れて来た。諦めや」

「負けませんよ、桜城は」


蔵人は、紫眼の瞳で見つめ返す。


「桜城は負けず、貴方も欲しいものは得られません」

「ほぅ。言うのぉ。そこまで言うんやったら、見せてもらおか」


魔王の挑戦的な笑みに、蔵人は何も言わず、海麗先輩の後を追った。

その後姿を見て、魔王の側近がソワソワし出すが、


「構うなや!通してやりぃ!」


魔王の号令で、彼女達も悔しそうにするだけとなった。

蔵人の挑発に乗ったのかもしれないし、これ以上被害を出さない為かもしれない。


どちらにせよ、蔵人達は無事に魔王領域外の仲間達と合流することが出来た。

と、ちょうどその時、前半戦終了の合図がフィールドを駆け抜けた。

まさか、酔拳を使うとは。


「鎧が無ければ、他の格闘技が繰り出せたのだがな」


でも、鎧があったから攻撃力が増したのでしょう。


「そして、あ奴の武術に魔王が目を付けたか」


如月の米田さんも狙っていたのですから、とことん身体能力重視なのでしょうね、魔王君は。


「異能力を嫌う、この世界の男らしい考え方だな」


それ故の能力なのでしょうか?

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ん〜正直世界のバグやらなんやらの本筋は いつ進むんですかね? なんというか面白いは面白いんですけど 今のままだと最初の設定が少しばかり死んでる気が するんですよね
[一言] この世界の男は勝負事を好まない性格が多そうなので、矢面に立つ魔王は男にも人気がありそうですね 黒騎士が欲しいなんて言ってるのも聞こえてそうなんで、魔王×黒騎士の薄い本が出回りそう
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