133話~ふぁい、そうれす~
魔王は余程サーミン先輩に対して怒り心頭だったのだろう。
会話に集中する余り、魔王領域に侵入した蔵人達に全く気付いていなかった。
側近の娘達で周囲を囲んでいたので、見えなかったというのも考えられる。
蔵人達は、サーミン先輩がファーストタッチを決めた時から動き出していた。
突入したのは、蔵人と海麗先輩の2人だけ。
残りの先輩達は、遠距離攻撃での魔王領域攻撃と、後ろの相手遠距離役の牽制をしてくれている。
「やれ!たった2人じゃ!」
魔王が慌てたように指示すると、側近の内3人が走り出し、蔵人達に向かってきた。
その内の2人は、海麗先輩の方へと襲い掛かる。
だが、流石海麗先輩だ。
体格的には負けていても、繰り出される技のキレは海麗先輩の圧勝だ。
余りに素早いその突きと蹴りに、近づいて来た呉の2人は尻込みをしている。
反面、蔵人は苦戦していた。
相手は1人。体格も、蔵人より頭一つ分小さな娘だ。
彼女から繰り出される攻撃も、蔵人の2重装甲の前では威力が半減以下となる。
だが、その鎧が重すぎるのだ。
反撃の為に振るう腕と足は、思ったように相手を捉えない。
重すぎて、動き出しと軌道に難があるのだ。
加えて、相手は小柄なのを利用して、素早く動いて蔵人を翻弄する。
彼女の動きは、何処かボクシング選手を思わせる。
「ワン・ツー!」
彼女の拳が、蔵人の胸を叩く。
素早く的確な攻撃に、蔵人はよろめきながら1歩後退する。
急いでカウンターを合わせようとするも、その時には既に、彼女は蔵人の攻撃範囲から出てしまっていた。
ボクサーの中でも、アウトボクサーなのだろう。
とても、スピードでは勝てない。
では、どうする?鎧を脱ぐか?
いや、急いで脱いだとしても、その間に攻撃される。
鎧があるから、未だベイルアウトせずに済んでいるのだ。
蔵人は、千鳥足になりながら思考を巡らせる。
そして、気付く。
そうか、千鳥足か、と。
途端、蔵人の足は、より不確かなステップを踏む。
前に半歩踏み出したと思ったら、横に1歩、そして1歩後退した。
「なんだ?ふざけてるのか?」
まるで酔っぱらいのオッサンだ。
相手は気味悪がり、一瞬躊躇したように体を引く。
だが、直ぐに獰猛な笑みを浮かべて、蔵人に迫る。
「魔王様に褒めてもらう為だ。男だって容赦しないよ!」
真っ直ぐに伸びてくるパンチ。蔵人の顔面を殴りつけ、そのまま地面に叩きつける。
そう思って繰り出された攻撃は、突如、蔵人の腕に弾かれた。
パシンッと、小気味いい音と共に。
「なっ!?」
彼女は驚く。
だが、そんな彼女の表情を、蔵人は見ていない。
どこか上の空で、相変わらずにあっちにフラフラ、こっちにフラフラしている。
その様子を見て、少女は笑みを戻す。
「はっ!たまたま当たっただけか」
ふざけて踊っている蔵人の腕が、偶然、彼女の拳を防いだと思った様だ。
再び、彼女の拳が蔵人を襲う。
だが、
蔵人はそれを避ける。
ひょいッと体を斜めにして、皮一枚の距離で避けた。
「くそっ!ふざけやがって!」
少女は怒り、何度も拳を叩きつけてくる。
だが、蔵人にそれらは当たらない。
横にスイッと移動して避けたり、上半身だけを思いっきり後ろに倒して避けたり。
と、思ったら、体を後ろに傾けすぎて、そのまま地面に倒れてしまう蔵人。
「な、なんだお前?気持ち悪…」
あまりに異常な蔵人の様子。
少女の顔が引き攣る。
だが、直ぐに表情を引き締め、蔵人に向けて拳を振り下ろしてきた。
逃げ場無し。確実に当たる。
そう思われた拳だが、
弾かれた。
今度は、蔵人の足だ。
足が真っ直ぐに伸びてきて、少女の腕を蹴り上げた。
「ぐっ!」
少女は痛そうに顔を歪めて、後退する。
その間に、蔵人はユラリと立ち上がる。
相変わらず、鎧の重さでフラフラになりながら、奇妙な構えをした。
まるで、木に抱きつく様な、腕を前に突き出し、相手を胡乱げに見る。
「いっ、いい加減にしろ!」
顔を赤くした少女が、蔵人に拳を突き出す。
だが、蔵人はその拳をいとも簡単に捉え、その腕を引いて少女を引き寄せる。そして、少女のオデコに思いっきり頭突きをかました。
「はぃやっ!」
「いでっ!」
強烈な蔵人の攻撃に、少女は痛がりながらたたらを踏む。。
そして、その無防備な体に向けて、蔵人の攻撃が襲い掛かる。
「はいっ、はいっ、はいぃいいい!」
「ぐっ、かぁっ!ぐぁ!」
少女の鳩尾、両肩、顎を強打する。
溜まらず、彼女が顔を抑えて悶絶していると、
「ふぉあちゃぁああ!!」
「ぐぁあっ!」
突き出された両手の掌打(手を開いた状態での打撃)でお腹を強打され、少女は吹っ飛ばされた。
もんどり返って地面を転がり終えた少女は、白目を剥いて気絶していた。
『べ、ベイルアウト!呉中9番を倒したのは、やはりこの人!96番黒騎士様!』
「「「うぉおお…?」」」
「黒騎士様、大丈夫なの?」
「なんや、フラフラしとらんか?」
「何言うとんねん。これはあれや、ジャッキーチ○ンの映画であったあれや」
「そんな事も出来るんか、ワレ。ポテンシャル鬼やな!」
歓喜に沸く実況と、戸惑う観客達。
蔵人の奇行を見て、果たしてこれが格闘技かと疑問に思っているのだろう。
一部のカンフーマニアには、刺さっているみたいだけれど。
「て、てめぇ…男の癖にやりやがったなっ!」
海麗先輩を相手にしていた1人が、慌ててこちらに駆け寄ってきた。
走るままに、ラリアットを繰り出してくるも、蔵人はそれをひょいッと避ける。
避けながら、相手の足に自分の足を駆けて、転ばせる。
「くっ、そっ!もう怒っ」
そういきり立つ少女。
だが、彼女はその先を言えなかった。
彼女の頭に、蔵人のお尻が落ちてきたからだ。
ヒップドロップ。
いや、違う。
「あ~っ…地球はぁ~ま~わ~る~」
それは、意図した攻撃ではなかった。
相手の足を引っかけた時に、堪え切れなくて蔵人も転んだだけであった。
偶々、相手の頭の上に倒れてしまっただけ。
それでも、全重量90㎏近い蔵人を受け止めた少女の頭は、地面に浅く埋没し、気を失ってしまった。
悲惨なベイルアウト。それに、蔵人は気付かない。
お尻の下に少女の頭を敷いているというのに、なんか、お尻がムズムズするなぁ~、程度にしか思っていなかった。
そんな蔵人に、声が降りかかってきた。
「く、蔵人、大丈夫?」
海麗先輩の心配そうな顔が、蔵人を覗き込んでいる。
彼女が手を伸ばしてくれたので、その手を何とか掴む蔵人。
いつの間にか、海麗先輩が対峙していた相手も、地面に沈んでいた。
流石だなぁ~。
蔵人は感心しながら、海麗先輩に返答する。
「ふぁい。大丈夫れす」
「えっ、酔ってるの?もしかして…酔拳?」
「ふぁい、そうれす」
蔵人が何とか返答すると、海麗先輩は「やだ、めっちゃ可愛いぃ~」と小声で歓喜していた。
彼女の言う通り、蔵人は嘗て習った事のある酔拳を思い出して、実行していた。
お酒を飲んだ時と、鎧の自重に弄ばれている今が似ていると思ってやってみたが、結構イケる。
でも、ただの酔っぱらいですよ?何処が可愛いのですかね?
蔵人が疑問に思ていると、足音が聞こえた。
見ると、魔王御一行がサーミン先輩と共に、こちらに来ていた。
「おいおいおい!何なんだよてめぇは!」
魔王は蔵人達から数歩手前で止まり、蔵人達を睨みつけた。
魔王の声には、焦りと怒りに似た感情が入り混じっていた。
だが、その瞳には、何処か喜びに似た色も見え隠れしている。
魔王の長くしなやかな指が、蔵人を指し示す。
「おい、お前。96番。てめぇは何もんや?美原の他に、これ程のアマが居るなんて聞いとらんかったで。何の選手じゃ?今のはなんの格闘技なんじゃ。お前の名前を言え!」
どうやら、彼は蔵人の事を覚えていないらしい。
弱い男と思っていて、昨日の邂逅を消去してしまったらしい。
蔵人は、そんな魔王に正対して、軽く頭を下げる。
「選手という程ではありません。齧った程度の物です。名前は、昨日申し上げた通りでございます」
酔拳状態を解除して、真摯に答える蔵人。
すると、魔王は目を大きく開いて、首を振った。
「嘘じゃろ…あん時の小僧か。男で、こんな、こんな強い奴が居るんか…」
そう言って、彼の視線が蔵人達を、蔵人達が倒した少女2人を捉える。
そして、再び首を振った彼の顔には、満面の笑みが広がっていた。
「ええのぉ、ええのぉ!こいつは嬉しい誤算じゃけぇ!」
魔王はギラギラした目を蔵人に浴びせて、無邪気に声を上げた。
彼の後ろで、忘れ去られたサーミン先輩までもが、困惑の表情で魔王を見る。
それでも、魔王は気にした素振りも見せずに、両手を広げて喜びを露わにする。
「今回のビッグゲーム。桜城の美原と、如月の米田をゲットして終わるつもりじゃったが、そこにお前も追加じゃ。96番。お前は良い。男でシールドで、格闘技も強い。使いどころ満載じゃ!攻防一体の最強魔王軍が完成する!そうしたら、そうしたら奴らにも勝てる。今度こそ、あの彩雲のイカレ猿共をぶっ倒しちゃるけんのぉ!」
喜び顔から一転、苦々し気に言葉を吐き、己の震える拳を見つめる魔王。
その周囲、側近たちは何かを思い出したかのように震えだしてしまった。
どうも、彼らの宿敵は彩雲らしい。
ビッグゲームの1位2位を相手にしても勝てる。そう言っていた彼だったが、3位には勝てなかったのだろうか?
蔵人は疑問に思いながらも、静かに行動していた。
魔王軍が激情に流され、視線も意識も何処かに彷徨わせているその隙に、静かに忍び寄る。
魔王の側近たちの間から、サーミン先輩の手を取り、こちらに引っ張った。
よろめきながらも、サーミン先輩を胸に抱く蔵人。
「海麗先輩!」
蔵人はそのまま、サーミン先輩を海麗先輩に向かって投げ飛ばす。
途中、気付いた側近がサーミン先輩を取り戻そうと手を伸ばすが、その手は空を切る。
運がいい娘だ。掴んでいたら、反則ベイルアウトだったろうに。
「蔵人!逃げるよ!」
サーミン先輩を受け止めた海麗先輩が、走り出しながらこちらに声を掛ける。
蔵人もそれに頷いて、急いでその場を離れようとする。
だが、
「おい!96番!」
魔王の声。
蔵人が顔だけ振り返ると、魔王がこちらを見ながら、その手を上げて、側近達を止めていた。
「お前だけでもこっちに来い。俺様の領域なら、男のお前でも安心した生活が出来るで?女が好きなら、ええ女を紹介しちゃる。男がええならそれも用意する。男のお前が活躍したいなら、呉に来い、96番」
蔵人はその誘いに、静かに首を振る。
「俺は俺の道を行きます。誰かが作った道じゃない。俺が貫いた道を。それが、俺のドリルです」
「勝てると思うとるんか?」
喜びから一転、怒りが混じりだした魔王の瞳が、蔵人を射貫く。
「お前らがこの領域出られた所で、この試合にゃ勝てん。てめぇも美原も、全部俺様の物じゃけ。今までもずっと、俺様が欲しい思うんは全部、この手の中に入れて来た。諦めや」
「負けませんよ、桜城は」
蔵人は、紫眼の瞳で見つめ返す。
「桜城は負けず、貴方も欲しいものは得られません」
「ほぅ。言うのぉ。そこまで言うんやったら、見せてもらおか」
魔王の挑戦的な笑みに、蔵人は何も言わず、海麗先輩の後を追った。
その後姿を見て、魔王の側近がソワソワし出すが、
「構うなや!通してやりぃ!」
魔王の号令で、彼女達も悔しそうにするだけとなった。
蔵人の挑発に乗ったのかもしれないし、これ以上被害を出さない為かもしれない。
どちらにせよ、蔵人達は無事に魔王領域外の仲間達と合流することが出来た。
と、ちょうどその時、前半戦終了の合図がフィールドを駆け抜けた。
まさか、酔拳を使うとは。
「鎧が無ければ、他の格闘技が繰り出せたのだがな」
でも、鎧があったから攻撃力が増したのでしょう。
「そして、あ奴の武術に魔王が目を付けたか」
如月の米田さんも狙っていたのですから、とことん身体能力重視なのでしょうね、魔王君は。
「異能力を嫌う、この世界の男らしい考え方だな」
それ故の能力なのでしょうか?




