106話~てめぇらの為に3分間作ってやる~
その後、蔵人達を含めた桜城のインタビューは、多少の波乱を起こしながらも、なんとか終了した。
多少、というのは、部長が紫電君の挑発に乗って「全日本で戦えない体になっても、恨まないでね♡」みたいな事を言って、音張さんと記者会見の場でシングル戦を繰り広げそうになったのだ。
海麗先輩の協力の元、なんとか止められたから良かったものの、記者会見で乱闘騒ぎとか、何処のプロレスだよ!と蔵人は部長の肘鉄を喰らいながら思っていた。
「蔵人!聞いているの!?」
部長の厳しい声が飛んできた。
蔵人は、痛い思い出を急いで仕舞い、現実世界に頭を切り替える。
「はい!聞いています!」
急いで答えたが、嘘である。
蔵人が前を向くと、会議室の椅子に座った先輩達が、蔵人の方を振り向いて心配そうに見ていた。
今は、記者会見の時から少し時が流れて、夕食前のミーティング中である。
議題は勿論、決勝戦の相手である如月中の対策について。
プロジェクターの前に立つ部長は、いつになく不機嫌だ。
それは、記者会見の乱闘のせいだけではない。
その記者会見が終わった直後に起きた、もう一つの事件も大いに関わって来る。
桜城側のコメントも一通り取り終えた記者達は、早々に立ち去り、蔵人達も練習へと戻ろうとした。
そんな蔵人の背に、声が掛かった。
「おい。桜城の黒騎士」
振り向かなくても分かるそのロックな声に、蔵人はおずおずと振り向いた。
音張さんが獰猛な笑みを浮かべて、蔵人の後ろに立っていた。
「あたしと、賭けをしねぇか?」
「賭け、ですか?」
予想外の言葉に、蔵人は首を傾げ、後ろにいた部長は眉を顰める。
そんな蔵人の様子に、音張さんは白い歯を見せる。
「そうだ。決勝戦であたしらが勝てば、黒騎士、お前を貰う」
「ちょっ、何言ってんのよ!」
すかさず、部長のボルテージが急上昇するが、そこは海麗先輩が止めてくれた。
蔵人は、視線を音張さんに戻して、話の続きを促す。
「それで、我々が勝った場合は如何します?」
「情報をやる。お前が欲しい情報を、あたしが知る範囲でな」
情報。それも、音張さんが知りえる情報だ。
彼女の情報収集能力は、若葉さん並かそれ以上と思われる。
今は少しでもバグの情報が欲しい状況。悪くない話と思える。
そう思った蔵人は、
「お断りします」
断った。
音張さんが、意外そうな顔をする。
「なんだ。怖気づいたか?あたしらには勝てないと、もう諦めちまったかぁ?」
ねっとりと聞いて来る彼女の声が、こちらの感情を逆なでしようとしてくる。
それ程、この話に乗って欲しいのだろう。
俺が男だからか?
蔵人は首を振る。
「大変魅力的なお話ではありますが、ファランクスは私個人の競技ではございません。先輩方の同意も得ずに、神聖な勝負事に賭け事を持ち出すのは道理に反すると愚考いたします」
「けっ、真面目な奴だ」
そう言って、言葉を吐く音張さんだったが、表情は生き生きとしたままだ。
「いいか?黒騎士。これはあたしとお前、個人と個人の賭けだ。負ければお前1人が損害を出し、勝てばあたし1人が損をする。そこに他の奴は関係ねぇだろ?」
「私がそちらに移籍した場合、桜城ファランクス部自体に多少の損が出てしまいます」
少しはこの部活の戦力となっている蔵人。
抜けたら先輩達に迷惑がかかるだろう。
ただでさえ、1年生の数が足らないのだから。
蔵人がそういうと、音張さんがめんどくさそうに手を振った。
「分かった。お前の移籍は無しだ。代わりに、如月の訓練に参加してもらう。てめぇら桜城の練習がない時だけで構わねぇよ」
「それで、頂ける情報の質が変わらないのでしたら、お話をお受けしたく思います」
蔵人が頷くと、後ろから「蔵人!」と非難がましく部長が叫ぶ。
如月に技術提供する気か!?と怒っているのだろう。
大丈夫だ。そんな気はないし、そもそも負ける気もない。
蔵人が頷くと、音張さんは満足そうに笑い、更に蔵人に近づく。
敵意は持っていないと思うが、帯電する彼女が近づくと、体中の毛が逆立ってしまう。
挑戦的な笑顔が、蔵人を真っすぐに見据える。
「てめぇらの為に3分間作ってやる。精々楽しめよ」
3分間?どういうことだ?
蔵人は疑問に思ったが、彼女は言うが早いか、踵を返して会議室を出て行ってしまった。
こうして、蔵人が勝手に話を進めてしまったので、部長はお怒りモードであった。
とても、話を聞いていませんでしたでは済まされない。
蔵人は、これまでのミーティングの内容を思い返す。
たしか、如月の情報を共有していたはずだ。
如月が得意とする戦法は、相手前線を集中攻撃し、空いた穴から攻め込むというゴリゴリの攻撃タイプである。
その為、平均よりも盾役が少なく、殆どが近距離役の攻撃部隊が多いらしい。
攻めて攻めて攻めまくる。攻撃こそ最大の防御を体現するチームである。
今年はそれに紫電が加わったので、一点突破も危惧されるらしい。
ここまでは聞いていた蔵人だったが、部長が「あの忌々しい紫電とか言う男が」と宣った所で、先程の乱闘騒ぎを思い出してしまい、思考に溺れてしまったのだった。
さて、今はどういう話の流れなのだろうかと、蔵人が部長を見ると、彼女がニンマリと笑った。
「じゃあ、この作戦に異論はないのね?貴方が紫電を抑えるという作戦に」
「異議あり!!」
蔵人は手を高く上げ、声高らかに申し出た。
「異議を却下します」
速攻で、部長が斬る。
「横暴です!裁判長!」
蔵人の上げた手が震える。
「誰が裁判長よ!やっぱり、話聞いてなかったんじゃない…」
部長は小さくため息をつく。
「蔵人、良い?これはほぼ決定事項よ。試合開始から終わりまで、紫電が中立地帯以降に進軍したら、貴方が抑えるの。これは貴方しか出来ない事よ」
部長の言葉に、先輩達みんなが頷く。
「そうそう」
「私らじゃ、ね?1分も持たないよ」
当然のように言う先輩達。
しかし、蔵人は同意出来なかった。
「しかし、部長。僕はCランクです。セオリーなら美原先輩が当たるべき案件ではないでしょうか?」
「海麗は音張選手…向こうの部長を基本的に相手するわ。Aランク同士なのだから、当然ね」
Aランク同士。
蔵人は、部長のその言葉に眉を上げる。
部長の言い方からすると、音張さんと紫電が同時に出てくるみたいに言っているが、そんなことは無理だぞ?ならば、音張さんが出てきたら海麗先輩が対応し、紫電が出てきたら俺が対応するのか?
そんな作戦、この人が立てるか?
蔵人が戸惑っていると、蔵人の横で手が上がった。
鶴海さんだ。
「部長。ちょっとよろしいでしょうか?」
「良いわよ、鶴海さん。この作戦について意見があるの?」
「いえ、作戦にでは無く、蔵人ちゃんにです」
なぬ?俺に?
蔵人は、鶴海さんに顔を向ける。
鶴海さんは、若干申し訳なさそうに、眉を顰める。
「蔵人ちゃん、紫電選手をAランクと思っていない?」
「えっ…あっ」
蔵人は、ここでようやっと自分の勘違いに気付く。
そうか。紫電君はAランクじゃないんだ。
では、彼は一体、何ランクなのか。
決まっている。蔵人が対応することを推奨されるということは、
「そうか、彼は、Cランクの全日本チャンピオンなのか」
「そう、その通りよ」
Cランクチャンピオン。
であれば、蔵人以外が相手にするのは不味い。
同じCランク帯の先輩では荷が重く、A、Bランクの先輩が相手してしまっては、その分相手のA、Bランクに対して数的不利となるからだ。
だからと言って、蔵人だから抑えることが出来るのかと言えば、保証はない。
ないが、1番可能が高く、あくまでワンマークするのが蔵人と言うだけだ。相手の出方によって、その都度先輩達と連携して対処したらいい。
蔵人の役割は、対紫電防衛戦において、1番最初に彼の進路を防ぎ、侵入される時間を稼ぐ事だ。
時間を稼げれば稼げるだけ、先輩達も追いついてくれるので、数的に有利になる。そう言う役割だ。
サッカーで言うと、ディフェンスのようなものか。
蔵人が漸く理解できると、部長が話を再開させる。
「ごめんなさい。みんなは既に知っていると思って進めていたけど、改めて相手の選手情報をおさらいさせて貰うわ。若葉さん、お願い出来る?」
「了解です!」
部長の言葉を受けて前に飛び出してきたのは、我らが敏腕記者の若葉さんだ。
部長は彼女に席を譲る様に降壇して、1番前の席に座った。
若葉さんのポジションも、この部活内でかなり上がってきたなと、蔵人は思った。
前々から、蔵人にだけ情報を渡してくれていた若葉さん。だが、昨日の夕方、如月中のホテル襲来理由をご解説頂いた時に、部長の目に留まったらしい。
今では、こうしてファランクス部の諜報員として、壇上で情報を披露してくれる。
若葉さんが顔を輝かせて登壇し、PCの画面をスクリーンに投影した。
画面には、全身紫色のプロテクターを装着した1人の如月選手が映される。
フルフェイスなので、恐らく紫電君だ。
「先ずは紫電選手からです。彼が現れたのは今から2年前の冬、弱冠中学1年生という若さでシングル戦の全日本大会に出場。結果的に、当時中学3年生だった剣聖、柳生真緒にこそ敗れましたが、あの剣聖相手にかなりの激戦を繰り広げました。その試合を見た評論家の中には、紫電と剣聖が同じ年に生まれていたら、結果はどうなったか分からなかったと高く評価されています。それを証明するかのように、紫電は翌年、圧倒的な実力差で王座を奪取しました。決勝戦では1分足らずで対戦相手を地面に沈めて、彼自身は殆ど無傷。剣聖に代わる、新しい絶対王者が誕生した瞬間だと、メディアはこぞって取り上げ、今まで全くの無名校であった如月中学は一気に有名校へのし上がりました。これが、紫電という天才の概要です」
チーム力や戦略が重要とされる他の異能力戦とは違い、シングル戦は己の力のみで勝ち上がらねばならない完全実力主義の世界だ。
そんな過酷な世界で、まだ体も出来上がっていない中学1年生が、訓練を積み重ねた中学3年の先輩達を退けて、全国大会まで進んだのだ。
並大抵の実力では不可能なことだと、蔵人でも理解できる。
現に、流子さんのご長女、蒼波さんも、中学3年生で漸く都大会優勝を果たしたと言われていた。
中学生の中で、1年生と3年生の間には体力的にも大きな差があり、加えて精神的、そして何より異能力における練度の差が大きい。
そんな不利な状態でも、中学2年生で全日本チャンプとなった彼に対して、本当に自分は抑えられるだろうかと、蔵人は自身に問うた。
ファランクスとシングルでは、同じキル数でも比べられないだろうからね
蔵人が自問している間にも、若葉さんの解説は続く。
「紫電選手の情報自体、かなり制限がかかっています。これは、彼の出生等が謎で、公式戦以外で情報を得られない事が大きいです」
そんな所にまで、紫電君の情報統制は行き届いている事に、蔵人は驚きを隠せない。
これは本当に、某国の王子様とかあり得るのか?
はたまた、重要な情報を掴んでしまい、政府に追われているのか?
後者なら、お友達になりたい…。
蔵人が危険な願望を抱いているとはつゆ知らず、若葉さんの解説は続く。
「なので、ここからは公式戦の様子や、練習風景の一部からの憶測となります」
公式戦の様子を知っているのも凄いが、練習風景って、どうやって入手したのだろうか。
若葉さん、やっぱり恐ろしい娘。
「紫電選手の異能力は、恐らくエレキネシスではないかと言われています。その電流を体内に流す事で、肉体と反応速度を高速化し、物凄いスピードで戦場を駆け巡ります。その姿は、まるで紫の稲妻の様である事から、紫電の異名を持ち、それが彼の2つ名となっています」
「えっ、じゃあ…彼の名前って…」
秋山先輩が、つい口を出した。
他の先輩方の中にも、驚いた顔をしている人がいる。勿論、蔵人もその1人。
「はい。紫電とは彼の異名であり、彼の本名ではありません。先程も言いましたが、彼の出生についても全くの謎なんです。分かるのは、彼が中学3年生であることくらい…いえ、彼かどうかも分かりませんね。もしかしたら、彼女かも」
そうだったのか。
蔵人は、隣で驚いている西風さんと顔を見合わせながら、うんうんと頷く。
特に、意味のある行動ではなくて、ビックリしたねとお互い確認し合っているだけだ。
「では、他の選手ですが…」
その後も、若葉さんの解説が続き、相手の主な選手と得意な戦法を教授して貰えた。
選手は、部長の音張さん(Aランク、エレキネシス)、副部長の米田良子さん(Cランク、ソイルキネシス)、五十嵐・黒川・戸高さん(Bランクでチーム戦実力者)がピックアップされた。
米田さんは、蔵人が知る通りの人物であった。
強力な前衛タンクで、その巨体を使った守備は、守っているのに何故か相手が吹き飛ぶというパワフルさを持つ。
Bランクの3人は、連携技の練度が凄まじく、3人揃ってしまうとAランクですら負けてしまうのだとか。
そして、
「え~…、音張選手についても、それ程詳しい情報は得られていません」
若葉さんが、苦々し気にそう言った。
何でも、彼女自身に対しても、紫電と同等レベルのセキュリティが掛かっていて、ネットやメディアでの情報収集が殆ど不可能だったらしい。
「なので、彼女に関して分かるのは、異能力がAランクのエレキネシスである事。攻撃方法は雷撃による遠距離攻撃で、近距離に対する防御技も持つオールラウンダーである事。凄く頭が良くて、戦いながらも周囲に指示を出し、まるで自分の手足の様にこき使う事。いつも汚い言葉を使うけど、実は優しい姉御肌なことくらいしか」
「いや、十分!十分よ、その情報で!」
溜まらず、部長が突っ込みを入れる。
そして、呆れたように言葉を零す。
「それだけ情報を得ておいて、一体何が足りないって言うの?」
「それは、例えば、彼女の家族構成だとか、出生だとかも分からなくてですね」
「分からなくていい!」
部長の悲痛な叫びに、蔵人もうんうんと強く頷く。
部長の言う通り、俺はそんな情報を、何でもないって顔して取って来る貴女が怖いよ。
蔵人は、心の中で強く突っ込んだ。
はい。え~…。
紫電君がAランクチャンプと言うのは、主人公の早とちりでした。
「全く、あ奴らしい早合点だ」
…知っていたんでしょ?貴方は。
教えてくださいよ。
「本編で語らせる方が良かろう。そういうのもな」
そういう物ですか…。




