104話~意趣返しということか!~
やられた。
蔵人は苦々し気に口を歪め、前橋陣営へとゆっくり走り出した小栗選手の背中を見送る。
小栗選手。いや、前橋の中衛4人は、見事な連携であった。
異能力飛び交う前線を跳び超えるという、斬新な戦略。
1人を確実に送り出す為に、瞬時に自身の身を切る潔さ。
そして、託された重圧に負けることなく、轢き殺される恐怖に打ち勝ち、目的を達した胆力。
敵ながら、天晴れと言いたい。
『黒騎士ちゃん!』
鶴海さんの声がする。
見ると、彼女はベンチで何か合図を出していた。
彼女の異能力、アクアキネシスによって、水を好きな形に変形させて、それによって合図を出している。
今の形は…。
〈96 ▷▷ 3〉
いつもは分かりやすいように、声とこの図によって指示を飛ばしてくる彼女。
だが、今は図だけだ。声を出さない理由は、恐らく相手に聞かれたくないからだろう。
つまり、96番が蔵人の事で、3番と言うのが相手。小栗選手の事を示している。
小栗選手を追え。それも、彼女に気付かれずに。
どうも、前橋前線へと戻ろうとしている小栗選手を、秘密裏に尾行しろと言っているみたいだ。
その狙いは、恐らく…。
「了解」
蔵人は頷き、駆け出そうとする。
だが、そこで「待った」の声がかかった。
ベンチからではない。今日の相棒からだ。
「ちょっと待てよ蔵人。あいつを追うのか?」
「ええ。監督からの指示ですから。なるべくバレないように背後に付きます」
蔵人がそう言うと、サーミン先輩はニヤリと笑って、彼自身を指さす。
「だったらよ。いい方法があるぜ」
「良い、方法ですか?」
「ああ」
怪しく微笑む先輩。
何か、嫌な予感もする蔵人だったが、取りあえず話を聞くのだった。
蔵人は走り出す。
全速力ではない。相手に気付かれないように、慎重に足を運ぶ。
全速力で走れば、鎧がこすれて音を立ててしまう。それを防ぐために、蔵人は鎧の隙間にEランクの膜を埋め込んだ。
こうすることで、音は殆ど発生しなくなる。
冒険者時代には、布を挟んで音を殺したりもしていたのだが、膜の方が楽で効率的であった。
桜城領域を軽いジョギングで走っていた小栗選手に対し、2m後方まで近づく蔵人。
相手は、全く気付いていない。
幾ら音を殺して、気配も殺しているとはいえ、流石に気付かれないのはおかしいだろう。
仮令小栗選手が気付かなかったとしても、他の選手が、観客が気付くと言うもの。
だが、誰も蔵人に気付いた様子は無かった。
いや、その表現は正しくない。
正しくは、蔵人達に気付かない、である。
蔵人は今、サーミン先輩を背中に負ぶっている。
蔵人の背中にしがみついてもらい、彼の背中とお尻を盾で支えているのだ。
そして、サーミン先輩と蔵人は、片手同士で繋がっていた。
…勿論、あっち系の話ではない。
サーミン先輩の異能力リフレクトは、彼の体だけではなく、着ている物や”手に持ったもの”も透明化することが出来る。
即ち、今、彼の手に触れている蔵人を透明化しているのである。
とは言え、蔵人の体から離れた盾などは、透明化することは出来ない。
よ~く目を凝らせば、蔵人の体に付随させている水晶盾に気付くだろう。
また、新たに蔵人が異能力を使えば、2人の透明化は切れてしまう。
蔵人が攻撃しようとしたら、その段階で存在はバレてしまうのである。
それでも、今は十分だ。
この作戦を遂行するのには、最適な状況であった。
「小栗!こっちだ!」
声がする。
見ると、前橋選手の前衛が、手を挙げて小栗選手を招き入れようとしている。
そこは、桜城選手が少ない中央より少し右翼側の位置。
「はい!」
小栗選手が、元気に返事をして、そこの場所に向かって少し速度を上げる。
蔵人達も速度を上げて、小栗選手の後方1mまで詰め寄る。
小栗選手のウィニングランを、周囲の桜城先輩達が苦々し気に見送る。
見事にファーストタッチを取られたことに対する悔しさか、無敵状態の相手を恐れての顔か。
少なくとも、先輩達も蔵人達の事は認識できないみたいだ。
…間違って、仲間同士の衝突事故とか起こさないように、小栗さんの後をしっかりと付いて行かねばな。
小栗選手に当たった風が、不規則になって蔵人にも当たる。
かなり近づいているが、彼女は全くこちらに気付かない。
それは、彼女がかなり疲れているからかも知れない。
敵陣のど真ん中を50m近く本気で走り、しかも、両サイドからは弾丸が、後ろからは盾の化け物が迫っていた。
体力的にも精神的にもすり減っている状況では、探知能力の欠如は仕方がない。
そんな彼女の、唯一安心できる場所が、目の前に並ぶ仲間たちの前線。
それは、彼女にとって堅牢な城壁に見えていることだろう。自身と敵を分つ、唯一の絶対防御に。
「前線を広げろ!小栗を通すぞ!」
「「おおっ!」」
前橋の盾が、桜城前線を前へと押しこくり、隙間を作る。
小栗選手が中立地帯に入り、前線のど真ん中へ足を踏み入れる。
彼女は嬉しくて、両手を挙げた。
勝利の凱旋。
まさにそれである。
「翼ナイス!」
「小栗良くやった!少し休め」
「はい!」
小栗選手が前橋前線を越える。
前橋の選手達は、走り行くその背中を振り返り、称賛の視線で彼女の背中を叩いた。
よくやった、と。
それと同時に、絶対防御の城門が、ゆっくりと閉じようとしていた。
そこに、
蔵人は突っ込む。
背中のサーミン先輩を、桜城前線にパージして、自身の前に水晶盾を展開する。
途端、蔵人の透明化が切れる。
前橋盾役達が、小栗先輩に向けて声を掛けようとした。
「小栗!後1分で追加の騎馬隊を投入する。そしたらもう1回…」
もう1回?また特攻するぞ!とでも言おうとしたのだろうか。
しかし、その続きは永遠に聞くことはなかった。
彼女達は指示を出しながら、前を向き、そして、黙った。
目を見開き、その目で見たのは、いきなり目の前に現れた白銀の騎士だった。
「お、おうじょっ!ぐぁあ!」
前橋の盾役は、突っ込んできた蔵人のシールドを、自分のシールドで何とか受けた。が、猛スピードの突進に敢え無く吹き飛ばされ、シールドごと地面を二転三転、転がった。
彼女の反対側にいた、近距離役の女子生徒達は、蔵人の突撃をもろに喰らい、宙を舞う。
その様子を、実況が叫ぶ。
『前橋5番と6番が吹っ飛んだ!ベイルアウトだぁ!2番も地面を転がり、かなりのダメージだ!桜坂96番!また黒騎士様のご活躍だぁ!前橋3番の後ろに張り付き、敵陣にまんまと斬り込んだぞ!』
「「「やったぁああ!!!」」」
「黒騎士さまぁあ!」
「「「くっろきし!くっろきし!」」」
声援が爆発する会場。
その中で、悲痛な声が一つ、上がった。
蔵人の後ろ。
「穴だ!穴を塞げ!」
吹き飛ばした前橋の2番が、上半身を起こしながら必死に叫ぶ。
その視線の先は、前橋前線。
蔵人がこじ開けた大穴に向かって、相手2番の悲鳴のような声がフィールドに響き渡る。
「桜城が入ってくるぞぉお!!」
その声とほぼ同時に、
「「「ぉぉおおおおお!!」」」
雄叫びが、空気を震わせる。
前橋の前衛ではない。そのもっと向こう側から。
そして、次の瞬間、
見えたのは、白銀の大雪崩。
「黒騎士に続け!」
「セカンド、サード取るぞ!!」
「俺も行くぜ!」
桜城の先輩達の姿が、その大穴から次々と飛び込んできた。
蔵人はそれを見て、前を振り向き、走り出す。
加速する。
目指すは、敵の円柱。
ではない。
『桜坂の前線が、一気に前橋へ雪崩れ込んで来たぞ!11番、8番、20番が、黒騎士様を追うように前橋円柱へ殺到する!』
先輩達が円柱へと向かってくれているのなら、それを支援しなければ。
蔵人は、目標を前橋円柱からシフトする。
目指すは、前橋の対空砲。
円柱から迎撃に出て来た、2人の相手選手である。
「ちょ、来た!こっち来た!」
前橋の円柱役が2人。蔵人の射線上でアタフタしている。
だが、直ぐに持ち直し、攻撃を開始する。
「エアロシュート!」
「ファイアボール!」
濃厚な風と炎の弾が、蔵人に襲いかかる。
だが、蔵人は前方に掲げた2枚の水晶盾を三角に折り、弾を受け流す様に進む。
「ぜ、全然効いてない!」
「にげ、逃げよう!」
2人は背を向けるが、
もう、遅い。
「シールドバッシュ!」
蔵人から放たれた水晶盾が、
「うぁっ!」
「きゃぁっ!」
逃げ始めていた2人を真横から吹き飛ばし、そのままベイルアウトさせる。
『前橋18番、19番ベイルアウト!またもや黒騎士様だ!黒騎士様たった1人に、前橋中はBランクを2人、Cランクを4人もベイルアウトされてしまったぞ!これが黒騎士なのか!一瞬で6人ものキルを取ってしまう。こんなこと、Cランクが出来る筈ない!でもやってのける!憧れてしまうぞ、黒騎士様!』
「「「くろきしぃいい!」」」
桜城応援席からの声援が、実況の声と共に響く。
チラリと目線を送ると、吹奏楽部の皆が楽器を片手に総立ちだった。
中には、楽器を持っている事も忘れたのか、フルートらしき物を振り回しながら興奮する男子生徒も見られた。
良い声援をありがとう。だがな、学校の備品を壊さないでくれよ?
蔵人が内心で心配していると、
後ろから、視線を感じた。
タタタタタタッという、駆ける足音。
見ると、そこには、
「く、くそっ!よくもっ!」
こちらを睨みながら走る、小栗選手がいた。
なるほど。タッチを狙う桜城選手よりも、こちらに来たか。
ならば。
蔵人は、小栗選手を背後に抱えながら、走る。走る!
ただ、前橋の円柱に向けて。
『こ、これはっ!再現だ!ファーストタッチの時と、全く逆の状況の状況だ!意趣返しということか!96番、黒騎士様!』
分かっているな、実況の人。
蔵人は微笑む。
微笑みながら、走る。
グングンと敵円柱の距離が縮まる。
既に、蔵人を抜かしたはずの先輩達に追いつき、追い越した。
円柱まで、もう少し。
後ろを見ると、顔を真っ赤にして、こちらに手を伸ばす小栗選手。
その手から、濃厚な風が生まれる。
「うぃ、ウィンド、ブラスト!」
先程の円柱役の娘よりも、強力な風が蔵人を襲う。
だが、蔵人は笑う。
そいつは悪手だぜ、と。
蔵人はそれを、水晶盾で受ける。
受け流さずに、盾を広げて受け止める。
まるで、ヨットの帆の様に。
当然、Bランクの攻撃をまともに受けた盾にはヒビが入り、蔵人にも多少の衝撃が伝わる。
だが、その少しのダメージと引き換えに、膨大な推進力を得た。
円柱が、一気に近づく。
蔵人はその推進力も加えて、加速する。
相手の円柱に、今、
手が届いた。
自軍の円柱よりも、少し大きい気がする青い円柱。
相手の前衛をこじ開けて、小栗さんとの追いかけっこを制したことで、達成感がそう思わせるのか。
『セカンドタッチ!桜坂96番!また彼だ!桜坂の黒騎士様!これで桜坂の支配率は48%まで戻った!(40%+400+400)更に…』
蔵人が円柱から素早くターンすると、倒れ込む様に芝生を滑る小栗選手と、その後ろから続々と現れる、桜城の先輩達。
『タッチ、タッチ、タッチ!!4連続桜坂の円柱タッチだ!これで形勢逆転!桜坂支配率が63%にまでなったぞ!(48%+200+100+50+400×3)』
先輩方が円柱に触れると、桜城の得点が爆発的に増加した。
セカンド、サード、フォース、フィフスタッチを連続で獲得し、更にCランク4人のタッチボーナスで、コールドまであと少しという所まで逆転することが出来た。
だが、まだ試合は続く。
Cランク4人を送っている桜城前線は、前橋前線と競り合っていた。
幾ら蔵人に間引かれた前橋とは言え、Bランクが2人とAランクも健在である。必死に耐えて、逆に押し返そうと奮闘している。
だが、
「こっちはめっちゃ有利っしょ」
サーミン先輩がそう言って、相手円柱にタッチし続ける。
「俺達4人がこうしてタッチしているだけで、30秒もしたら桜城領域は75%を超える。後はハーフの鐘で桜城の勝利って寸法よ」
相手円柱のタッチは、1人1秒で10点だ。後1150点で桜城の領域は75%となるので、4人でタッチするなら28.75秒だ。
相手がこれを防ぐには、桜城の円柱を奪取するしかない。
前橋円柱にタッチしている我々は、後100秒以上無敵状態であり、退かすことが出来ないからだ。
相手もそれが分かっているからか、桜城前線を必死に攻撃する前橋前線。
更に、蔵人が最初に倒した3人分の選手も投入され、彼女達も桜城前線へと走り出した。
人数的に、相手前線が有利となった。
このままでは、桜城前線が突破される可能性も出て来る。
残り25秒。
桜城前線を一部崩壊させ、そこから桜城円柱まで走り込む。
成功する可能性は極めて低い勝機だが、0ではない。
蔵人は円柱から手を離し、立ち上がる。
僅かの可能性も潰し、確実に桜城の勝利を得るために。
走り出す前に、一旦後ろを確認する。
蔵人と共に走り込んだ小栗選手が、円柱の後ろでへたり込んでいた。
青い顔をしているので、魔力切れかもしれない。
うん。これなら、後ろから挟撃されたとしても、対処出来そうだ。
蔵人は歩き出し、手甲同士を軽くぶつける。
「よし。今度こそ一気に狩り取って、前橋前線の士気を削ぐぞ」
蔵人は自分に活を入れる為に、そう言った。
だが、蔵人の発言に、
「「「了解!!」」」
先輩達が、同調した。
いつの間にか、蔵人の後ろに着いてきていた先輩方。
「よしっ!やっちゃうよ!」
「出来る。出来るよ!なんたってこっちには、蔵人がいるからね!」
「そうそう。頼んだよ!蔵人くん!」
「蔵人!俺はここで120秒、点数稼いでるぜ!あと、この3番も見張っとく!」
先輩達、目がギラギラしている。
それだけ、テンションが上がっているのだろう。
蔵人が1年の男子なのに、全く気にしていない。
それどころか、頼りにされている。
ここは、下手に弱腰ではダメだ。士気に関わる。
蔵人は、相手選手達を睨みながら、息を思いっきり吸って、声を上げる。
「桜城前線を脅かす敵を殲滅する!行くぞぉ!!」
「「「おおおおぉお!!!」」」
白銀の小隊が、桜城前線を壊滅させようと急行する前橋選手達に向けて、出撃する。
すると、相手も蔵人達の小隊に気付き、前線から数人をこちらに寄越す。
蔵人は前面に盾を展開する。
この時点で、蔵人の無敵状態は解除される。
先輩達も、手に手に異能力を出現させていた。
「シールドバッシュ!」
先陣を切っていた蔵人の盾が、前線へと走り寄っていた相手小隊のど真ん中を貫き、
「ファイアボール!」
「ストーンバレット!」
蔵人の突撃から難を逃れた選手に向かって、蔵人に追従していた先輩達が、異能力の礫を叩きこむ。
それだけで、相手の半分近くがベイルアウトしてしまう。
蔵人はとどめを刺そうと、Uターンを行う。
のだが、
パンッ!パンッ!
乾いた音が、夏の湿気た空気を割いて、蔵人達の耳元にも届いた。
その音の方向は、前橋ベンチから。
『試合終りょぉおおお!前橋サイドから、空砲がなりました!棄権です!前橋中棄権!勝ったのは桜坂!準決勝を勝利したのは桜坂聖城学園です!』
「「「うぉおおおお!!!」」」
「「「おうじょう!おうじょう!」」」
「「くっろきし!くっろきし!」」
「レオンく~ん!」
相手監督は、挟撃されたことで桜城前線を崩すどころか、前橋の選手が危険だと判断したみたいだ。
何とか勝てたな。
蔵人は構えた盾を解き、走り寄って来た先輩達とハイタッチを交わす。
ファーストタッチを取られた時はどうなるかと思ったが、何とか巻き返すことが出来た。
それも、的確な判断をしてくれた桜城ベンチと、異能力の使い方を熟知していたサーミン先輩のお陰だ。
やはり異能力は、出力ではなく技術が重要だな。
そう思う蔵人だった。
神谷先輩との連携で、見事に相手を出し抜きましたね。
「透明化は、用途が限られる技かと思ったがな。ファランクスにおいては奇襲にも使えるのか」
大人数の競技、例えばセクション戦なんかでも使えそうな戦法ですね。
イノセスメモ:
桜城VS前橋。 桜城領域:68%、前橋領域32%。
試合時間8分45秒で、前橋側の棄権により、桜城側の勝利。
決勝進出決定。




