幼なじみ
舞台袖につながる、ちょっと薄暗い廊下のベンチで、僕達3人はレアカードを失くした、みたいな顔で、うなだれていた。
いや、実際にはこれから無くすんだけどさ。
大事なものを。
ナディアママは、僕達の向かい、壁際に立ってるけど、何も言わない。
メグは関係者じゃないから、入れない。
観客席にいるはず。
少し離れたところで、対戦チームもベンチに座っていた。
こっちのことが、気になるみたいで、ウマ娘、メジロマックイーンとか、ボソボソ単語が聞こえてくるけど、さっきのりょうちん達みたいな悪意は感じない。
ナディアがボソボソと呟く。
「ママ、ウチのドーラン、地肌を……」
「さっきから、何言ってるの?白塗りが嫌だから、そのキャラにしたんでしょ?」
ナディアが目を見開いて、呻いた。
「そうじゃった……ヤバ……3人おって、一人地黒はマズいの」
配信見た知り合いなら、ナディアかな?って思うかも……だよな。
「それより、林堂君、オリガちゃんたちに連絡はしたの?」
……あ。
「忘れてました。すぐLineします」
そうだ、橘さん、ナディアのお婆さん、みんな心配してるのに何やってんだ。
僕は、まだ、パキスタンの砂が残ったままの、ワンショルダーの中から、スマホを取り出した。
大量の着信履歴を見て、罪悪感。
オリガ、父さん、母さん……
誰から連絡しよう?
決まってる……
誰だ?
なんか順位付けてるみたいで、ヤダけど、オリガに連絡したら、ナディアのお婆さんにも、父さんにも、連絡がいくはず。
母さんには父さんからきっと連絡いくだろう。時間があれば、連絡するし。
lineを開きながら、考えた。
なんて打つべき?
今の状況をどう説明しよう?
僕の動きが止まる。
横を見ると、疲れきった顔のナディアとリーファ。
……あれ?
おかしい。誰もハッピーじゃないぞ?
……これさ。
例えば、優勝しても、僕達って言えないんだよね?
それって、意味ある?
「あ」
僕は、重大なことに思い当たった。
学校の連中にはバレてなくても、スマ仲間には普通にバレるよね?
僕らのハンネと、チーム名知ってるのは……
うさ山さん、ラビさん、大学オフであった人達!
あの人達に配信で、『あれ、ベルくん男の娘になってる!?』
ってコメうたれたら……
「どうしたんじゃ、ベル?」
いつの間にか、立ち上がってた僕に驚いた3人。
僕は、掠れた声を絞り出した。
向こうのベンチに座ってる次の対戦相手達も、何事かとこっちを見てる気配。
「終わった……僕のベルっていうハンネと、チーム名知ってるスマ勢が、配信でコメしたら……」
「「あ……」」
リーファとナディアが、同じ様な声を上げた。
僕は、頭を抱えて座り込んだ。
冗談じゃない!
これなら警察に捕まるほうがマシだ!
全国ネットで女装姿を晒す位なら、死んだ方がマシだ!最悪のネットタトゥーじゃん!
無理だ!無理無理!
イヤだ!
僕は、立ち上がって、服に手をかけた。
「凛!?」
リーファの叫び声。
下は肌着とパンツだけ。
構うもんか!こんなカッコで配信に映る位なら……
頬に走る衝撃。
視界が歪んで、僕は吹っ飛んだ。
「ママ!?」
尻もちをついて、呆然とする僕に、静かな声が突き刺さる。
「凛クン、落ち着いて………すみません、お騒がせしました」
徐々に戻る視界。
穏やかな笑顔で、相手チームに頭を下げる、ナディアママが見えた。
相手チームは、少し怯えた様に、視線を逸らす。
リーファに助け起こされ、白くなった頭のまま、ベンチに座り直す。
ナディアママが、しゃがんで、僕に視線を合わせて言った。
「落ち着いた、凛クン? 素顔を晒して、下着になるの?それって女装よりホントにマシ?」
……そうだ。そもそも失格になるよな。パニックになってて、そんなことも気づかなかった。
「それで、後の二人はどうなるの?」
頭に岩が落ちて来たような衝撃。
僕は、唇が震え……
気が付けば泣いていた。
「……ゴメン」
ぼくはマスクをとって、涙を拭った。
「二人ともゴメン……迷惑かけて、心配かけて……なのに、逃げようとして……ホントにゴメン」
ナディアも涙声で言った。
「林堂、もう十分じゃ。やめよう。そこまで我慢してやることじゃなかろ?リー、こんなこと言うてスマン。ウチの身内の事で、二人に迷惑かけて………この通り………」
「ナー、それやったら殺すよ?」
膝を着いて、土下座しようとした、ナディアを、ドスの効いた言葉の槍で縫い止める、リーファ。
ナディアにガン付けする、リーファの眼も濡れていた。
「舐めんじゃないよ、何回言わせんのさ?梁家は友達を見捨てない……それに、凛は相棒。バカで意気地なしで、泣き虫なのは、百年前からわかってるんだよ……」
語尾を和らげ、リーファが僕の手の甲を包んだ。
「決めてよ、リーダー。私達も下着になればいい?何でもするよ」
ナディアママが、小さく笑った。
「ナディアの負けね?」
「……ウチ、まだ、負けとらん」
ぶすっとして膝を払い、ナディアも着席。
僕は………
一体、何考えてたんだ?
好き放題、迷惑かけた女の子達が、僕を庇ってくれて………
ナディアの土下座?
リーファの下着姿?
まだ、色んな物を差し出そうとしてくれてる二人に、僕は何も差し出せないの?
………イヤだ。
そんなのは、女装より遥かにイヤだ。
かっこ悪くてもいい。
バカにされてもいい。
けど、女子を盾にする、卑怯者にだけはなりたくない!
………そうだ、まだ、手はある。
ダメージを最小限にして、ここを乗り切る手が。
……それもこれも、後だ。
二人に、なんて言って、感謝とゴメンを伝えよう?
………。
いくつ言葉を並べても、謝りきれないし、お礼も言い切れない。
なら。
言う事は一つだ。
「俺……」
立ち上がって、二人を振り返った。
マスクを改めて締める。
「腹が減った。早く終わらすぞ」
二人は小さく笑って、僕を見上げた。
「勝手な奴」
「ウチは千年前から知っちょるけん」
舞台袖から、声がかかる。
「ᗷブロック代表決定戦、両チーム、入場して下さい」
僕は、二人に立ち上がるよう促した。
戸惑ったようにこっちを見ている相手チームに、4人揃って、深々と頭を下げた。
心を込めて。
頭を上げると、ホッとしたように、あちらも挨拶を返してくれた。
あっちの三人も、僕らと同じくらいの年齢。いい笑顔だ。きっと、いい奴らだろう。
だから。手加減はしない。
僕は踵を返して言った。
「行こう、ここからは、全力だ……台パンさせてやろうぜ?」





