エルコンドルパサーは走りたい
エスカレーターのてっぺんに到着、下りのエスカレーターに逆らって、僕は駆けのぼって来るメグを待たず、右に向かって駆け出した。
そこは、広めの廊下、右手が開けっ放しの会場の入り口。
その向かい、廊下の左側には、長机を3つ並べた受付。
そこには、野球の応援に使うようなビニール棒。
出場選手の家族や友達が入場するための、今、メグが首にかけてる、『招待者』のネームプレートが並べてあった。
テーブルの向こうには、スタッフの人達が二人。
第二の難関。緊張で思考が追いつかない。
これ、会場に戻るのに、スタッフに声をかけないとダメなのかな?
その事、メグに聞くの忘れてた。
……やばくね?
スタッフ二人が僕を見た。そんなこと無いんだろうけど、疑われている様に見えちゃう。
無視して駆け込むか?
声をかけるなら、スタッフに……何て言うべき?メグ、なんて言って飛び出してきたんだ?
ヤバい。
ヤバイ、ヤバい!
自分で勝手に作ったプレッシャーに負け、走るスピードを落としたところで、
「お姉ちゃん、試合相手、待ってるんでしょ?急いで!」
救いの声が、背後からかかった。
僕を追い越す小柄な影。
ロングヘアーの影武者が、
「試合中にホント、ゴメン!……身内です!」
首から掛けた『招待者』のネームプレートを、スタッフに見せながら、青い顔で叫んだ。
スタッフは、頷くと、事務的に、急いで下さい、と入り口を指差しただけだった。
助かった!
メグに従って、入り口に飛び込む。
体育館の半分くらいのスペースのホールは、人で一杯だった。
左手にステージ、真ん中は観客が座り込んで見れるように大きくスペースが取られてる。
僕らの用があるのは右側。
ロープで区分けされたスペースに、モニターとSwitchが1台づつ。それぞれ、看板でアルファベットが示されていて、家族やら子供やらがごっちゃになってモニターの前に集まっている。
「あそこ!」
奥の方をメグが指差したけど、入った瞬間、ナディア達がどこにいるのかは、人混みの中でも、すぐに分かった。
僕と同じ、ウマ娘の通う、トレセン学園の制服を着てたから。
「サンキュ、助かった!」
「離れて見てます、ガンバって!」
手を上げて応え、ロープをまたぎ、人混みを縫う。
「おい、まだかよ!」
近づくに従い、喚き声が聞こえた。
その主は、どうやら僕の相手。
派手なシャツを着た、大柄なガキだ。こっちに背中を向けてるから、顔はわかんない。
リーファとナディアが、殺気に満ちた視線をそいつに注いでる。
とりなすような、ナディアママの声が聞こえた。
「ゴメンナサイね、もう戻ってくる筈だから」
そいつは、憎ったらしく言い返して来た。
「だから、いつ戻ってくるかって聞いてるんデスー!1回戦見てたけど、メチャクチャ下手だったじゃん、俺の相手!逃げたんなら俺の勝ちで良いだろ?」
リーファがすかさず言った。
「イイよ。じゃ、2戦勝ってるから、アンタ達の負け。オツカレ」
ナディアが続ける。
「良かったのう、ベルと戦らずに済んで。心折られて、スマブラ売る事になるけん」
「ハァ!?あんなヘタクソに負けるか!負け惜しみなら、もう少しマシな事言え、ブス!」
ナディアが冷たい声で、作り笑いをしてる、ナディアのママに言った。
「Mam,This fugly said ugly. Is he serious?(ママ、この、どブサイク、ブサイク言うたぞ。マジか?)」
「Oh well. Shit head is nothing but shit head.(仕方ないわ。クソボケは、クソボケ以外の何物でも無いもの)」
……ヒデェ。
急な英語にギョッとする僕の相手。
組んでいた長い足を解き、ゆっくりと立ち上がるリーファ。目が吊り上がっている。
エアグルーヴさん、キレてる。
人混みをかき分け、必死に進むけど、声が出せないのと、各々試合中で、みんな動かないのとで、なかなか進まない。
もう、声を掛けたら、届く距離なのに!
1度真ん中の通路に出て回り込むか?
相手の親らしい、痩せた柄の悪いオッサンが言った。
「棄権やったら、こっちの全勝ちやろ?なあ?」
話を振られ、オロオロする、スタッフの若いお姉さん。
ナディアママの作り笑いが消え、真顔になった。
人混みが、リングに見えてきた。
リアル大乱闘?
ヤバい。
あと、3mなのに、手を振ってるのに、誰も気づかない!
一番気になるのは、ナディアママが、トートバッグに手を入れてることだ。
声を掛けるか?
僕が男ってばれるぞ?
その時背後から声が響いた。
「クララ、アリスちゃん!」
よく通る声に、全員がその方向を見る。
僕も。
メガネをかけた、小柄な女の子が手を振って叫んだ。
メグ!また、助けられた!
「遅れてゴメン、ベルちゃん、返す!」
スタッフが、ホッとしたように叫んだ。
「急いで下さい、失格にしますよ!?」
最後の最難関、試合相手と、スタッフをだまし切る!
何も言わないわけにはいかない。
……ええい、言ったれ!
僕は、ミッキーマウスのモノマネを思い出して、裏声を使った。
「ゴメンナサイ!」
頭を下げ、顔を下に向けたまま、急いで椅子に座る。
やり切れ、ここで全てが決まる!
太ももの間に、両手を挟み込み、精一杯女の子っぽくうなだれる!
止まる時間。
………
ダメか?
舌打ちが聞こえた。相手のガキと、その親だ。
チラ見すると、仲間らしい二人の選手は困った顔をしている。
スタッフのお姉さんが、事務的に言った。
「それでは、2回戦、3人目、開始します」
やった!
僕は心の中で、雄叫びを上げた。
声が漏れそうになる。
僕はとうとう、やり遂げた!
全部正解にしてやったぞ!
僕は、そっとナディア達を見上げた。右側に座ってる、相手に背中を見せる形だ。
疲れた顔のリーファ、涙目のナディア、最高の笑顔を見せる、ナディアママ。
みんな……
心配をかけました。
僕は、片目をパッシング。
離れた距離にいるメグにも、舌を出して見せる。
見ててくれよ、みんな。
伝説の幕開けだ。





