得意科目はスマブラです
アクセス数(私の作品にしては)安定して、増えてきました。
感謝です( TДT)
「メグ、泣かんでも……そこまでキレるの珍しすいな」
中央のエスカレーターに向かってずんずん歩きながら、マネジャー(ホントに僕の替え玉やってるメグって子のマネジャーだった)が、iPhone相手に苦戦している。
第一関門、警察の監視はパスした。
おかげで、少しだけ頭が回り始めたんだ。
乗り換えたバイクで中央区に向かう最中、ユンファさんからインカムで説明を受けた。
今回は、リーファん家と、ナディアん家(オリガ含む)の共同作戦になったらしい。
変装、替え玉を思い付いたのはオリガ。
コスプレの世界では顔が利くらしく、大金とオリガのネームバリューを使って、知り合いの、ちゃんとした芸能事務所に、僕の替え玉を依頼した。
ちゃんとした事務所が替え玉なんか、承知すんのかよ、って思うよね?
僕は思ったぞ。
ユンファさんが、高速降りて、車の間を縫いながら、言ったんだ。
『オリガの嬢ちゃん、代わりに向こうの出演依頼受けるんだってよ。果報者だな、林堂?』
芸能事務所にしたら、オリガの出演は、自分ところの名前を売るデッカイチャンスらしい。
オリガ、スゴイんだなあ。
何故なら、オリガ、メディアへの出演依頼は今まで、全部断ってたんだって。
理由は……ロシアで告白断ったヤツラに意地悪されて以来、誹謗中傷が怖くなったかららしい。
ムカつく。
そいつら、フルホールド横スマで、ワンパンしてやりたいぞ?
同時に、にも関わらず、台湾で、負けるのが分かってるのに、五先に出たオリガ。
どんな気持ちだったんだろう。
僕は、切なくなった。
バロチに行って、ホントに良かったと改めて思ったんだ。
少しくらい、いい思いをして欲しいもん、イイヤツなんだから。
んで、オリガ、いつこんな事思いついたんだって思うよね?
いつから、準備をしてたの、ってさ。
僕も、知らないんだ。
僕の体調も悪かったし、オリガも一切話してくれなかった。
でも、今となってはどうでもいい、この大会が終わってから聞くよ。
僕はエスカレーターに足を乗せながら思った。
いよいよ、第二関門。
受付に見とがめられずに、突破できるか。
朝の受付は、リーファの読み通り、難なく突破できた。
応募は、保護者の代表として、ナディアママにお願いしたけど、僕は勿論「男」で申し込んでる。
リーファ曰く、『ジェンダーの問題って、大企業は絶対に触れてこないから、問題ない』
その通りで、一瞬受付の人、無言になっただけで、スルーしてくれたらしい。
そして、今。
ウマ娘、エルコンドルパサーのコスプレしてる奴が、二人いたら、替え玉するってバレちゃう。
だから、多目的トイレですり替わる予定だったけど……
「ヒシアマゾン、どう?……エアグルーヴのボロ勝ちでもうすぐ終わる?……メグ、トイレはナシだ、受付に見えない様、4秒で着替えろ」
マネジャーは、グループlineに繋いでるらしい、iPhoneに向かってとんでもない事を言うと、ぼくに言った。
「行こう、音を立てて目立つな、走れ」
僕にも大概な事を言うと、背中を叩いた。
反論してる時間は無かった。
履きなれないローファーで、スーパーなんかの2倍以上の長さはある、エスカレーターを駆け上がる。
ホールのロビー特有の高い天井、空調が効いてて肌寒いのに、汗が吹き出る。
表情を変えると、動いちゃうハチマキマスクがうっとうしい。
視界の邪魔になりかけたそれを直そうとした時、僕は見た。
右隣の下りエレベーターのてっぺんに、ひょっこり現れた小さな影。
さっき、自動ドアに映った、僕と同じ格好、エルコンドルパサーのコスプレ姿。
でもわかる。
スーパーのエレベーターの下と上くらい離れた距離でも。
僕とは全然違って、なんて言うか、全てが板に付いてる。
僕の着ているものと、生地もデザインも同じ筈なのに。
駆け上がって来る僕らと目があった瞬間、そいつは、マスクをはぎとり、エルコンドルパサー独特の、ポニーアップテールのリボンをあっという間に外す。
それらを重力に任せて手放し、迷い無く、セーラー服の裾に手を掛けた。
一気に脱ぎ捨てる。
僕が声を上げる間もなく、スカートのサイドにあるファスナーを下ろし、それが足もとに落ちると同時に、一歩降りながらローファーを脱いだ。
いや、3秒かかってないぞ!?
上には誰もいない。
僕は一瞬下を見た。
マネジャー以外には、遥か下に人がいたけど、誰も気づいてない。
ショートパンツにTシャツになったその子は、ニーソックスのまま何段か降り、乱暴に服をかきあつめ、トートバッグに詰め込んだ。
その子が顔をあげる。
登ってきた僕と顔の高さが同じになった。
リボンを解いたのに、クセもついてない、サラサラのロングヘアー、黒目がちで、優しそうな目。
身長や、顔立ちは……言われてみれば、僕に似てないでもない……のか?
いや、んなわけない、こんなにかわいくないわ、僕。
でも。
なんでか、その子、半泣きだった。
目尻が赤く、口もとが軽くへの字になってる。
彼女が、僕にあわせてエスカレーターに逆らって登りながら、僕に、首から下げるパスを渡してきた。
彼女ーメグが吊り下げるそれには、オレンジ色のバックに黒字でこう書いてあった。
『全国小学生スマブラ大会 団体戦』
そして、その下に書かれた文字に、僕の心臓は大きく跳ねた。
『大阪 B-3』
その文字から目が離せなかった。
とうとう……
とうとう、ここまで来たんだ!
一瞬感動してると、メガネをかけながら、涙声で訴えるメグが、僕を現世に引き戻した。
「勝ってください……強いんでしょ?アイツラコテンパンにやっちゃってください!」
……あー。
僕は一瞬で理解した。
これ、クソキッズに煽られたんだな。
だから、スマブラ界隈、腐ってるって言われるんだ。
まあ、ぼくに言わせりゃ、クレクレキッズだらけのフォトナ界隈、もっとクソなんだけどね。
「メグ、目立ってる、降りろ!」
彼女用らしいサンダルを渡しながら、マネジャーが叱っても、彼女は、信じられない速さで、三つ編みをつくりながら、逆らう。
「やだ!アイツラの泣きっ面みるまでかえらないもん!」
……リスクを少しでも減らすなら、帰ってもらうべきか?
いや、完全に、エルコンドルパサーの片鱗も無くなった彼女なら、バレやしない。
大体、もう、仲間(共犯者)だしな?
それに、気持ちわかるもん。
オンで煽られてもキレるのに、オフで煽られるって聞いたことないぞ?
しかも、スマブラ歴3日で無理してくれたんだ、仕事とはいえ、僕のせいで。
よし。
「なら、行こう。走って」
僕はエスカレーターを登り始めた。
……純粋にワクワクした。
やっと、ぼくの仕事が出来る!
しかも、どうやら、どんだけ痛めつけても、胸の痛まないゴミキッズが相手らしい……
最高じゃん?
「はい!」
「メグ!バレたらどうする」
「バレませんよ、大丈夫……メグ、顔似てるから、妹な?付いてこいよ……台パンさせてやろうぜ」
「カッコイイ!」
サンダルをつっかけ、『招待者』のネームプレートを首からかけたメグは興奮して叫んだ。
僕はメグに向かって、親指を立てると、一段飛びに、エスカレーターを駆け上がる。
そうとも。これしかないからな、僕。
たった一つの。
たった一つの、得意科目は……スマブラです。





