アメーリカ生マレの、帰国子女デース
午前9時24分。
予選はとっくに開始されている。
ユンファさんのバイクから、乗り継いだ、6人乗りのバンの後部座席に、僕はいた。
心臓が、さっきまでとは全く違う理由でバクバク言ってる。
向かい合って座っている、プロらしい、メイクの人が道具を仕舞いながら言った。
なんて言うか、動きに無駄がなくて、言葉も厳しいし、目つきは格闘家みたいだ。
「いい?絶対に恥ずかしがっちゃダメ。君はびっくりするほど可愛い。こうしてるのが当たり前って顔してなさい。自信を持って」
「……はい」
そう答えながらも、僕は前を見る事が出来なかった。
……一体どうなってるんだ。
バロチで、リアル大乱闘の次は、高速道路で、生マリオカート。
今は、グランドセフトオートで、NY警察から逃げるために、車の色をぬりかえてる気分だ。
おかしいだろ?
僕、スマブラの大会に出たかっただけなんだぜ?
どうしてこうなった?
僕は、大事な試合を前にして、テンションどん底だった。
うなだれてる僕を、メイクの人が見つめてる気配。そのお姉さんの、古びたスニーカーをみつめてる僕。
「あなたの友達をメイクしたのも、私。彼女達も、スゴく恥ずかしがってた」
ぼくは、弾かれたように顔を上げた。
メイクさんの厳しい視線。引き結んだ唇。
「私はメグと……あなたの影武者してるコとセットで雇われただけだから、詳しいことは知らない。でも、何故、あの二人までこんなカッコしてるかは知ってる」
僕は顔が熱くなった。
そうだ、全部僕のせいじゃないか。何被害者ヅラしてんだよ。
さっきまで、間に合わないって泣いてたくせに、ピンチを抜けた途端、また、泣き言かよ?
そして、まだピンチの真っ最中だろ?
僕は、両頬をピシャリと叩いた。どのみち方法はないんだ。
ぼくは、黒のフィルム越し、後部座席のウィンドウから、外を見た。
正面玄関に続く階段の前にパトカーが止まってる。
お巡りさんが二人。入り口前で見張ってるをけど、緊張感はない。
この姿なら、僕だってわかりっこない。僕の顔写真は出回ってないはず、伝わってるのは、背格好と性別くらいだろう。
僕は決意を込めて、メイクさんを見た。
「行きます、ありがとうございました」
メイクさんの表情が緩んだ。
「勝ってきてね。後、くれぐれもしゃべらない事。背筋を伸ばして、足は閉じて座って」
運転席で通話していた、スーツ姿の、知らないおじさんが、こちらを振り向いて言った。
「ちょうど、ヒシアマゾンが勝った。次、エアグルーヴ。メグが離脱する。行こう」
僕は、両目のとこだけ穴の空いた、ハチマキの様なマスクの位置を調整すると、スライドドアを開いた。途端にセミの声が襲いかかって来る。
初めて履いたけど、スカートって涼しいんだな。ローファーを履いた足で、熱くなってるだろう、アスファルトを踏んだ。中敷きが入ってるので、5cmは身長が高くなってるはず。
運転席から回ってきた、スーツのおじさんと並んで歩き出す。
そうか、マネジャーのふりか。
でも、僕、とても芸能人には見えないよ。
僕は、無表情をつくって、階段を登り始めた。
階段の上からお巡りさんがこちらを見ているのがわかる。
跳ねる心臓を押さえて、僕はマスク越しに、二人の方を見た。
こちらをじっと見てた……けど、それは不審がってるんじゃなくて、驚き、感心してる顔だった。
僕は、会釈も笑いかけもせず、興味なさそうに、視線を前に戻す。
逆に、スーツ姿のおじさんは、興味津々で警官をガン見する。
それ、オーバーアクションじゃね?
やっちゃいけないやつじゃね?
いや、正解なのか?
僕は、身が縮む思いだ。
体が熱くなる。顔がしびれる。
口もとよ、ひきつらないで。
もうすぐ、自動ドア。
僕は、磨き込まれたそのガラスに映る自分の姿を見て念じた。
耳の立ったロングヘアー、白と紫の提灯袖のセーラー服っぽい衣装。
ニーソックス。
目のところに巻かれた、赤いマスク。
大丈夫、バレっこない。
後二歩。
……
自動ドアが背中で閉まるとき、若い警官の声が滑り込んできた。
ウマ娘。
エルコンドルパサー。
そう聞こえた。





