カニの辺り
「……ビッグ・シスター……連絡先教えて下さい、一生ついていくッス」
膝をついたままソフィアの服を握り、声を絞り出すハスマイラ。
「勿論よ、ハスマイラ。ここからはあなた次第。タイアンキチジツの招待、待ってるわ」
何人やねん。
優しい笑顔を浮かべて抱き締め返すソフィア。
ハイタッチとフィストバンプ、腹パンとハグを連携している王とアジズを、呆れて見ていると、着信音が鳴り響いた。
アジズのiPhoneだ。
「……おほっ、デイヴの奴、よっぽどハスマイラのお喋りが効いたんだな……あれから10分も経ってねえ、マイラ、褒めてやれよ?」
ソフィアに眼で断りを入れ、アジズの差し出すiPhoneを受け取ると、ハスマイラは開口一番言った。
「遅い!」
「「「「えっ!?」」」」
冗談では無いらしく、今まで見た事無いほどに目を血走らせ、ポニーテールの若武者は唸った。
「思ってたより、8分遅いッスよ……マァ、アタシ今、人生でも指折りにハッピーだから、そこはおまけするッス」
「アッラー………王、何か言ってやれよ」
「マイラに?哀れなデイヴに?どっちもヤダよ……」
「……クドい。サンクスは、繰り返すと効果薄いッスよ?……まさかと思うけど」
「礼、言われてるぞ……」
「礼、言われるんだね……」
史上最強に、ドスを利かせて、ハスマイラは告げた。
「『分からなかったでーす』とか、アタシに恥をかかせる内容じゃないッスよね?ある朝、目が覚めたら、キンタマが頭にくっついてて、見た目、カニみたいになってた……避けたくないッスか、そんな人生?……何、Cellの番号から、今日のマスカラの色まで分かった?先に言うッスよ、それ!……クドい、何回も謝ると効果薄いッス…………確認です」
上目遣いにソフィアを悪戯っぽく見上げると、ハスマイラはMI5職員に問うた。
「アン・メーキンタイ、ブラッドタイプᗷ、9月24日生まれは、チャイナタウンの『スコータイ・ベジタブル』にて住み込みで働いている、間違いないッスね?」
悲鳴を漏らす口許を押さえ、へたり込んだソフィアの肩に手を置き、ハスマイラは続けた。
「デイヴ、やれば出来る子ッスね、分かってましたよ……それとアタシ、日本に転勤するッス。大事な人の娘さんを預かるッスよ……ボスからの命令で……されなくても行くけど……そんなに泣かれるとテレるッス。それじゃ、アジズに……あれ?ボス、王とアジズは?」
「急用ができたらしい。カニの辺りで」
『………やっと繋がった。林堂くん、今どこだ……成田か………厳しいな。ヘリを手配しても良かったが、エアポートからのアクセスが……声が変だな?父さんに殴られた?いい気味だ。関空からはバイクが待機しているから、最善を尽くそう。父さんに代わってくれるか?……もしもし、橘です……レスリングでは娘がお世話に……いや、無事に送り届けることが出来て良かった。役に立てて……いやこちらこそ。林堂君は今、傍に?走って行った?……そうか、ボーディング・タイムなら、行ってくれ。
……楽しかったよな、ジェーン?また遊ぼうぜ』





