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はじまるよ、ソフィア劇場 






「結果に関わらず、1時間以内に報告入るッス」


 誰の顔も見ずに、そう呟くハスマイラ。


 気怠そうに差し出すiPhoneを、アジズが両手で受け取る。


「流石だな、ハスマイラ」


 私は感嘆を隠さずに言った。


 ハスマイラが口を開きかけるのを遮るかの様に、ソフィアが駆け寄って膝をつき、手を握った。


「ありがとう、さっきはごめんなさい……そうよね、無理してたのよね、好きな人が心配だから……でもね」


 疲れ切った顔をノロノロ上げる、ハスマイラ。


「あなたには、自分を大事にする義務があるの……いずれ、産まれてくる大切な命の為に。大切な人との間のね」


 ハスマイラが目を丸くした。

 我々もだ。


 全員の中に出来た思考の空白に、ぶっ込むかのように、ソフィアが、背中を向けたまま問うた。

 

「Mr.梁。この際だから、差し出がましいのを許して……お子様は?」


「いる。娘だ。私が引き取った。来年ジュニア・ハイスクールにあがるが、美人で頭がいい。性格も……」


 遮るように、ソフィアが喝采を上げる。

 

「素晴らしいわ!」


「うまいカットだなあ、アジズ」

「全くだ、王。俺達も見習いてえよ」


「ね、聞いたでしょ……ハスマイラって呼ばせて頂戴。ハスマイラ、貴方のボスは貴方の目にどんな風に映ってる?ここで聞かせて頂戴」


「……それは……勿論……」


「何?ここで貴方を放り出すような、薄情な人?」


「そんなわけないっしょ!髪型もアレだし、他にも色々アレだけど、そういうとこもお茶目でいいっていうか……なんかテレるッスよ……今だってアタシの事を考えて、一番考えてくれてるから……」


 ソフィアが、手を叩いて割り込む。

 

「そうよね!私にも分かるわ!」


「面倒くさそうなとこ、ああやってパージすればいいんだなあ、アジズ」

「ある意味、マイラを庇ったよな、今」


 アレってなんだ?髪型、ダメなのか? 


密かに傷ついた私を残し、ソフィアが優しくハスマイラの髪を撫でる。


「Mr.梁は、貴方になんて言ったの?何かあったのは分かるわ」


 ハスマイラの瞳に少しづつ精気が宿っていく。


「それは……『今すぐじゃないけど、結婚しよう、俺にはオマエが必要なんだ、最初の子は男がいい』……って」


「言っ……」

 

「そこまで言われて、何で落ち込むの!?あなた、おバカさんなの!?」


 おバカ呼ばわりされてるのに、デヘヘとだらし無い顔で、ニマニマしはじめるハスマイラ。


 反論を試みようとする私を華麗にブロック、しかし、ここでソフィアは、声を落とした。


「けれど、Mr.梁の言う事も当たってる。貴方は擦れてなさすぎるわ。そこがイイとこだけど。まだ、結婚なんて早い」


 首を振り、同情を込めて見つめるソフィアに、再び項垂れる、ハスマイラ。


 もう、完全に掌の上だ。


「アジズ、僕、なんか怖くなってきたよ」

「王、奇遇だな、俺もだ」


「……今は、ね。私を見て、ハスマイラ」


 縋るようにソフィアを見つめる、ハスマイラ。


「次のあなたの任地。どこだか、まだ、わからない?……フフ、鈍いわね。あなた以外はみんなわかってるわよ?そうでしょ、Mr.アジズ、Mr.王!」


「勿論だよ!」

「そうだぜ、マイラ!」


 ウンウンと頷く王、両手を、景気良く広げるアジズ。だが、海開きに飛び込んだガキ並に泳いでいる、二人の目を見て確信する。

 

 絶対にわかってない。


 助けを乞うように、ソフィアの袖を握るハスマイラ。


 ソフィアは確信に満ちた背中で断言する。


「貴方の次の任務は……娘さんを説得する事……まず、仲良くなる事よ」


 ハスマイラは、口許を両手で覆った。みるみる涙が盛り上がる。


「その通り!それ以外、ないだろ?」

「全くだ、俺は最初から分かってたぜ!」


 腰を浮かせて、ヤンヤする二人。

 

 しかしその顔は真っ青で、汗さえ浮かんでいた。


「僕……今、得体のしれない恐怖で、チビリそうなんだけど、アジズ」

「気が合うな。神はなんで、アダムの肋から、あんな恐ろしい生き物を産み出したのかねえ、王」


 そんな微かな呟きが聴こえた。


 ソフィアは、顔を覆って泣き崩れる、ハスマイラを置いて立ち上がり、私に向き直る。


 オペラ歌手のように堂々と、いっそ、ドスの利いた声で宣言する。


「さあ、Mr.梁、準備は万端です!貴方から言ってあげて下さい。女を磨いて待っていろと!」


 私は空いた口が塞がらなかった。


 ハスマイラや、アジズ達からしたら、これ以上無い、恩返しだろう。

 それを一瞬のうちにやってのける、この女性に舌を巻くばかりだ。


 ソフィア(叡智)


 全く名前負けしてない。


 あの、口から産まれたようなハスマイラを丸めこむのだから。


 王とアジズが、私を凝視し、あらん限りの圧をかけてくる。


 ソフィアがキリッとした、笑顔のまま、唇を動かさずに何か呟いていた。


「……指の間から見るな。私、それで2回失敗してる」


 慌てて俯くハスマイラ。


 私は、溜息を付いた。押し切られた形に見えてしまうが、仕方ない。


「……少し違うが、ミズの言うとおりだ。オペレーター、ハスマイラ。娘の警護を命じる。日本へ飛べ」


 


  

 

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