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フィクションです





「申し訳ありません。ホテルの一員として、あるまじき言動を……」


 直立不動、硬い表情で頭を下げる、ソフィア。

 空調の効いた部屋にも関わらず、額に汗が浮いている。

 ソファに埋まったアジズが手を振った。

 

「それ以上はいい。ここまで来たんだ、最後まで付き合ってくれないか」


 逡巡しているソフィアに、私も言った。


「私からも頼む。依頼した仕事の続きだと思えばいいだろう」


 暫くの沈黙の後、ソフィアはそっと、私から一人分離れた、三人掛けに腰掛けた。

 向かいには、疲れ切った顔の三人が、それぞれ思い思いの方向を向いて座っている。


沈んだ顔で、手首に付いた、手錠の痕を擦るハスマイラ。

 

 腕組して、瞑目する王。


 角張った顔を上げ、アジズが口を開いた。


「ミズ・ソフィア。いくらか理解してると思うが、アンタは大事な仕事をしてくれた。ボス。昨日までの経緯を……」


「構わん。お伽噺だからな」


『フィクションと言う前提で離せ』

 

 という意味で私が答えると、アジズは頷いた。


 ピアスと同じ色の、洒落たiPhoneを取り出し、ローテーブルの上に置くと、映っているアルジャジーラの画面を指した。


 警察だらけの、シンの邸宅をバックに、スーザンが険しい顔でレポートしている。


「ミズ、この事件を知ってるか?」


「勿論で……もちろんよ。胸の悪くなる事件だし」


 ソフィアは視線と声を落とした。


「他人事には思えなかった。この中に妹がいる可能性だってあるもの」


 ハスマイラ以外が、ソフィアに視線を向ける。

 アジズが、真剣な顔で言った。


「妹さんの年齢と、容姿を訊いていいか?」


 ソフィアが一瞬怪訝な表情になったが、問題は無いと踏んだのか、スラスラと答えた。


「年齢は、今、二十歳の筈。身長は、分からない。家を出たのは16で、その時は、ミズ・ハスマイラより少し小さいくらいだった。出身はタイの南部……私も、アンもアラブではないの」


 アジズは少し目を細めただけで、にべもなく答えた。

 

「なら、違うな。シンはロリコンだし、居たのはアラブ系が4人に、スラブ系2人だ」


 ソフィアが眉を顰めたが、慎重に言った。


「まるで、その場にいたみたいな言い方ね」


 アジズは肩を竦めた。


 ソフィアは、からかわれたと思ったのか、一瞬険しい顔をしたが、すぐに平静を取り戻して言った。


「そうね、あの中にいない事を願うわ。後、シンとか言う変態が死んでいる事もね」


 私は、前を向いたまま、呟いた。

 

「死んだよ。今頃、魚の餌になってる……お伽噺だけどな」


 ソフィアがこっちを向く気配。


 私は、こちらにつむじを向けているハスマイラに問うた。


「ハスマイラ、あの子達に、何かミズの言う特徴があったか?」


 ハスマイラはこちらを見ずに首を振った。


「ありません。四人共ウルドゥー語で話してたし、二十歳は越えてませんでした」


 私は、硬い表情のソフィアを向き、軽く言った。


「だそうだ……I don't know but(知らんけど)」


「enough!(いい加減にして)デリカシーが無さすぎるわ!」


 沈着冷静な、ホテルのコンシェルジュも、身内の事をネタにされるのは我慢ならないのだろう。

 

「王、加工前の動画観てもらうのが一番捗るっしょ」


 俯いたままのハスマイラの呟きに、王が反応する。

 

 取り出したスマホを操作すると、アジズの隣に並べ、穏やかに訊いた。


()()()()()()()この中に、アンはいるかい?」


 おずおずとのぞき込んだソフィア。

 

 ニュースで流れていた、少女達が地下から出てくる動画にモザイクがかかっていないのを観て、ひったくるように王のスマホを取り上げた。


「……いない」


 呆然と呟き、目の前の三人を畏怖に満ちた眼で見た。


「あなた達……」


アジズが、少し得意げに笑った。


「正義の味方……になれたらいいなあって思ってるオジサンの集まりさ。話を戻そう。フィクションだがね」


 凍りついているソフィアにアジズが続ける。


「その子達を助けるため、ハスマイラは随分無茶をした。単身で邸内に乗り込み、シンの部下に集団でレイプされるところだった。彼女はジャパニーズだ。触れられるくらいなら死を選ぶ。こんな仕事をするべきじゃない」


 ハスマイラは何も言わなかった。

 

「しかし、彼女の家はここだ。この矛盾に俺達は苦しんでいる。ボス、何とかしてくれますよね?」


「ちょっと待って下さ……待って。あなた達に何かあったら彼女も苦しむのよ?」


 ハスマイラが先程言った事を、ソフィアは重ねて言った。


 アジズは重々しく頷く。


「その通り。だが、王に群がる変態共はいないし、ボスを襲う痴女もいねえ。それにな……自惚れだろうが、俺達は十分生きた」


 顔を顰める王と私を無視して、アジズは続ける。


「マイラはこれからだし、そもそもこんな事が好きなわけじゃねえ」


「……勝手だわ」


「そうだな。こう言い換えよう。ハスマイラにはもっと向いた仕事、やるべき仕事がある。ボスそうですよね?」


ノロノロと顔を上げるハスマイラ。


 そこには、底なしの絶望と諦念があった。


 自分自身、こんな色ボケした状態で、隊に迷惑をかけられないと気づいてしまったのだ。

 

 自分のミスで誰かが死ぬ。

 

その恐怖に抗わざるを得ないくらい、この隊を抜けさせられるのが怖かったのだ。

 

 アジズに話を振られ、私は考え抜いた末に出した答えを……誰にも言わなかった答えを、初めて口にした。


 


 

 

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