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「みんなしてひどぐね!?なして目の仇にするんじゃ!」


 完全に崩壊したハスマイラは、片手片足を手錠でつないだまま、ごろごろとカーペットの上を転がって泣き喚く。


 苦虫を噛み潰した顔で、それを見下ろす我々と、とても満足そうに、それを眺めているソフィア。


 社員の醜態を、ホテルの従業員に見られているのが、堪らなく恥ずかしい。ドバイでは、このホテルしか使わないから尚更だ。


「やり口が汚すぎるっぺ!あんまりだべさ!せめて、もう一回やらせてくんろ!」


 倍の重力を肩に感じつつも、それを通訳すると、アジズが半ギレで言った。


「何回やってもおんなじだろうが。まだわかんねえのか?王、片足押さえとけ」


 アジズが、自由な片手を押さえると、王も今度は、素直に従った。


「ミズ、続けてくれ。トドメ刺さなきゃ分からんみたいだからな」


 ソフィアはニッコリ頷いた。


「Mr.リャン、私もここの所に…」


 ソフィアは私を見つめたまま、自分の着ている、糊の利いた、白いカッターのボタンを外していく。

 滑らかな褐色の肌を包む、青いブラが見えた。

 

 正直……ゾクゾクする。


「あーっ、その顔!ボス、その顔、なんだべさ!こ、この浮気もん!」


アジズと、王は見向きもせず、険しい顔で、暴れる小娘を押さえ続ける。


ソフィアは、潤んだ瞳のまま、豊満な胸の一点を指した。


「ここに黒子があるの……お揃いね?」


「全然ちがうやろがい!は、離せ、マジックで、そこにチョロ毛書いちゃる!」


「他にもあるの……見て下さらない?」


 私がアジズの方を見ると、小さく頷いて返した。やっと彼らの意図が理解できた。


 私は微笑むと、ソフィアの髪を撫でた。

そっと寄り添うソフィア。


 ピタリと罵声が止む。


静寂。


そして。


 うえーん


 身も世もなく、情けない鳴き声をあげるハスマイラ。


 床に転がって泣く、崩れたポニーテールの部下を見て、私は心底情けなくなった。


しかし、彼は違った。

彼はどこまでも真剣だったのだ。


 アジズが、血管を浮き上がらせ、本物の激怒を見せて叫んだ。


「俺達の気持ちがわかったか?俺の気持ちが分かるか?」


 ピアスをした髭面が、激情に駆られて吼える。


「オマエが引き摺られて行った時の絶望に比べりゃ、こんなもん、屁でもねえ!俺は撃つところだったんだ!もう少しでオマエを撃つとこだったんだ!」


 アジズの目尻に涙が浮いていた。


「また妹を……今度はこの手で失くせっていうのかよ!?」


 空調の音、アジズの激しい息遣い。ハスマイラの泣き声だけが、激しくなった。


 ソフィアがすっと身を離し、ボタンを留めた。


先程の媚態は消え、能面でハスマイラを見下ろしている。


ポツリと王が言った。


「ハスマイラ。もう充分だろ。居場所はボスが、別で用意してくれるよ」


 王が私を見て頷いた。

そろそろ口を挟んでもいいのだろう。


 私は尚も、険しい顔でハスマイラを見つめるソフィアから、一歩離れた。


豹変ぶりを不可解に思いつつ。


「ハスマイラ。前に言ったこと、取り消すつもりは無いが、はっきり言っておく。相手が誰であれ、結婚だの、何だの、今のお前には無理だ。ガキ過ぎる。そんな甘いもんじゃねえ。一度失敗している俺が言うのも何だがな」


顔を覆ってしゃくり上げる、ハスマイラ。


「俺達は、いつ死ぬのも覚悟の上で……違うな、多分、いつ死んでもいいと思ってるから傭兵やってるんだ。オマエはこれからだ。死んでほしくない。まして、あんな死に方はな」


「私だって……みんなに死んでほしくないッスよ。ボスだけじゃなく。これはホントです。それに」


 ハスマイラは、大声で泣き出した。


「独りはイヤ!死ぬならみんなと一緒がイイっス。どこにも帰るとこなんかないッスよ、アタシ」


「……甘ったれんな、ガキ」


 全員がギョっとして、ソフィアを見た。

 見たものが、後退るような、険しい形相だ。


「まだそんな事言ってるの?だから、ポッと出の女に男を持っていかれかけるのよ……あなたはきっと変わらない」


 ソフィアは拳を握り締めて続けた。


「自分がどれだけ大事にされても、受け入れられないガキだから、きっとそのまま。生きようとしないのなら、死ねばいい」


「ちょ……アンタに、何が分かるんスか!」


「分からない。でも、死にたがってるのは分かる」


 ハスマイラが言葉を失う。


「辛い?生きるのが辛い?私だって辛いわ。いいこと?自分が一番不幸とか思わないで……這いずり回って生きてない人間を、私は見たことがないの。自分自身を含めて」


 全員、豹変した、ソフィアを声もなく見つめる事しか出来なかった。


血を吐くような独白が続く。


「私も妹を失くした。貧しさのせいで、どこかに行ってしまったの……だから言う」


 ソフィアは、ハスマイラのそばでしゃがみこんだ。子供が、するように、何のてらいもなく、普通に。


「自分を大事にして。まず、それから。じゃないと、愛される資格なんかない」


 ハスマイラは、ソフィアの袖を掴んで泣き出した。


 アジズも、王も、背中を向けた。


 

 


 

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