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ハンター・オリガの覚醒




 私は一瞬にして、精神が持ち直すのを感じた。

さり気なく、スマホの録音アプリをスタート。

窮地に立たされた時、くり返し聞いて、精神の平衡を保つのだ。


リーファが小3の頃棒読みで言ってくれた「パパだーい好き」はミャンマーで、イラクで私を生還させてくれた。


「続けてくれ」


「今回でも…あ……帰ったら父さんと母さんにぶっとばされるだろうなあ…」


「当たり前だ。友達の家に無断外泊のレベルじゃないんだぞ……で、リーファが私の事を何と言ってたのかね?」


「出発するとき、リーファが……あ、オリガやっと来……」


ドアが開いて、静かにオリガ君が入って来る。


驚いた。

四駆の座席に繋がれていた哀れな姿からは想像もつかない変わり様だ。


肩を出した藍色のチューブトップに白のシースルーの上着を重ねている。下手をすると品に欠けるファッションだが、ポニーテールに結わえられたプラチナブロンドと、青い瞳が、なんと言うか、紛い物の金髪でやるそれと、一線を画している。

そして、長い足を強調するようなデニムと高価そうなサンダル。


私の娘とタイプは違うが、そのまま雑誌の表紙を飾れそうだ。

しかし、サングラスを頭に載せたその顔は、何故かむくれている。


林堂君は声もない。


オスマンは、ちらりとそれを見ただけで、電話を続けている。


オリガ君は、ふくれっ面で、チラチラと林堂君を伺う。


理解した。


勝負服。


オリガ君は、林堂君を仕留めにかかっているのだ。


無言の三人。


オスマンのバロチ語だけが、伏せっている頭領の上を通り過ぎる。


いや、それどころじゃない。1分1秒を争うのだ。


「……オリガ。空港だと寒いよ、その服?」


アホだ。


「それに、サングラスより、ゴーグルの方が……イダッ!やめろ、脛、蹴んな!……なんだよ、一体!」


「おたんこなす!バカ凛!寒いって、シラケたってコトカ!?ゴーグルかけろって、眼が腫れてるカラカヨ!?」


「んな事いってないだろ!?ケツ蹴んな!」


私は、フル装填のハンドガンをオリガ君に渡したかったが、まずは時間が命だ。


「オリガ君、彼に気の利いた言葉を期待するなんてどうかしてるぞ? 君に見惚れてたから、それでいいじゃないか」


「……ベツニ……ソンナンジャ…」

そっぽを向き、くるくる髪の毛を指で巻く。顔が赤い。


抗議しようとする林堂君を、一睨みで黙らせ、続けた。


「一刻を争う。挨拶は済ませたか?」


オリガ君は表情を引き締め頷くと、頭領の側に跪き、現地語で何かを囁いた。


頭領は、辛そうに頷くと、オリガ君を引き寄せ、額に口づけた。


林堂君は、英語で言った。


「ナディアのお婆さん。また会いましょう」


頭領は頷くと、


「アラーのご加護を。お願いだから、間に合っておくれ。オリガを頼んだよ」


「はい!」


横に並んだオリガ君と一緒に頭を下げ、林堂君は扉へと歩き出そうとするが、違和感に気づいて振り返った。


オリガ君が彼のシャツの後ろを摘んで付いてくるのだ。


「……何だよ、離せよ」


林堂君より、頭一つ近く背の高いオリガ君が、なにか、ボソボソと呟いた。


「え?聞こえない。離せって」


オリガ君は、くしゃっと顔を歪めると、眼を覆って泣き始めた。


「……おい、なんで泣くのさ!?」


「ナンダヨ、スゴく怖い目にあったのに…ナノニ、髪の毛引っ張ったり、怒鳴ったり……」


「いや、悪かったけど……」


「チョットくらい、ヤサシクしてくれてもいいダロ!そんなに嫌うことナイジャン!」


「別に嫌いなんていってないだろ!?」


「……少年、オリガは攫われかけたんだ……意味は、分かるだろ?優しくしてあげな。誰も冷やかしたりしないよ」


頭領の言葉にハッとなる、林堂君。


「……ごめんな」


シャツから、オリガ君の手を剥がし、その手を握りしめた。


「行こう、オリガ。僕がついてる」


義務感に満ちたいい顔で歩き出した。


手を引かれるオリガ君は、顔を上げると、しれっとした顔で、頭領に親指を立てた。メイクも崩れてない。


同じ仕草で頭領が応えるのを見て、私は開いた口が塞がらなかった。


敬虔なムスリムなんだよな、この婆さん?


嘘泣きに気づかないまま、オリガ君の手を引き退室する、林堂君。


その姿がこれからの彼の人生を表していそうで、何とも言えない気持ちになった。


オスマンが、スマホに英語で喚き、がっくりと肩を落とした。


私は暗い気持ちになった。

駄目か。他に方法を……


俯いたまま、オスマンは声を絞り出す。


「……済まない、Mr.リャン。日本行きのファーストクラスを奪い取ろうとしたんだが……エコノミーシートしか確保出来なかった」


「間に合えばいいだろう!?」


コイツ、ホントに事の重大性がわかってんのか。



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