それぞれの思惑
「アッラー、大いなる慈悲を! そんな大事な時に、なんで来たんだい!?」
「お婆さんが、それ、言います!?」
オリガが、帰り支度の為部屋を辞し、
今は三人だ。
オスマンが、興奮のあまり叫んだ。
「No1だと!?ジャパンで、ナディアが!?」
私は自慢気に聞こえない様、落ち着いて話した。
身内自慢程、聞き苦しいものはない。
「ニンテンドーは聞いたことがあるだろう。あそこが主催のデカい大会だ。まずは予選だが、ここにいる林堂くん、ナディア、私の娘の三人なら勝てる。娘の使うパルテナと言うキャラが、娘に似た美人だしな」
「何たる栄誉!マフディ家がジャパンでも輝くとは!」
人の話を聞かないオスマンに苛立ちつつも、ダメ元で言ってみた。
「だが、正直この場所からでは、メンバーの林堂君が、間に合うかどうか厳しい。コネがあるなら、助けてもらえないか。それが私達にとっての最大の報酬だ」
「報酬?そんな甘い問題じゃないよ!」
頭領は、顔を引きつらせ、青い顔で喚いた。
マフディの滅亡間近の時でもこんな顔はしなかった。
「せっかく、アリー達と和解出来たのに……また、嫌われちまうじゃないか!」
フッと糸が切れたように、ソファーに倒れ込む頭領。
慌てて駆け寄るオスマン。
ゼイゼイ息をしながら言葉にならない何かを伝えようとする頭領に、オスマンは何度も頷いた。
「分かってる!マフディ家の財産を投げ売ってでも、少年を間に合わせて見せる。金はまた稼げばいい」
自分のスマホを取り出しオスマンは、旋風と化した。
現地語で、次々に指令を下す。
私も早口で伝えた。
「兎に角、日本、可能なら大阪の空港、無理なら、東京でも構わない。林堂君1人だけでも、最短で届けてくれたら、後はこっちでなんとかする」
オスマンは目だけで承諾すると、スマホで喋り続ける。
林堂君は、娘とナディア君と、グループ通話をしている。
私は苦々しい思いで、それを聞いていた。
任務中は、娘と話さないようにしている。
気の緩みが死につながるからだ。
減量中のボクサーの前で、特上ずしを食べてる様なものだと言う事に気づかないのか、この小僧は。
「……うん、今から帰る……いや、ナディア、ホントに良かった。リーファごめんな……うん。なるはやで帰れる様、オスマンさんが手配してくれてる。リーファのお父さん、頼りがいあるから大丈夫。カッコ良かったよ」
林堂君、やればできるじゃないか。
私は、台湾の事務所に電話した。
日本語で、部下に報告をする。
「私だ。日本に帰るのはもう少しかかる……そうだ、娘と約束があるからな。USJ……何だ知らないのかUSJ。大阪シティにもあってな、娘と行く約束をしてるんだUSJに」
「うん…色々あったけど、大丈夫。怪我なんかしてないよ。心配?……眠れないって大袈裟だっての」
私は胸が熱くなった。
娘に心配されるのは、親として、最高の癒やしだ。
あ、そうなんですね、しか言わない部下の言葉を聞き流し、全集中で林堂君の返事に耳を傾ける。
「そりゃ、爆弾抱えた猫が走って来た時は、終わったって思ったけど……泣くなって、リーファ……ナディアも。怪我してないから、僕」
私はすんでの所でiPhoneを握りつぶしそうになった。
全然私ではないやんけ。
……小僧、何処まで図々しいんだ。
大会に、娘が出なかったら、シベリアか平壌行きの飛行機に乗せてやるのに。
「リーファ、お父さんに代わろうか?……あ、電話中みたい…」
私は、あ、そうなんですね、を繰り返すだけの部下との通話をブチ切ると、何気ない風を装って林堂君を振り返った。
「ん、何だ?娘と電話してたのか。USJの話が聞こえてしまったかな?代わろう」
「……え、別にいい?心配するなら僕よりお父さんの方だろ……戦場に慣れてない僕の方が心配?……1時間毎に連絡しろ?いや、いいよそんなの。ナディアまでなんだよ…もう切るぞ。また連絡するから。バイ。」
石化した私の前で、小僧は、はー、と溜息をついた。
「なんで、女子ってあんなにうるさいんだろ……リーファ、家でもあんな感じなんですか?」
明るい顔が私の肺腑をえぐる。
そんなわけ無いだろう。
私に対してあんな感じだったら、機嫌取りにこんなとこまで来ない。
だが、それを言ったら負けな気がする。
屈辱と、こみ上げる殺意を押し殺し、私は吐き捨てた。
「……まあな」
わたしがうっかり、躓いたふりをして、中国製トカレフを全弾叩き込みたい衝動と戦っていると、意外な事を言った。
「やっぱり。泣き虫なとこ変わらないな、アイツ。なんだかんだで、橘さんの事よく話してくれますよ、リーファ」
「……ほう?」





