五先の賞品
やっと、ラヴだぜ!
(๑•̀ㅂ•́)و✧
「……長いこと生きて来たけど、今日ほど忙しい日はなかったよ」
大広間。
断りを入れて、ソファーに横たわる頭領が呟くと、オスマンが笑った。
冷房を弱めたオリガが、頭領の側、私達に背を向けて丸い椅子に座った。
さっきから林堂君の方を見ようとしない。
林堂君は、オリガ君にどう接していいのか分からず、頬を掻いている。
部屋には五人。
結局、敵の襲撃ではなかった訳だが、万一の報復を警戒し、警備は最大レベルに上げている。
屋敷の中は、重武装した男達だらけだ。
勿論、外からは普段通りにしか見えない様にしている。
「ジェーンから、伝言だ。猫は薬を盛られて、機嫌が悪いはず。謝っておいてくれ……と」
頭領は弱々しく笑った。
「奇跡は起こせるのに、猫の言葉は話せないのかい、Mr.ジェーンは」
「ジェーンに林堂君が使っている翻訳アプリを薦めておくよ……
さて、あまり時間が無い。Mr.オスマン、林堂君とオリガを出来るだけ早く、空港まで送ってほしい。途中までは私も同行……」
「イカナイ」
オリガ君が、不機嫌に言った。
「オリガ、なんでさ?
リーファもナディアも待ってるんだぞ。生活の事なら、もう心配ないだろ?」
「イカナイ」
頭領が口を挟んだ。
「オリガ、喧嘩は車でやりな。支度を…」
「I don't go.(行かない)」
頭領の声が険を帯びた。
「オリガ・エレノワ。なんのつもりだい?アンタのためにこの子は危険を冒して……」
オリガ君が、耳を押さえ金切り声をあげた。
現地語で。
頭領も、オスマンも呆然としている。
林堂君に視線で問われ、私は肩を竦めた。バロチ語はわからない。
椅子からずり落ち、膝をついてオリガ君は肩を震わせた。
「イカナイ……リーファ達に合わせる顔がナイヨ。今から大阪大会、間に合わないジャン……林堂もケガさせて……全部私のセイダヨ」
細い肩と一緒に、金髪の後ろ姿が震える。
「……オリガ、僕は自分の意志で来た。オリガの役に立てると思って嬉しかったんだ。凄く嬉しい事に、ナディア達の役にも立てたんだ。リーファとリーファのパパには迷惑かけたけど……」
「リーファのパパなんか、私のせいで死にかけたんダヨ!?」
「オリガ君、逆だ。私達の作戦のせいで君が死にかけたんだ。それと、言っておきたい。ハシム達を殺……退治したのは私とジェーンだ。君の責任でも手柄でもない。間違っても気に病むな」
オリガ君は無言。
只、膝立ちのまま、しゃくりあげている。
頭領は……厳しい視線を、林堂君に投げ、一挙一投足を見ている。
オリガ君は、灯りを弾くブロンドを俯かせ、声を絞り出した。
「ワタシ…ロシアで…友達とうまく行かなくて……学校行けなかった。告白…断ったら…男の子達…イジワルで…」
林堂君は、彼女の日本語に言葉を失う。
ブロンド少女の告解は続く。
「逃げテキタ…バロチスタンまでニゲテキタ……バカで、ノッポで、ビンボーで、臆病なロシアン……それがワタシだよ」
手の色んなところで、涙を拭うオリガ君の背中に、大股で近づく林堂君。
「ワタシナンカ、そんなコトしてもらう価……ギャッ!」
「ウルセェ!!」
髪の毛を掴んで引き倒したオリガ君を抱きとめ、鼻がくっつきそうな距離で、少年は吼えた。
「オマエにそんな価値があるかどうかを決めるのは、オレだ!」
腕の中の少女は寄り目になって、呆然と林堂君を見上げる。
「ナゼなら、お前は負けて、俺が勝ったんだ、勝負で!」
頭領と一緒にスマホを見つめるオスマン。
怯えて縮こまる少女に、林堂君は絶叫した。
「お前は俺の賞品だ!いいって言うまで、黙ってポケットに入ってろ!」
肩で息をする少年。
唇を震わせる少女。
瞬きもせず見つめ合う。
頭領が、スマホを見つめたまま、ぼやいた。
「ホントにこの翻訳アプリは便利だね……Mr.リャン、この少年は、ウチのオリガに you are prize(お前は俺の賞品だ)って言ったのかい? 」
私は不機嫌に言った。
「言った」
これか。
こうやってウチの娘やナディア君を誑かした訳か。
私は無意識に、銃を抜き、残弾を確認した。
音高く弾倉をはめ直すと、林堂君が私の形相を見て顔色を変える。
「……ワカッタヨ」
彼が腕の中に目を戻すと、頬を染め、目をそらす少女。
「それでイイヨ……イタイからハナシテ」
「あ……あ! ゴメン!」
慌てて離れる彼、絨毯の上で、両手をついて俯く彼女。その耳が真っ赤なのを見て、私は思った。
この娘は完全に落ちた。
ソファーから、身を起こした頭領は、オスマンにスマホを渡し、口許を釣り上げて言った。
「言うじゃないか、少年。良いだろうマフディの家宝をくれてやる。大事に持って帰んな……
Mr.リャン、銃口が上がってきてるよ。 romeo must die(色男は死ね)を実践するのは何年か後にしとくれ……
ところで、オーサカトーナメントって何なんだい?」





