タダは高くつく
パスポートを回収。
毒の回った6人の死体の積み込みを、ジェーンと2人で終える頃、マフディー家の迎えが地平線の向こうから現れた。
ガラスの破片だらけの助手席から抜け出し、三角座りでタイヤにもたれているオリガ君。
私の指示通り、ずっと下を向いたままだ。
「ジェーン、車の処理は任せた」
ジェーンは軽く頷くと、運転席に向かった。
死体諸共、谷底へ落とし、どこかに隠した自身の単車で姿を消す。
「ジェーン」
歩みを止めない背中に声をかける。
「オリガ君をこの国から出せば、シンを殺る必要性は消える。よく考えればな」
ジェーンが歩みを止め、少しだけ振り向いた。少しだけ。
「ハシム家は終わりだ。シンは、あっさりマフディ家に乗り換えるだろうよ……けどな」
私は赤く変わりつつある空を見上げた。
高い、高い空。
この美しさだけは、故郷の空でも勝てない。
「囲われている子供達を見捨てるのは寝覚めが悪い。だから、シンは殺す。そんな訳だから、もう少し頼む」
ジェーンは返事もせず、車に乗りこんだ。
私も踵を返す。
砂煙をあげて止まったベンツから、オスマンが転げるように飛び出してきた。
全滅した以上、ハシムの連中が、「マフディ家が追ってきている」とシンに通報する気遣いはもう無い。
そして、目撃者がいようといまいと、この地の覇者はマフディ家となった。楯突く者はいない。
オスマンは、駆け寄るオリガ君を抱きしめ、大声でアラーの名を叫ぶ。少女も彼に縋り付いて泣いた。
私はそれを一瞥すると、運転席に向う。
夜には、クエッタから私の部隊+シンを地獄に落とすための切り札が到着する。
ハシムの連中を殺すのに、銃や刃物は使っていない。
同じ様に、シンをどうやって事故に見せかけて殺すかは……
私はほくそ笑んだ。
ジェーンに負けてられねえ。
ガキくさい対抗心が頭をもたげる。
俺がこの稼業を辞めないのは、楽しくて辞められないからだ。
命のやり取りをしてる時だけ、生きてる実感を得られる。
別に、普通に生きるのが楽しく無いわけじゃない。強烈な刺激、とびきりハイになれるクスリを覚えたら、依存症になるのと全く同じだ。
多分、死ぬまで辞めないだろう。
リーファの母と離婚したのもそれが原因だ。
俺はこう思ってる。
俺がこうなのは、誇ることでも恥じる事でもねえ。
多分こうなる様になってたんだろう。
だから……
誰にもシンを殺るのは邪魔させない。
ヤツの地獄行きのトロッコの乗せ方は……
誰も想像付かねえだろうよ?
1時間後。
シャワーを浴び、身なりを整えた私は、さっきと同じ部屋で、頭領と向かい合っていた。
林堂君は別室で、日本に連絡を取っている。
オリガ君も別室だ。
銃を構えている奴らはいない。
かと言って浮かれ騒いでいる者もいない。
当然だ。
ハシムの奴らが死んだ事は、まだ、誰も知らない事になっている。
お祝いは、奴らの死が誰かに発見されてからだ。
だが、声を殺して、喜びを全身で表す連中、私の肩を叩き、握手を求め、肩車をしようとする奴らを、頭領は咎めたりしなかった。
私には迷惑千万だが。
「私達に礼をさせないというのか!マフディーに恩知らずであれと言うつもりか!」
オスマンが、アラブ人特有の暑苦しさで私に喚く。テンションがおかしい。
まあ、お祝いがある度に、カラシニコフを空にぶっ放す人種だ。
「梁家に二言はねえ。マフディ家にはあんのかよ?」
オスマンは感極まった様に私の手を握って、上下に振った。嬉しくない。
頭領はそれを見て、苦笑しながら言った。
こちらも上機嫌だ。
「アンタのお仲間はどうなんだい?」
「奴の報酬は、3321USドル。実費以上も以下も受け取らない」
「マフディ家を救った恩人にこういうのもなんだけど、メンドくさいね……」
林堂君が、スマホを持って入って来た。私をみて頷く。
「確かにな。奴は、女、子供、弱い者に手を出す人間を許さない。それだけだ。だから……金や物以外にもう一つだけ」
私の次の言葉に、頭領と、オスマン……そして何人かが凍りついた。
「以前、香咲家をここに軟禁し、わざと逃した理由。そして、今回、わざと縁を切るようにしむけた理由を教えてくれ」
ラブコメなので、そろそろラヴをぶっ込みたい( ๑´•ω•)





