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ストライク・バック

オスマンが、苦々しい表情で話し始めた。


「元々、我らとハーシム家は先々代から敵対していてな。20年前の抗争以来、平和協定が結ばれてたが、ハーシム家の長男が、成長するに連れ、挑発が絶えなくなった」


私は思いついた事を口にした。


「もしかして、あそこにいた、弾帯を巻きつけたヤツかね?」


「会ったのか…自分を戦士と思い込んでいる勇者気取りのクズだ。一人息子を甘やかすとああなるいい見本だよ…

アイツは、事あるごとに、こちらに跡取りがいない事を侮辱して回った。

なんてことない小競り合いが続いていたが、一昨年から状況が変わった。辺境警備隊、警察みたいなもんだが、つまりはギャングだ、その隊長にさっきのシンが赴任した。前任が事故で死んだんだ」


私は、彼の話を遮り、ここまでを林堂君に通訳した。

オスマンが続ける。


「パキスタンは、インドと並ぶ汚職天国だ。イスラマバードで問題を起こして左遷されたらしい。少女買春でな」


私は吐き気をもよおした。娘を持つ者なら当然だ。


「運が悪かったのは、2日前、シンが帰国したオリガを偶然バスターミナルで見かけたんだ。理由をでっち上げて連行されかけたオリガが、抵抗して逃げた。それがハシム家の耳に入った。奴らの利害が一致した訳だ。

オリガの捜索を口実にこの邸内に押し入る。引き渡さなければお館様が引っ張られる。どちらが連れて行かれても二度と戻れないだろう」


なるほど、つまらない内輪もめに巻き込まれたものだ。私は自分の不運を呪った。

通訳を聞いた林堂君が蒼白になった。


「どうするんですか!?」


オスマンが言った。


「さすがにシンでもこの程度の事で警備隊は動かせん。だから、我らとハシムで戦争させ、鎮圧の大義名分を掲げて殲滅しに来る」


林堂君が、呆然と呟く。


「警察が、悪者だったら、警察に言えないんだね…こんなの初めてだ」


日本人なんだな。

私は吹き出しそうになった。


オスマンは、配下に合図した。

巨大なダッフルバッグを私の前に置く。

「5万ドル(約600万円)だ。約束を、守れなかった上に危険に巻き込んでしまった…私達が道を作るから、これでオリガの面倒をみてもらえないか?ロシアに送り返してくれてもいい」


悲壮感と殺気を漂わせている連中を見て、私はせせら笑いたくなった。


そんな端金で子供二人を連れてキルゾーンを抜けろと?

バカも休み休み言え。

…だが、来るなと言われて来た弱みがある。それと、一つだけ気になることが。


「他にも子供の被害者がいるのかね?」


オスマンは顔をゆがめた。


「シンの邸内でメイドとして働かされている少女達が…そうらしい。私自身、見たことがある」


オスマンは弁解するように続けた。


「勘違いしないでくれ。何もしなかったんじゃない、何もできないんだ。自分たちの意志だと言われたら…そう言わされてるとしてもだ」


私は頷き…「手続き」に入った。


「…ジェーン、聞いてたな?」


周りの怪訝な顔をよそに私は虚空に向かって話しかけた。

静寂の中、発振器が1度震える。


私は皮肉を込めて皆に聞こえる様に英語で言った。


「我々はクソ溜めにノコノコ漬かりに来た様だ。わかるか?香港なら一晩で消える金と子供二人を連れて、軍と半グレから逃げろとよ。コンビニのバイトの方が割がいい」


私の正気を疑う顔、周囲を見回す顔、老婆の険しい顔、顔、顔。


銃を向け直す者もいる中、私は顔のない相手に話し続ける。


「だが、ツイてない事に因縁が出来ちまった。オマエも俺もな。俺は、こんなど田舎でかすり傷も負いたくねえ。USJが待ってるし、娘が日本一になる前哨戦もある…問題は娘だ」


私は前屈みになって、老婆の眼を見据えた。

周りが身を引く気配がした。

多分娘には見せたくない顔をしているんだろう。


頭に来た時、口調が崩れる癖を治すのはとうにあきらめている。


「娘の片手の指以下しかいない友達を狙っている変態がいる。何で、踏みつぶせる相手から逃げる必要があるよ?ジェーン、お前はお前でやる事ができちまったんだろ…どうする?」


言い終えないうちに、発振器が鳴った。

一度だけ。


「決まりだ」


私の視線を受け止めている頭領に低い声で宣言した。


「我が社の流儀に反するが、梁家の家訓には適っている。あと3万であの変態を綺麗に片付けてやる。言っとくが5万と合わせても実費にしかならねえ。それと」


私を呆然と見ている、林堂君、そして唖然としている周りを見回し言った。


「ジェーンが、ハシム家を更地にする。止めるのは無理だ…俺でもな」


「お館様」


さっきの門番の片割れが飛び込んで来た。


「ハシムの奴らに誰か殴られてますが…ウチの客ですか?」





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