小学校卒業したら、行くことなくなるお店ってあるよね
「コンナウマイものがあったとはな!」
「粉、粉!噛りながらしゃべんな!」
色んなとこにアザを作ったオリガとリーファが、喚きながら、うまい棒をかじってる。
どちらも砂まみれだ。
少し、傾き始めた太陽をトタン屋根が遮ってて、椅子代わりのビールケースにそれぞれ座っておしゃべりしている。
ここは、学校から少し離れた駄菓子屋、「こまつ」
両親言うところの、どこの小学校にも一つはある、
『夏休み心得で、行っちゃいけませんリストに載った駄菓子屋』だ。
学校指定の黄帽の偽物が売ってるなど、便利ではあるけど、パラサイト丸出しな僕らのオアシス。
熱された土の匂いがするけど、アスファルトじゃないから、暑さがマシ。
さっきドッジボールやってたメンバーの大半は思い思いに散っていって、今は僕ら四人だ。
駄菓子屋ってお金がかかるから、しょっちゅうは来ないけど今日は、オリガがいるからな。
「オリガ、みんなにも聞かれちょったけど、学校には来んのか?」
「バロチでのクラスもオンラインだから、コッチで受けるしね。7アワーの時差がメンドイけど」
そう言って後ろのスレートにもたれた。
ガン、と後頭部をぶつける。
「久しぶりにメイトと遊んだネ……サイコーだった」
「コッチは鼻が痛いっての」
「それはムネがイタムネ」
「うまいの」
3人とも……リーファさえ軽く笑った。
「go、リンドー!モットトバセ!」
「漕ぐこっちの身になれ、重いんだよ……首!しべんな」
荷台の後ろに立ってケラケラ笑うオリガにため息をつく。
マンションまでの帰路、今は二人。
「いい匂いするね、みんなファミリーでゴハン」
ちょっと胸をつかれた。
リーファもおんなじ事言ってたな。
なんて言っていいかわかんないから、
話を逸らす。
「もうすぐ台湾だな……正直めんどくせえ」
「お互い仕事はキッチリこなすよ」
「そういや、ルールとかどうする?」
コンビニの角を曲がりながら、軽い感じで聞く。
「考えてたけど……もう、ボーズに土下座でよくない?じゃないとガンバラないでしょ」
「マジ?配信できんの?」
「必要ないね。私の前だけでいいよ。お館さんに勝ちましたって言うから」
「なるほど」
「私が負けたらヌードになる」
「おい!そういう……」
「本気ダヨ。リンドーの前だけで」
ぼくは不意打ちされて言葉を失った。
車輪の回る音だけしか耳に入らなかった。
夕日が、建物から少し顔を出した。
夕焼けが、一層明るく輝く。
「私のホームの夕焼けはもっとキレイだよ」
「……うん」
僕は急に気が重くなった。
オリガが本気なのは態度でわかる。
これ、多分、僕らと仲良くする代償を自分に課したんだよな。
なんもかもが逆効果だったような、オリガにただ負担をかけただけのような気がしてきて……
辛くなってきた。
オリガも何も言わない。
僕も何も言えなかった。
僕らは……
今は、やっぱり敵同士なんだ。
でも。
このままじゃ……僕のボロ勝ちだ。
ペダルを漕ぐ足に力を込めた。
重くなっていく気持ちから少しでも遠ざかりたいから。
「ワオ、お腹スイタカ?」
「帰ってスマブラやるぞ……僕とおんなじくらい強くしてやる」
「シーット! あーもうやめ、ワタシヨワスギ」
放り出したGCコンが、フローリングでヤバイ音をたてた。
「いや、今の良かったから!ただ、空Nで飛び込むときは……」
午後8時半。
少し開けたベランダの窓からひっきりなしに車が行き交う音が聞こえる。
僕ら小学生にはありえない時間だけど、試合まで、2週間。
親には許可もらってるし、夜練、遅れて参加する事もリーファとナディアに伝えてある。
二人とも何も言わなかった。
「イナフ!」
珍しく、オリガがマジギレした。
「こんな、イジメして楽しいか!?」
僕も爆発した。
なんで毎回、同じ手に引っかかるんだよ!?
「こんな闘いを大会でしたくないから、やってるんだ!」
クーラーと、僕らの荒い呼吸音。
どちらも目をそらさない。
僕はスマブラは絶対に手を抜かない。
大会で一方的な虐殺になってもだ。
……そして、友達相手にそんなのは嫌なんだ。
ホントはこんな事やめてほしいし、可能なら僕が止めたい。
なんなら今ここで頭を丸めて裸で土下座してもいい。
僕は、こんな闘いを提案した、あのときの自分をぶん殴ってやりたかった。
「……なあ、もう、やめ……」
僕は言葉を飲み込んだ。
無理だ。
台湾vs日本、プロ同士の大会に、リーファのコネで無理やりねじ込んでもらった。
勝手な都合で取りやめできない。
もう僕達だけの、問題じゃないから。
僕の言葉の調子で練習ではなく大会の方だと察したのか、目に涙をためて言った。
「バカにしやがって……ちょっとゲーム強いのが、そんなにエライ……」
「休憩しようぜ」
僕は目をそらして言った。
これ以上言わせたくなかった。
オリガ自身が後悔するの、わかってるから。
やっぱり、顔を覆って泣き出した。
ソーリー、ワタシサイテー
そう呟きながら。
聞こえないふりして、僕は勝手に冷蔵庫を開けると、ペットボトルのコーラとストレートティーを取り出した。
あんまり冷えてない。
こんな状態で帰るわけにはいかないし……
「階段行こう。晴れてて星がキレイだ」
外階段から眺める夜景。
通天閣と、ツインタワーの光が遠い夜空をぼんやりと照らす。
僕は階段に腰掛け、オリガは壁に持たれてコーラを飲んでいる。
僕から、表情は見えない。
二人とも無言。
気まずさなんか通り越して、二人とも疲れきっていた。
ストレートティーと、オリガの涼しい香りが、夜に漂う。
目もシバシバするし、頭も重い。
何やってんだろ。
友達泣かしてまでゲームにこだわる必要あんのかよ。
ペットボトルの飲み口を噛む。
楽しくないな。
マイナスな思考がつかれきった脳みそを責め立ててくる。
オリガが夜景を眺めたままポツリと言った。
「ロシアに妹イルネ」
「そうなのか」
オリガがスマホを差し出した。
オリガと、低学年くらいの女の子が、待受画面になっていた。
南極みたいな雪原で、カメラに向かって寄り添うように笑っている。
「オリガに似てるな」
「ワタシより美人になるよ」
「……そういや、台湾が終わったら、オリガ……」
「一度パキスタンに戻ってから、多分ロシアで他の仕事探すヨ。勝負け関係なく、ナディアが帰って来ないから、ワタシの役目はオワリネ」
僕は固まった。
「ママと私がガンバラないと、ナターシャまだ小さいカラ」
「……そうなのか」
僕の声は小さすぎて聞き取れなかったろう。
オリガが、僕の方を見て静かに言った。
「だから、5先やめるわけにいかない。シゴトだから」
「……そうだな」
僕は、体がずっしりとおもくなった。
聞きたくなかったな。
ぼくは……今言うべき言葉をさがして言った。
「やる以上、手は抜かない。全力でかかるからな」
必要以上に言葉を強めたのは、投げ出したい気持ちを気づかれたくなかったからだ。





