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彼女が泣いた夜

《登場人物》


 林堂 凜

 主人公。 小6、男。 任天堂Switch 大乱闘スマッシュブラザーズが学校一うまい。



 香咲 ナディア=マフディー

 小6、女。パキスタンと日本人のハーフ。主人公と同じ学校。



 梁 梨花リャン・リーファ 

 小6、女。台湾人と日本人のハーフ。主人公の幼馴染で、相棒。小学校は別。


 ジン

 クラスメイト。男。クラスのリーダーで、優しい


 

 佐竹

  クラスメイト。女。クラスのボス。


 

 鈴香 

 ナディアの姉。高校生。



髭面 

ナディアの親戚


通訳

親戚の仲間


「は?何言ってんだ、ガキ」


チャラ男が、上手な日本語で言った。

リーファはチャラ男から目を離さず、トートバッグから取り出したペットボトルを汚い室外機の上に置き、掲げていた掌を閉じた。

刹那、ペットボトルが、爆散する。

遅れて何かが破裂した音が遠くで木霊した。


チャラ男が真っ青になってビルの彼方と、リーファを忙しく見比べた。

髭面が顔を歪めて何かを呟いた。


リーファが冷たい眼で言った。


カナース(スナイパー)。フリーズ」


髭面は顔をしかめ、何かを言った。

チャラ男が首を振って、何か弁解している。

暫くして、チャラ男がビクつきながらも言った。


「俺はただの通訳だ。何も知らねえよ。旦那、とっとと始めてくれ。えー、ナディア、久しぶりだな。お前とライラを迎えに来た」


「死んでもいかんわ!オマエラのおかげでパパも帰って来れんのじゃ、疫病神……消えろ!」


「おほっ、厳しいな!…………えー、そのような姿で男と出歩くとは、家名の恥だ。お祖母様の体調が良くない。一族として、果たすべき責務を果たせ」


「勝手に死んどれ!里帰りした時、監禁しといてどの口がいうんじゃ!うちら姉妹、子供産む道具にしかおもてへん、あの婆あにいうときんさい!恨みは忘れんてな」


顔を真っ赤にして、吼えるナディア。


「あー、異教徒の国で、魂まで腐ったか。まあ、お前の様な子供を嫁にしたがる男どもが、いくらでもいるから、少しは役に……いっでええ!何しやがるこのガキ!!」


俺のプロコン上投げを顔に食らった通訳が喚いた。


「次、薄汚い事言ったら、殺すぞ!」


「俺じゃねえ!こっち、こっち!」


俺は、茹だった頭で、ナディアの親戚らしい野郎を睨みつけた。


「オッサン、言っていい事と、悪い事があんだよ」


「林堂、やめろ、関わっちゃいけん。そいつらホンマにやばいんじゃ」


「黙れ」


「林堂! 十分じゃ、これ以上は、林堂のお父さん達にも迷」


「お前は、俺が黙れって言ったら黙れ! 俺が笑えって言ったら笑え…… こんな時のために男やってんだ、しゃべんな!」


「ご、ごめんなしゃい!」


俺は赤く、狭くなった視界で、頭に浮かぶまま言った。


「こいつは俺んだ。手ぇ出したら、ブチのめして、口ん中に豚の生肉突っ込むぞ? ……通訳してくれ」


厳格なイスラム教徒にとっては、殺し合いを始めるのに十分な理由になる。


そして、こういう奴らは、子供を甘く見ない。

コイツラの国では少年兵が沢山いるからだ。


通訳が真顔で言った。


「いや、ガキンチョ、本気か?気合は認めるけど、真正の殺し合いになるぞ?」


林堂! 

ナディアの悲鳴を聞きながら俺は即答した。


「頼む」


通訳の言葉を聞いた、ナディアの親戚の目が据わり、声にドスが加わった。


「お前は神とともにある、我が一族を侮辱した。貴様の家族にも天罰を……」


俺は最後まで言わせなかった。


「リーファ」


「ん、SCHOOL GIRL ファイア」


いくつもの火線がアスファルトをめくり、通訳が悲鳴をあげて、踊った。


俺は俯いたまま言った。


「あんた達、ホントに引き弱いね。ここにいる相棒は、いっつも狙われてるから、銃に囲まれてるんだ」


ナディアは、呆然とリーファを見ている。

リーファが宣言する。


「ここにいる凛は、私の相棒。この女は超ムカつくけど、私の唯一の友達。彼らの命を狙うと言う事は、私を狙うという事」


さすがに顔色をなくした、ナディアの親戚に、俺の相棒は五本の指を突きつけた。


「貴様ら田舎鼠風情が、梁家に楯突くなら、楽には死なせない……通訳して」





「ごめんのう、ごめんのう」


僕の隣の座席で、ナディアは泣きっぱなしだった。

僕らを乗せた四駆は、日の沈む国道を逸れ、東大阪の寂れた工場街へと向かっていた。

前を走るもう一台には、ナディアの親戚と、通訳が乗せられ、脇をリーファの会社の人にガッチリ挟まれているのが見える。


「アイツラ……諦めた思うとったのに」


僕は窓の外を見て、背中で聞いていた。

ナディアの向こうにすわるリーファもだ。

何故か、腹が立って仕方ない。ナディアに声をかける気もしなかった。

リーファもガン無視している。ナディアが、余計傷つくのは分かってるのに。


「うち……遠くへ引っ越すけん。なんとかするけ……」


「うっさい!!」


リーファが、喚いた。ホントに珍しい。


「さっきからグダグダ……私が路地で言った事、聞いてた?なんでシカトするんだよ!」


「じゃけ……オマエラ死ぬかもしれんもん!実家が鉄砲扱っとるから、よう知っちょる。先に撃った方が勝ちじゃ、強い弱いちゃう!うちらのせいで、オマエラになんかあるくらいなら、死んだ方がましじゃ!」


「……ムカツイてる理由が、やっと分かった」

僕は、ゆっくり振り向き、泣き腫らし、怯えた眼をしたナディアを見た。


「お前が泣いてるからだ」


ナディアが、眼をパチクリさせた。


僕は優しい顔はしてなかったと思う。

ホントに許せなかったからだ。

こんな小さな女の子を、あんな優しい人達を、大人のエゴで振り回す連中が、等身大で現れたから。


……僕も、リーファも程度の差はあれ、大人の勘違いしたエゴ、「これはお前のため」っていう嘘に心を殺されてきた。

その苦しさ、そこから逃げるために唱え続けてきた、言葉。


「僕がわるいんだ」



僕は、死にかけるまで、そこから這い出せなかった。

ナディアが悩んでいた事に気付いてあげられなかった自分にも、死ぬほど腹が立っていた。


「今すぐは無理でも……」


車が止まった。

シャッターの降りた工場街に。

ナディアの親戚たちを載せていた四駆がエンジンを止め、ライトを消している。

ぼくはナディアの手を取った。


「僕と相棒で、必ず笑えるようにしてやる……ヤッラー(行くぞ)、僕から離れるな」


リーファの舌打ちと、窓を殴る音。

僕はドアを開けてナディアの手を引いた。


ナディアが、情けない声を上げて泣き、絞り出す様な声で言った。


「はい、離れません……」


そして。

泣き笑いの声で言った。


「一生離れんけん」








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