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ニューナンブは、53万円 ~トラちゃんを返せ〜



 私は、顔を背け、目出し帽を引き下ろした。


 傍らの、リボルバー式拳銃を手に取る。


 撃つつもりは無いが、脅せば手っ取り早く、話が進む。


 目を向けると、少女は、まだ、星空を見上げていたが、目出し帽越しに視線が合うと、「うおっ」と叫んで、首を竦めた。


 そこで、初めて自分の手首が結束帯で縛られている事に気づき、呆然と視線を注ぐ。


 無言の私と、自分の手首を交互に見た後、漁火を眺め、ゴロリと横になった。


「何か、釣れたら起こしてーな……イダっ」


 私がベンチに腰掛けたまま、足を蹴ると、慌てて起き上がって来た。


 私は、スクールガールの事で気が立っていたので、黙って銃を向ける。


 私は……と言うか、兵士なら、老若男女、自分に刃向かって来る敵は平等に扱う。


 引き金を引く力があれば、人を殺せるからだ。


 少女は、尻で後退りながら、


「ちょ、ちょ、タンマ! 夢ちゃうん、コレ!? ……イタっ」


 包帯の巻かれた額を押さえて、顔をしかめる。


 私は、無言で銃を向け続けた。


「え、ナニソレ、同業者!? ガソリンの密売くらいでそれはないやろ!」


 弁護士の世界では、相手が自分から情報を吐いてくれることを、『自白の先行』と言う。

 

 相手の情報がわからない場合、無言のプレッシャーが一番いい。

 こちらが、相手に対して無知なのを、悟られずに済む。


 少女は、ひきつった顔で、両手をかざしつつ、喚く。


「ちゃうて、言われた通りに、倉庫入ったやん! ガソリン欲しけりゃ、持ってってええて! 勘弁してーな!」


 もうひと押しか。


 私は、リボルバーの撃鉄を上げた。


「わ、わわあ! やめ、やめって!……う、ウチ殺したら、組のヤツラが黙ってへんで! こんなんでも、極道の娘なんじゃ!」


 尻尾をつかんだ。


 青くなったり、赤くなったり忙しい顔から銃口をそらし、私は引き金を引いた。


 轟音が、悲鳴をかき消す。


 目出し帽の王が、操舵席から顔を出した。

 私が頷くと、何事もなかったかのように、背を向ける。


 痴漢は、繋がれたまま、丸まって、眠りこんでいる。


 真っ青になって震える少女に顔を近づけ、言った。


「どこの組だ。吐け」


 ひっ、と声を上げた少女は、情けない顔で泣き出した。


 銃声の迫力は、理屈ではない。

『死』がそこにあるという事を、嫌というほど教えてくれる。


 少女は、大急ぎで、ペッタリと土下座する。


「すんません、勘弁して下さい。もう、ガソリンの密売はやめますから……組、襲うんはやめてくだしゃい。小さい妹もおるんですぅ」


 何を言ってるんだ、コイツ?


 震えながら、土下座している、少女の後頭部を見ていると、自分が途轍もない悪人に思えてきた。


 私は、気力を奮い立たす。

 

 スクールガールの、命が掛かっているかもしれんのだ。

 コイツが、倉庫を爆破しに来たのを忘れるな。


 私が、問うまでもなく、少女はベラベラ喋り続ける。


「うちなんか、ガススタ(ガソリンスタンド)と、産廃と、テキ屋のシノギしがない、吹けば飛びゅよな、組なんりぇす。カタギ様にメーワク掛けん様に生きとるげど……不況なんですぅ」


 私は……理由は分からないが、怒りで体が震えてきた。

 この感情はなんだ?

 自分でも分からない。


 頭に浮かぶセリフは……


 『チガウ、ソウジャナイ』


 自制心を総動員し、ともすれば、うっかり撃鉄を落としてしまいそうな、怒りと闘う。


 少女の言葉は止まらない。

 よく喋るな、このガキ。


「今まで卸してた、得意先も譲ります、漁師さんら、ガソリン安い時に買うて、倉庫に貯め込んでるから……儲かりましゅし……あああ」


 ガバっと顔を上げると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で訴えかけてきた。運転してたのだから、18歳以上のはずだが、中学生にしか見えない。


 正直……


 引いた。


「やっばり、田中さんとこと、梅田さんとこは、残しといて下さい! よう考えたら、妹の学費も出てきませんもん、密売やめだら! 産廃も、タイでの野焼きが無理なったし、あだまうぢ(頭打ち)なんでずよゔ!」


 なるほど、許可のない、ガソリンの備蓄は違法だ……

 

 だから、なんだ?

 

 私は、自分の目が血走るのがわかった。


 そんな話がしたいんじゃねーんだよ!


 私の向ける銃口も、殺意を放射する眼光も、逆効果だった。


「ぞんな、鉄砲が買えるんだったら、ええやないですかっ!ソレ、ニューナンブでしょ、スジから買ったら53マンですよ? ウチ、こないだ免許とったからいうて、買うてもろた車、軽トラですよ、中古の……?」


 記憶をたぐりよせる様に、静止した少女。


 絶望に満ちた声で、悲鳴を上げた。


「ああああ! せや、軽トラ! ウチの軽トラ! テッポで、脅されて、鉄火場入って行ったら、なんか天井落ちてきたんや、思い出したあああ!」


 膝立ちで、鬼女の様な顔で喚き散らす。

 向けられた、銃口が目に入ってない。


 わたしは、狼狽を顔に出さないように叫ぶ。


「座れ!」


覆い被さった前髪の隙間から、血走った目が、瞬きせず私を見つめる。


 私は、逃げたしたいのを必死でこらえる。

 コイツ……ヤバイぞ?


「ふざけなや! ウチの軽トラ返せ! 買うてもろた時、ぶーたれてたけど、ホンマはうれしかったんやからな! フロントミラーにキティつけて、成田山の御守も提げてたのに! トラちゃんて、呼んでたのに、心の中で!」


 うわ、ダッサ……


 色々引いてる私に、ポカポカと殴りかかってくる、勤労少女。


 証拠は無いが、確信した。

 コイツ、無関係だ。


「返せよっ、トラちゃん返せよ!」



 二分後。


 少女は、目の前で正座していた。

 私のゲンコツでできた、頭のたんこぶを押さえて、べそをかいている。


 流石に、銃で殴る気はしない。

 

 私は、目出し帽を脱ぎ捨て、頭痛をこらえながら聞いた。


「落ち着いたか……名前は?」


 少女は、口をへの字にしたまま、悔しそうに答えた。


左舷(さげん)……左舷蝶々(さげんちょうちょう)れすぅ」




 

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