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ボレロとニーソックス




 裸の女子がいるシャワー室に、飛び込むんなら、目を閉じるはず……とか、言わないよな?


 ぼくは、スライド式の、重い扉を半分ほど、全速力で開いた。


 目なんか閉じるか。

 転んだら、余計騒ぎになるわ。

 よそ見もしない。


 シャワーの音が、急に大きくなる。


「ひっ!」


体を滑り込ませてドアを閉め、引きつった悲鳴をあげる金髪の口を、素早く左手でふさぐ。


 熱めのシャワーが、もろにかかり、短パンとTシャツがどんどん重くなっていく。


 見開いた青い目を、ぼくは、至近距離から覗き込み、ジャス子のブラとパンツを握ったまま、しーってジェスチャー。

 ぼくの目、血走ってるだろうけど、どうでもいい!


 金髪が額に貼り付き、瞬きしない目に、恐怖の表情を浮かべるジャス子。

 

 そりゃそうだ、見つかったら終わりだもんな!

 ぼくだって、心臓が喉から飛び出しそうだわ!


『今日、午後八時ごろ、市内病院で、林堂元メンバーが、小5女子と入浴するという、痛ましい事件がありました』


 事故だ、事故!


 脳内NHKに、突っこんでる場合かよ、ぼく!?

 

現実と闘わなきゃだから、ジャス子を暴れないよう、背後から、抱きすくめる。


 えっ、なに、柔らかい!?


 お湯で温まったお腹に、ふにょっと手のひらが沈みこむみたいな感覚。


 こう……ナディアの胸を揉んだ時の感覚がよみがえった。


 いや、今押さえてんの、胸じゃないし!

 

  ジャス子の左のお尻に、下半身がくっつき、太もも同士が触れた。

 

 お腹に回した右手の下着も、シャワーのエジキだ。


「林堂さーん……あ、お風呂ですか」


 ぼくは、大げさに咳を連発した。

 ジャス子の悲鳴が、聞こえてたら、アウトだ。


ぼくは、震えるジャス子の口をしっかり押さえたまま、明るい声を出す。


「えっと、最後の診察が、三十分後って聞いてたから……」


「そーなんですよ。早めてもいいか聞きに来たんですけど……」


「こんなだから、予定通りで!」


 膝から、崩れそうなジャス子を支えて、よろけた。


 しっかり立てって!


 ぼくが、声に出さずに叱りつけると、ベソをかき始める。


「そーですね、わかりました………あら?」


 ぼくとジャス子の動きが止まる。


 なんだ、なにがあった?

 しくじる心当たりは、いくらでもあるぞ!?

 

 大げさじゃなく、自分の心臓の音が、マジで聞こえた。こめかみの鼓動。


 気づくな!

 何か知らんけど、気づくな!


「このボレロとニーソックスって……さっき、ありましたっけ?」


 二人でゆっくり、首をすくめた。


 アホー!

 ジャス子、何やっとんじゃ!


 ボレロって、きっとチョッキの事だろ?

 

 あああああ、終わった!

 

 ニーソックス、終わった!

 

 あんなもん、ぼくが履くわけないもんな!

 いや、履いたわ、ウマ娘のコスプレやった時!

 

「……あの……僕のです……」


「……そうですか。それじゃ、また後で来ますね!」


 ドアの閉まる音と共に、僕らは崩れ落ちた。


 容赦なく降り注ぐシャワー。

 

 ……も、イイデス。

 どうせ、パンツまでぐっしょりデス。


 ……疲れた。


 昨晩に続いて、全てをまた、使い切ってしまった。

 

 看護師さんの『……そうですか』の微妙な間が、のたうち回るほど、恥ずかしい。


 ぼくのだって、信じてくれてありがとう!

 信じんなよ、チクショウが!


 そこで、やっとジャス子の口を、押さえたままなのに気づいた。


 ぺったり座り込み、悲痛な声で泣いている。

 こっちは背中に密着してるから、何も見えない……


 いや。


 鏡だ。


 シャワーの壁面の、姿見に僕らが映っていた。


 両手を床についた、ジャス子の口を覆う、血走った目のぼく。


 ぺったり座った前面の、きわどい部分を、ジャス子の両腕が横切ってて、なんとかセーフ……


ぼくは、声にならない悲鳴を上げて、手を離した。


 これ、絵面、完全にアウトやん、プロの暴行犯やん!?


 ジャス子は、大事なものを無くしたみたいに、情けなく泣き続ける。


 会話を消すため、シャワーを、止めるわけにはいかない。


「す、すまん、ジャス子!」


 ぼくは、湯気の漂う、天井を見上げなから、謝った。


 ジャス子が、こっちを向く気配。


 座り込んで、壁にもたれる、ぼくの足の間に、飛び込んでくる。


 ぶん殴られるかな、って思ったけど、胸を拳で、殴りつけて来ただけだった。


「ごわがっだんだがらなっ!」


 思わず、至近距離で見つめ合う。


 涙とハナミズ、子供みたいにくしゃくしゃな顔で、訴えかける。


 頭に来て、ぼくも言い返した。


「俺だって怖かったわ! 危うく元メンバー……」


「ぢがゔ! 凛がだよっ!」


「……え」


「あんな顔で、口押さえられで、スッゴイ、力強ぐで……いづもの凛じゃながっだ!」


 うえええん


 ぼくは、呆然としてしまった。


 ……そなの?

 そんなに怖かったの、ぼくの顔?


ジャス子の裸が見えないように、うつむいて、しゃくり上げてる、つむじを見つめる。


「凛だら、なにざれでもいいげど、ごわいのは、イヤだっ!」


「……ごめん、必死だったんだって……」


 いまは、濡れたTシャツの上から、抱きついて来てる。

 

 今までで一番泣きながら、喚いた。

 声でかいって……


「わだじのハダガ、なんで見だんだよっ! もう二年まっでほじがったのに! ごんな、ヒンソーなのヤダ!」


 ぼくは呆れた。

 話ズレてるぞ?


「……あのな」


「服は、来る途中、お年玉はだいて気合い入れたげど、パンツは、無理だったんだよ、返せよ、見んなよ!」


 ぼくの手から、濡れて玉になった下着を取り返して、泣くジャス子。


 え……

 何……?

 つまり、裸に自信ないから、泣いてんの?


 白い肌が、水滴を弾く、肩を見つめる。

 湯気の中、下着を胸に抱えて泣く、ジャス子。


 肩の線が光沢を放ってる。


 アホか。

 金髪の天使みたいなのに。


 ……どう伝えよう?

 シャワーの音と、ジャス子の泣き声。


 どう伝えてもキザになりそうだけど。


 全然、その必要なかった。


 ジャス子が、うつむいたまま、しょぼくれた顔でまつげを伏せて……


 ゆっくり、目を見開く。


 え、何?

 

 ぼくの、股間をガン見してる。


 ぼくも、そうっと視線を落とし。


 忘れてました。

 

 ………

 

 いつから?

 

 そうだ、ナディアの胸も柔らかかったとか思った辺りですわ!


 ジャス子の悲鳴が、シャワー室にこだました。


 


 



 

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