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夏の景色とウォーズマン





「え……」


 院内放送を聞きながら、僕は、薬品くさい部屋に座るジャス子を、まじまじと見た。


 と言っても、黒いサンバイザーで顔を覆ってるから、表情は分からない。


「……何? 表情を読むのは無理。この、質感ウォーズマンっぽいマスクが、アタイのハートを覆い隠して……」


 メンドくさいので、素早く手を伸ばし、サンバイザーに手を掛ける。


 パリパリ言いながら、ひさしを上げると、ジャス子の白い顔が現れたけど、次の瞬間、また、戻された。


 一瞬しか見えなかったけど……


「……顔赤くね?」


「ベッドの下が暑かった」


「なんか、メイクしてる?」


「ウルセエなあ、腫れた目で歩けねえだろ!」


 ややギレしてる、金髪から、天井に目を戻し、横になった。


「そっか……そだな。そこのアクエ飲んでいいぞ」


「……おう」


 なんか、不満そうだな。


 ジャス子は、警戒してか、サンバイザーの顔を押さえながら、アクエリアスを取ると、蓋を開けて差し出した。


「……ん」


「いや、オマエ飲めよ」


「いいから、飲めって。病人のモンとれるかよ」


 左腕の点滴のせいか、喉は渇いて無いんだけどな。


 受け取って、3分の1程飲んで返した。


「後、飲んでいいぞ」


 それを受け取る、ジャス子の手が……


「なんで震えてんの?」


「うっせェなあ、イチイチ! アルコールが切れたんだよ、言わせんなよ!」


「オマエ、さっきから何キレてんだよ……あ、そうだ、お別れってなんだよ?」


「遅いって……」


 ジャス子が、苦そうに吐き捨てた。


 ジャス子が、姿勢を正すと、頭を下げた。


 ぼくも、あわてて起き上がる。


 え、なんだよ?


「一応、家の代表として来てるし、真面目にやる。にいにと、オヤジ(仮)から。『ありがとう、お陰で、みんな、スッキリ出来た。誰にもできない事だった』」


 静かで、はっきりとした声。


 それでもサンバイザーは、そのまま。

 なんでだ?


 ぼくは、ホッとした。


 よかった、サトシ達、怒ってないみたいだ。


「あ……いや、ぼくの方こそ言い過ぎた、スミマセン、って言っといて」


「………マッチポンプになるかもだけど」


ジャス子は、そう前置きして続けた。

 

 「にいに達も、ママの無茶振りに、時間が無い中、ハゲるくらい悩んで出した設定だった。悪く思わないであげてほしいんだ……なんで、笑うんだよ?」


「いや、オマエらしいなって。そうだよな、ゴメン。みんな必死だったんだよな……悪く思うも何も、イチバン大変だったのオマエじゃん」


 ジャス子は、俯いて、小さく呟く。


「んだよ……笑うなよ」


 ぼくは、さらに笑ってしまう。

 

 ションボリした姿と、いつものクソ生意気な態度とのギャップがスゴイ。

 

思わず、金髪の頭に手を置いた。


「ゴメン……マジ、がんばったよな、オマエ」


「やめろよっ!」


「ハハ、怒んな、悪かった……」


 振り払われるのを、予測してたから、笑ったんだけど………


 …………


 ぼくの手を、両手で上から押さえてるから、引っ込められない。


「……なんだよ」


「び、病人だろ、じっとしてろ! ホラ、寝ろって」


「お、おう」


 ……何か変だぞ、今日のコイツ?


 ジャス子が、ぼくの右手をとって、自分の胸元まで持ってくるのにあわせて寝転がる……


 ぼくは、ガバッと跳ね起きた。


 点滴の針が痛んで、思わず声を上げる。


「だ、大丈夫!? か、看護師さん……」


「そうだ! 首、俺が絞めたとこは!?」


「え……」


 俺は、怖い顔をしてたと思う。


 あごをそっと、上げさせ、首に顔を近づける。


 勢いにビビッたのか、抵抗しないでふるえてる、タイトスカートのオカッパ。


 悪いけど、構ってられない。


 青白いに近い肌が、今は真っ赤だ。


 それでも……

 ぼくの手形が、うっすら見えて、ショックを受けた。


 針が刺さってる方の手を使って、反対側も観察する。


 ぼくのされるがままで、首を傾け、縮こまってるジャス子。耳まで赤い。


 ぼくは、改めて、自分にガッカリした。

 

 ……短気過ぎる。


 何てことしたんだ。

 ちょっと泣きたくなった。


 僕がそっと首をなでると、ジャス子は、ビクッとして、変な声を上げた。


「ごめんな……」


「な、なんだよ! なんで、泣きそうな顔すんだよ!?」


 そう言って、ぼくの両手の上から、また、掌をかぶせた。


サンバイザー越しに見つめあってると、視界が涙でにじんできた。


 ガックリとうなだれる。

 顔が熱くなってきた。

 

 ……恥ずかしい。

 メッチャ恥ズい。


 気づいてみたら、声に出してた。


「こんな事しといて……俺、なんであんなにエラソーな事言えたんだろ……」


「凜く……凜、悪くないじゃん! そう言うのやめろって!」


 ぼくが、一瞬顔をあげて見つめると、ジャス子は固まった。


 ぼくは、頭を振って、うつむく。

 

 涙が、シーツの上に落ちた。

 

 男子が、やっちゃいけない事だった。

 

 サイテーだ。

 

 その後、ウエメセで吼えてたのが、さらに痛い。涙が止まらない。

 

「ゴメンな……何もかも……こんな俺なんかが、オマエの……」


「ああ、もう! もういいや!」


 ぼくの手を振り払って、立ち上がると……


 ぼくの頭を強く抱きしめた。


 柔らかい、僅かな弾力と、夏の匂いに包まれる。


「凜、ズルいんだよ! なんだよ、ジェットコースターかよ!?」


 ぼくは、情けなくて抵抗出来ない。


 年下に心配されるなんて。


 5年坊に、なぐさめられるなんて。


 声が出た。

 情けない、泣き声だ。


 止まらなかった。


 ジャス子が、さらに強く抱きしめ、頭のてっぺんに、頬ずりしてくる。


「何でだよ、なんで、そんなに屋根ゴミなのさ!? そりゃ、ねえねたちもおかしくなるわ」


 コイツのミントの匂いが、ひまわりと青空、夏の景色を思い出させてくれる。


 もう、夏は終わるけど、また、あんな明るい気持ちになれるだろうか。


 こんな、ぼくでも。 


 鼻がツンとして、頭が痛い。


 今は、全然、未来が見えない。


「安心しろよ。アンタなんか、泣き虫の弟ぐらいにしか思ってねぇから」


「……うん」


 サンバイザーを投げ捨て、ぼくの頬に頬をくっつけた。


「そうだよ、だから……オマエなんか『凛』で充分」


「うん」


 強く強く、頬を擦り付けてくる。


「ダメ……キュンどこじゃ……おかしくなりそう……」


 うわごとの様にジャス子は呟き、顔を離すと、自分自身を何度もビンタした。


 のろのろと見上げるぼくを、真っ赤な顔、潤んだ眼で見下ろす。


顔をしかめながら、無理やり微笑むと、肩に手を置いて言った。


「お姉ちゃんからの命令な……凛、寝ろ。そばにいてやるから」


 


 



 

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