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彼女の事を、誰も分かっていなかった



 静まり返る、リビングルーム。


 リーファ達三人、ジャス子に、サトシ、駒口さんと、ハスマイラさん。


 8人いても、全然、狭く感じない広さ。


 窓から見える、幹線道路のヘッドライトが、昼よりずっと少ない。


 みんな、ぼくが口にした事を信じられないって顔をしてる。


 僕の横にいるサトシ、その前に正座してる、ジャス子もだ。

 

 ぼくは、金髪オカッパの青い顔を、見ないように努力する。


 熱がある上に、緊張で顔がほてって来た。

 内心、焦る。


 ジャス子に否定されたら終わりだ。


『アワセロ』って言ったの通じてなかったか……


 でも。


「何で……」


 絞り出すように言うと、ジャス子は、泣き出した。

 

 その後ろに立っている、入り口付近のリーファ達と、駒口さん達が、うろたえ、顔を見合わせてる。


 いいぞ。


 そして。

 

 案の定、『それは、初めて聞いた』って顔で、リーファ達が、ジャス子の後頭部をガン見してる。


 サトシが、かすれた声で言った。


「……どういう事や……ジャス、それホンマか!」


 ぼくは、出来るだけ穏やかに言った。


「なんで、怒るんだよ? そこまで思い詰めたジャス子が悪いのか?」


 本物の激怒を、顔に浮かべたサトシの視線を、ガッチリ受け止める。


 今から、言う事にウソはない。

 

 ジャス子が、気づいてないだけだ。

 

 そして、疫病神を守るために、ギリギリまで、あった事を話す。

 

 いくぞ。


「違うだろ? 間違いなく、オマエラのせいだよ」


 サトシが目を見開く。


 精悍な顔。

 

 大会の時は、苦しそうに、胸を押さえてたけど、今は大丈夫なんだろうか。


 まあ……

 

 大丈夫じゃなくても、容赦しないけどな。


「駒口さんから聞いた。ジャス子についてた嘘も」


サトシが、マジギレした。


「オマエに何がわかんねん!? 俺らが平気やった、オモてんのか!?」


 ……アホか、コイツ?


 ぼくもキレた。

 

 「なら、ジャス子が平気だったと思ってんのか!? 平気な顔しなきゃいけなかっただけってなんでわかんねぇんだよ!」


 ……ヤベ、視界が揺れる。

 ぼくは、布団に手をついた。


 一瞬、駆け寄ろうとする、ナディアたちを、視線で縫い止めた。


 女子に助けられてちゃ、説得力がなくなる。


 ぼくは、息を切らしながら、サトシをニラむ。


 「何勘違いしてんだ、オマエ? 自分達が一番大変だったって思ってんのか? じゃあ、例えば、サトシがリーファの父親に、実はオマエ、妾さんの子供な、って言われて、引き取られたら……想像出来るか?」


 サトシの顔が、強ばっていく。


「……それは」


「想像しろよ、最後まで! そこで、リーファが、優しくしてくれたらどうだ? いたたまれなくて、申し訳なくて、死にたくならないか? 自分に遠慮して、リーファが、お母さんにも会いに行かない…… 『消えたい』って思って、当たり前だろうがッ!」


 サトシが、震え出し、顔を覆う、ジャス子を見た。


 ……ジャス子が、ホントのところ、どう思ってたかわからない。

 でも、『胃に穴が空くほど悩んだ』っていうなら、間違いじゃないはずだ。


 ……あれ、頭がガンガンする。

 

 なんか、マジ、マージナル(ギリギリ)だよな、最近の俺。


「オマエラさ、さっきから聞いてたら、『ジャス子が悪いに決まってる』ばっかりじゃん? コイツにムカついてた俺だって、味方したくもなるわ。……もう、どうでもいいだろうけど、キスの話だったな? 」


 ジャス子が、ビクンと震え、リーファ達が不安そうにぼくを見た。


 そちらは見ずに、念じた。


 任せろ。


「リーファが、ナディア達とモメて、みんな、バラけた。夏休みだ、仲直りする機会がない。『ねえねがぼっちになる、何とかならない?』そう聞かれたよ」


 本当に泣いている、ジャス子を見ながら、俺は言った。


「情けない事に、俺、何も浮かばなかった。そしたら、コイツ、俺を押し倒して、キスして……動画に撮って、リーファ達に、ばら撒いたんだ。焦ってたのか、俺にも送ってきた」


 サトシが、蒼白になって俺を見る。


 頭が痛くて、その意味を考える余裕がない。


 今は、いい。


 ここからが、勝負だ。けっぱれ、俺。


 頭痛と戦いながら、ぼくは続ける。

 

「胸ぐらを掴んで怒った俺に、ジャス子は言ったよ。『心配しなくても、みんながボコってくれるよ』って……コイツ、みんなを呼び戻すためだけに、そんな事をしたんだ」


 リーファが、膝を付いて、ジャス子を抱きしめた。


「……ゴメン。ゴメン、ジャス子」


 リーファの涙声を聞いて、ナディア達も、目をこする。


 駒口さんが、背中を向けた。


 ハスマイラさんも、顔を背ける。


 あかん、吐き気もしてきた。

 けど、ここからだ、ここからなんだ。


「みんな、びっくりして、戻ってきたよ。誰も怒ってなかった。お蔭で、リーファは、みんなに……謝ることが……出来たんだ」


 ぼくは、近くにあったゴミ箱を、音速で引き寄せると、思い切り吐いた。


 消化できなかった、ピザが、嫌な匂いをさせる。


 ナディアたちが、僕の名を叫ぶ。


 サトシが、涙を浮かべて言った。


「わかった、凛! 俺がまちがってた! 悪かった……」


「わかってないッ!」


 ぼくは、思い切り吠えた。吐いたものが飛ぶのもお構いなしに。


「誰もわかってねえんだよ、コイツがどれだけ無理してきたか! 俺も、この瞬間まで、わかんなかった!」


 皆が、ぼくを、恐怖に近い眼差しで見てる。


 視界がかすむ。


 まだだ。


 レスリングの、追い込み練習を思い出した。


 まだだ。


「ジャス子は言った、身体を売ってでも、家を出たい、無くすものなんかないからって……一緒に暮らしてた、母親に捨てられたと思ってたんだ。なあ、設定、無神経すぎんだろ!? 自分に置き換えてみろよッ……あ……」


 ホントにダメだ。


 布団に手をついた。

 俺、白目剥いてね?


 ハスマイラさんが、スタスタと、近寄ってきた。


「終わりッス。キミはよく頑張ったッスよ?」


 まだだ。


 ぼくは、力なく、ハスマイラさんを、押しのけようとした。その手を捉える、険しい顔の、褐色美人。


「もういいよ、ベル君! 充分、充分だよ!」


 ジャス子の悲鳴。


 ぼくは、反射的に言い返した。

 

「……まだだ」


 ハスマイラさんが、中腰のまま、ぼくを支えた。


「……なら、トコトン行くッスか?」


 優しい笑顔に、言葉の意味を理解しないままうなずく。


 恐怖に近い表情で泣くサトシに、俺は……言った。


「それで……駒口さんが、全部嘘だって……言って……ジャス子は……まっとうに、やり直せるなら……イチバン大事なものを……取り返したかったんだ……」


リーファ達が、こっちに駆け寄る……ジャス子まで。


 ぼくは、吐きながら、呟く。


 「ゴメン……ジャス子……俺みたいな、ゴミじゃなかったら……ヨカッタ……よな……ゴメン」


視界が、ブラック・アウトした。


 


 

 


 

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