歌う疫病神
〽好きだとイワシてサヨリちゃん タイしたもんだよスズキくん
……こいつ無駄に歌うまいよな。
八月の終盤、灼けたアスファルトから、反射する熱気に、顔をしかめる。
お魚天国を歌いながら、ぼくんちのマンションまでの道のりを辿る、ジャス子とぼく。
当たり前のように、ぼくんちに向かうとこを見ると、コイツ、うちに寄ってから、小学校まで来たんだな。
母さんも、余計な事教えんなよ。
お陰で、ワンダフルな時間が、お預けになってしまった。
どうやって、ぼくんち分かったんだろう?
「〽魚・魚・さかなー……もう、ベルさんのせいで、この歌、頭から離れないし、ぷんぷん」
ああ、可愛くねえ。『ぷんぷん』にも感情全くこもってないし。
ぼくはシカトを決め込んだけど、全く気にせず、幹線道路沿いの歩道を歩きながら、歌い続けるジャス子。
マンションの前まで来たときだった。
「ダーリン!」
ちょうど、敷地内の小道から、出てきたロシア人に、飛びつかれた。
「うわ、やめろって、オリガ!」
「ダカラ、ギューだけデ、ガマンシテルヨ………アレ、キミ、確か……」
「こんちわ。ジャスミンでーす……〽さー、ミンナで、魚ーをたべーよおー」
両手を広げて、朗々と歌い続けるジャス子。
それを、ぼくに抱きついたまま、真剣に見つめるオリガ。
スゴイ高音だ。
かなり、歌うまくね?
「魚がぼくーらをー……まってーいるー……おー! スミマセン、最後まで唄わないと気持ち悪くて」
オリガが、ぼくから離れて、スタスタとジャス子に近づく。
「ウマイな……ホイッスル・ボイス、デルんじゃネ?……モスキートいるし、ここ出ヨ」
オリガを見上げながら、道路まで出ると、無表情に、カウントする、ジャス子。
「1,2,…1,2,3……you've got me feeling emotion!」
人が変わったように、感情を込めて、歌詞を叩きつけるジャス子。
度肝を抜かれた。
オリガが、ニヤリと笑って、息を大きく吸い込む。
「「……wow wow, you've got me feeling …e・mo・tion! higher than the heavens above!」」
完璧な、ハーモニー。
なにこれ、ドッキリ?
道行く人も、足を止めて見ている。
そりゃそうだ、金髪の白人少女、しかもメッチャ美人二人が、プロ並みの歌唱力を披露しているんだから。
この曲、知ってる。
マライア・キャリーの古い曲だ。
信号待ちの車も、何事かと、半笑いで見ているけど、悪意は感じない。
二人とも、堂々と、大通りに向かって歌い続ける。
お互いが、昔からのデュオみたいに、補い、譲り合い、即興とは思えない精度で歌い続ける。
ぼくは、なんだか、気おくれしてしまって、ちょっと距離をとろうと、後退してしまった。
「何事ですか、ベルさん?」
声をかけられて振り向くと、そこにいたのは、メグだった。
スマブラ大阪大会で、替え玉してくれた時と違って、なんというか……完全武装?
Tシャツにショートのデニムなんだけど、子供ながら、メイクもヘアセットもバッチリだ。
「あれ、メグ? どうしてここに?」
「オリガさんから連絡あって、今日、空いてるから撮影するか? って……田中と鈴木も来てますよ?」
振り向くと、マンションの駐車場に、ハザードランプを出した乗用車がとまってて、こないだのマネージャーさんが、駆けてきた。
「どしたの? これ、なんかの企画!?」
コーフン気味に聞いてくるマネージャー。
「いえ、急に二人で歌い始めて……あ、スゲェ」
「二人とも、超高音! マジか、メッチャ絵になる! スカウトしたいんだけど?」
二人とも、完全に自分たちの、世界に入ってるなあ。
どんどん、人だかりが出来て、みんな、スマホで撮ってる。
最後は二人でピッタリと〆た。
歓声と拍手が起こり、二人は肩で息をしながら、手を振ってそれに応えている。
部活帰りの中学生達が、マネージャーに、なんてユニットか、質問してる。
そりゃ、プロだって思うよね。
自分の事務所をうまく宣伝してる、マネージャーを見ながら、メグが感心して言った。
「すごいです、二人とも! ジャスミンさんでしたっけ? プロなんですか?」
「いや、知んない。でも、確かにスゴイな、オリガも」
「オリガさんは、配信でも歌ってますよ? 顔は出してないけど」
そうだったんだ。
二人とも、スゴイ特技、隠してたんだな。
スマブラしか出来ない自分が、ちょっぴり恥ずかしい。
一般的ウケする、趣味でもないしさ。
いい顔で握手するふたりに、マネージャーが、ウキウキと近寄る。
「いやあ、二人ともスゴイね? オリガくんは、歌ってるの知ってるけど……キミ、ゲームの大会にいた娘か! 歌も歌えるんだ!? どこかで習ってるの?」
「いえ、ヒマだから、いつも歌ってるだけです。時間だけはありますから」
ぼっちだもんナア……
「………マジ? あのさ、今からオリガくんとメグ、市内のスタジオに、撮影しに行くんだ。モデルとして。興味ない?」
「はい、全く」
ジャス子だよなあ。
ちょっと好感度が上がる。
ジャニーズにキャーキャー言ってる誰かさん達よりかは、ね。
「そんなこと言わないで……あ、リーファ君と、ナディアくんも来るんだけど?」
「車の屋根に、掴まってでも行く」





