それぞれのエピローグ 〜りょうちんの場合〜
りょうちん………こと、亮二はため息をついた。
学校からの、帰り道。いつもなら、この商店街をダッシュで駆け抜け、古びた一戸建てを目指すのだが、今日はとてもそんな気になれない。
黒くなったガムが張り付く、ペンキの剥げた道をとぼとぼ歩きながら、壊れてしまったSwitchとプロコンの事を考えた。
昨日、スマブラの大会から帰って、母ちゃんにぶん殴られた頬は、目立たなくなってくれたけど、壊れた宝物は、お金を出さなきゃ直らない。
「りょうちゃん!」
シャッターの目立つ中でもやってる、数少ない店の一つ、漬物屋の爺さんが、声をかけてきた。
「あー、ただいま。なんだよ?」
メガネをかけた、肌着の店主が、照れたように言った。
「すまん、時間がある時、電球を……」
「んあー、わかった。ランドセル置いたら行くから、自分でやろうとすんなよ?」
そんな気分でもないけど、仕方ない。
プライドだけは高くて、稼ぎの安定しない父ちゃんの子である自分が、生きてこれたのも、この商店街のおかげなのだ。
「……勝ちたかったなあ」
本当に、どんな手を使っても勝ちたかった。
一緒に出た二人は、自分程ではないけど、学校でもズバ抜けて上手い奴らだ。
一人は不登校を、スマブラのおかけで乗り越えれた、幼馴染。
小学校最後の思い出に、どうしても勝ちたかった。
ただ、相手が上手すぎた。
同じ小6とは思えなかった。
不戦勝でも、何でもいいから、勝ちたくて騒いだけど……
少し、背中が丸まった。
カッコ悪かったよな……アレ。
逆に仲間に恥をかかせてしまった。
スタッフに、叱られてる間考えてたのは、『仲間にどう謝ろう』って事ばかりだった。
説教から開放され、一秒でも早く、会場を去りたかった。
ミジメな気持ちで死にたかったけど、何より、巻き込んでしまった仲間への申し訳無さで、涙が止まらなかった。
たまらず、トイレに駆け込み、個室で思い切り泣いた後、扉を開けると……
巨大な背中が見えた。
清掃員なのか、背中に『境清掃サービス』
と書かれている。
何かを吊り下げてる。
逡巡の後、できるだけ距離をとって回り込むと……
記憶が飛ぶ程、驚いた。
吊り下げられてたのは、リンゴを握り潰した女の人だった。
清掃員と眼が合う。
全身が痺れ、恐怖のあまり、視野狭窄を起こした。
小さく、感情のない眼に見下され、一目散に逃げ出す。
本来なら、スマホで110すべきなのに、そんな事すら思いつかない。
スマブラで、それやったら狩られるって分かってるのに、反射的にやっちゃう行動と全く同じ。
狡賢くて、変なトコだけ男っぽい、父の許へ走る事しか頭になかった。
壁際で心配そうにしてた、三人に叫ぶ。
「だ、男子トイレ、リンゴの姉さん、吊り上げられてる、巨人に!」
は?
と、言う顔を、三人がした途端、走って来たトイレから、複数の悲鳴が上がった。
「こっち!」
説明する代わりに、三人を誘導し、周りのギャラリーと一緒に駆け出した。
すぐに、人混みにストップさせられる。
さっき見た、大男が、リンゴを握り潰した女性をひきずって、ズカズカ歩いてくる。
その後ろを、さっきボコボコにしてくれた、女の子達がついて来てる。
それについて、感想を持つ前に、大男の拳が、女の人の側頭部に叩き込まれ、思わず悲鳴を上げた。
………怖い。
普通じゃない、何コレ?
ギャラリーも、自分も何もできない。
大男は、エスカレーターで逃げるつもりだ。
「りょう」
父から、プロコンを渡された。
「思いっきりぶつけて来い……」
父の震える声。
小心者なのに、どこか、男っぽい。
そんな大好きな父が言った。
「カッコつけて、見返そうぜ?」
……そして、今。
転売するためのプラチナチケットと、Switch、プロコンを失い、元ヤンの母は激怒した。
父は負けじと喚き返してたが、男のプライドは金にならない。
父の生き方の教訓だ。
そして、女にロマンはない。
母の生き方の教訓だ。
スタッフのお姉さんを、虎の子の関ジャニチケットで買収し、警察が帰るのを見届けてから、チームの仲間と駅まで走って逃げた。
仲間はスゴく感動してくれ、手放しで賞賛してくれたのが救いだ。
ひっそりと、マクドで残念会をして、帰宅。
仲間の、俺達のSwitchを、使ってくれって申し出を、ないわ、アホ、と断ったけど……
スマブラはもう沢山としても、フォールガイズは、やりたいな、とか思ってる。
プロコンは諦めるとして、Switchの修理くらいは、母ちゃんにかけ合おう、殴られるだろうけど、とか思ってるうちに、家までたどり着いた。
けど。
様子がおかしい。
商店街のハズレの自宅の前に、四駆が停まっている。
背の高い外国人が、箱を持って、玄関の前に立っていた。
応対してるのは、両親。だらし無いスウェット姿で、ポカンとサングラス姿の男の人を見上げている。
母と目があった。
それに気づいたのか、その人がこっちを見た。
浅黒い肌で、髭を生やしたハンサムなおじさん。
自分を見て、高そうな色眼鏡を外すと、ニッコリ笑って片目を瞑った。
え、なんだ、この人。メッチャカッコいいんだけど。
「君が、りょうちんかい?……妻と、娘、そして仲間を救ってくれた勇者だね?」
温かい声。
催眠術にかかったみたいに、目が離せなかった。
「いえ……俺、プロコン投げただけ………父ちゃんが」
「もちろん、お父さんにも感謝してる。けど、それも、君が闘ってくれたおかげだ」
近づいてきて、渡されたのは……
最新のSwitch。
「本来、皆で礼に来るべきなんだけど……ケガしてるから、私が代表で来たんだ。
まずはこれ。後、プロコンとPS5、関ジャニのチケットの代わりに、転売用のパソコンを何台か」
亮二は、なにが起こってるのかわからず、Switchを受け取る事も出来なかった。
うわずった声で、父が虚勢を張る。
「気、気持ちだけもらっとくよ……奥さんと、ガキは、無事なの?」
母が、父の足を踏んづける。
それな、カッコつけてる場合じゃないだろ?
外国人は、父の方を振り返ると、優しい声で言った。
「もちろん。神とあなた方のおかげだ………大会が、中止になる所を、大金を使って防いだ上、何も言わずに姿を消す………子供たちからの伝言です。『二人ともめっちゃカッコよかった。落差ズルくね?』との事です」
亮二の体が熱くなった。
なにか………
報われた気持ちだ。
外国人は、真剣な眼で言った。
「それと……詳しくは言えないけど、あなたたちのおかげで、子供達が、道を踏み外さないで済んだんだ。あなた達のおかげだ。どれだけ感謝しても足りない」
「そ、そうなの?……そ、それなら」
「じゃあ、もらえんわ、ハンサムさん」
父の声に被せて遮ったのは、母さん。
「母ちゃん!?なんで?」
亮二の抗議を無視し、母はつよい口調で言った。
「子供が絡むんなら、物なんか貰えません。父ちゃんが………男が女を、大人が子供を助けるんは、当たり前やん?」
金に人一倍うるさい母は、亮二を見て言った。
「それと、亮二は、アホやけど、優しい子です。困ってる人を助けてお金もろたら、亮二のやった事、侮辱する事になりますから」
亮二は、感動した。
だが。
呟かざるを得なかった。
「………PS5」
「やかましわ!」
ハンサムは、頭を掻いた。
愉快そうに、ボヤく。
「オリガの言った通りになったか……サムライの国だな、全く……店主さん、プランᗷです」
四駆から、おじいさんが、降りてきた。
「あっ……おもちゃ屋の」
亮二が、恥ずかしそうにしてる、老人を見てつぶやく。
商店街の、おもちゃ屋の店主だ。
亮二も、昔は世話になったけど、品揃えが古過ぎで、最近は、足が遠のいている。
店主は、照れながら言った。
「このSwitchなんかは、うちの店を通して買ったことになっとるんだ。店を助けると思って、受け取ってくれんかの?」
母が、呆れたように言った。
「そこまでする?」
……そして。
母は笑った。いい顔で。
「負けた……ありがたく頂きます」





