少女ファイト
ナディアの姿を見て、表情を変えるリーファ。
ぎらつく太陽に、一瞬目を細め、
エレベーターから不審そうな顔で降りて来た。
「どうしたんだ、リーファ?」
「……凜が、あんな事言うのおかしいから、気になって戻ってきた。もしかして……ナー、お客さんが来たの?」
えっ? ソレ、男子の前で話す事?
短パン、Tシャツのナディアが言った。
「ザブトンの事か? 出血サービスデーなら、終わっちょる。うちが恥ずかしそうにしちょったら、凛が、気ィきかせてくれただけじゃ」
「アー、アー、聞きたくない、聞きたくないぞ!」
「「あ……」」
気まずそうに、うつむく二人の横顔。
ナンダヨ、『女子同士でも恥ずかしいんじゃ』とか、大ウソじゃんか!
生々し過ぎて、引いたわ!
少し、緊張した声で、リーファが尋ねた。
「……ナー。凛と何かあった? その服もだけど……顔が優しくなってる」
「……あった。うち、リーに謝らにゃいかん」
リーファを見上げ、テーピングした左手を掲げる。
「うち、左手ケガしちょらん。リーから、話があるってline来たとき、ママに芝居してくれるよう頼んだ。最後に悪あがきするから、言うての」
リーファが切れ長の目を見開いた。
「あきらめきれんかった……ホンマに最低なんはうちじゃ……」
「ふざっけんな!」
リーファのビンタを食らって、ナディアが、ぶっ倒れた。チャドルの入ったスーパーの袋ごと、ビニル床の上に投げ出される。
「リーファ、ナディア、怪我してるんだぞ!」
ぼくは、ナディアをかばう様に抱え起こす。
それは、リーファの怒りに油を注いだだけだった。
「は? ナニそれ? サイテー呼ばわりしてぶん殴っといて、自分の方が汚いマネしてたんだよ? 嘘つきはどっちさ!」
ぼくは言い返せなかった。
代わりに、玄関のドアが開いて、険しい顔の母さんが顔を出し言った。
「せやな。これでおあいこや、水に流し」
一瞬驚いたリーファ。
5階下の、セミの声に負けずに声を張り上げた。
「冗談じゃない! ワタシ、親友に、裏切られたんですよ?」
「京子ちゃんに聞いたけど……おんなじ事、ナディアちゃんに言われたらしいな?」
「私は、騙してない!」
「そう言いに、ナディアちゃんのとこ行ったんやろ。騙したんといっしょやから」
リーファは、もどかしそうに、足を踏みならしながら、喚いた。
「私はっ、騙してないっ!」
母さんは、一つ頷き言った。
「騙してなかったら、ナディアちゃんがした事許せる? 許せんかったら、ナディアちゃんもリーファちゃんを許せんわな」
リーファの顔がさあっと青ざめた。
ぼくは、固まったままだ。
「ナー……凛と……何を」
赤くなって、うつむく、ナディア。
「お母さん……公認なんですか?」
震えるリーファの問いに、母さんは吐き捨てた。
「アホいいなや。アンタらで勝手にやらんかい……けどな、これで、二人ともおあいこや。これ以上、暴力振るうような娘は、出禁にすんで?」
そう言うと、サッサと引っ込んでしまった。
取り残された僕たち。
残暑って言うには、キツすぎる太陽と、セミの声が、ぼくら三人に降り注ぐ。
ぼくは、ナディアに手を貸して、立ち上がらせた。昨日、大男に膝蹴りして傷めた、右ヒザが心配だ。
大阪大会が、遠い過去に思えた。
……ママにぶたれた左頬、更にリーファに叩かれ、腫れがひどくなってる。
「……確かに、バカみたいだね、私達」
リーファが、ポツリと呟き、ぼくとナディアは、目を向けた。
「よく考えたら……ウソかどうかなんか、関係ない、出し抜かれた方は、怒るに決まってんじゃん? そもそも、じゃあ、なんか、凛にしようとする度、イチイチ報告すんの? って話だよ」
「……ホンマじゃ、ホンマ、その通りじゃ」
少し柔かくなった、空気。
リーファが、少しうつむいて、右手を差し出した。
ナディアが、慌てて、その手を握る。
「二人とも……」
ぼくは、胸と目頭が熱くなった。
ぼくが、どう奮闘しても、出来そうにない事を……
二人は自然にやってのけた。
見つめ合う横顔を、はたで見ているぼく。
そもそも、元凶である僕が、二人を仲直りさせられる訳無いよね?
ちょっと、頭おかしい事考えてた、ゴメン。
リーファが微笑んで言った。
「私……凛のヒザで甘えてたら、抱え上げられてスッゴク見つめられた出だし、言えなかったの気にしてた」
一瞬、眼がマジになるナディア。
すぐに、余裕の笑みを浮かべ、Tシャツの襟を引っ張った。
リーファにレモンイエローの下着を見せつけながら、頬を染める。
「ヨカッタ……うちも凛に、ブラパン姿で、チチの谷間ペロられたん、やっと言える」
はいい!?
無音で踊ってしまったぼくは、リーファの血管が切れる音を確かに聞いた。





