男の娘ベル、パキスタンの僻地で、華々しくデビュー!
僕は、頭が真っ白になった。
………なんなの?
さっきから一体何?
爆発しそうな、怒りがこみあげてきて、視界が真っ赤になる。
もう、次から次へと、一体何なんだよ!
呪われてんのか、俺達!?
神様、ちょっと出てこいよ、プロコンでぶん殴ってやる!
「わ、私、自販機で冷たいヤツ買ってきます、ベルさん、一緒に!」
キレて、喚き出す寸前だった僕の手を、メグが引っ張ってくれたおかげで、そのタイミングが外れた。
我に返った僕は、あわててナディアたちを見た。ナディアは気づいてないけど、リーファはギョッとした顔で、こちらを見てる。
僕は顔を伏せ、
「ごめん、すぐ戻る!」
そう言って、メグと一緒に駆け出した。
「ベル、建物からは出ないで」
リーファの言葉に親指を立て、受付を走り過ぎる。
要所要所に、リーファと同じインカムを着けた東洋人が、さり気なく立ってて、ブラインドスポットを無くしている。
奥まった自販機の並ぶスペースに駆け込むと、目つきの悪い東洋人がいたのでギョッとする。
自分の耳にはめてるインカムをアピールして、スペースの入り口に歩いていった。
味方だ。
僕は頷いて、ベンチに沈み込んだ。
メグは、何も言わずに、次々とお金を投入し、自販機のボタンを押していく。
ゴトゴト、ジュースが落ちてくる音、ブーンという、冷却音以外何も聞こえない。
僕は、顔を上げられなかった。
心臓が、バクバクいってる。
危なかった。
取り返しのつかない事をしでかすとこだった。
ナディアのケガ……ナディア悪くないじゃん。
ツイてないとかじゃない、全部、一つの事から続いてるだけだろ?
………確かに、ありえないトラブルばっかり起こってる。
しかも、この日に。
でも、それも偶然じゃない。
ナディアんちの周りはカメラだらけだし、ママとナディアを一緒にさらうなら、二人で外出する、この日がベストだったんだろう……多分。
そう、確かにナディアの実家から始まったことばかりだ。
………全部ナディアのせい………
僕は、頭を振った。
何てこと、考えるんだ、僕は。
なんだか、頭がグチャグチャだ。
「………落ち着きました?ベルさん」
顔を上げると、メグが恐る恐るのぞき込んでた。何本かのジュースを抱きしめてるおかげで、着ているTシャツが濡れている。
「あ、ごめん、持つよ」
何本か受け取ろうとする。
いつの間にか、地声でフツーにしゃべってた。
「いいんです。私が行きます……ベルさん、まだ怖い顔してます」
そう言われて、僕は自分の顔を撫でた。
マスクの湿った布地の感触。
外して、手で、顔を覆う。
lineが鳴った。
メグのだ。
「……アリス姉さんからです。救護班が来たから、あの顔、メグが何とかしてから来い、って指令です」
メグはゴトゴトと、ベンチにジュースを置き、僕の隣に座った。
僕の隣で脚をブラブラさせ、ハミングする横顔。
……気楽な奴だな。
そう思った自分がさらにイヤになる。
今度はメグに、八つ当たりかよ?
そんなだからダメなんじゃん。
手を広げ、振り付けをしながら、ハミングを続ける、メグが視界の隅に入る。
上手いな、歌。
「今、あんな顔した自分を責め終わって、この美少女ウゼェなって思ってるフェイズかな?ベルさん」
僕は、ビックリしすぎて、ゆっくりとメグを見た。
にひひ、と笑うメグ。
「当たった」
「……サイテーだろ、僕」
メグは、困った様に笑う。
「フツーですよ。ぜんぜん。私が替え玉する経緯は聞きました。最初は信じられなかったです……ドラマみたいで」
メグは天井を見上げた。
「でも……でも、ですよ?」
メグは、僕の前にしゃがみこむと、下から僕をのぞきこんだ。
サラサラの髪、優しげな眼差し。
僕に似てない。こんなに可愛くない。
「あれもこれも欲しいんだから、しんどくて当たり前じゃないですか」
僕の頭のなかで、何かが弾けた。
「オリガさんも欲しい、大会にも出たい……横から見てたら、一番キレていいの、アリス姉さんでは?」
僕は、顔が熱くなった。
……そうだ、突然、大会前にパキスタンへ飛び出し、リーファパパを巻き込み、にわかコスプレさせる事になって……
そのリーファの前であんな顔してたのか、僕。
「マジ、サイテー……ってとこですか?」
「心読むな。はっきり言うな……」
メグは、ケタケタ笑うと立ち上がる。
「ま、ベルさん果報者ですよ。あんな尽くす美人に愛されて」
「言ってろ……」
「行きましょ、もう大丈夫そう……」
今度は僕のlineが鳴った。
オリガからだった。
忘れてた。
「……オリガ、ごめん。連絡遅くな……」
オリガは無言。ただしゃくりあげる声だけが聞こえる。
「どうした!?」
『ゴメン、リン……また……巻きコンだ』
メグが頷き、先に行った。
「なんの事?」
『ハシムの殺し屋……会場デ…』
「……ああ、大丈夫。大会は続いてる。勝ったよ。次が準決勝。いつコッチに……」
『コノママ、パキスタンに帰るヨ。お館様も、もう、コウサキ家にはカカワラナイッテ』
「…………そう」
泣き声が大きくなる。
『ゴメ、ナサイ。イチバン、大事な、ヒニ……』
「うん。で、いつ来んの、オマエ」
『………………ハ?』
「お婆さんに伝えろ。俺の賞品に勝手な事すんなって」
息を呑む声。しゃくりあげる声しか聞こえない。
どこかの駅のアナウンス。
リーファがあの時言ってくれたセリフを僕なりに伝える。
「それと、もう、そう言うのいいから、黙って配信見てろ、こっちはアンタたちがメンドクサイってわかってて関わってんだ、なめんじゃねえよってつけ加えて」
僕はわざとエラそうに命令する。頭に来てるのもあったけど、オリガはこの方が、言う事を聞くみたいだから。
なんだよ、マフディのヤツら、またおんなじ事繰り返すのかよ?
結局、顔向けできないとか言って、逃げてるだけじゃんか。
「早く会場に来い。返事は?」
『………』
「返事は?って聞いてんだよ!!」
泣き出すオリガ。
少し、頭が冷えた。
……言い過ぎたかな。
だって、これ、バロチであの時済んだ話じゃん?
何度言わせんだよ……って、俺もメグにさっき言われて色々反省したとこだったよね、ゴメン。
『バカリン………アタシが、観てて、マケタラ、許さなイ、カンナ』
良かった、いつものオリガだ。
言葉の合間にチュッチュ音がするのはスルーした。
ベンチから立ち上がり、人のいない、ジュースコーナーを出た。
「もう、準決勝が始まるから、行くよ」
僕は、オリガのセリフで、メガトン級のミスをした事に気づいた。
『お館サマに、配信のURLオクった……コスプレは、モウ、シテないよナ?』





