寂れた場所って、ホッとする

　壁にもたれ、天井を見上げてるアタシたち。

　実は防弾らしい窓から、見えるのは、街灯の光だけ。

「そろそろだな」

　たぬきのぬいぐるみを抱えたまま、ぼんやり呟く小花。

　そろそろ顔のパック外さない？

　上の階におびき寄せた理由は、聞かなくてもわかる。

　爆風は上に抜けるから、下を取られるより、安全なんだ。

　アタシは無表情をキープしてるつもりだけど、内心、ビクビクしてる。

　当たり前でしょ？

　敵のターゲットは、アタシ――梁　梨花―― だし、防御体勢も、バックアップの有無もわかんないもん。

　ため息が出そうだよ。

　今日会ったばっかりの人に、命を預ける状況って、どうなんだろな、って。

　でも。

「……小花。大丈夫？　顔チョー虚ろだけど」

「ん、……ああ」

　それでもぼんやりと天井を見上げたまま。

　アタシをつぶらな目で見つめる、たぬきのぬいぐるみ。

　なんだか、ミョーに、賢く見えた。

「反動だよ。一人の時はいつもこうだ」

「……納得だけど、もうすぐ、始まるんでしょ？」

「どうせ、いつ死んでも、おんなじだしな」

　本気だ、コレ。

　待て、アタシもいるんだけど？

「夕方、トップ・オブ・トップになるって言ってたじゃん？」

　言ってから、なんとなく、返ってくる返事は予測できてしまった。

「他にやることもないし…… 実際、そうなったところで、『だから、何？』だけど」

　やっぱり。

　だから、アタシはすぐに切り返せた。

「じゃ、小花がホントにやりたい事ってなんなの？」

「お嫁さん」

　……おっふ。

　心臓がバクバク言い始めて、顔がアツくなってきた。

　え、やべ。

　そう来んのかよ、素直すぎでっしゃろ、本部長？

　これ、上っ面なことも言えんし、沈黙はもっと不味くね？

　待てや、なんで命狙われてる身なのに、いらん爆弾、解除するハメになってんのさ？

「そう……なの？」

　うん、まずは無難なとこから。

　今までのアタシなら、いきなりデカいのブチ込んで、後悔にのたうち回ってたとこだよ。

「気づいたんだ。っていうか、気づいてしまってたんだよ、だいぶ前に」

　次のセリフは、アタシのこれからの人生に、破壊的な影響をくれた。

「一人で出来ることは…… ラクだけど、すぐに飽きちゃうって」

「そうなの……かなあ」

　アタシにはピンとこない。

　ゲームだって、一人で…… あ。

「ネトゲと、そうじゃないゲームとの違い…… みたいな？」

　きょとんとした、目を向ける、小花。

「ああ…… そうだ、まさしく、それだ。成人してから、ソシャゲをやってみて気づいたよ…… 知らんヤツに負けるのは、ムカつくが、AIと戦ってもつまらない。AI相手でも、負けたらムカつくけどな」

「コンドハ、当タルヨ」

　アタシのロボット・チックなセリフに、訝しげな顔をする、本部長。

　顔パックのせいで年齢不詳。

　外見は、マジで女子中学生だ。

「なんだ、それは？」

「時々、思い出すの。昔、【ひらパー】にあった、ショボいコインゲーム。一〇円入れて、光のルーレットが回って、当たったら、ラムネの小袋が落ちてくる。もちろん、当たんない。そしたら、形がだけはロボットのそいつが言うんだ。【今度は、当たるよ】って」

　ちょっと呆れたように、小花が言った。

「……それって、昭和のヤツじゃないか？　一〇円はあり得んだろ？」

「うん、アタシが小さい頃の話だけど、【レトロコーナー】って名ばかりの、ガラクタスペースにあった」

　アタシは、照れ隠しに笑う。

「実は、ホッとするんだ、寂れた場所…… アタシに相応しいってカンジがしてさ」

　不審そうな顔だった、小花が笑う。

　ホッとした顔で。

「それ、アタシもだよ…… 何か、嬉しいな、ホントにうれしい」

「アタシも…… アタシだけじゃなかったんだね」

「麻美もだよ。だから、地下街で呑んでるだろ、グッチのスーツ着て」

　心の底に、温かい川が流れたような気がした。

　ホントに繋がったような気持ち。

　差し迫る危機も忘れて、アタシは立てた膝に顔を乗せ、甘えた声で囁いた。

「ウケる、アタシ達、ホント、似たもの同士だね」

「……ところで、アタシの話にどう繋がる」

「別に。ただ、AIってか、機械相手でも、やっぱムカつくよね？　って言いたかった…… のかな？」

　ドアが蹴られる衝撃で、部屋が揺れた。

　ただし、上の階。

　オートロック、2LDKの割と築浅なんだけど、パラパラ、埃が落ちてきて、電灯が揺れた。

　「始まったな…… 」

　喚き声と、ドタバタ暴れる音。

　「まあ、実のとこ、なんの心配もしてない」

　こもった怒声が響く。なんか…… 巻き舌で、アジア圏の言葉じゃなさそう。

「相手も、東欧系のマシな連中をよこしたようだが…… そんなんじゃダメだ」

　よいしょ、と立ち上がり、流しにおいてある、マックブックを開いた。

「こっちは、特殊作戦群の変態どもが、ヨダレを垂らして待ってるのだから」

　銃声を聞くこともなく、騒ぎが静まった。

「私だ。全てグリーンだな？　滞りなく進めろ」

　マックブックに向かって、命令する低い声。

　アライグマの尻尾が揺れる、後ろ姿。

　おい、頼むから、カメラは切っとけよ？

　やりとりを終え、パタリとマックを閉じ、こっちを向いて伸びをする姿に、アタシは言った。

「でも…… やっぱカッコいいよ、仕事してる時の小花は」

　ニヤリと笑うパック顔。

「まあな。そもそも、【結婚】を対戦ゲームに例えるリーファも、十分こっち側な、気がするぞ？」