金持ちだって楽じゃねー

「リーファ～、なんで部屋の電気を消すぅ～」

　トイレから戻ってきた小花が、後ろ前に着たフーディーのフードを逆に被って、よたよた歩いてくる。

　かわいい。

「とうっ」

　アタシ――梁　梨花(リャン　リーファ)は、お腹に顔を埋めて抱きしめると、優しく、膝の上に引き倒した。

　黄色い悲鳴を上げて、手足をバタつかせる、酔っ払いの、自衛隊本部長。

　大阪の……関西だったか？　知らんわ……　自衛隊で、一番偉い人だ。

　ちっちゃくて、もこもこのパジャマにスリッパ。

　部屋はピンクが基調の、ぬいぐるみだらけな、少女部屋。

　ねえ、マイク、こんなのって信じられる？

　耳付きフードをひっぺがすと、パックを張り付けた顔が現れたから、うおっ、てのけぞっちゃったよ。

「脅かすなし、小花！」

「フフフ……　スト缶(ストロング缶)と、ポリンキーをかっ食らう日々を送る身だ。せめて、肌くらいは……な」

「ぬあーにが、『くらいはな』だ、コンニャロメ！」

「にゃははは、やめ、くすぐりは、よせ！」

　いや、アタシも一口もらったんだよ、レモン味。

　苦いサイダーみたいなカンジだったんだけど……

　効くわあ。

　一口でフラフラする。

　ハスマイラに見つかったら、ぶっ飛ばされるのは間違いない。

　あーあ、ママになったら、一緒に暮らすんか、締め付けキツそー……

　って、とっくに一緒に住んどるわ。

　「……何か思い出したのか？　ニヤニヤして」

「え？　してた、ニタニタ？」

「してたぞ……ニマニマ」

　二人同時に吹き出した。

　心が温かくなる。

　ろくでもない事ばっか続いてるから、よけいに。

　なんか、小花と話してたら面白い。

　年齢なんか、倍以上（3倍っていったら怒られる）なのに、シニカルなユーモアとか、笑いのツボとか似てるし……

　波長が合うって、こういうことかな？

　でも、【ママになる人】のこと、思い出してたっていうのもあれだから、８畳ほどしかない――大金持ちだよね？――部屋を見回し、ぼやいて見せた。

「いや、アタシんちも、お金あるから言うんだけど……　飽きた？」

　途端に爆笑して、手足をバタバタさせる小花。

　身をよじって、顔を真っ赤にしてるから、追い打ちでくすぐってやると、ホント、死にそうになってた。

　過呼吸みたいにゼエゼエしてから、おもむろにアタイのほっぺを引っ張る小花。イテェ。

　なんとなく、その時だけ、年上に思えておかしかった。

　でも、お腹の中の仕えがとれたみたいな、きよきよしい笑顔で伸びをする。

「部屋の趣味じゃなくて、そっちか……　うれしいよ、ホントに」

　おでこに腕を乗せ、嬉しそうにカムアウト。

「そう、飽きた。まさしくそれだ。君にしか言えないが、お金の無い奴らが羨ましかった。だって、【リッチになる】って、大きな夢の一つが、生まれた時からないんだぞ？」

　アタシも勢い込んで、わめいた。

「だよね！？　ウチは『可能な限り、ないフリしてろ』が家訓だったけど……　むりだっちゅーの、護衛が四六時中ついてたんだぜ？」

「「金持ちだって楽じゃねー」」

　見事にハモって、目を丸くするアタシたち。

　えー、もしかしたら……　生き別れの姉妹？

　ちょっと潤んだ目でほほ笑む、小花。

「リーファ……　君が2じゅう……　じゃなく、私があと……15も若ければ、楽しい学生生活だったろうな」

　アタシも優しく微笑む。

　１５若くても、同級生には程遠いよね？　って気持ちは、隠しつつ。

　２２時過ぎ。ストロング缶と魔剤(モンスター)、お菓子やチータラが毛足の長い絨毯の上に、ぷかぷか浮かんでる。

　二人して、天井を軽く見上げてたら、電話が鳴った。

　その途端、ばね仕掛けのように、小花が起き上がったのでびっくりした。

　傍らのスマホを取り上げ、秘匿アプリを立ち上げる、後ろ姿。

「私だ」

　氷のような低い声。

　アライグマのしっぽと、耳のついた後ろ姿。

　だめだ、メッチャ抱きしめて、もふもふしてえ。

　「……逃げたか。つまり順調だな……　ここにリーファ嬢がいる、スピーカーにしていいか……　正気だとも。私の後継者だからな」

　そなの？

　スマホを離し、まさか違うだろうけど、ビデオ通話してるかのように、画面に笑いかける。

　いや、アライグマフードで、パック顔だぞ？　まさか、違うよね？

「さて、リーファ。君が言うところの【目ん玉つながり】の進捗だ。聞くよな？」

「お願いします」

　ピッという音。

　流れてきた、まさかの声に、カールを落としてしまった。

『ものべですぅ。いやあ、橘さん、色んな香ばしい人たちと仲良くなってくれて、先生、うれしいですよ？』