アンクルサム・イズ・ナンバーワン
内圧に屈した小屋が、一瞬、ポップコーンの皿みたいに、膨れた様な気がした……
時には、身を翻した。
丈の低い雑草にダイブ。
背後の轟音より早く、背中に食い込む、ガラスや木片。
脳が焼け切れる熱さ。
「ぐおっ!」
ローズの腕を引っ張って、覆い被さったんは、自分でも意外やった。
「いってぇ……」
薄目を開けると、顔ひとつ分下で、ローズの驚いた顔。
ジャスミンちゃんによう似とるわ。
あ、そうか。
だからか。
転がっとっても熱い距離。
痛みは無視して、中腰。
警戒しながら、我に帰ったローズを、ひきおこす。
「んな顔すんなや。俺が一番驚いとるけど」
我に返ったんか、絶対手放さんかったバッグから、拳銃を抜いて索敵する。
「ジャスミンちゃんにも、デッカイ借りがあんねん…… タマをのこと、反グレから、守るために」
「ストップ。まずは、生き残りましょ」
燃え盛り、火の粉を巻き上げてる小屋が、宿からの射角を邪魔するルートで、距離をとる。
あたりまえやんけ。
言うたやろ、宿までの二〇メートル、雑草しかない舗装路やって。
自分の心臓の音聞きながら走ってる今も、後ろから狙撃されたら、一巻の終わりや。
助かったんは、ローズがメッチャ足速かったこと。
いち早く、自販機の陰に飛び込んで、
「カバー!」
バックステップで、宿にコルト向け続ける俺に、叫んでくれた。
オバチャン、顔出すなって!
撃つとこやったやんけ?
ローズの隣に蹲って、なんとか、息を整える。
香水の匂い。
敵サン、銃撃も、顔出す気配もない。
オレはすぐ横の、タイトスカートから伸びとる、夜目にも白い足に、問いかける。
「……気づいたか?」
「さっきの……【爆破】ってより、【派手に燃やした】ってイメージね」
げんなりしたことに、五〇メートル以上先の宿から、年寄りたちが泡食って飛び出してきた。
……敵襲はなさそうやな。
「こんな、逃げ場ない離島、選んだ理由、やっと分かったで」
「アタシ達、追手の足止めね…… さっきの爆破も、たぶんリモート。戦う気はなし、ひたすら逃げる…… 今頃もう、湖上の人ってカンジ?」
「さあ、どないするかの? 小屋燃やしたん、俺らのせいになってるで、コレ」
俺も、ローズも銃を隠しながら笑う。
「敵ながらやるわね…… ハイ、こんばんわ。賑やかな夜ね?」
血相変えて走ってきた婆さんは、虚を突かれた様に、俺ら二人を交互に見上げる。
「あんたら、どこから来たんや!? 小屋燃えとるやないの! ……ナニ、背中、焼けてるやん!」
ちょ、エミサン、薬箱!
怪しむのも忘れて、おっかなびっくり近づいて来とった、他のオバチャンに叫んでる。
思わず笑てもた。
エエ人やん、このバアチャン。
わざと、背中見えるように立ってた甲斐あったワ。
とっさに、ローズへ無茶ぶりする。
「ミランダ、証明書みせたって」
しゃーないやん、俺、ダミー会社の名刺も持ってないっちゅうねん。
ニコニコしながら、グッチのバッグを漁るローズ。
2つ折りの、パスケースを広げた時には、マジ顔になっていた。
「FBI特別捜査官のミランダよ。韓国系デベロッパーを名乗る、詐欺師を追ってます。4人は?」
顔写真の隣に、めっちゃわかりやすく、FBIの青文字。
まあ、偽造やろうけど、CIAよりは説得力あるかもな。
顔を近づけすぎ、今度は遠ざけて目を細める、バアチャンに、ローズが笑いをこらえてる。
「あのお客さんら、一〇分ほど前に、あわてて出て行ったで…… お金もようけ払ってくれたし、愛想もよかったけど…… 悪い人らなん?」
半信半疑ながら、質問に答えるオバチャン。
まあ、即通報ってことにはならんかもやけど……
どうやって、逃げるかね?
ローズはCIAっちゅう、セフティ・ネットがあるけど、俺のバックにゃ、闇だけや。
「小屋を燃やして、相棒の背中をレアにするくらいにはね…… 火、ある?」
オレは肩を竦めた。タバコはもう、やっとらん。
「そ…… 仲間だと思ってたのに、ザンネン」
スタスタ、燃える盛る小屋へ向かう、後ろ姿。
琵琶湖を渡る、強い風に交じって、聞こえてきたローター音。
後からきたオバチャンらが、ガン見する中、火の粉を散らす、炎の中に煙草を突っ込む、白い腕。
月がやっと、顔を出す。
白い光に照らされた、青い機体。
横腹には【滋賀県警】。
こちらを向いて、満足そうに煙を吐き出す、白い顔。
傲慢なまでの笑顔に、コイツの国籍と、職業への、矜持を垣間見た。
オレは苦笑しながら、道の真ん中・仁王立ちの、アメリカ美女に、ツッコんだ。
「いつの間に、ポリさん呼んでん…… っつか、呼べるんかい」
月とヘリを背負った女神は、髪をかき上げ、片目を瞑る。
「当然じゃない。アンクルサム・イズ・ナンバーワンよ?」





