パラミリ

　

　ダイビング用ゴーグルの向こうに広がる、一面、黒の世界。

　耳に入ってくるのは、ゴポゴポ言う音、むき出しの頭部に感じるのは、思ったより、冷たい水だけや。

　足のつかない暗闇で、粘っこい水を掻いとったら、ロクでもない想像しか、頭、よぎらん。

　大タコがおるとか、サメがウヨウヨ群れとるとか……

　

　こればっかしは、オレ――エディ・田中……でよかったよな、今は？―― も、陸上歩行生物やし、しゃーないわ。

　海ちゃうのにな、ココ。

　

　つま先が泥を捉えた。フィンで水を掻くのをやめ、ストック折りたたみ式のカラシニコフを引き寄せる。

　まだ水面には、顔を出さない。

　水の中、隣を幽霊みたいに歩く、細い影は無視。

　そんでも、頭の中でさっきから愚痴っとる、リフレインは抑えられへん。

　ものべのアホ…… こんなんと、バディ組ませるとか、何考えとんねん？

　百八十センチ近くある、オレとは身長差があるから、足つくのは遅れたはずやのに、しっかり、並んで歩いとる。

　強襲には、ラッキーな闇夜。なんも見えへんけど、気配でわかる。

　こいつ、調教師やのうて、オペレーターやったんか？

　アホなことばっかしとんのに、デキる子なんか？

　まあ、ものべには『足、引っ張るって判断したら、中止する』って念押ししといたし。

　昔のオレやったら、仲間やろうと、足手まといは迷わず処分してたけど……

　コイツは…… 流石にナイわ。色々ムリ。

　……にしても、ドライスーツ越しに伝わる、10月の水温の低さよ。

　ナメとった、フード被っときゃよかったわ。

　北におるとき、北海道侵攻の演習で、散々被って潜らされたから、キライなんよね。

　水深、浅くなりすぎて、低い姿勢も限界や。

　腰のウエイト、外して捨てたんも同時、突撃銃構えながら、頭で水面割ったんも同時や。

　打ち合わせなく、背中合わせで六時方向を守りながら、銃口が出る高さで、立ち上がるのを止めおった。

　前髪から水を滴らせながら、思わず笑う。

　なんや、出来るコ、やあん。

　んもォ、心配して損したワ。

　アホな事考えながらも、銃口で索敵、重い体を水中から引き摺り出した。

「……日本でも、レイク・バシング(湖水浴)出来るとは思わなかったわね」

　オレに並んで、のんびりと的外れな事ホザいとる、即席バディをチラ見する。

　フィンをとっくに脱ぎ捨て、裸足で砂浜に足跡を残し続ける、ドライスーツ姿。

　一応仲間やし、作戦中やから、そ(・)ん(・)な(・)目では見いへんけど、足なっがいし、スタイルええんが際立っとる。

　のほほんとした口調とは裏腹に、油断なく前方をエイムし続ける銃口にブレはない。

　こいつ、当たりやわ。

　ノールックで問いかける。

「……ジブン、パラミリ(準・軍事工作員)なんか？」

　笑う気配。ヨユーやんけ、肩の力抜けとる。

「……と、仕事してただけ。アレッポとか、ホットもいいとこな現場にいたら、イヤでも……ね」

　ナットク。

　

　……琵琶湖に浮かぶ、離島の一つ、沖島。

　同胞の操る、ボートは振り返ったところで見えへんくらい、遠い。

　上陸したこの小さな砂浜、身を隠すところがない。

　もし、見張りがおったら、ガン不利もええとこや。

　先に見つけてブチ殺すしかないけど……

「いないわね、見張り。まあ、周囲七キロ、全部カバー出来っこないけど」

　果てしなく長く感じた、わずかな距離を踏破。

　木々の間に飛び込むと、バックパックを背中から下ろす。

　夜一〇時。

　人の気配はあらへんけど……。

「黒沢って男、逃げるのが得意だって聞いたけど…… 納得ね」

　ドライスーツを脱ぎ捨てる音を背中で聞きながら、油断なく、銃口を巡らす。

「オレも、ガラ躱すン、得意やから分かる。田舎って、よそモン来たら、すぐバレるやろ？　逃げ込むには最悪やねんけど……」

「敵が来てもすぐ分かる。フツーに旅行者のフリしてたら、紛れ込めるけど、このAK、島民に見られたら大騒ぎね…… いいわよ」

　振り返ると、対岸の光に照らされ、濡れた金髪が輝いていた。

　タイトスカートのワンピースから伸びる白い脚。

「……なんでヒールやねん？」

　闇の中、拳銃を握る女の白い歯が見えた。

「走れるわよ？　レディだもん」

　オレはため息を堪える。

　……まあ、正解や。

　碧眼の白人美女が、旅行者のフリするんやったら。

　こっちの考えを見透かしたンか、ジャスミンちゃんのママ―― CIAのハンドラーは、世間話の続きみたいに言うた。

　

「その価値はあるわよ？　二秒油断してくれたら、イエス様に会わせてあげられるでしょ？」