ヤメるのヤメた
「ナー、その顔ヤバイ!アイシャドウ伸びてる」
ステージに出る直前、リーファが顔を引きつらせた。
「え……!」
ナディアが、あわてて、目の辺りをおおう。
ホントだ、さっき、涙を拭いた時だろ!?
じゃ、僕もヤバくね?
目のところから黒いラインが伸びて、なんか……
リーファが呆然と呟く。
「メッチャ、タヌキっぽい……え、わたしもヤバイ?」
ナディアが、死にそうな声をもらし、光の速さで舞台袖から引っ込む。
当然、スタッフさんに、小声で叱りつけられた。
「早く!入場!」
唇を震わすナディア。しまった、もっと早く気付いてあげられてたら……!
中央のモニターには、さっき撮ったスチール写真がドーンと映っている。
メグの指示で、カメラさんがキレるまでリテイクさせた傑作だ。
三人揃って、片手を下に突き出し、スマイル……正直、かなり可愛い。
イヤ、自分らで言っちゃイカンけど。
観客席でも、ちょっとイイカンジのどよめきが上がっている。
あの写真と、命がけの大乱闘でヨレヨレになってる僕らを比べたら……
『キャラ差ひっでぇな』
懐かしい名セリフが、頭をよぎって青くなった。
マズイ!そこまでは頭が回らなかった!
せめて、僕から入場してあげないと……!
そう思った時だった。
逆光を切り抜き、僕らの前に立ち塞がった人影が。
「……1ミリも動くな」
次の瞬間。
先頭を切ろうとしていた、僕の顔に、
「うぼばべ」
何かを浸したハンカチが、えぐりこまれる。
「行け……次ィ!」
「うごげぷ」
救世主・メイクの鈴木さんが、今度はリーファの顔を拭うと、背中を押しやる。
「アンタ達、元が良いからメイクいらんわ……貴様だ、ヒシアマゾン。歯ァ食いしばれ……すみません、すぐ終わります。あなたのメイクもなおしましょうか?」
食って掛かる、スタッフの女性を煽る、鈴木さん。
昭和の体育教師のようなセリフに、僕とリーファはビビりながらも、これ以上スタッフをキレささないようにさっさと入場する。
水責めで、虐待されてるような声をあげるナディアの声に胸を痛めつつ、反射的に笑顔を浮かべ、一礼する。
所々、こすられて赤くなった顔のナディアが、ふらつきながら出てきて、6人出揃った。
入り口に、気になっている、警察も現れない。
相手チームは、背もテンションも高い、モテそうな3人組だった。スマ勢が一番キライなタイプだ。
アレだ、『俺、ヲタじゃないけど、上手いよ?』的なアレだ。
この本戦から、毎試合、1人づつコメントを求められるし、実況と解説がつく。
なんかウェーイなカンジで、コメントする相手チーム。
いや、スマブラ上手い時点でオマエラ、もう、ダメなんだよ、気付こうよ?
でも、
「いつも通りにやってこうと思います!」
のコメントはなかなかイラ度が高かった。
勝てると思ってんだ?
んなわけないのに。
さっきの『負けるかも』な弱気が消し飛んだのには感謝だ。
……でも。
エラソーを承知で言うと、彼らがたまらなくお子ちゃまに見えたんだ。
イイよな、オマエラ。なんも考えずにスマブラ楽しめて。
俺、パキスタン帰りなんだぜ?
ここんとこ、ずっと、命の大切さ、感じまくりなんだぜ?
この人生、1ストックしかないんだぜ、知ってたか?
おーい、の声に観客席を見ると、うさ山さんたち、ガチ勢がニコニコ手を振ってる。
あ、警察なんとかなったのかな!?
僕達も小さく手を振り返すと、ラビさんを含む全員が、イイ笑顔のまま、親指で首を掻っ斬るポーズをキメた。
『殲滅しろ』
の合図だ。
なんでか、アタリマエの様に、Hブロック代表のアイツも混じってたのには笑った。
そうだよね、イラつくよね、コイツラ。
マァ、どのみち、僕が負けるわけ無いんですけどね?
リーファは、顔色は悪いけど、落ち着いてる。
問題はナディアだ。
明らかに、いつもと違う。
なんていうか、度重なるパニックに、気持ちが追いついてない。
そう、どこか、呆然としていて、心ここにあらずだ。
……負けるかもしれない
ここからは、3先だから、最悪、ナディアが負けても、リーファが1回、僕が2回勝てばいいんだ。
お互い、2対2になったら、5回戦目があるわけだけど、同じ選手が3回闘うのは禁止だ。
僕ら3人も、ソツなくコメントし(僕はウラ声でガンバリマス)席についた。
1番手はナディア。
相手は、一番騒がしい奴だった。
ナディアが、キャプテンファルコンを選択すると、
「え、マジ?シブいの選ぶやん!俺もそれにすっかなあ……せんけどな」
とか言って、ドンキーコングを選んだ。
ドンキーコング自体は、使いこなせれば強いけど、切り札が弱すぎなので、公式ルールで使う奴はまあいない。
立ち回りによっぽど自信があるのか?
普段のナディアなら、
「よう喋るジャリじゃのう」
くらい言うけど、今は思考が追いついてないのがまるわかりだ。
妙に長い握手をされても、無反応だ。
「キモ」
リーファが吐き捨て、僕もなんだか、清々しい殺意に包まれた。
決めた。
他の奴らもこんなだったら、煽ろう。
りょうちんのケースもあるし、その時そんなでも、イイヤツかもしれないから、そういう事はヤメようって決めてたけど、ヤメるの止めた。
最前列で、喚いてる、コイツラの母親も、ウザいから、泣かそう。
僕はリーファにアイコンタクト。
リーファもヨコ目で頷いた。
やっちまおうぜ?
出現したステージは、いにしえの王国USA。
画面の左右が高くなっいて、中央が低い。
中央の両側はが、奈落になっていて、落ちたら1ストック消える。
代わりに、画面の両端は奈落になってないけど、画面外に思い切りふっとばされたら死ぬ。
3分、2ストック。勝敗はすぐ着くだろう。
『3,2,1……』
ナディアの眼が頼りない。集中出来てない。
『Go!』
初っ端、ドンキーコングは、肩をすくめて煽りをかます。
ナディアは画面中央へジャンプ。
フツーにジャンプしてくるドンキーを見てわかった。素人だ。ナディアなら、まず負けない。
……普段のナディアなら。
オープニングヒットは相手。
しかも、わかりやすいゴロゴロDA、いつものナディアなら、絶対喰らわない技を当てられるところから始まった。





