晴れの日は厄日
「メグ、荷物頼む!」
「へ、なんでふ!?」
おむすびを喉に詰まらせそうになってるメグに言い捨て、僕は駆け出した。
ナディア達、確か、左に曲がったはず。
入り口を出て、必死に姿を探す。
「トイレは、こっち!」
リーファが僕を追い抜いて、明るいロビーに向かって走っていく。
あ、ウマ娘が競走してる!
呑気な歓声を無視して、トイレのマークがある、曲がり角目指し、人がまばらな、フロアを二人して駆けた。
ヒシアマゾン姿が、ハンカチで手を拭きながら入り口から出てきた。
走り込んできた僕達を見てギョッとする。
「なんじゃ、二人とも?どうした?」
僕はホッとした。
狙われてるって言っても、今日、今ってわけじゃないよな、よく考えたら。
人だらけだし。
「ナー、無事?」
「別になんも……」
リーファが険しい顔でトイレを覗き込む。
「ママもトイレ?」
「いや、そこに……おらん。どこ?」
その時、数メートル離れた男子トイレから、悲鳴と共に、何人かが飛び出してきた。チャックを上げながらの人もいる。
「……!」
リーファが駆け出し、僕も続く。
トイレの入り口に立ちはだかった、リーファが目を見開いた。僕も続く。
それは、異様な光景だった。
180センチ、100キロはありそうな大男が、ぐったりとした、ナディアママの両手首を片手で掴んで、吊り下げていたんだ。
開け放たれた窓から、セミの声と眩しい陽光。
なんか、悪夢を見てるみたいだった。
その、ツナギに長靴、マスクをした、清掃員姿の男が言った。
「コイツの娘は?オマエか?」
小さな目。間延びした低い声。日本人だ。
足が震えて、声が詰まる。
理屈じゃなく、感覚で分かった。
こいつは、ヤバイ……
パキスタンで会ったヤツらより、壊れてる!
ママ!
ナディアが悲鳴を上げた。
「オマエか?こっちへ来い……」
男はママの首に腕を回し、片手でチョークをかけた。
ほどけた長い髪に覆われた、ママの顔が歪む。
「首をへし折るぞ?」
僕は咄嗟に叫んだ。
「行きます!ママに乱暴しないで!」
広くないトイレに僕の声がこもって反響する。
「り……!」
ナディアから、僕に目を向け直した男は、無言で手招きした。
僕はマスク姿の男を見上げたまま、ナディアに向かい、掌を突き出しておしとどめる。
「スクールガール、2階女子トイレ前!」
リーファの護衛が駆けつけるまでの辛抱だ。
誰かが人を呼びに行ってるはず……
って。
コイツ、逃げる気ないのかよ?
やり方無茶苦茶だろ?
もっと、人のいない所で襲うとかしないか、フツー!?
僕の背筋が凍った。
コイツ……自爆兵か?
ナディアを殺せたら、自分はどうなっても構わないのか?
男は僕に顔を近づけ、威圧した。
何かが腐ったような臭いがした。
「いいか、走ってついて来い。遅れたら、この女を殺してオマエも殺す。……どけ」
ナディアママの首に手を回したまま、引きずる様にして、速歩で歩き出す。僕には触れもせず通り過ぎる。
ナディアが追い詰められた獣の顔で、バネをたわめた。タックルに行くつもりだ。
この体重差じゃ、無理だ、ナディア!
「ナー、余計なことすんな!もうすぐスクールガールが来る!」
リーファが反抗するナディアの手を引っぱり、道を空けさせる。
そうだそれでいい、人も集まって来るはずだ!
男は、エスカレーターの方に迷い無く向かう。
受付の方が騒がしくなってるけど……誰も近づいて来ない。遠巻きに眺めているだけだ。
警備員のお爺さん二人は、オロオロしてるだけ。
そうか。
コイツ、こうなる事をわかってたんだ。
逃げ切れる自信があるんだ。
こんな大男に向かってくる奴なんか、そうそう、いるわけ無いし、いたとしても、負けないだろう。
清掃員なら、帽子にマスクでも怪しまれない……
慣れてる。
つまり、こんな事ばっかやってるプロなんだ!
リーファとナディアも一定の距離をおいて、小走りに付いてくる。
もう、なんていうか、思考が付いていかない。
リーファの護衛が来るはずだ。
今は言うことを聞くしかない、ナディアママの為にも。
これ、大会中止だよね?
一体何なんだ、僕呪われてんのか?





