62 魔法士の卵(1)
「こほん。
見たところ、完全な我流か。
だが体の芯で弓を引けている。
何歳から弓を引いている?」
「えーと、一月と少し前からです」
「…大したものだ…
後は細かな技術論を押さえて、感覚を磨き上げていけば、もう一段上の世界が見える。
具体的には『手の内』と『引き分け』、そして『張り合い』を工夫すれば、さらに精度と速度は上がるだろう」
そう言って、キアナさんは細かな技術を教えてくれた。
これは思いがけない特典だ。
あれほどの訓練施設がありながら、きちんとした弓の専門家というのは、実は王立学園教師陣には居なかった。
魔法のあるこの世界、特に優秀な騎士の輩出を目的としている学園では、遠距離武器である弓というのは傍流だからだろう。
やむなく我流で鍛えていたのだが、限界を感じていた。
俺は丁寧にキアナさんに礼を言って、また機会があったら教えてほしいと頼んだ。
キアナさんは、笑って了承してくれた。
慣れれば案外気さくな人なのかも?
耳で聞いて頭で理解するのは5分だが、それをまた習得して『型』にまで落とし込んでいくには、反復訓練あるのみだ。
「ところで、アレン君はデューさんに弟子入りに来たんでしょ?
何か目的があって来たの?」
あれ?
ゴドルフェンから聞いてないのか?
すっかり横道に逸れてしまったが、俺の今日の目的は、覚醒後からずっとメインテーマに据えている、体外魔法の習得だ。
ゴドルフェンの口ぶりからして、ずばり明確な答えまでは期待していないが、少しでもヒントが欲しい。
俺は先程までの営業スマイルは消して、真っ直ぐにデューさんを見た。
そして、気合のこもった最敬礼とともに、弟子入りを申し込んだ。
「デュー軍団長!
私には、性質変化の才能が全くありません。
ですが、何としても体外魔法を習得したいと考えています。
理由は、カッコいいからです。
その他に合理的な理由は一切ありません。
ですが、何を犠牲にしても、体外魔法を会得したいと考えています。
その鍵を、デュー軍団長が握っていると、ゴドルフェン先生から聞きました。
どうか私を弟子にしてください!」
デューさんは、眉間に皺を寄せている。
しばしの沈黙の後、デューさんは答えた。
「う〜ん…無理」
……まぁ、このパターンは想定の範囲内だ。
ゴドルフェンも、あくまで紹介するだけで、弟子入りを確約するわけでは無いと言っていたしな。
だが、一度断られたくらいで諦める俺ではない。
俺は今自分の手元にあるカードを数えて、交渉に乗り出した。
「デュー軍団長がお忙しい事は存じています!
可能な限り私の訓練は、お仕事に負担をかけない形式を取らせていただきます。
加えて!
デュー軍団長にもメリットがあるよう、私にできる範囲で事務仕事をお手伝いさせていただきます!
俺は、家庭教師の方針で、『バインフォース流事務ワーク術』を徹底的に鍛えられており、必ずやお役に立つ自信があります!
ですのでどうか、お願いします!」
俺はまた都合よくゾルドの名前を使いながら、再度深々と頭を下げた。
俺は前世、散々面倒くさい事務ワークを同僚に押し付けられてきた経験を活かす事をもって、交渉の第一のカードとした。
前世で俺は、嘲笑と侮蔑を込められて、『AI君』なんて呼ばれていたんだぞ?
創造力を全く問われない、やろうと思えば誰にでもできるが、誰もが嫌厭する面倒くさい仕事をやらせたら、俺の右に出るやつはいない。
デューさんはニヤリと笑った。
これは好感触か?
「それは確かに有り難てぇな!
いや〜、今の今まで俺の心境は、『あのじーさん、何考えてやがんだ?』だったが…
流石は翁だ!
今日からたっぷりと仕事を任せてやるからな!
何ならここに住むか?」
機嫌の悪い課長は、面倒な仕事を部下に押し付ける時にだけ見せる、とても上機嫌な顔で言ってきた。
おぉ!
予想以上の好感触に俺が手応えを感じていると、デューさんは、さらに続けた。
「ただちょっと問題なのは、俺にも性質変化の才能は全くねぇし、それを後天的に獲得する手法を研究したことも、聞いたことも、心当たりも興味もな〜んにも、ねぇ!って事だ。
まぁ何とかなるだろ!」
……
まぁこのパターンも、全く想定していなかったというわけではない。想定の範囲内だ。
今の俺の心境は、『あんのゴドルフェン!適当ぶっこきやがって、いつか絶対泣かす!』、ではあるが、この場でゴドルフェンに悪態をついていても始まらない。
とりあえず俺は、このパターンだった時の為に用意していた二つ目のカードを切った。
「お腹が痛いので帰ってもいいですか?」
◆
「あー、アレン君がいう体外魔法は、いわゆる性質変化を伴う、敵を攻撃するような魔法、と理解してもいいかな?」
ダンテさんの問いに俺は力強く頷いた。
「うーん…
ゴドルフェン翁の考える事だからね。
狙いが三つ四つあってもおかしくないから、僕にもその意図を正確には測りかねるけど。
わざわざデューさんを紹介している、という事は…」
そう言って、ダンテさんは腕を組んだ。
なんだ?
この無精髭のおっさんには、やはり何か秘密があるのか?
俺が僅かに期待を込めて続きを待っていると、ジャスティンさんがその先を引き取った。
「体外魔力循環による索敵魔法、ですか?
首尾よく性質変化を得られたとして、いずれにしろ魔力循環を鍛えておかなければお話にならない。
加えて、騎士団を早い段階から見せて、仕事を手伝わせるこの展開も、狙いに入っていそうですね」
その言葉を聞いて、俺は再び落胆した。
そっちかぁ…
まぁ確かに体外魔力循環の必要性は感じているし、この紹介でも目処が立たなければ、今度こそ鍛錬をしようとは考えていた。
だが、貴重な自分の時間を使って、くだらない事務作業の手伝いをしてまで、この性格の悪い課長に教えを乞う必要などあるか?
そういう作業型の労働をしたくなくて、今世では自由に生きると決めているのに、本末転倒な気がする。
ゴドルフェン始め、王立学園教師陣でもある程度までは教われそうだし、何なら弓と同じく独学でも形にする自信はあるが…
「デュー軍団長の索敵魔法はそんなに凄いんですか?」
俺は念のため、確認してみる事にした。
「あぁ。
このユグリア王国でも随一と言えるほど凄いよ。
本気を出せば、この広い駐屯所内の会話や各人の動きなんかは、この場から全て把握できるんじゃないかな」
ダンテさんのこの回答に、俺は思わずツッコミを入れた。
「……覗きは犯罪ですよ?」
デューさんの額に再び青筋が立つ。
「誰が覗き魔だクソガキ!
普通は必要な区画ごとに索敵防止魔道具が設置されてるに決まってんだろーが!
よほどの田舎じゃなければ、屋内に対しては使えねぇよ!
外用だ外用!
今すぐ叩き出すぞクソガキ!」
俺のツッコミに笑いながら、ジャスティンさんがフォローした。
「まぁまぁ、デューさんにも仮団員である彼の育成に関する正式な指令が下りている以上、追い返すわけにもいかないでしょ?
それに…
翁が、アレン君ならデューさん並みに索敵魔法を使えるようになる、そう見込んで彼を寄越し、実際そうなったら、この先の有事の際にどれほどこの国の助けになるか分からない。
唯一無二のデューさんの索敵魔法が、2人になる。
この戦略的な価値は計り知れない。
これは、そちら方面の仕事を一手に引き受けている、デューさんの負担が半分になるってことでもありますよ?」
とてもそうは見えないが、この人、化け物揃いの騎士団で唯一無二と言われるほど凄い人なのか…






