61 騎士団の弓使い
木刀を肩に担いでいるあの無精髭の試験官が、ギロリ、と睨んでくる。
本日も絶好調に不機嫌そうだ。
警備担当、なんていうから警備員のおじさんだとばかり思っていたが、どうやら王国騎士団員だったようだな。
この広場にいる人間で、唯一マントを羽織っていないが、ジャスティンさんの言い方からして間違いないだろう。
そういえばゴドルフェンが、血の海事件を契機に騎士団員が警備として投入されるようになったとか何とか…
……いや、その話は忘れよう…
だが今日の俺は、あの試験の日と違い、この二日酔いの課長には何の用もない(あの日も俺としては用は無かったが)。
できればあまり関わり合いになりたくはないが…
と、そこで、ジャスティンさんが耳元でニヤニヤとした悪い顔でヒソヒソとこんな事を言ってきた。
「今日は二日酔いで機嫌が悪いから注意してね?」
その瞬間、無精髭がジャスティンさんに思いっきり木刀で切り掛かった。
まだ10m以上近く離れているのに、どんな聴力してるんだ?!
その斬撃は試験の時に俺へ振るった横薙ぎよりも数段鋭い。
それをジャスティンさんが楽しそうにスウェーで躱すと、流れた木刀が俺に向かってきた。
この無精ヒゲ、初めから俺も狙ってやがったな?
その可能性は頭に入れていたものの、予想以上の鋭さに辛うじて木刀の腹で受けて、その力を利用してフワリと後ろに飛び、着地と同時に左手を地面についた。
ジャスティンさんを見ると、ニヤリと笑って反時計回りにすり足で回り始めた。
俺は即座に呼応して、ジャスティンさんと間合いをずらして同じ速度で摺り足を始めた。
と、そこでダンテさんが止めに入った。
「はいそこまで。
君たちじゃ2人がかりでもデューさんには勝てないよ。
怪我をしたくはないだろう」
「てめぇジャスティン。
誰が二日酔いだコラ?
昨夜はお前も一緒に、当直からそのまま、他国の諜報機関が関与してそうな団体に踏み込んで捕物やっただろうが!
いつ俺が酒なんぞ呑む時間があったってんだ?
おぉん?」
…聞き間違いか?
ダンテさんが、性格の悪い課長の事をデューさん、なんて呼んだ気がしたが…
ジャスティンさんは、間合いを解いて長剣型の木刀を肩に担いだ。
「ちぇ。
いいとこだったのに…
どちらにしろ、彼は皆に自己紹介が必要じゃないですか?
ねぇデューさん」
ジャスティンさんまで…
もしかして、デューサンさんか?
きっとそうだ、そうに違いない!
俺が脳内で悪あがきしていると、ダンテさんがハキハキとした明瞭な声で紹介した。
「覚えているとは思うけど、君の試験を担当したあの人が、僕ら王国騎士団第3軍団の軍団長、『一瀉千里』、デュー・オーヴェルさんだよ!」
マジかよ…
だが、もはやどう脳内変換しても聴き間違える事は不可能だ。
…仕方がないな。
性格が悪くても能力があればいいのだ。
俺は顔に営業スマイルを貼り付けて腰を45°折り曲げた。
「試験の時はお世話になりました!
改めまして、王立学園から参りました、アレン・ロヴェーヌと申します!
憧れのデュー軍団長に、またお目にかかれて光栄です!」
俺の爽やかな挨拶をきいて、デューさんは額に青筋を立てた。
「ほ〜ぅ?
憧れ、ねぇ?
その左手に握っているのは何だ?」
バレてる?!
後ろに目でもついているのかこのおっさん…
「…先程拾った綺麗な模様の石です。
綺麗でしょ?」
俺は営業スマイルを引き攣らせながら、先程左手をついた時にコッソリ拾って、隙あらば目潰しに使おうと考えていた何の変哲もない小石たちを、そっと地面へと戻した。
◆
「ふん。
俺がデュー・オーヴェルだ。
翁に叩かれて多少はマシになってくるかと思いきや、相変わらず行儀が悪いな、クソガキ。
いかにも田舎臭い固そうな剣が、多少は柔らかい構えになってんじゃねぇか…
それよりも、その指だこ…試験の時はなかったが、弓か?」
たった一合剣を合わせただけで、そこまで分かるのか…
俺は朝の実技授業で、剣術などの武術の鍛錬があるたびに、しつこくライオに絡まれて、奴がおさめている王都でも主流の流派の剣技が何となくうつってきている自覚はある。
大体2-8くらいで負けて悔しい思いをするから、他の奴らとやって気持ちよくなりたいのに、『俺らじゃライオの相手にならないから』、なんて俺の知ったこっちゃない理由でクラスメイト達に遠慮されて、なぜかライオとペア認定されてしまった。
ちなみに、見たところダンは俺といい勝負、ステラなら7-3で俺が勝つだろうが、そこまで差はないのに、2人はなぜかライオには全く歯が立たないらしい。
恐らくは、小さな頃から母上や姉上といった化物の相手をしてきたから、格上のパワーやスピードを相手にした時の引き出しの数が違うのだろうと想像している。
「…えぇ。
アルバイトも兼ねて探索者をしている関係で、最近短弓を少し齧っています」
「へぇ〜、少し齧っている、ね。
その手でかい?」
ジャスティンさんは、ニヤニヤと笑いながら、俺のボロボロになった手をマジマジと見ながら言った。
「はい。
理想通りに引けるようになったら、多分この手は綺麗になります。
これは、未熟の証明だと思っています」
俺は謙遜ではなく、本当に常々思っている事を正直に言った。
と、そこで、周りで様子を見ていた団員たちから、40代半ばぐらいの恐そうなおばさんが出てきた。
「小僧。
手を見せてみろ」
俺がその仏頂面おばさんの、唐突な申し出に戸惑っていると、ダンテさんがフォローしてくれた。
「この人は、キアナさん。
『神射手キアナ』と言えば、他国にもその名の聞こえる、この国でも5指に入る弓使いだよ。
元Aクラスの探索者だから、そういう意味では君の先輩だね」
ほぇ〜。
そんな化物が、その辺に突っ立っているのか、この駐屯所には…
俺は素直に手を出した。
その手をじっくりと見て、キアナさんは、性格の悪い課長……デューさんに言った。
「軍団長。
弓を引かしてみたい。
いいか?」
「別に構わんよ。
珍しいな、キアナさんが興味を持つなんて」
キアナさんは仏頂面のままこちらを向いた。
「小僧、普段は何の弓を引いている?」
「え?
ライゴの5番です…
貧乏なもので」
キアナさんはそこで初めてニヤリと笑った。
「悪くない趣味だ。
確か素引き訓練用のライゴが倉庫にあった。
ちょっと待っとれ」
ふっふっふ。
流石はあの歳で支店長を張るルージュさんのお勧めだ。
サービスしてもらったし、早く稼いでまた買い物にいかねば。
◆
ほんの2、3分ほどして、キアナさんはライゴの5番と木の矢の入った矢筒、それに変な鳥型の魔道具を持って戻ってきた。
キアナさんが、その魔道具に魔力を込めて投げると、その魔道具は不規則に羽ばたいて、燕のように辺りを飛び始めた。
「引いてみろ、小僧」
魔道具は縦横無尽にその辺りを飛び回っている。
「え、でも、危なくないですか?」
「流石に、今から引くと分かっておるライゴの矢に当たる間抜けはここにはおらん。
あの擬鳥具に当てる事だけを考えて引いてみろ」
俺は無造作に矢を番えてよく狙って射ってみた。
すると、鳥型魔道具は寸前でひらりと高度を下げて矢を躱し、矢は中庭を囲んでいる建物の窓に当たり、弾き返された。
どうやら強化ガラスらしい。
「もう一度」
キアナさんに促されて、俺は改めて鳥型魔道具の動きをよく見た。
そして、あのルーンシープの魔物に躱されて以来、練習を続けてきた、弓に強弱をつけて着弾時間を出来るだけ近づける訓練を思い出しながら、限界まで速射速度を上げて弓を3射した。
「うぉ!!」
俺の2発目の矢は、見事魔道具を撃ち抜き、さらに下に躱された時の為に放った矢は、鼻くそをほじっていた軍団長の顔の横を掠めた。
「てめぇ!
3射目いらねぇだろ!
俺になんか恨みでもあんのかクソガキ!」
「いえいえ、誤解です。
こういった魔道具を使った訓練は初めてで、さらに下に躱された時の為の保険です。
恨みなど滅相もない!
しかし、瞬時に躱すまでもないと見切って微動だにしないとは、流石デュー軍団長です!」
恨みがあるのは前世の課長にだけです。
……しかし…見切ってたんだよね?
キアナさんが自信満々に誰にも当たらない、なんて言うから、不要だろうとは思いつつ、念のため逸らしておいたが、もし当たってたら大事件だぞ?
大笑いしているジャスティンさんを除いて、皆の顔が引き攣っているのが、俺を少し不安にさせた。






