309 学園祭(8)
試合はライオの剣の圧力に、パーリが耐え忍ぶ展開になっている。
残存魔力量を考えると、パーリの心情としては勝負を急ぎたいはずではある。
だがパーリはじっと耐えていた。
魔力量は、速度やパワー、そしてスタミナなどあらゆる身体能力に影響を及ぼす。ここに大きな差がある以上、自ら仕掛けて押し切るのは難しいと判断しているからだ。
木製の槍を使用している今は尚更だろう。
勝機があるとしたら後の先を取る……つまりボクシングでいうところのカウンター、柔道で言うところの返し技のように、相手が仕掛けてきた際の力を利用しつつ隙を突くしか無い。
ライオはもちろん、パーリのその狙いには気が付いている。
徐々に圧力を高めて、少しずつパーリの隠し持った手札を引き出していく。
ライオが笑う。
別に余裕があっての事ではない。実際、紙一重の攻防だった初手のやり取り以降も、危ない場面は多々あった。
ライオは単純に、夏休み前とは別人のように強くなっているパーリと手を合わす事が、楽しくて仕方がない。
対照的に、パーリの表情は流石に苦しそうだが……その目はまだ死んでない。
じっと歯を食いしばり耐えながら、強い意志の宿る眼光でライオを見据えている。
ライオとパーリは二人だけが分かる世界に没頭し、一進一退の攻防を繰り広げていた。
◆
舞台の脇に設えられたアリーナ席では、各国の新星杯の代表選手やその引率者など、他国からの招待客が多数観戦している。
「膠着状態だが……やはりライオ・ザイツィンガーが有利か……」
「ああ、流石は神童さんだ。安定感が違うな。このまま押し切りそうだ」
クコーラ都市連邦の三年生代表の男が、近くにいたクヴァール共和国の三年生代表として来国している顔見知りの男に話しかけると、同意の答えが返ってきた。
パーリもカウンター狙いで耐え忍んではいるが、随分と苦しそうだ。
残存魔力的にも、徐々にライオの圧力を支えるのがきつくなってきているのだろう。
「う~ん…………」
「……何か気になる点でも?」
両国の三年生代表の後ろに立っているのは、代表団を引率してきた大人二人だ。
そのうちの、瘦身長躯の堅物そうな男が答える。
「……あなたも気が付いているでしょう、ルエルさん。ライオ・ザイツィンガーが、物足りない」
男がそういうと、ルエルは少し考えて首を縦に振った。
「……そうねえ。物足りない、というほどではないけれど……確かに昨年初めて彼を見た時ほどの衝撃は無いわね」
男は頷いて眼鏡を上げた。
「ああ。成長していないわけでは無いが…………怖さが無くなった。洗練された剣筋は健在だが、昨年の彼はもっと荒々しさがあった」
ルエルは昨年の新星杯で、初めてライオ・ザイツィンガーをその目で見た時の戦慄を脳裏に思い浮かべた。
思わず見惚れそうになるほどの、芸術的なまでに洗練された剣を振るうライオは、見ている方が不安になる程に勝気な試合展開を見せた。
敗北のリスクを気にする素振りなどおくびにも見せず、初見であるはずの相手へと真っ直ぐに距離を詰め、全てをねじ伏せた。
もっと堅実な試合運びをしても問題なく優勝できただろう。だがライオはそうはしなかった。
その高位貴族のおぼっちゃまらしく無い勝気な、飢えた獣のようなメンタリティ、ずば抜けた才覚、そしてザイツィンガー家で磨き上げられた剣術の全てが共存している事実に各国は衝撃を受けた。
これはものが違うと、厄介極まりない騎士に成長しそうだと評価したのだ。
だが今のライオは、相手に合わせているように見える。
「……昨年は、あれほど間合いの使い方が上手かったのにね」
「ああ。昨年の彼は、相手がどんな長さの武器を用いても、全て自分の剣の間合いに強引に引き摺り込んでいた。だが……今は相手の槍の間合いで戦ってしまっている」
確かにライオは、剣士としては間合いを取りすぎているようにも見える。
それを聞いていた魔道具士風の女が、どこか残念そうに呟く。
「そういう事? つまりあの神童さんは、流してるって事ね。まぁ確かにこんなお祭りで手の内を晒す理由はないけれど……。てことは今の膠着状態は、パーリ・アベニールの名前を上げるための演出って理解でOK?」
ややあって、引率のルエルは首を振った。
「いいえ、流石にこれだけ間近で見ていれば本気かどうかは分かるわ。両者ともちゃんと勝ちにいってるし、流しているようには見えない。だから違和感があるのよ」
眼鏡の男も同意した。
「あぁ、ライオ・ザイツィンガーは明らかに距離が詰められずに苦慮している。もっと言うと、優れた芸術作品のような完成度だった昨年の彼に比べて、明らかに全体のバランスを崩しているね」
「なるほど、神童君はスランプってやつか。それでもまぁ強いのは強いんだろ?」
ルエルは即座に頷いた。
「もちろん。あの歳にしてはずば抜けて強いわ。ただ思ったほど伸びてないって事。ま、『神童も、二十歳過ぎればただの人』という言葉もあるわ。それだけ些細なきっかけで躓いて伸び悩む『かつての神童』が多いって事ね」
特に天才肌のタイプにはね。ルエルがそう付け加えたところで、試合が動く。
「ぐおおおっ」
徐々に強められているライオの圧力に、耐えきれなくなったパーリがずるずると後退する。
そしてそれを見逃すライオではない。
さらに圧力を高めるライオを前に、ここまでは三つ四つに一つは手数を返していたパーリが防戦一方になる。
「どうしたパーリ! このまま終わりか!?」
ライオは気がついていた。
パーリの目がまだ全く死んでおらず、隠し持っている牙で喉元を食いちぎろうと、虎視眈々と何かを狙っているという事に。
「うぉおおおおっ!」
押し切られそうなパーリが、誘われているのを承知の上で前に出る。
渾身の力と、裂帛の気合いが宿った突きがライオを襲う。
ライオはニヤリと笑い、これを全力で払いのけ――
ようとしたが、その剣は空を切った。パーリの槍が思ったほど伸びてこなかったからだ。
一瞬困惑したライオだが、すぐ理由に気がついた。
いつの間にかパーリの槍の柄を持つ部分が、握り一つ分ほど短く持たれている。
……フェイント? あれほどの魔力と殺気が込められた一撃が……?
ライオは一瞬そう疑問に思ったが、その考えをすぐさま否定した。
……おそらく繰り出した一撃は本物だった。途中で握りを変えたのだ。自分の対応を見て――。
渾身の一撃を払おうとした剣が空を切ったライオの懐にパーリが飛び込んで来て、ライオが再び困惑する。
槍はもちろん、剣が振れるような間合いでもない。
まさに息がかかるほどの至近距離にまでパーリが踏み込んで来たからだ。
そして次の瞬間、ライオの背はぞくりと震えた。
パーリがきっかりと目を見据えたまま、そっと、槍の石突き、つまり穂先とは逆側の先端部分をライオの腹へと添えたからだ。
これが打撃目的の攻撃なら、ライオは反射的に躱していただろう。
だが、まるで力感のない自然な流れで腹へと優しく先端部分を据えられたため、ライオは反応できなかった。
次の瞬間、ライオが棒高跳びの選手のように、槍のしなりを使って宙へと跳ね上げられる。
パーリはちょうど三歩後方へと飛び下がって振り返り、腰だめに槍を構えた。
幼き頃から繰り返してきた、アベニール流槍術の基本形だ。
そして残された魔力を一気に解放する。
実戦では普通、これほど集中して丁寧に魔力を練り上げる時間は取れないが、ライオは今身動きの取れない宙にいる。
――この一撃に全てを。
王立学園二年Aクラス所属、パーリ・アベニールが全てをかけて搾り出す魔力の波動に、会場は騒然としていた。





